先日、施設にとってマニュアルはどういうものかという話をした。
マニュアルは手順であるが、それは、理念を達成するための手順だと思っている。
児童養護施設で生活する子どもたちにとって施設が与えられるものは安心できる「場」の提供と教育の機会である。
留岡幸助は、そのことを「家庭の愛と教育の機会の提供」という理念を掲げ、「家庭学校」を創設した。それが100年以上前の話である。
現在、多くの施設がグループ・ホームというグループケアを実践しているが、100年以上前に夫婦によるグループケアの実践が始まっていた。
それぞれの家庭では、家訓のような方針(理念)があり、教師であり、大人としての生き様を示すことを通じて子育てを実践してきた。
マニュアルは、同じような子どもを作るためでははく、願いを叶えるためのシステムである。
理念を実現するためには、その方法(専門性)が必要だ。
自分の子どもを育てるためにも、専門的ケアを行っている。気がつきにくいけどね。それが、様々な生きにくさやトラウマや課題を持って生きてゆく子どもを育てるには、それなりの、専門性がどうしても必要になる。
子どもの方からマニュアルを見るとどうなるだろう。
自分の生活を手順通りに関わられると思ったらうんざりするだろう。
しかし、大人の願いとして、何を大切にするかについてぶつかってくるとしたらどうだろう。子どもだってそれなりの力を出す準備をするだろう。
そうした相互交流が教育なのだろうか。
留岡幸助が、空知の教誨師をしていた時、密室教誨を一番大切にしていたという。監獄には、重罪を犯した罪人が収監されていた。
その監獄で唯一囚人と2人きりになる場所が密使教誨の場だったという。
そこで幸助は、「形式の隔たりは心の隔たりを誘起するから、君と僕とはこの部屋丈では同等同位置にする。それゆえ今から君と僕とは囚人でもなければ教誨師でもない。・・同じく同胞である、いわば兄弟だ。それゆえ何でも言いたまえ」と言ったという。
これはかなり計算された関りの手順だと感じる。(幸助が意識していたかどうかは別にして)
幸助は、囚人の問題を彼にのみ起因するとは考えず、その社会、環境、教育のシステムにあると考えた。
そして、このシステムを解決するには自分の力量不足を認識した。
その問題に深く関りたいと、その後アメリカに渡り、専門的知識とスキルを身につけて帰国する。
※参考資料 1987年 小林仁美 「留岡幸助の教育観の形成とその展開」奈良女子大学教育年報第5号
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