いやーどうも
いつも怒られている人からお願いの電話をもらった。
その上、感謝の言葉まで添えられ、最後には、健康の心配までされてしまった。
その変化には時間が必要だったのか、それとも他の要因が必要だった分からない。
それまでに、やってきたことは、殆ど無意味に見えるようなことだった。こんなことをしても自己満足以外の何物でもないだろうと思いながらも、そのうちに何か変化が起こることを祈りながら行動してきた。
この場合の意味とは何だろう。
自分勝手の解釈を与えることで、情況の変化を望んでいる。
しかし、現実には状況は変わらず、事態に変化は起こらない。
ところが、水面下では、着実に何かが動いている。
それが見えないということで、何も起こっていないと考える私たちは、意味を見失う。
そう、コミットしたら変わった訳ではない。
変わるだけの必要性、必然性があったのだろう。それは、誰にも分からない。当の本人でさえ。
また、変化はいいことだけではなく、悪いことも含んでいるからややこしい。
しかし、絶えず変化を続けながら生き続けてゆくという、生き方のようなものを学んだことは確かだと感じる。
今は、過去の私ではない。そして、これからの今をどう作るのかを決める自由を獲得しできたことは大きい。
将来が明るいなどとは云えないが、何があっても変化続けていけるだけの動きが生まれたように感じると嬉しくなった。
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