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2009年3月 9日 (月曜日)

続けること

悼む人を読んでいる。

今日、第三者評価のフィードバックに行った。

フィードバックとは、事後報告のこと。

そこで、話をしていたら、「訪問の時も同じことを云っていましたね」と言われた。

そう、同じことをいつも云っている。

しかし、そのことに気づかない。

初めての場所なのに、「あれ、前に来たことある」と感じることがあるように。

「・・・・・・・・」と話をしていて、「あれ、同じことを云っている」と感じることがある。

そう、何度も同じことを云っているうちに自分の言葉になる。

静人(悼む人)の行動も繰り返しばかりだ。

繰り返しているうちに、形ができてくる。

形ができてくると、変でなくなり、その形が当然、いや、立派に見えたりする。

お茶も、踊りも、能も歌舞伎も、形ができてくると文化になる。

静人の動作もだんだん型が決まってきた。ただ、場所が問題である。

形は、環境に左右される。それを見るべき場所がある。どこでもいいわけではない。

お茶を点てるのは茶室と決まっている。茶の心を感じながら心を落ち着ける。

しかし、静人の行動は、場所を選ばない。人の心を乱す。

まるで、乱すことを目的にしているように見えてしまう。

静人は。

そんなことをして何になるのか?

よく、そう聞かれる。

何にもならないからやっているのだと思う。

意味がないことだから、長く続くこともある。

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