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2009年6月

2009年6月29日 (月曜日)

月曜の夜11時。

雨が降っています。

ザーという音が聞こえます。

ザーは、そのうち消えてしまいます。

不思議です。音は消えないのに、耳は雨の音だけ消します。

窓の外の森は、真っ暗です。

もちろん、雨は見えません。

見えないけれど、外に手を伸ばせば、びっしょりです。

心臓の調子が悪いと、心音が気になります。ちゃんと動いているか意識します。すると、余計に大きな音がするような気分になります。

消えて欲しい訳ではありませんが、すこしおとなしくなって欲しいものです。

夜の雨のように、そっと、鼓動を刻んでいてください。

共働学舎から会報が届きました。

宮嶋先生がキリストに会いたいと書いています。

僕は、峠を越えて真木に行き、畑の真ん中に立つ、一本の木に会いに行きたい気分です。

その木は、毎日必要な分だけ水を吸い上げています。

ただ、黙って。

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2009年6月26日 (金曜日)

終結

始まりより終わりが大切と教わった。(勝手な解釈であるが)

専門家と呼ばれる為には、お互いに満足できる終結になりたい。

終わりは、始まりと共に開始する。何かをはじめようとするときは、どのように終わるかをしっかりと計画しておく。

援助関係が1年、あるいは、30回など、終結が予定されている場合と、始まりがあって、いつか終わるだろうという場合がある。

ああ、3分の1が経過した。そろそろ別れの準備に取り掛かろうと検討できる場合もあるが、突然に終結が訪れてばたばたしてしまうことがある。

マスターは、「そんなことではいけない」という。「専門家として、何が起きてもいいような準備、計画、見立てをしておきなさい」と。

そして、援助関係は、日常の関係と違い、必ず(殆どの場合)終結が来る。出会いがあり、仲良くなり、別れる恋人達のようなものだろう。

別れたあと、いい想い出になるかどうかは、付き合い方による。

別れた恋人には、つきあったことで「成長した」といってもらいたい。

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2009年6月24日 (水曜日)

それを知っているなんてマスター凄いね

「まずい面接」は面白いです。

読み始めたら止められないと書いてある通り。人のしくじりほど興味があるものはない。それが、超一流のマスターセラピストならなおさら。

それにしても自分の犯した「まずい面接」をちゃんと分析し、その後の人生の教訓にしているところが凄い。

そのなかでも一番は、「ボクには失敗の面接はありません」というセラピスト。「なぜなら、クライアントの問題だからです」と云ってしまう。

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2009年6月22日 (月曜日)

感想

「脳の中の幽霊」:V/S・ラマチャンドラン

「まずい面接」ジェフリー・A・コトラー、ジョン・カールソン

「構造主義とは何か」上野千鶴子

を読んでいる。

平行して読む。少しずつ進めるようにする。

感想は後ほど

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千葉が待っている

ツール・ド・千葉の案内が来た。

早く申し込みましょう土井さん。

今年は靴を忘れません。

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高音がE

パパの歌をうたっていたら少年が「はい」と、清志朗のレコード(今時はCDという)を前に差し出した。

ひねくれ者の父親は、「はいって何だよ」と下がったところ、体格のいい少年は、清志朗の特集が掲載されている雑誌も差し出した。

それから、雨の日曜日、森のような外の景色と雨音を聞きながら、清志朗の人生を振り返り涙を流した。

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記念日

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2009年6月18日 (木曜日)

甘い言葉

鳩山さんの理想論と麻生さんの現実論で終わった討論だった。

麻生さんの言葉が現実的とも思えないが、鳩山さんの言葉の甘さが際立った。

愛とか共生とか、甘い言葉には気をつけなさいと云う。言葉よりのお金や効率が大事だと云ってきた社会は破綻した。

だからといって、だれも愛とは云わない。

アメリカン・ドリームとは云うが、日本ドリームとは云わない。日本に夢がないように愛もない。

だからこそ、鳩山さんの言葉が浮き上がる。

しかし、言葉には大きな力が潜んでいる。

今読んでいる「語りと騙りの間=羅生門的現実と人間のレスポンシビリティー :ナカニシヤ出版 金井他」のなかで、金井はアメリカの3人のリーダーの語り(演説)を取り上げている。

なかでもゲヒスバーグで行ったリンカーンの演説がたった2分であったことには驚いた。(あの人民の人民による~)

