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2009年7月19日 (日曜日)

忘れる

三谷幸喜さんがエッセイで、忘れ事が多くなった書いていた。

忘れると云えば、僕の場合帽子を忘れる。

様々な必然性から数年前から帽子を被っている。

家を出るときに、玄関で帽子を選ぶ。その日の天気や、風、温度、服装に合わせて少ないコレクションから選ぶ。

玄関先で迷っていると、側を通過する家人から「ジャマ」と短い言葉で叱責され、うろたえる。

やっと決まった帽子を被り、車に乗り込む。

しばらく運転していると、帽子が邪魔になる。僕の選ぶ帽子は、ハットが多く、つばが後ろにもあるため、シートのヘッドにぶつかる。それに、夏の運転ではサンブラスをかけたりする。ミラーで見ると、どうも変な人にしか見えない。サングラスは、自転車用である。

その結果、後ろのシートに帽子を投げる。

投げられたシートを見ると、既に、数個の帽子が無造作に転がっている。そう、数日前に同じ動作をして投げられ、そのまま忘れられた帽子たちである。可愛そうに。

今日、グループホームに入居していた利用者の荷物を引き取りに行った。

荷物を車に運び込み、指差し確認をして、忘れ物をチェックした。もちろん、帽子が頭の上にあることを確認した。

「よし」と声に出して、車に乗り込んだ。

しばらく運転していたらアクセルを踏む感覚が変わっていることに気がついた。

路肩に止まり足元を見ると、〇〇園といえ施設の名前が書かれたサンダルを履いている。

そういえば、荷物を車に積み込む時に、靴の着脱が多いのでサンダルを借りたのだ。

すぐに引き返し、サンダルを元の場所に戻した。

帰りには、もちろん、指で、帽子・かばん・靴をさわり、チェックをした。

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