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2009年10月28日 (水曜日)

聴く

哲学者鷲田清一は「聴く」ことに拘り、なにかを聴こうとする人の物語を書いている。

聴こうとする時には、目も前に人がいる。

その時、身体を前に傾けると聴けなくなる。

横を向いても聴けない。

それでいて向かい合う距離がとても辛い。

聴くことは勝負である。

勝敗ではなく、その緊張感が、ゲームとしての間合いがあるように感じる。

星治さん(仮名)との会話は続かない。

なにかを云ってしまうと、「それっきり」になってしまうようで怖い。

それでいて、なにも言わないではすまされない雰囲気を星治さんは持っている。

「どうしてもできないんです」と消え入るような声で、次の言葉を求めている。

誰に求めているのか、どこに求めているのかは分からない。しかし、目の前にいるのは僕だけだ。

ふたりの間にある空間になにかがあるとでもいうのだろうか。

そこには目に見えぬ穴が開いているのかも知れない。

沈黙が続いている。

僕らは穴に落ち、それでいながら明るい空を眺めている、そんな空想をした。

どれ程の時間が過ぎただろう。

目を上げると、星治さんの姿勢は変わっていない。

なにも変わらない、変わることは永遠にないだろう。それでいて、少し前の空間ではないことは確かだ。

聴いているのか、聴かれているのか、それさえも分からない。

ただ、ふたりの時間は過ぎてゆく。

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