だとしたら、45分もあれば日本の夢を語る時間は充分にあるはず。

人民(国民)の夢を語る責任を感じ、それを言葉にする力を持っている人をリーダーと呼ぶのであろう。

だから、是非とも日本の将来的な夢を語って欲しい。

さらに、金井はリーダーには、4つのレベルがあるという。

第一レベル:リーダーシップの進化が問われる瞬間(最大の壁に直面するとき)

第二レベル:リーダーシップを涵養する経験(プロジェクトなどをそのつど完遂したとき)

第三レベル:生涯をかけて身につく人間力(くぐってきた経験を語るとき)

第四レベル:つぎの世代に語り継がれる物語(広く語り継がれレジェンドになるとき)

だという。

リーダーとして一皮むける時間軸としてみると、今のリーダーは何処にいるのだろう?

まずは一皮むける必要があるのか。

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問う力

長田弘の対談集「問う力」を読んでいたら、岡田監督との対談が面白かった。

コミュニケーションとしてのサッカーの話しをしていた。

タイの農村を回っていた時、よくサッカーをした。サッカーといっても、グラウンドでの試合ではない。

街の道路や、空き地でボールを蹴る遊びである。ボールもサッカーボールじゃない場合も多い。

その時のコミュニケーションの取り方には工夫がいる。

まず、子どもが遊んでいるところに割り込み、ボールを奪う。もちろん手を使わずに。

すると、奪われた子どもがボールを取り返しに来る。もちろん手を使わずに。

この手を使わないというルールがコミュニケーションを上手にする。

それからは逃げたり、ボールを取られたり、取り返したりの繰り返し。体の接触もあり、次第に笑い声がでる。

これは、何処にいっても通じる遊びとなり、子どもだけでなく大人もサッカーに入ってくる。

タイが他の国と違うところは、途中からセパタクローになるところだ。

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犬になりたかった少年

小学生の頃、犬になりたかった話を大学でした。

そしたら、ハムスターになりたかった人や犬に憧れるお父さんまで現れた。

人間より動物の方に魅力を感じるひとが増えたのだろうか?そういえば、人間より美味しいものを食べている犬や猫がいる。

しかし、ボクの場合、犬に憧れていたわけではない。

人間から犬に、犬から人間に変化する、その変化が楽しかった。

人間は2本足で歩くが、犬は4本で歩く。4本で歩くと2本では感じられない快感を味わうことができる。

また、ご飯を食べる時にも箸を使わないしね。

そうした、人間では味わえない感覚が面白かったのでパートタイム犬になった。

喋らないというのも面白い。どんな時でも「ワン」という。「ワン」には色々な「ワン」がある。「ワン」は奥が深い。

しかし、時間と共に、スローな生活は過ぎ去った。

しかし、老人に近づき、スローな生活を取り戻した時、再び犬になれるかも知れない。

そういえば、老人は杖をつき3本で歩き、その後、小さなタイヤと大きなタイヤの4本のタイヤのついた車椅子に座る。

言葉だって忘れ、「ワン」といっても誰からの怒られない。

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2009年6月16日 (火曜日)

しないようにの選択

お世話になるということは、人の言うことを聞くことに繋がる。

だから、人の世話にはなりたくないと思う。

人というのは、回りの人。つまり世間だ。世間は無言の力を持っている。それは恐ろしい。

栄さん(仮名84歳)は、普通に生活しているつもりである。このつもりが、世間からみると「普通」でないといわれる。人の言うことを聞いてお世話になれという圧力がかかる。

栄さんは困っていない。しかし、世間は「そんなことはない」という。危なくて見ていられないと言う。

それじゃ見なければいいじゃないかと栄さんは思うが、「そんな訳にはいかないでしょ」と言われてしまう。

病気は治したほうがいい、部屋はきれいな方がいい、ご飯は美味しい方がいい。そうかもしれないが、治し方や、掃除の仕方、ご飯の食べ方はみんな違う。しかし、正しさを押し付けられると参ってしまう。

正義なんていう言葉をつかう人は信じられない。それは、自分で云う言葉ではない。その人が去ってから民衆が言う言葉だと思う。

「~しないようにという選択」はこりごりだと栄さんはいう。

転びたくて転んでるのはない。転ばないようにと考えすぎると歩けなくなる。

人生の最後は死である。死は負けだろうか。

死なないように生きるのか、立派に死ぬために生きるのか。

栄さんの希望は一つだ。

いままで生きていたように明日も過ごしたい。

それだけである。

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2009年6月12日 (金曜日)

