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2009年1月

2009年1月29日 (木曜日)

食堂からの景色

武蔵野市の食堂でBランチを食べた。

焦って唇をかんだ。

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2009年1月28日 (水曜日)

児童養護施設

少年が通う中学校と通ってた小学校が廃校になり、それに伴い、福祉施設を建設する計画が明らかになった。

計画では、高齢者の施設と児童養護施設が来るらしい。

そこで住民が騒ぎ始めた。

老人の施設ならまだしも、児童養護施設が来ると学校が荒れるという。また、地域の治安が悪くなるという。さらに、不動産の資産価値が下がるという。

感情的な発言は、児童養護施設の実態ではなく、イメージで語られている。

しかし、どこからそのイメージはやってくるのだろうか。

先日訪問した障害者施設も、住民の反対にあい、住宅地から離れた自然豊かな土地に建設された。

「障害がうつる」という声がある。

どうしてそんな酷いことが言えるのか。

それが他人のことだからだろうか?

児童養護施設の場合、親世代の反対が多い。親にとって子どもに不利益なことは避けたいと願う。学校が荒れる要因として養護施設を見ている。

子どもたちが可愛そうだという。

その場合の「こども」は、「私の」子どもである。

「社会の」こどもを地域で育てようということを言ってみても、まず聞き入れられない。

そこには正論より、我論が優先される。

なかなか難しい。

それが、アメリカの基地ならどうだろう?

原子力発言所ならどうだろう?

その必要性(必要悪)は感じても、自分の問題となったとき、その人の本音が見える。

さて、はて。

環境問題、経済、政治など、テレビの中の話は建前で語れるけれど、自分に振るかかる問題になるとね。

ボランティアに行くことを考えて、マンドリンの練習を再開しようかな。

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確定申告

今日一日確定申告と格闘した。

税務署に行き、下書きした申告書を元にいろいろ聞いた。

税務署の職員から丁寧に、優しく、しかも、同情的に指導していただいた。

それから、インターネットでの申告(計算)を実施。

指示に従い数字を入れると自動計算するしくみになっていて、使いやすい。

Eタックスで5人程の申告計算を済ませ、会社の申告も入力する。

申告書の入力を5人ほどすると、すこしだけ理解が進んだ。やはり、数をこなすことが大事なんだろうね。

ちなみに

事業所は赤字です。

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2009年1月27日 (火曜日)

食事の時間

11時過ぎに食堂でお昼を食べている人たちを見た。

病院の話し。

看護婦さんに、「夕食は当然6時ですよね?」

と聞くと、

「5時半です」と教えてもらった。

朝食が8時で、お昼が11時半、夕食が5時半だとすると、9時間の間に3食食べることになり、残りの時間はお腹が空かないように寝ているということだろうか。

職員の勤務を考えるとこうなうのか。

効率的な仕事を考える時代ではない。

むしろ、仕事をシェアする時代が来ているのだから、給与を分け合い、人を増やし、夕食は7時から8時にして欲しい。また、お風呂は夜に。

当たり前というのは怖い。

病院の当たり前を変えるにはどうしたらいいのか?

看護師が少なくなり効率的な「作業」を目指すと、患者の人権が侵される。

それでいて、患者は発言できないしくみになっている。

お金を払っているのは患者なのに。

それに、医療的なケアを受ける時間(期間)はとっくに終わっている。

それでも彼らは云う。

「置いてもらっているだけでありがたい事ですよ」

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身体拘束

昨年、身体拘束廃止への取り組みの話をした。

そしたら、今日、被後見人の身体拘束の同意書に関する依頼があった。

病院や施設では、身体拘束の同意書を取りたがる。

取りたがるのには、理由がある。

国は、身体拘束廃止の取り組みをしている一方で、身体拘束を行う場合の条件を定め、そこに、家族などの同意書を上げている。

実際は、緊急止むを得ない場合であり、生命に危険な場合であり、さらに、一時的であるというかなり条件を定めている。

それにも関らず、同意書があれば「大丈夫」的な取り組みが進んでいる。

困ったことだ。

さらに、同意とは「同意権」がある場合に行われるものであり、家族は当然のように同意権を有する訳ではない。

まして、身体拘束(逮捕・監禁罪が適用されるような行為)に関して、他人が同意権を行使できると考えるほうがおかしい。

当然、成年後見人の業務ではないと考える。

じゃあどうするんですか?

