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2009年9月 9日 (水曜日)

普通は教えられない

普通に歩きなさいと云うと、歩くことができなくなる。

それほど、普通は難しい。

毎日やっていることは、やっていることさえ忘れている。

だから、心臓を普通に動かすことができないにも関らず、いざ、普通じゃない状態になるとどうしていいか分からないほど汗をかく。

まっすぐに歩くことはできないとき、走るように歩くと、自然に、道の中央を歩いていたりする。つまり、スピードとバランスがカギを握っている。

走っている時は、足が前に出てしまうので、どうやって歩いていたかは考えない。

歩くことを意識した瞬間から、歩けなくなるように、生きることを意識した瞬間から、生きにくくなったりする。

映画、「南極の料理人」では、南極という極地で、日本で食べているらしい普通の料理を食べようとする。日常や行事、季節に対する拘りが強くなる。

そこが普通でない以上、普通を演出することでバランスを保たなければという気持ちがどうしても強くなる。

児童養護施設も同じジレンマを持ち、普通の生活に拘る。

そんな普通の家庭は日本中探してもないだろうと感じていても、普通を演出することで、子どもと大人の精神的バランスを確保する。

まるで、小津安二郎の映画のように。

そうしないと、生活が成り立たない。なぜなら、施設にある子どもと大人の関係は、どう見ても普通ではないから。

話は戻って、

昨日まで毎日していたことに躓いた若者は、その瞬間から、どんな風にやってきたか分からなくなる。

そんな風に立ち止まれるのは、若いからだろう。

大人になると止まることさえ忘れてしまい、先を急ぐことばかり考えている。

止まってしまうと、その瞬間から恐怖がやってくる。しかし、じっと耳を澄ますと、世界はそれほど早くは回っていないことに気づくだろう。

それに、自分が動かなくても、地球は自然に動いてくれる。それも、かなりのスピードで。

だから、その上に乗って、バランスを取っていれば何とか生きていくことができる。

教えられないことは感じるしかない。

こんなに早く回っている地球の上でバランスを取りながら歩く技術を。

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