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2009年5月

2009年5月29日 (金曜日)

開業SW訪問記その2

久保田社会福祉士事務所を訪問する。

あいにくの雨であったが、快く迎え入れていただき、たっぷり話をすることができた。

何度も話をしているが、久保田さんの事務所で話をすると気持ちが引き締まる。色々と示唆に富む話を聞けた。

久保田さんの事務所には看板がある。

僕の家では、小さなこいのぼりを立てるくらいだ。

さすがである。

しかし、看板だけでお客が来るわけではないという。

そうだろう。

                    
事務所の風景。

部屋の中をうろうろ歩けるくらい広い。

それに整理整頓している。

これは性格だろう。僕家はこうはいかない。 

    

お昼になったので、近くのイオンモールに案内していただく。

こちらも久保田家に負けずに広い。

お昼はお寿司を食べた。

久保田さんの所には、7月にも伺います。

本日はありがとうございます。

本人を写すのを忘れました。次回をお楽しみに。

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2009年5月28日 (木曜日)

本箱から落ちた20冊の絵本

2002年夏と書かれた冊子が本箱から落ちてきた。

東京都児童観が推薦した「おとうさんが選ぶ絵本20冊」と書かれている。

東京都児童観が選んだお父さんに読んで欲しい20冊の本らしい。たぶんね。

20冊は、

「アンガスとあひる」 マージョリー・フラック 福音館書店

「おかあさん」 シャーロット・ゾロトウ 童話屋

「おやすみなさいのほん」 マーガレット・ワイズ・ブラウン 福音館書店

「おやすみなさいフランシス」 ラッセル・ホーバン 福音館書店

「カポックの木」 リン・チェリー 童話屋

「カンピーさんのふなあそび」 ジョン・バーニンガム ほるぷ出版

「くんちゃんのだいりょこう」 ドロシー・マリノ 岩波書店

「くんちゃんのはじめてのがっこう」 ドロシー・マリノ ペンギン社

「スガンさんのやぎ」 ドーデー 偕成社

「てぶくろ」 ウクライナ民話 福音館書店

「けんか」 シャロット・ゾロトウ 童話屋

「なかよし」 シャロット・ゾロトウ 童話屋

「はなのすきなうし」 マンロー・リーフ 岩波書店

「はなをくんくん」 ルース・クラウス 福音館書店

「ひとまねこざるときいろいぼうし」 H/A・レイ 岩波書店

「ペレのあたらしいふく」 エルサ・プスコフ 福音館書店

「ベンジャミン バニーのおはなし」 ビアトリクス・ポター 福音館書店

「もりのなか」 マリー・ホール・エッツ 福音館書店

「ラチとらいおん」 マレーク・ベロニカ 福音館書店

「わたしと あそんで」 マリー・ホール・エッツ 福音館書店

一番好きな本は「もりのなか」かな。

「ぼくは かみの ぼうしをかぶり、あたらしい らっぱを もって、もりへ さんぽに でかけました」と、はじまります。

ぼくも まいにち ぼうしを かぶり、あたらしい ほんを もって もりに でかけます。

そして、妄想の世界に溶け込み、目が覚めると、夕方になっています。

そして、夕方の匂いをかぎながら 家路を急ぎます。apple

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2009年5月27日 (水曜日)

思うようにならない自分

Aさんが思うようにならないと感じているBさん自身の気持ちも思うようにならない。

かといって、AさんがBさんの思うような行動をとったとしても、それはそれで気分のいいものでないことをBさんは知っている。

思うようにしたい訳ではなく、思うようにならない自分に対してイライラする。

毎週土曜日に丸くなった集団ができる。

その集団は順番に自由に話をする。自由に話をするとはなんて不自由なんだろうと2週目くらいに感じてきた。3週目になると辛くなり、4週目になると諦めの気持ち。

それでも休まず土曜日の朝を迎え、会場に足を向けるのは、その不自由さが気持ちいいからだ。

自分の話をすることくらい面白くないことはない。

誰かが聞いてくれるから話をするのであって、聞かれていないのに話をするとホントウのことをつい言ってしまい後悔する。

そう、毎週後悔ばかりして終末を迎える。

後悔は引きずる。

それでも生きてゆけるのは、だれも他人の話を聞いてはいないからだ。

みんな自分の話の後悔で精一杯になっている。

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2009年5月25日 (月曜日)

