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2009年4月22日 (水曜日)

在宅で暮らす

一人暮らしの人が人生の終末期、家で暮らすことは難しい。

それは、本人にとってではなく、回りの大人にとって難しい。

本人の意志とは別の常識が働き、「施設へ」又は「病院へ」という話になってしまう。

在宅を支えるためにケアや医療制度がある。しかし、ケアや医療は、在宅向きの人には厚い支援を行うが、在宅に向いていない人には限界があるという。

その「向いている」とは一体どんのことかといえば、ケアや医療の「持分」をさしているようだ。

ケアや医療の専門性が高まるに従い、持分が細分化された。ここまでは在宅で、ここからは専門的施設でということになる。

それは、そのほうが専門的な治療、養護、関りができるからだと云われている。

そういわれる場に、本人はいない。

何しろ、本人は判断能力が衰えている場合が多い。

選択肢が家以外になかった時代にはどうしていたかといえば、どんな状態になっても見守ることを続けてきた。

ひたすら祈ることしかできなかったのかもしれない。

それが、専門性が高まり選択肢が増えた現在。黙って見ている事は悪いことでもしているように見られる。

何がいいのかは分からない。

ただ、そのままにしていて欲しいという選択もあるように思う。

ここまできたら、旨いものをたらふく食べてみたいというような人もいれば、節制して1分でも長く生きていたいと思う人もいるだろう。

それは、その時にならなければ分からない。

ただ、分かるのは本人以外にいないことだけは確かだ。

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