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2008年12月27日 (土曜日)

親が子どもを甘やかさんかったら、誰が甘やかすんな、あほ

「涙が止まらない」なんていう帯がある本は好かない。

重松清の「とんび」を読んでいる。

不器用な男に男の子が生まれた。

とんびが鷹を産んだように、いい子に育った。

男の子の父親である僕にとって、父親と息子の会話に胸が痛くなる。

子どもが可愛いからこそ、余計なことをいい、それで嫌われる。嫌われても、子どもの痛いところに入ろうとする。そこには誰も入れないと知っているから、戦いは厳しいものとなる。

物語の中に、子どもを産み、その子を置いて来た女性の話しが出てくる。

養護施設にいたときに、親に捨てられた子どもが親を探すという場面に出あった。

子どもは、親が自分を捨てたとは信じない。自分に問題があったから、捨てられたと信じる。それは、自分の問題が解決すれば、再び元に戻れるかもしれないという希望でもある。

だから、成長し、一人前になると親を探そうとする。

一方で、親は、子どもを捨てたことを負い目に思っている。

その罪を一生背負っていこうとする。

春夫さん(仮名)は、40年前に子どもを捨てた。

実際は捨てたのではなく、一緒に生活が送れない状態になってしまった。

しかし、それから、40年が過ぎてしまった。

子どもに会いたくない親はいないだろう。でも、会えない事情がある。

何度、連絡を取ろうとしたかは、住所を書いた紙が財布に入っていることからも分かる。

子どもは親に甘えようとする。

施設から何度も家出を繰り返す秋夫君(仮名)という男の子がいた。

その度に、何度も家まで引き取りに行った。

家に行き、ノックをすると父親の前でシュンとした秋夫君が立っていた。父親は「申し訳ない」という顔で、秋夫君の背中を押した。

秋夫君の家は、母親が家出し、そのために施設に預けられた。

それからも、秋夫君は家出を繰り返した。

何度目かのお迎えで、父親が手をついて謝った。

父親は家の奥に向かい「おい」と叫んだ。

奥から母親が出てきた。

話を「とんび」に戻す。

父親のヤスは、自分の親父の顔を思いだせない。

だから、父親として、どう振舞っていいのか分からない。

分からないけれど、子どもを愛する気持ちだけはストレートに伝わってくる。その言葉が痛いほど伝わり、泣けてしょうがない。

こんなに「涙が止まらない」本はない。

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