マニュアルを考える

養護施設サービスマニュアルというテーマで話をする。

資料を探していたら、ディズニーランドのマニュアル=サービス・コンセプトを取り上げている論文を見つけた。

どんな分野も関連している所があり、共通の原理がある。

話の導入としては面白いので、活用することにしてレジメを作った。

なかなか良いものができたと思う。

では、お楽しみに。

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2009年5月24日 (日曜日)

開業SW訪問その①

研究テーマを探しに、開業ソーシャルワーカー事務所を訪問した。

ソーシャルワーカーは、対人援助を職業にする職人である。

そんな職人がどんな顔をしているのか?

どんな価値観を持っているのか、そこのところが知りたくて全国を訪問しようと思っている。その第1回として土井さんの事務所を訪ねる。

土井さんは、千葉県習志野市の駅前に事務所を構えている。事務所は、事務的機能と共に、自転車置き場となっていた。
                  

対人援助と共に、自分の身体の援助も大切にしている。

その土井さんに誘われ、来月自転車で富士山に昇りに行く。そのため、仕事の話より自転車の話しが楽しくなってしまった。

本日の収穫は、開業すると自転車に乗る時間はたっぷり確保できるということになった。

土井さん、お話ありがとうございました。

続きを読む "開業SW訪問その①"

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2009年5月22日 (金曜日)

小さな大学

4月から通い始めた大学は小さな大学だ。

どれくらい小さいかというと、廊下で会う人には必ず挨拶するぐらい小さい。

だから、はじめは戸惑った。

若い女性に「こんにちは」と言われ、あれ、「どこかでお会いしましたか」と思わず聞いてしまおうかと思ったくらいだ。

首をひねているうちに、どこかに行ってしまったので助かった。

また、学食はお昼だけ開いている。そして、定食はすぐに売り切れる。いったい何食作っているのか分からないが、ちょっと出遅れると売り切れで、ラーメンとなる。

図書館の机も小さい。どれくらい小さいかというと、肘を広げるとぶつかるくらい小さい。しかし、その小ささが心地よくなる。

そして、生徒より鳥の方が多い。

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2009年5月20日 (水曜日)

ストレス耐性

分化レベルが高いとストレスに対する耐性も高いという。

ストレスを原因→結果という流れで考えると、何処かに問題(ストレッサー)があり、その結果としてストレスが生まれると考える。

しかし、ストレスは生じるというより、自ら生み出していると考えることができる。

そこには自らの感情と感情をコントロールしようとする知性の葛藤が生まれている。

今僕に襲いかかっているストレスは、僕の人生における葛藤そのものであり、テーマと呼べる。

テーマは、反芻される。繰り返しやってくる。時には叩きつぶされ、時には克服したかのように思われるが、やがて復活する。

生きている以上仕方がないことだ。

そのストレスからの回復が早いか遅いかが問題である。

道は沢山あり、どこも同じところに通じている。行き止まりの道をあえて選んでしまうところにストレスの困った機能がある。

どうしていいかわからないときは止まっていることができる。

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2009年5月19日 (火曜日)

本を汚す

リン・ホフマンの「家族療法学」その実践と形成史のリーディング・テキストを読んでいる。

物忘れが激しく、読んだ先から忘れるので、忘れてもいいように本にメモ、感想、コメント、注を書き込み、分からない単語については、インターネットで調べてメモしている。

すると、だんだん本が汚れてくる。

少し読み進み、振り返ると内容がつかめるようになる。理解できるとか、わかったとかではなく、つかめる。

自分にとって大切なものがどこにあるのかを知ることができるようになる。

しかし、スピードは遅い。

そのうち必要なものと、捨てるべきものが分かってくるだろう。

太平洋を浮き輪で泳ぐような感じだろうか。

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2009年5月16日 (土曜日)

本を読む前にすること

本を読む為には、内容を理解しないといけないと思っていた。

しかし、理解するとはどういう事だろう?