とすぐに聞く人がいる。

それは、あなたが考えることでしょうと答えておきましょう。

結果、どうなったかといえば。

同意書にサインせず。また、当面様子を見てから考えましょうと先送りにすることになりました。

何の成果もないかというと、そうでもない。

そんなことを繰り返しているうちに、いい知恵が浮かんでくると思っています。

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まつげ

帰宅途中の中央線の車内。

横に座っている女性の友人が電車を下り、一人になったその女性の顔を見てびっくりした。

目の上のまつげがチョウ長い。

そう、マッチ棒が10本は軽く乗るだろう。

実際、マッチ棒を持っていたら、そっと乗せてみたくなったが、残念なことに持ち合わせがない。

そのまつげから目が離せなくなり困った。

怪しいおじさんではないというところを見せて、前を向いているのだが、チラチラとまつげを見てしまう。

しかし、そんなに長くしてどうするつもりなのだろう。

たまに、爪を長くしているびっくり人間をTVで見るが、付け睫が30センチもあると、前が見えなくなるだろう。そんな心配をしてしまう。

首が疲れるので、反対側を向くと、おじさんの短い睫が目に飛び込んできた。

これはこれでなかなか可愛いと思える。

このおじさんが付け睫をしたところを想像していたら、降りる駅が通り過ぎいた。

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2009年1月26日 (月曜日)

新年会の夜

新年会の夜

プレゼントを見せびらかしているところの絵。

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2009年1月25日 (日曜日)

どうして福祉職の給与は安いのか

介護福祉士の人数が多い施設には加算をするという政策を打ち上げ、施設では介護福祉士の養成に躍起になっている。

それでも介護や福祉職の給与は安い。

初任給こそ大きな開きはないが、年齢を重ねるに従い一般職との給与格差は大きくなる。

それもそのはず、サービス業と云えども、お客(利用者)のお金だけで成り立っている訳ではないから、何年立っても収入は変わらない。

そういうしくみが福祉のしくみである。

介護保険制度についても、サービス量を増やせば負担が増えるしくみになっているので、それを避けるためには税金を投入するしかない。

しかし、小さな政府を目指す日本では、受益者負担を掲げ、箱物(施設)を作らず、税負担を少なくするという方向に進んでいる。(建て前は)

そもそも、福祉は仕事なのだろうか?

福祉やボランティアは、仕事ではなく、事業だった。(100年ほど前は)

事業は、有志の事業家、又は篤志家が行うものだった。

それを政策として行うのなら税金を投入するしかないということは分かりきっている。

それなのに、「民間でできることは民間で」なんて云われ、福祉産業なんて名前を付けられたのが間違いだと気づいたほうがいい。

福祉は、産業ではなく事業です。

それも、国のビジョンとしての事業だと思う。(どういう国であるのかという思想として)

だから、福祉職の給与が安いのは、日本政府の思想が、思惑がそこにある。

介護保険も、理念としては自己決定と云っているものの、政策は家族介護を前提にしている。

また、在宅介護を進めるといいながら、相変わらずの箱物施設を作り続けている。

病院についても同様。医療的ケアを行わない患者の行き場所はない。

こうした本音と建て前を使い分ける私たちの思想がそこにあるから、福祉の現状は変わらないのだと感じる。

消費税30パーセントに上げてまともな福祉社会をつくるのか、人で不足の老人ホームに入るのか、その選択が待っている。

地球に優しいとは、人間がいなくなることだということはみんなが知っていることだ。

そんな逆境の世界こそ、福祉事業が活躍できる。

逆境に強く、価値観が変わる世界がそこにある。

福祉世界は一般世界とは違う。

見えないものが見える世界では、お金の価値観も変わる。

それでも、理念がしっかりしている施設の給与は高い。

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帽子の効用

3日くらい前から頭が痛い。

風の症状もあり、安静にしている。それでも頭が痛い。

正月に発熱をした時、寝ていても寒いので、帽子を被っていた。その時のことを思い出して、室内でも毛糸の帽子を被って一日過ごしてみた。

これか結構いい。

頭痛が治ってしまった。

頭部の血の回りがよくなるからだろうか。そうだとすると、かなり渋滞していることになる。

風呂に入るとき以外は帽子を被り過ごすというのは、少し違和感があるが、すぐになれる。食事中に帽子を被っていることを少年に弁解する。

布団に入っても帽子を被って寝る。

もちろん外出のときも。

ただ、困ったことに、脱げなくなってしまった。

ネクタイに合う毛糸の帽子というのはないので、毛のついたロシア風の帽子を買おうかと考えている。

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2009年1月24日 (土曜日)

