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2009年4月24日 (金曜日)

利用者の交えない担当者会議

利用者の交えない担当者会議の出席を断りました。

後見人は利用者本人だと云われます。

実際は本人にはなれないので、本人のように振舞うだけですが。

それでも、本人に代わって担当者会議に出席したりします。

でも、参加しないこともあります。

担当者会議の目的がどこにあるのかを確認し、会議の開催が必要かどうかによります。

しかし、参加しないことの後ろめたさは感じます。

会議というのは、目的が明確である場合でも、次第に、会議をすることが目的になります。

情報の共有をするためということもあり、とりあえず集まって確認することもあります。

それらを否定するつもりはありませんが、会議の中心議題が自分ということになると話は別です。

自分のことを話し合うために人びとが集まるというのなら、その目的が明らかでないと不安です。

ほっといて欲しいと思うこともあります。

また、プランを決める会議を開いて、その後、「こうなりましたので宜しく」といわれましても、「そうですか」とは云いたくありません。

そんなの自分のプランじゃないと思います。

そう思うほうが当然です。

反対したり、否定したり、自己主張したりすることが難しい日本です。

主張する中に、その人の本音があります。

それを汲み取って欲しいのです。

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コメント

なんか知的障害者の施設では日常茶飯事です。
デイケア(同じデイケアでも高齢者ではそんな事も無いのに)よりも入所施設の方が著実です。

職員との意思疎通が難しくなればなるほど蚊帳の外にされ、選択肢を奪われ、希望しない事をやらされ、自己主張しようとすると問題児(成人年齢でも知的障害者は子ども扱いですね)にされる。
そんな施設でも第三者評価が高かったりする。

同じ障害者基本法で括られてはいても身体とは雲泥の差です。

そんな事実を汲み取れる職員が居ればいいのですが、専門知識や資格なしで働ける職場では多摩川で砂金を探すようなものかも知れません。

投稿: 時任君 | 2009年4月25日 (土曜日) 10:28

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