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2008年9月24日 (水曜日)

墓参りに行った。

子どもの頃、墓参りが嫌いだった。

記憶に残る墓は、土の下から誰かが覗いているような雰囲気があった。実際、土葬の土が崩れ、骨が見えたりした。

秩父の札所に墓がある。

山の中腹にある墓地からは、向こうの山と、山の上に広がる空が大きく開けて見える。空を見ていたら、そのうち、自分もこの空の上から、この景色を眺めるようになるのかと想像した。

話は変わる。

後見の仕事で、改葬することになった。

役所に問い合わせをしたら、実際にお骨がある場合とない場合では、手続が違うと言われた。

ない場合は、何もしない。

ある場合には、改葬許可が必要になる。

だから、墓を掘って見ないことにはどうなるのか分かりませんと言われた。

まあ、そうだろう。

また、「お骨が1体の場合と複数の場合には申請書の記入届けが違います」と言われた。

まあ、そんなものだろう。

さらに、「申請書には、墓地管理者の届けが必要になる」と言われた。

それは、霊園などの管理者のことだと思う。

しかし、自宅の裏山の墓に映す場合はどうなるのだろう?

また、「土葬の場合や、骨壷を小さいのもにしたいときは、改葬骨火葬の必要があり、事前に火葬場の予約が必要と言われた。

なるほど。

しかし、一番困ったのが、死亡者の氏名・住所・本籍・死亡年月日を記入する申請書だ。

その墓は、江戸時代頃からそこに立ち、先祖などが眠っているといわれている。しかし、そこに誰がいつから眠っているかは、土地の人も知らない。

墓や墓地が整理されたのは、最近のことで、昔は村のあちらこちらに墓があった。墓は生活の一部であり、畦の脇には花が咲いていた。

草刈りをし、畦に座りながら、そこに眠る人と色んな話をしたのだろう。

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