新年会のお誘い

阿佐ヶ谷の事務所をたたみ、3年間の感謝をこめて、新年会を開催いたします。

日時:1月26日(「月曜日)

    午後6時45分阿佐ヶ谷駅改札口集合

会場:未定。集まってから行き先を決めます。遅れる人は携帯に電話をください。

会費:自分の分は自分で払いましょう。

持ち物:プレゼント(千円程度の豪華な品物)

参加の事前申し込みはいりませんので、直接待ち合わせ場所に集合。

目印:なんとなく雰囲気で分かると思います。

その他のお誘い。

ダイアモンドグローブ トクホンVダッシュ第76弾=日本ウエルター級タイトルマッチのお誘い。

トクホンといっても、背中に貼るものではありません。

ボクシングの試合です。

沼田康司君に試合です。(3度目のタイトル戦)

タイトル戦は最後ですが、その前の試合も見ものです。

日時:2月9日(月曜日)

    17時15分開場。

会場:後楽園ホール(水道橋)

チケットは、たぶん当日券があると思います。

指定Bで、ひっそりと応援していますので、そっと横の座ってください。

応援幕やのぼり、タスキや半纏を作って、背中で応援することも出来ます。

マモ君、来ませんか。

試合後に一杯やるのもいいですよ。

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2009年1月21日 (水曜日)

コミットメント

岩手のカエル君へ

関わりというものは、いろいろな方法があると思います。

関わるという方法と、関わらないという方法と。

一般には、関わらないというやり方で暮らすことを選択することが多いようですが、関わるという選択をした場合には、ややこしいことが生じます。

世界とかかわる場合、どうしてもトラブルが目に入ります。

諍いを見てしまった場合、それを無視できなくなり、関わる選択をします。

しかし、それがとてつもなく大きな壁であるかを知る人は、目の前に壁があることが見えないような顔をして暮らします。

しかし、目を地面に落したとしても、壁の影が自分を覆い隠していることは避けられない事実です。

だから、その影は、自らのこころの影となり、私たちの心に大きな影響をおよぼすようになるでしょう。

だから、どのようにコミットメントを避ける行動も、結果として深くコミットメントすることになると思います。

だから、他人が、あなたに声をかけないとしても、あなたの声は届いています。

それも、かなりの大きさになって。

だって、あなたの声はストレートに届くほど、太いのですから。

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2009年1月19日 (月曜日)

ケメ

中学3年の時、深夜放送を聞いていた。

12時から、「あおい君とさとう君」を聞き、かぜこうじの「タムタムタイム」、大石五郎の「コッキーポップ」だったような気がする。

1時からは、パック・イン・ミュージックやセイヤングを聞いていた。

その佐藤君ことケメがどうしているか?ということがずいぶん前からの我が家の話題となっていた。

そのケメが昨日BSに出ていたのでびっくり。

妻はTVの前に正座して固まってしまった。

そのに現れたケメは、オジサンになっていたが、ケメだった。

ああ、人間は変わるのだと思った。

ケメが引っ込むと妻が、告白した。

「ファンクラブに入っていた」と云う。

カバちゃん、槇原に続く趣味は、この頃から作られていたんだと納得する。

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うちの妻はどんなもんでしょう

妻が、お気に入りの靴(写真)で歩いていたら、踵が地面にくっついて離れなくなった。

得意の踏ん張りをきかせて歩き出したら、写真のように踵が取れた。

妻の踏ん張りは高校時代にさかのぼる。高校時代にハンドボールのキーパーをしていた(らしい)。

家の中で、PK合戦をすると誰もゴールを決められない。

横に動く時には、相撲取りの忍者のようだ。

話は戻る。

右足の踵は、地面にくっ付いたまま、そのまま歩き出した。踵は、5センチほど高いのでかなり歩きづらかっただろうと思う。

それから、5メートルほどして、左足の踵も地面(アスファルト)に持っていかれた。

つまり、つま先だけ厚底の靴になってしまった。

後ろを振り向くと、

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黒っぽいチーズのような塊が道にくっ付いていた。

どうも、何年も大事にしまっておいたので、踵がぼろぼろになっていたんだろうと思う。

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2009年1月18日 (日曜日)