なぜそのような問いを立てるのかといえば、理解したつもりでも、すぐに忘れている事実にぶつかっているからだ。

今では、読んでいる先から忘れてしまっている。まるで、忘れるために読んでいるような気さえする。

例えば、500頁の本を読み、面白かったと感じても、その「面白かった」という感想は、全体のストリーから感じるものであったり、著者の言い回しであったり、イメージの多様性であったり、とにかく、様々な要因がそこには含まれている。

そこに書かれているものの中から勝手に選び取り、勝手に解釈する作業をつうじて面白いと感じる。

それは、理解とは程遠い作業をしているのだろう。

今日、普段絶対に手に取らない本を手に取り、ある目的を持って読んでみると、目的に応じた内容が書いてあることにびっくりした。

つまり、本には読者を満足させる多面的な要素が含まれているのに、その中の一部しか活用していない。解釈やこじつけをおこなえば、どんな本にも関連する内容や意味は存在する。

本を読む目的が大切で、それを読む前に意識することが必要だ。そんな漠然とした思いをもって再び本を手に取ったら、同様の意見が書いてあった。

私たちは、自分が感じたいように物事を見ている。

自然が美しく思えるときは、自然を美しく見たいという気持ちがある。人を好きになるときも同じような事がおこる。

きれいだと思うから綺麗なのであり、その思いが伝われば、実際に以前より輝く。

そこに主体的に物事を取り込む作業が生まれる。

まあ、主体的な作業は疲れるから、寝る前はボーと難しい本を読み、前日何をしたかわからないほどぐっすり眠れることが幸せだと思うけどね。

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2009年5月13日 (水曜日)

もしもの時

「もしもの時はどうするんですか?」と聞かれた。

もしもの時とは、どんな時だろう。

一般に瀕死の状態などをさしているんだろうが、それがもしもかどうかは人によるだろう。

他人の危機的状態に際して援助者は戸惑いをそこに感じる。

瀕死の本人にとって、その時は「もしも」ではなく、「来るものがきた」ということだろう。

実際は、そんなことも考えられないけどね。

「もしもがないようにしたいんです」という。

それは、本人の希望というより、援助者の願望である。

どうして他人の生活や命にそんなに関心を持つのだろうか。

それは関っているという事実により、あなた=私という関係を築いているからだと思われる。

あなたと私は他人であると同時に、あなたは既に私になってしまっている。

共感と呼ばれるものの厄介なところは、共振的なブレを生むところだ。

特に感情が大きく揺れる被援助者に関るソーシャルワーカーは、自分の揺れが誰の影響なのかを精査する必要がある。自分で揺れているうちはそれを押さえることもできるが、他人の揺れに共振してしまうと、振幅は倍増する恐れがある。

そんなときこそ、もしもを含めた現状認識をする必要が生まれる。

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2009年5月12日 (火曜日)

おいしい

右手に漆のフォーク、左手に匙を持ち、はじめは寒天をつついていた。

しかし、まどろっこしくなったのか、匙ですくいはじめた。

鶴さん(仮名)とおしるこ屋に入ってクリームあんみつを注文した。

鶴さんは、さっきから嬉しそうに喋りっぱなしである。

「こんな美味しいものは生まれて初めて食べた」と何度も繰り返す。

そして、「あんたも食べなさい」というが、アイスクリームとあずきを混ぜるのに集中しているので、顔は下を向いたままだ。

こんなに幸せな人はいないんじゃないかという顔をして食べることに集中し、それでも喋ることをやめない。

しまいには、器を持ち上げ、最後の一滴まですくいあげた。

鶴さんが美味しそうに食べるのを見ていた。

ずっと、一言も喋らず見ていた。

見ていて全く飽きなかった。

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2009年5月11日 (月曜日)

クライエントとの距離

ロジャーズの自伝を読んでいる。

クライエントという言葉を遣い、その力を信じていたロジャーズだったが、一番信じて欲しかったのは自分の可能性だったようだ。

厳格な家庭で育ったことが彼の人生に与えた影響は大きかった。

家庭や親の影響により人との距離の取り方が違ってくると思う。

特に、困難な関係であった人と和解したり、その人が近寄ってきたりすると、距離感を掴めず揺らいでしまう。

今日も、クライエントから依頼の電話があった。

電話を掛けること自体勇気のいる仕事だということを知っているので驚いた。依頼内容は大きなことではない。すぐにでもできることであり、誰がしてもいいようなことだった。

クライエントは云う、「すぐに来て欲しい」と。

さてどうしよう?

