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2008年3月 9日 (日曜日)

ゆらゆら

久しぶりに尾崎新氏の話を聞いた。

年を重ねるということは、かわす力が付くのか、省エネだったような気がした。

「ゆらぎ」は、ソーシャルワーカーだけでなく、何かに真剣に向き合うときに起きる現象だと感じる。

それは、あなたの気持ちに関わりたいという、私の気持ちの「ゆれ」のように。

しかし、武士が殺そうとする相手と向き合う時、ゆらがない心が生れる。

スキがなくなる。

隙がなくなると、相手は攻めることができない。立ち入れない空気を感じ、後ずさりしかできない。

私か貴方か、どちらかが死ぬという殺気を感じるとき、「ゆらが」ない心境に達する。

しかし、隙のない人には誰も近寄れない。

つまり、ソーシャルワーカーとしては失格なのだろう?

できる武士は、ワザと隙を作り相手に打ち込ませる。そして、相手の動きを読んで返り討ちにする。

「ゆらぎ」とは、相手との関係を作るうえでの有効な心境ともいえる。

切れ味のいい刀は自らを傷つけることがあるように、使い方が難しい。

また、思うように「ゆらい」だとき、それはもはや「ゆらぎ」ではないように。

「ゆらぎ」と「弱さ」は深い関係がある。

「ゆらぎ」は、僕達の「弱さ」の隙にそっと手を伸ばす。そこは触らないで欲しいというところに近づき、力強く弱味を握る。

握られた弱みは、抵抗をして暴れ周りぐらぐら「ゆらぐ」

しかし、その時は、本当のチュンスなのだろうけど、痛くて我慢ができず考えることなんかできない。

まあ、うまくはいかないということか。

僕が向き相手が妻だということは分かっていても、うまくいかないようにね。

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