うちの妻って

福満しげゆきの妻はただ者ではないと思っていたら、やはり、本になった。

「うちの妻ってどうでしょう」を買った。

その横(かなり遠い横だったが)にある、「マグダラのマリア」(中央新書)も一緒に買った。

福満さんの妻とマクダラのマリアを重ねた訳ではない。

マクダラのマリアは、聖女にして娼婦という、二面性を持つ女性であると同時に、キリストの死と復活の場面に登場する人物として知られている。

そんなの知らないと仰る方が多いかも知れないが、ヨーロッパを中心とするキリスト社会では知っている人は知っている。

著者の岡田さんは、美術史が専門であるので、その捉え方がユニークだ。

書き出しに登場する、カラバッジョの「改悛のマグダラ」の2枚の絵は、同じ作家が同じ対象を書いたものとは思えない。

1596年に書かれた絵は、いたいけな聖女であり、10年後に書かれた絵は、人間を挑発する娼婦の姿が描かれている。

ぼくは、後に書かれた絵がすっかり気に入ってしまった。

その後も時代に翻弄されるようにマグダラのマリアは、様々な表情で登場する。

福音書の作者が感じたように、その後の作家(絵描きたち)にとって、マクダラのマリアが魅力的であり、象徴的なイメージを感じていたことだけは確かだ。

本書に登場するマグダラは、皆、天を仰いでいる。しかし、何かを見つめている訳でもなさそうだ。何かを待っている訳でもなく。ただ、天を仰いでいる。

このただ・・・という存在が凄い。

それで居て、何かがあるというそぶりを見せる。勿体つけている。

聖と悪を共に持つ存在としてマグダラは、人間の象徴だったのだろうか?

一方、福満さんちの妻も凄い。

どう見ても、食べ過ぎ。

いつもダラダラの洋服を着て、感情のままに生きている。

その容姿は、グラビアアイドルにも負けず、その手にあるものはのど飴か煎餅。

笑っているのか怒っているのか分からない顔をしているので怖い。

話に結論が無い。何かありそうでいて、何もない。

しかし、何かがあるんじゃないかと期待だけはさせるその存在感が大きい。

そんな期待があって「うちの妻って・・・」を買ってしまった。

最後まで期待をもって読んだが、最後まで、何もなかった。

それでいて、そばにおいてチラチラ見たくなる人(妻)です。

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2009年1月15日 (木曜日)

まわる

自分の能力以上の問題をなぜ引き受けるのか。

又は、自分の仕事でない課題をどうして抱えようとするのか?

そんな状態にある人から相談を受けた。

だって、困っている人がいるからというだけでは解決できないモノをそこに感じる。

まず能力の問題だけであれば、スキルが上げれば解決できるだろう。しかし、そこには、どんな力でも解決できないという、パラドックスがある。

そこにあるのは解決を拒んでいるという状態だ。

解決を拒んでいる状態にあっては、外からの力では如何ともしがたい。それは、中から溶け出すのを待つしかない。

その「待つ」ことができないという自分の課題をまず解決する必要がある。

そういう意味では、自分の能力=待つことのできる力、または、そのままにしておくことのできる力を身につける必要がある。

ただし、その力は、他人から見ると何もしていないように見えるからややこしい。

なにもしなくても地球は回っている。

しかし、気球が回っていることに気づく人は誰もいない。

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2009年1月11日 (日曜日)

劇画漂流

漫画家の自伝は面白い。

何しろどんなに苦労したかが漫画になっているから分かりやすい。

それにしても漫画家はみんな苦労している。

藤子不二夫氏の「まんが道」にしろ、我妻ひでお氏の「失踪日記」、福満しげゆき氏の「僕の小規模の失敗」、はた万次郎氏の「北海道青空日記」、谷口ジロー氏の「冬の動物園」、水木しげる氏の「ボクの一生はゲゲゲの楽園だ」・・・