厳格でない家庭で育った僕にとって親との距離の取り方はそれはそれで結構難しい。

それに期待を受けて育ってこなかった子どもの特性として、深い関係を結ぶことができない。用がなければ親にも会いにいかない。

先日、クライエントの関係者に電話をした。

他人だから冷静に話せることもあり、家庭内の関係調整をすることがある。

何年、何十年という時間が流れていたりする。

大きな溝があり、近づくことさえできない場合もある。

それでも、距離がどんなに遠くてもたどり着けないことはない。また、どんなに近づいても0より近づくことはできない。

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2009年5月10日 (日曜日)

母の日

少年が朝、「ありがとう」と母親に言っていた。

夕方、プレゼントだとケーキを買ってきた。

母親は喜び、少年は父親に請求書をまわす。

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サドルを取り替える

1週間ぶりのツーリング。

パンツを3枚はき、サドルを変えた(写真)。

クッション性にすぐれたサドルに変えたことで乗り心地はいい。

秋川の温泉まで往復90キロ。

行きは順調だが、70キロを過ぎた辺りで案の定足がつりだした。

運動不足と年齢が影響していることは明らか。自転車から降りて歩き、下りがくると再び乗る、の繰り返し。

やっと帰宅。

ちなみに、パンツ、猿股、ブリーフと重ねてはいたわけではありません。

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2009年5月 9日 (土曜日)

独り言

今日は独り言を沢山聞いた。

駅前でティーシューを配っていた。

目の前を歩く同年代の女性が、差し出されたティシューを右手で掴んだ。次の瞬間。

「右手で持ったら、左手に持ち替え。左のポケットが空いているからこっちに入れますよ」

と独り言。

えっ。それは、誰かに話しかけているようで不思議な気分がした。

車を駐車場に入れ、カードを取ろうと機械の前に進んだ時。

機会には紙が貼られていた。

同年輩の女性が紙を見ずに、サービス券を入れようとするが入らない。

紙には「現在故障中」と書かれている。

僕が、「機会が壊れているようですよ。現金で払わないといけないかもしれませんね」と教えてあげるが。

次の瞬間。

「えっ。困るじゃない。あの人が大丈夫だって言ったんだから」と怒っている。

僕に話しているのかと思ったら。機会に向って一人で喋って、再びカードを入れようとしている。

時間が掛かりそうだったので、その場を離れる。

お昼。

スーパーで弁当を選んでいた。安く美味しそうなお弁当が並んでいる。

そこに、同年輩の女性がやってきた。

次の瞬間。

「どれにする?」と。

僕に聞いているのかと思い顔を見るが、そうじゃない様子。

続いて、「500円が魅力なのよね」という。

やっぱり、僕に言っているのかと思い顔を見るが、また、違う。

「迷っちゃうから、後で選ぼうっと」と、左手を頬に当てて行ってしまう。

みんな僕をからかおうとしているのかと思うほど、独り言がうまい。

こういう人が長生きするんだろうと思う。

僕も早く、ティシューや機会や弁当に話しかけられるようになりたい。

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2009年5月 8日 (金曜日)