玉ねぎ

玉ねぎ
道端で玉ねぎを買った。
3こで100円だったので、2袋買った。
車のトランクに入れて運転をした。
今日は天気がよく、トランクの中の温度が上がる。
しばらくすると涙が出てきた。
それから、どんどん流れて止まらない。
教訓。
買った玉ねぎは早めに料理しましょう。

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2009年6月11日 (木曜日)

マニュアルは理念を実現するための手順

先日、施設にとってマニュアルはどういうものかという話をした。

マニュアルは手順であるが、それは、理念を達成するための手順だと思っている。

児童養護施設で生活する子どもたちにとって施設が与えられるものは安心できる「場」の提供と教育の機会である。

留岡幸助は、そのことを「家庭の愛と教育の機会の提供」という理念を掲げ、「家庭学校」を創設した。それが100年以上前の話である。

現在、多くの施設がグループ・ホームというグループケアを実践しているが、100年以上前に夫婦によるグループケアの実践が始まっていた。

それぞれの家庭では、家訓のような方針(理念)があり、教師であり、大人としての生き様を示すことを通じて子育てを実践してきた。

マニュアルは、同じような子どもを作るためでははく、願いを叶えるためのシステムである。

理念を実現するためには、その方法(専門性)が必要だ。

自分の子どもを育てるためにも、専門的ケアを行っている。気がつきにくいけどね。それが、様々な生きにくさやトラウマや課題を持って生きてゆく子どもを育てるには、それなりの、専門性がどうしても必要になる。

子どもの方からマニュアルを見るとどうなるだろう。

自分の生活を手順通りに関わられると思ったらうんざりするだろう。

しかし、大人の願いとして、何を大切にするかについてぶつかってくるとしたらどうだろう。子どもだってそれなりの力を出す準備をするだろう。

そうした相互交流が教育なのだろうか。

留岡幸助が、空知の教誨師をしていた時、密室教誨を一番大切にしていたという。監獄には、重罪を犯した罪人が収監されていた。

その監獄で唯一囚人と2人きりになる場所が密使教誨の場だったという。

そこで幸助は、「形式の隔たりは心の隔たりを誘起するから、君と僕とはこの部屋丈では同等同位置にする。それゆえ今から君と僕とは囚人でもなければ教誨師でもない。・・同じく同胞である、いわば兄弟だ。それゆえ何でも言いたまえ」と言ったという。

これはかなり計算された関りの手順だと感じる。(幸助が意識していたかどうかは別にして)

幸助は、囚人の問題を彼にのみ起因するとは考えず、その社会、環境、教育のシステムにあると考えた。

そして、このシステムを解決するには自分の力量不足を認識した。

その問題に深く関りたいと、その後アメリカに渡り、専門的知識とスキルを身につけて帰国する。

※参考資料 1987年 小林仁美 「留岡幸助の教育観の形成とその展開」奈良女子大学教育年報第5号 

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2009年6月 7日 (日曜日)

ゴール

富士山五合目に着く。

完走率98%の大会だけあった、ゆっくりでもマイペースで漕げばゴールにつける。

それにしてもしんどかった。

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まぶしいくらいの天気

まぶしいくらいの天気

前日の雨も上がり、5,000人のおじさん達が集まる会場に到着。

当日は、午前3時半に起床。サッカーの試合も見られず。

スタート地点は、標高1035メートル。ゴールの富士山五合目は標高2305メートル。標高差1270メートルをトップクラスの選手は1時間で登る。

スタートすると下りがない、ひたすら上り続ける、苦しい人生です。

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2009年6月 6日 (土曜日)

北原ミュージアム

フジヒルクライムの前日。

北原ミュージアムで。

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2009年6月 4日 (木曜日)

やっているのか?

ガマ君から質問が来た。

こんなふうに。

カエル君に質問があります。
①カエル君は、長いことずっと福祉の仕事をしていますが、どうしてですか。
②どうして、社会福祉士になったんですか。
③人のために役に立ってるという充足感ありますか。

①そうですね。長いこと生きてきました。生きている長さの半分以上はフクシというものを仕事にしています。しかし、それはたまたまです。偶然です。はじめは新聞を読んでこの世界に入りました。フクシをやっているのか?やってはいないでしょうね。ただそこに居るだけでしょう。