どれも想像を絶する苦労をしている。

貧乏だったり、仕事が無かったり、戦争だったり。

それでも、まんがを書きたいという気持ちだけは失わず、それだけで生きているようなところがある。

10年に1度の不景気の時代にあっても、まんが家から教えられることは多い。

それは、不景気でも好きなことは出来るということだ。

そんなことはないとお考えの皆様は、是非ともまんが家の自伝を読むことを薦めます。

この連休に、「まんが道」愛蔵版全4巻を読みなおした。

映画「チェ」を見て、ビデオ「転々」をみた。

有意義な休日でした。

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2009年1月 8日 (木曜日)

酷い人です

自分はいい人ではないと思っているのに、人から言われると腹が立つ。

つまり、「それほどでもない」と云われたにという気持ちがあるのだろう。

今日、昔勤めていた施設に顔を出した。

自分では、昔のことをすっかり忘れているのに、人はよく覚えている。

そんな時、「そうはいってもそれほど悪い人でもない」という話を期待しているのに、「やっぱり酷い人だった」と言われると落ち込む。

酷い人は、昔も今も酷いのだということに最近気づいた。

そう。人は変わらないということだろう。

そう考えると、「なるほどと」納得することが多い。

そういえば、人を傷つけ、何十回も反省している。

反省をしているのに変わらないのは、ほんとうに酷い人だからだろう。

今夜は、中島みゆきを聞きながら寝ることにする。

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むかむか

思惟子さん(仮名)はベッドに横になっている。

「思惟子さん。ねむいのですか?」と聞いてみた。

「いえ。ねむくはありません」と明快な答えが返ってきた。

「じゃあ、起きませんか?」と提案すると、思惟子さんは、

「なんだかムカムカするから、起きられません」と、また、はっきりと応える。

「ムカムカするんですね?」と聞くと、

「そうです」と返事をする。

そんな当たり前のことは聞かないでくださいという顔をしている。

思惟子さんは、はっきりと自分の意思を持っている。

とにかく眠い。隙があればベッドに横になりたい。

かといって、自分の好きなものを食べる時は、当然むかむかはなくなり、むしゃむしゃと食べ始める。

そこで、思惟子さんの田舎に行く話をする。

「○○に行きませんか?」と聞いてみる。

「いいわね」とすぐに返事が返ってくる。

「じゃあ行きましょう。暖かくなったら行きましょう」と提案する。

「でも行けないわ。むかむかするから」と提案は却下された。

「むかむかが無くなったら、美味しいものを食べに行きましょう?」と云うと、

「はい」と起き上がった。

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弁解

少年がレシートを見つけ父親がお昼にどんな食事をしているかをチェックする。

「お父さん。昨日はどんぶりものとパフェを食べたでしょ?」と質問された。

「いや。それは、打合せで、相手の人がパフェを食べたんであって」と弁解したが言うことを信じない。

「どんぶりものとパフェは、消化が悪いし、取り合わせがオヤジ臭い」と言われた。

ある日、ステーキのレシートを見つかるように、机の上に置いておいた。

それを見つけたのに、何も云わないので、こちらから振ってみた。

「昨日のステーキは美味しかったな」と言ったところ、「どうせ、レシートを拾ったんでしょ」と言われてしまった。

よく分かっている。

映画の半券もよく見つける。

破いてゴミ箱に捨てたはずなのに、

「昨日は映画を見たでしょ」という。

「お母さんに弁当を作ってもらって、仕事もしないで映画を見るなんて最低」と軽蔑の視線で見られる。

「いや、仕事の合間に、なんとなく・・・」と弁解をしても、もう、その場にはいない。

それにしても、人の行動をあれだけ把握しているとは、少年も侮れない。

すっかり母親に似てきた。

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2009年1月 7日 (水曜日)