自信のなさと年齢

少年は自信をもてないで悩んでいる。

10代というのは不安定な時代だと思う。

自信がないと云う反面、過信している部分も多い。

何にもできないように感じ、一方で何でもできるように思える。

万国博覧会でわき返る頃が中学生だった僕にとって、もう一方は学生運動だった。

破壊と建設、夢と絶望が入り混じった空気を感じながら自分の小さな世界に閉じこもることが好きな少年だった。

世界の広がりを感じ始める頃でもある。

街を出る時代でもある。

一人で、旅に出たのもこの時代だ。

そうした非日常の積み重ねによって、「できている」自分を感じた。「できない」と思っているのは自分だが、外に出た瞬間、自分の足で歩いている「事実」が大きくなる。

そうした行為は現在も続いている。

4月から大学院に通い始め、毎日本ばかり読んでいる。

理解できない頭も使ううちに動き始める。

そこには一定の量が必要だ。一定量以上のモノが頭に入った時、脳は動き出す。それは、考えることではなく、繋がる感覚。

それでも人の名前は全く覚えられない。

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2009年5月 6日 (水曜日)

「ノ」を云う自由

「人は問題を解決する〈回答〉を必要としていない。人が必要としているのは、症状に焦点を当てるのではなく、個として自分のために明確に方向性を定めることに焦点をおくことである」:家族評価;マイケル・E・カー

映画「やればできるさ」のなかで、精神病の専門でないロッソは、自分がいいと思うことを患者もいいだろうと思い実践する。

ロッソのアプローチは、それ以前の薬付けの患者の可能性を広げ、新たな世界を生み出した。

そして、仕事が順調に進み始めたとき、彼は、より大きな課題に取り組もうとする。つまり、より大きな仕事をこなし、より大きな収入を得るための試みを始める。

それは彼の課題であり、彼の人生において達成できなかった葛藤だと感じる。

ロッソは、新しい仕事がいかに重要か、そして、患者たちの生活をいかに変えるかを熱弁する。

それまで「スイ」と言ってきた者たちは、はじめて「ノ」と手を挙げる。

ロッソにとって重要な課題は、多くの患者を社会に出すことであり、そのことを通じて自分の未完成の課題を満足させることだったように見える。

しかし、患者にとっての問題は、目の前のバカンスであり、食べるものであり、女性との交際であった。

患者の方が自分のための方向性がはっきりしていたということだろう。

初めて意見を否定されたロッソにドクターが掛けた言葉が洒落ている。

「今までやってきたことの一番の成果だったね」

迎合することより否定すること、人生にフォーカスすることが如何に難しいかが分かっているからこそ、「ノ」という言葉を待っていた。

どうしても解決する「回答」ばかりを探してしまう僕にとって、一番いい場面であった。

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イタリア映画際2009

「私を撮って」

プレカリアート(非正規雇用)をテーマにした映画。

しかし、日本で派遣労働が「貧困」をテーマにして語られる一方、イタリアでは、非正規雇用が恋愛にどのように影響するかをテーマとしている。

雇用の不安定な俳優とフィルムの編集をしているカップルのドキュメンタリーを撮る2人の映像作家をさらにカメラが追いかけるという手法をとっている。

夫婦の生活に24時間密着し、カメラを回す二人。その中で、夫婦の危機が訪れ、言い争い、浮気、葛藤、育児、仕事と、生活を追い続けながらカメラが回る。

非正規雇用のテーマは次第に何処かに行ってしまい、恋愛映画としての色が濃くなるが、そんなのお構いなしにカメラは回る。

演じる俳優はドキュメンタリーカメラの前での演技をしながら、映画の物語を演じる。その表情が微妙に変わり、突然輝きだす。

食べること、愛すること、ママを大切にすることがイアリア人にとって大切なことなのだとしたら、日本人にとって大切なことは何だろう。

全てのベクトルが愛へ向う人間関係というのも難しいようでいて、なかなか楽しいと感じる。とにかく人生を謳歌しようとする力は凄い。

妻を演じるアルバ・カテリーナ・ロルヴァケルは魅力的だ。

表情だけで、そんな目で見ないでとふらっとする。

と思いながらパンフレットを見ていたら、イタリア人のどの役者、監督も恋する目でこちらを見ていた。

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やればできるさ

イタリア映画際「やればできるさ」

精神病院から出された組合員の組合長になったロッソは、「やればできるさ」と、組合員の収入を増やすために奮闘する。

映画の背景となっているイタリアでは、1978年、精神病院の閉鎖と地域医療の実現を目指す180号法(精神科医の名前をとってバザリア法という)が制定された。

バザリアは、1961年、ゴリツイアの精神科病院の院長に就任し、病院の現実を目にし、その悲惨な現状に驚く。身体拘束、電気ショック療法は当たり前であり、病人のためではなく社会のために病人を隔離する政策を取っていた。

