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2008年4月 6日 (日曜日)

共働学舎報告会

         

         自由学園明日館1921年(大正10)築。

          桜の季節は特にいい。

報告会は、礼拝によって始まった。
                           

「共働学舎は、1974年春、宮嶋眞一郎氏と仲間達が長野県小谷村に心や体に不自由を抱える人たちと共に、「競争社会ではなく協力社会を」と願い、共同生活を始めました。1977年には北海道の寧楽、78年には新得、85年には東京の南沢に次々に共働学舎が誕生し、現在は120名のメンバーが生活しています。米や野菜を作り、動物を飼い、糸を紡いで機を織る。それがここの暮らしです。どんな人にも必ず与えられている力を生かし、「共に働き学ぶ舎(いえ)」、「農業家族」として、すべての命が輝く協力社会をつくろうとしています。」(パンフレットより転載)

競争社会を離れ、「協力社会」をつくりことは並大抵の苦労ではありません。それは、ひとり一人のメンバー報告を聞いていれば分かります。

どんな社会でも、社会であれば、外部社会と繋がりを持たなければ生活ができません。外部社会は競争社会であり、貨幣という価値観で動いています。

そこに、全く違う価値観を持ちながらも繋がろうとするところに共働学舎の意味があります。それは、「真木」という集落の実践にも通じています。

共働学者にも、収益を上げ美味しいチーズや野菜を出荷している所があり、一方、収益性の低い、生産性の低い場所があります。

真木は、標高700メートルの人里離れた場所にあり、そこで生活していた人たちは生活の難しさから集団離村してしまいました。

そこに入村して、農業のプロでない人たちが収益を上げることは大変なことです。電気はあっても、水は山から、生活品は峠を2つ越えたしたの街から荷揚げしないと生活できません。

そんな住みにくい集落に生活する意味がどこにあるのかと、メンバーも悩みなす。しかし、「協力社会」を目指す学舎の原点がそこにあるといいます。

生活の難しいところだからこそ、人間としての本質が求められ、協力しないと生きていけないと考えているようです。自分の力で生きなければならない競争社会でなく、他力によって生かされる協力社会という価値観の転換がそこにはあります。
                           

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