②これも、たまたまです。どうもいい加減な性格がわかってしまいますね。打算的な面がありましたが、それだけでは食べていけないのも現実です。

③人に役には立っているのか?いないでしょうね。何の役にも立たない人間になることが夢です。つまり、害がない人間というのか。仕事をしているということです。

充実しているか?役に立つという面では充実していないけれど、生活という面では楽しんでいます。

こんな答えでいいでしょうか。

結論。

カエルにとっての仕事は、池を泳いだり、飛び上がったりして人間を楽しませることではなく、カエルの人生(かえる生)を全うすることだと思います。

フクシは人のためになる仕事ではなく、人間とその環境に関する仕事です。結果として色々なことが起きますが、あくまで結果です。

人のためになっているかどうかは分かりませんが、自分のためにはなっています。それは、どんな仕事も同じでしょう。仕事じゃなくてもね。

そこに、自分なりの意味を見つけられる人の方が幸せですね。

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2009年6月 3日 (水曜日)

値切る

見積もりがでると、とりあえず値切る。

すると、相手が値段の必要性を説明する。

その説明を聞いて価値を認識する。

それから、別の所を探し、削れるか聞く。

すると、相手が、削った場合には後で余計に経費がかさむと説得にかかる。

その説得に負ける。

それならと、こうした場合はどうなるか質問する。

すると、その場合はこうなるといわれる。

最後に、それで、全体でどれだけまけられるか問う。

それなら、これだけにしましょうといわれ。

合点する。

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降りていく生き方

武田鉄也主演の「降りていく生き方」という映画の紹介する番組を見た。

「降りていく」とは、競争社会から、または、成功人生からだろう。

2003年には、横川和夫氏の「降りていく生き方」=べてるの家が歩む、もう一つの道:太郎次郎社がある。

降りるためには乗っていないといけない。乗っていた電車が大きければ大きいだけ、降りるインパクトがある。テレビでは、一流企業から降りた若者が紹介されていた。

べテルではどうだろう?

病気を抱え、その病気から降りることはできない。それなら、病気を「個性」として認知してしまおうと企業した。売り物は、病気を抱えた自分自身。

つまり、彼らは降りてはいないんだと思う。自分たちが乗れる電車に乗っているだけじゃないだろうか。しかし、世間から見ると、それは電車ではなく、乗り物にも見えないかもしれない。

つまり「降りる」とは、世の中の趨勢からみた乗り物=常識から外れ、自分の人生を見つけるように言われる。

そんなことはずっと昔から人びとはやっていた。

明治時代の社会事業家中には、世間が見向きもしなかった「慈善事業」に人生をかけた人が何人もいる。

彼ら、彼女らは、人生から降りたわけではない。

むしろ、たくさん尾人が歩ける道を作り、乗り物を走れせようとした。

もちろん成功した者もいた、失敗した者もいた。

それが、成功かどうかが問題ではなかった。

自分の願いが叶う道を自分の力で歩くことができれば幸せだった。そういう思い出読み直してみると、昔の人の物語は面白い。

僕自身は、はじめから電車に乗り遅れ、途中で追い出され、最後は電車を遠く見ながら歩き出した。

降りる前に、乗れなかった生き方というべきだろうか。

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ソリスト

映画館を出てきた女性が、「感動しなかったね」と友達と話していた。

一流の音楽院でクラッシックを勉強していた学生が退学し、その後、幻聴などで自分を見失いホームレスとなる。偶然に彼の弦が2本しかないバイオリンの音を聞いたコラムニストが、彼を記事にしたことから物語りは始まる。

空の視点から見ると大したことのない人生であり、地についた眼差しで見ると大きな出来事が起こっていることがわかる。

現実は、それほど感動的ではなく、一方で、感動的だ。

その差は見る者の視点にある。

映画は、空撮が何度も現れる。その点も面白い。

空から見るハイウェーは、幾何学模様にしか見えない。車に乗っている運転手の人生は見えない。しかし、実際には、様々な人生がその下には存在する。

感動は、それを想像できるかどうかにかかっている。

想像力とは、まだ知らないことを知りたいという願いのなかにある。

主人公の一つの眼差しでさえ、多くのことが語られている。

彼は家に住めないのか?住まないのか?それとも、家という概念がないのか?または、トンネルが家なのか?

感動するためには、それなりの準備が必要なのだ。

ソーシャルワーカーが言う、彼には病気である準備ができていない。診断をしても薬を無理やり飲ませることはできないと。

コラムニストは、彼の気持ちになかなか気づかない。それは、彼がアメリカ人だからかもしれない。人道的な白人だからかも知れない。

彼自信も、ソリストを理解する準備ができていなかった。

簡単に感動できるのは長島くらいであり、その何にでも感動する長島に感動するのが僕たちだ。

僕たちは、長島に感動する準備はいつでもできていた。

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