1971年にトリエステの病院の院長になったバザリアは、開放病棟の中でのレクリエーション、行動療法に力を入れる。さらに、患者を社会に解放し、治療は地域社会の精神衛生センターで行うことを実践する。さらに、1977年には病院を閉鎖する。

その翌年、バザリア法が制定された。

この映画は、1983年のミラノが背景となり、バザリア法により病院から出された患者が就労のための組合を作っているところからはじまる。

組合は、市から仕事を貰っているものの、患者は薬づけにされているため、補助的な仕事しか回ってこない。

そこにやってきたのが組合長のロッソ。組合員会議で、補助的仕事でつまらない仕事を続けるのがいいか、市場の仕事をとり収入を増やすのがいいかを問う。

そしてはじまったのがフローリングの寄せ木貼りの仕事。廃材をパズルのような作品に仕上げることで人気が出て、仕事がどんどん舞い込んでくる。

しかし、

生きにくい人たちを扱った映画でありながら、笑って見られる(差別感を感じないというよりも製作者たちの人間観が明確である)。その笑いが課題を解決する鍵である。

そこには、マイナスをプラスにしながら生きてゆくイタリア人の人生観が垣間見られる。

閉鎖社会の中に押し込めることがいかに人間の可能性を小さくしているかを問うていると同時に、精神病院を閉鎖するという荒療治を生かすためには、常識では考えられない療法をする人(ロッソのような人)が必要なのだろう。

理念ばかりが先行する常識的な社会ではこうはいかない。

個人的には、性に対する明るさが感動的だった。

イタリアではこうした患者の組合が何百とあるという。それぞれの組合が独特の方法で稼いでいるんだろう。

100年に一度の不景気を解決する方法は、ここにあるのかもしれないね。

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2009年5月 4日 (月曜日)

お粥

お粥

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ずっと夢を見させてくれてありがとう

清志朗のイマジンを聞いている。

中学生の時、「僕の好きな先生」を歌っていた。

美術の先生が好きで、よく美術室に行った。

美術室は、勉強が嫌いな生徒のたまり場だった。何もせずに油絵の具の匂いをかいでボーとしていた。

美術の先生はいつも汚れた洋服を着て、やる気のない顔で煙草を吸っていた。

先生の家にも遊びに行った。

押入れに入っているキャンバスには裸婦が描かれ、先生が席を外したときにそっと覗いた。

ジュースを飲みながら裸婦を見ることはいけないことのような気がしたので、先生に見せて欲しいとは云えず、黙っていると、先生も黙っていた。

2人で黙ってジュースを飲んで、しばらくして、とつぜん「さよなら」を云って帰ってきた。

デイドリーム・ビリバーを聞いている。

30を過ぎて、タイの農村に行った。

言葉が通じず、仕事もなく、熱く、滅入っていた。

高床式の床に寝そべり、木の冷たさを肌に感じ、この歌を歌った。

歌っていても、いいことは何もおこらないことは分かっていた。それでも心のバランスを保つには薬になった。

2008年2月10日武道館に行った。

会場のモニターに映し出される清志朗の優しいまなざし。

闘病生活から復活したことを歌で伝えようとしているが、彼の優しいまなざしだけで胸が一杯になる。

それから、僕の心は君の歌で満たされている。

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2009年5月 3日 (日曜日)


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誇り高い人生

わけもなく 涙ぐむのは

君のこと想っているから

悲しい涙じゃない あったかい気持ち

ありがとう

清志郎

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2009年5月 1日 (金曜日)

福祉はビジネスか?

福祉ビジネスは儲かるのか?という検索があったので、そのテーマで書いてみたい。

福祉はビジネスだろうか?

