« 偏る国 | トップページ | 中学生 »

2008年11月 7日 (金曜日)

語ることの怖さを知る人

小林さんの家に行くと朝日ジャーナルのバックナンバーが置いてあった。

貧しい僕は、夕食をごちそうになり、ビールをごちそうになり、風呂にまで入り、布団も半分借り、ジャーナルを読んでいた。

1978年。新しい時代は、騒がれているほど明るくもなく、一部の浮かれた人を横目で見ながら、何も起きない毎日が続いていた。

筑紫哲也がジャーナルの編集長になり、巻頭言に「多事争論」を掲載し始めた。

物事を正面から見つめ、その視点があまりにまっすぐなので、二十歳の僕も戸惑うほど純粋なものを感じた。

こういう人を大人と呼ぶんだろうと何となく憧れて、30年。

すでに大人も過ぎ、何もしないうちにおじいちゃんになるんだろうと、高石ともやの「主婦のブルース」を歌っている。

おお人生は楽しくなんかないわ

恋なんてしないうちに老けちゃった

これが私の人生かしら

思いどうりにはいかないものなのね

髪の毛も白くならず、どこかにいき。

筑紫さんのように、自分の人生を、「よかった」と言えるのだろうか。

|

« 偏る国 | トップページ | 中学生 »

あいまいの知」カテゴリの記事

コメント

♪悲しくてかなしくて とてもやりきれない♪と急ぎの作業をしながら歌っていた。みどりちゃん、歌へたくそだなと利用者の共ちゃんにけなされた。♪いつの日にか 君に会えると・・・♪と昔の思い出にひたりながら歌ったら、そんな歌知らないとしかられた。それなら、と♪悲しい時にゃ、悲しみなさい♪と歌った。何かあったんですか?そんなヘンな歌やめてくださいと登志子さんに怒られた。悔しいから♪いまーわたしの ねがいごとがー♪と歌ったら、進一さんが忘年会のカラオケでいっしょに歌おうと誘ってくれた。悩み多き利用者さんたちと毎日接していると、私の人生そんなに悪くないと思えてくる。だけど、どんなふうに残りの人生を生きたら「よかったー」と言えるようになるんだろうか。

投稿: midori | 2008年11月 8日 (土曜日) 09:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160222/43042547

この記事へのトラックバック一覧です: 語ることの怖さを知る人:

« 偏る国 | トップページ | 中学生 »