ラジオから静かな歌声が流れていた

栄子さん(仮名)がお亡くなりになった。

一昨日お会いした時は声を聞いた。昨日は、じゅげむを話していたというから急なことだった。

最近体調を崩し、食事が取れなくなっていた。

施設に入所している栄子さんは、医師の指示により点滴を行っていたものの積極的な医療処置は行っていない。

病院への転院も検討し、いくつかの病院を周り、入院の相談も行っていた。

施設では、医療処置はできない、だからといって入院することが望ましいとも云えない。

昨日は主治医の話を聞いた。

医師として、現在の状態と予後を話してくれた。

「施設でできる最善のことを行い、それからは、本人の生きる力を見守りましょう」と云われた。

その言葉を聞いて、肩の力が抜けた気がした。

今朝、車を運転しながらラジオを聞いていたら電話が鳴った。(ワイヤレスで話せるようにしている)

栄子さんが今朝亡くなったと知らせてくれた。

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2009年1月 6日 (火曜日)

それは重要な意味を持っていた

17~20年前の小学生、中学生との新年会に出席した。

彼らは養護施設出身者だ。

施設を出てから、学校に行き、また、社会人として働いて来た。

それなりに仕事をこなし、それなりに出世し、それなりに家庭を築いている。

僕なんかよりはるかに大人の顔をし、苦労をしている。

その顔は、社会の中でもまれた数だけ深い皺が刻まれている。

「施設に居たときいじめられた」

「先生にはよくビンタされたよ」(先生とは僕のこと)

昔の傷を確かめられるだけ、それだけ成長している。

柔らかな心を傷つける大人(僕)によって、いかに、小さくなって生活していたかと訴えられた。

その後の会話は、癒しのために必要であり、僕にとっては、懺悔の場となった。

大人として、どれだけのことができたかは分からないが、若い僕は、それなりに一生懸命にその時代を生きていた。

それから、様々な横道を走り、多様な経験をし、人を傷つけ、そして傷つけられてきた。

それらの経験は無駄だった訳ではない。

それらの経験が今の君を作っていると話した。

それは、僕にとっても同じである。

今までの人生がなかったら今の人生はない。

そうした流れと人間の繋がりが今を作っている。

家に帰ってから、昔の写真を取り出してみた。

そこには、笑顔の小学生が沢山写っていた。

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2009年1月 3日 (土曜日)

赤塚不二夫と小川国夫

昨年お亡くなりになった有面人を追悼する番組を見ていた。

赤塚さんと小川さんという、全く正反対のように見える人の言葉に、共通するものを感じた。

天才バカボンのパパ(以下パパ)がいう「これでいいのだ」は、仏教の悟りに聞こえる。

パパは、どんなことにも驚かない。驚かないほどバカなのだとも言えるが、驚きを超越しているとも云える。

どんな逆境にあっても笑って「これでいいのだ」という。

パパがそういうのだから、「それでいいのだ」ろうと世間は納得する。漫画界の許容量は広い。

それでいて、その世界に暮す人々はニコニコしている。

ママの存在も忘れてはいけない。

ママは、ただ「困ったパパね」と云うだけで、パパを許す。

許されることで、パパはエスカレートするが、ハジメの手前、いい加減なところで抑制している。そこがまた凄い。

一方、小川国夫(作家)は、「人生の目標は過去にある」と云う。

それは、過ぎ去ったことであるのだが、そこにこそ目標が存在すると静かに語る。

長年かかって人生のエッセンスを掴んだ喜びは、生まれた瞬間に母親に抱かれた喜びと同じぐらいだろうと云う。

小川が静かに語る言葉を聞くと、そうかもしれないと思ってしまう。

人生の目標が過去にあるのだから、今から先は、「これでいいのだ」ろう。

その、生かされる「これ」を待ち続けるように生きる人生だ。

小川の人生は、待つ人生だったのかも知れない。

18歳で終戦を迎え、19でカソリックの洗礼を受ける。その後、東大からパリ大に私費留学。3年後にスペイン、北アフリカ、イタリア、ギリシャをべスパで回る。べスパとは、ローマの休日でオードリーヘップバーンを乗せてグレゴリーペックが走っていたスクーターだ。

