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2008年7月15日 (火曜日)

会話というスポーツ

バスの中で、年のころなら40、いや、50ぐらいの女性が二人楽しそうに話をしていた。

話は、休むことなく続いた。会話の合間というものがない。音が切れることがない。

所謂おしゃべりというものだが、これが芸術的な音として聞こえてくる。

どうして、休まずに会話が続くのか、内容ではなく、音だけを聞いてみた。

すると、お互いが一定の音階で鳥のように囀り、または、イルカの超音波のような音を出し続けていることが分かった。(これは新発見)

(たいていの話は)

レの音から話が始まる。

「それでね奥さん、実はね・・・・」内容は重たい感じだ。

すると、相手もレの音で、「そー」と続く。

話は変わり、音階はミに。

「それがね、おかしいでしょ・・・」

すると、相手も、

「まったく、そうよね」と続く。

話の内容を聞いていなくても、音階が合っていることで、話が終わらない。いや、気持ちよさが継続している。

ファを飛ばしてソに入ると、一層話は盛り上がり、クライマックスを迎える。

「だからね、あの子がね、そうなのよ、まったく、ファファファソー」

すると、相手も

「いやーね。そんななの。ファファファソー」となる。

そして、再び音階はレに戻り、

「そうはいっても、やっぱりね」

と低くなる。

相手もそれに合わせて

「そうよね」と続く。

これでは、終わらない。

それに、合間に相槌合戦があるから、お互いに負けじと太い首を縦に振りまくる。

その度に、首のしわが伸びたり縮んだり。

これは、会話というよりスポーツなんだ。

スポーツジムに行かなくても結構ハードな戦いがそこには繰り広げられていた。

ソソソラー。

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