福祉がビジネスといわれたり、介護業界と言われるようになったのは、介護保険という制度が大きく影響している。

つまり、福祉(介護)産業としての裾野が広がり、資産を持つ高齢者の増加、福祉を産業とする(民営化)政策が進んだ。

それは閉鎖的な業界に光を当てることになり、評価という視点でサービスをみる仕組みができるなど一定の効果を生んでいる。

その一方で、社会の責任であった福祉を個人の責任(能力)に置き換えた結果、格差が生まれた。

国としての方向が決まらないままにして、一方で、「民間にできることは民間に」というあの人の甘い言葉に騙され、民営化は進んだ。

行政の措置制度で運営させている福祉施設はもはや少数となり、殆どの福祉は表面的には民間(のような)になった。

のようになっても、全く民間になっていないところが日本的であり、税金が使われている。

税金を投入することでコントロールしようとするので、ますます、自由度がなくなり、細々とした福祉が行われている。

そうしたビジネスを福祉ビジネスとするなら、儲からないとしか云えないし、儲からないような制度、しくみを作ることで税金が使われている。

もし、儲かる福祉を行おうとするのであれば、行政から独立した、また、福祉システムから独立した、新しいモデルをつくる必要がある。

しかし、福祉は儲かるだろうか?と云っているようでは未来はないだろう。

儲からないからこそ、そこに楽しさがあり、やりがいがあるという発想の転換こそが、新しいビジネスモデルになると思う。

※ソーシャルワーカーは生活できるか?

というテーマであると、結論は違う。

充分に生活できる。それは、僕の周りの独立ソーシャルワーカーは皆何とか生活していることで証明できる。

また、このテーマについては、今年調査をしたいと考えているので、また、報告したい。

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パ・ラ・ダ

イタリア映画際に行く。

「パ・ラ・ダ」

パラダとは、ストリートチルドレンのサーカス団の名前。

作品の紹介には「心がすさんだ子どもたちが、一人の外国人との出会いによって人間性を取り戻す、実話に基づいた感動作」とあった。

チャウチェスク政権が崩壊し、ルーアマニアの政情が不安定になり、経済の沈滞、政情不安が広がり、貧困が子どもに覆いかぶさっている状況が見える。

そうした社会にあって、「心がすさん」でいるのは子どもではなく、社会の状態が一番弱い子どもに現れているだけだろう。

映画では、施設から逃げ出してきた子どもたちが、生活の糧を得るために都市に出てきた。住処としてマンホールの中を選んだ。

施設では「殴られる」と子どもが言う。大人が子どもを収容する施設でさえ、充分な職員を確保できず、子どもが脱走するままになり、脱走した女の子が暴行され殺される。

子どもたちは生活のために身体を売り、お金を盗み、路上で生活する。苦しい生活を紛らわすためにシンナーを吸う。

そんな劣悪な環境の中かに飛び込んだ青年はNGOの職員と共に子どもの自立を支援する。

まさに、ソーシャルワーカーとして働く。

彼のアプローチはユニークだ。

ピエロとして子どもに接近する。アコーディオンを操り、子どもの内面を揺さぶる。さらに、悪臭が漂うマンホール生活を共にしようとする。

しかし、殆ど巻き込まれてしまい、事件が起きる。この辺の距離の取り方は非常に難しいものがある。

また、ソーシャルワーカー実践としても興味深い。

彼自身がどうしてストリートチルドレンに興味を持っているかを映画では詳しく語っていないが、彼を動かす動機には興味をもった。

そして、彼は、自立のためにサーカス団を結成する。

たしか、スペインにもベンポスタ子ども共和国といものがあり、子どもが中心となりサーカス団を結成して活動をしていた。

30年ほど前にバンコクのNGOの職員と一緒に行動したことがある。そのNGOは、農村から出てきたストリートチルドレンを保護する活動を行っていた。

農村の貧困により児童売買、児童労働、児童買春が行われていた。

特に、子どもの労働環境は劣悪であった。

その子どもたちが再教育できる施設にも足を運び一緒に生活をした。

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