その体験を「アポロンの島」という本にまとめ出版するが、全く売れない。8年後、唯一購入した作家が朝日の書評に掲載したことで認められたという逸話を持つ。

8年間という時間を待つ人生とは、過去に目標があるという小川らしい生き方だ。

彼の本を読んでみたくなった。

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アジア学院

08年度の朝日社会福祉賞に、小林美智子さんとアジア学院が選ばれた。

アジア学院には70年代後半から80年代初めにワークキャンプに行ったことがある。

アジア学院の初代校長の高見敏弘さんは、町田にある農村伝道神学校で教鞭を取り、1973年に栃木県西那須野に学院を開いた。

高見さんは、満州に生まれ、貧困のために京都に疎開。その後禅寺に預けられ、行商、塩炊き、港湾労働などを経験し、宣教師のコック兼手伝いとなる。

その後、アメリカに渡り8年間の留学を経験する。

アジア学院の前身である農村伝道神学校が開校したのが1948年。

農村伝道神学校には東南アジア科があり、アジアの農村の牧師を養成することを目的としていた。

高見さんから、農村の伝道を行うためには、そこに住む人々の生活を知る必要があり、アジアの場合農業が重要であるという話を聞いたことがある。

また、アジア各地の教会の要請もあり、アジア学院ができたとも聞いた。

アジアの農村から日本に出てくることは、日本人が想像する以上に大変であると、研修生は話していた。村からの期待と援助を受け、日本に1年近く滞在し、その成果を村(コミュニティー)に貢献しなければならないプレシャーを感じていると話してくれた。

殆どの村は貧しく、日本式の農業が行える訳ではない。

機械や農薬に頼らない農業を行うためには、農業の価値観を変える必要があると日本人教師は話していた。

そもそも、日本に来ている研修生はエリートであり、その国の宗教と異なる宗教を信じている場合が多い。

エリート(選ばれた者)であるということは、そのままコミュニティーに受け入れえられる訳ではない。むしろ、嫌われ迫害されることも多いと想像できる。

コミュニティーの価値観を変えるような行動を取らざる得ない場合もあり、新しい価値観は、トラブルを生むこともある。

キリスト教はアジアでは少数の宗教である。

アジア学院は、少数である点を弱点とは考えず、自分たちの立ち位置としてしっかり認識し、ぶれずにアジアの農村指導者を育成してきたことが認められた。

そういえば、高見さんも、1996年、マグサイサイ賞を受賞している。

アジア学院を運営するためには多くに資金が必要である。しかし、公的な援助は望めず、大半の運営費を募金、後援会費で賄っている点も、他の事業と違うところである。

必要なものは必ず集まるという信念に基づき、「共に生きるために」という理念を実現している。

こうした実践は、経済の原則からは遠く離れている。

しかし、アジアの農村自体が世界の経済の原則から外れ、独自の生き方を模索しないと生きていけない現状がある。

そう考えると、価値観の違い、宗教の違い、農業の違いを見事の克服するための方法として新しい価値観の創造を行っているといえるかもしれない。

アジア学院の実践は、世界のバランスと価値観を転換を行ううえでの大きなヒントになると感じる。

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2009年1月 2日 (金曜日)

その洋服はまだ着られます

厳しい年になるという。

景気が減退している。

景気が悪くなっているというより、様々な影響で悪化している。

景気が悪くなっていることは、全てにとって悪いのだろうか。

環境や地球という観点でみると、景気が悪くなり開発が止まることは良いことだろう。

地球という入れ物を考えた場合、入りきれない状態であることは、みんな分かっている。箪笥に洋服が入りきれなくなっているのに、それでも新しい洋服を買わせようとするのが経済だとしたら、もう、成長しない新しい暮らし方を考えたほうがいい。

そういう時代に入った。

人口は爆発している。その一方で人口減少に転換した日本。失業者が溢れている一方で、人が集まらない福祉業界。飢えで亡くなる子どもがいる一方で、食べ物番組が溢れる日本である。

あまりにもバランスが悪い。

バランスの悪さが問題であり、経済の悪さではないのじゃないかと感じる。

政策的に、経済の悪化に目を向けさせている。

箪笥の中も洋服には限りがあるとしたら、みんなで分け合う方法を考えるべきだろう。

箪笥の引き出しを増やそうとしたり、新しい箪笥を買うことを考えても、家に中には置く場所はない。

まず、部屋の整理からはじめたいと、先週から掃除を始めた。

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2009年1月 1日 (木曜日)

あけましておめでとうございます

正月から熱が出て、寝ております。

今年もよろしくお願いいたします。

ぐったり。

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