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2010年1月22日 (金曜日)

エッセネ派

ワイズマンンの「エッセネ派」を観る。

かなり厳格な一派という話は聞いていたが、とても人間的な集団とも言える。

外界から離れた組織と思っていたが、そうでもない。

人間の中に住み、外に向かって情熱をぶつける部分とそれを静める部分の葛藤が描かれていた。

それが力による支配となると、トラウマとなり、力による支配を受けた者の人生脚本を作ってしまう。

突然フラッシュバックのように思い出されて身動きができなくなると、父親から受けた力による支配を司祭が語っていた。

こうした問題は、他のドキュメンタリーでも取り上げられている。アメリカ社会の深い問題であるのだろう。

長年の葛藤に対して、和解の道を進まない。

どうするのか。

映像では、許し、そして、慰めを写す。

自らの罪を懺悔する青年、その青年に手をさしのべ、慰める修道士の姿が印象的だ。

罪は、償われるものではなく、和解できるものでもない場合、残された道がそこにあるのか。

きっと、そのまま、罪を背負いながら生きることを選ぶのだろう。その罪は、自分を構成している大きな要素だから。

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