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2008年3月30日 (日曜日)

父親ということ

父親になるとは思わなかったし、なれるとも思わなかった。

だから、自信がない。

他人の親のような顔をすることはできても、本当の父親としての仕事が何であるか分からない。

人の子のためにすることは、その子にために生きることだと割り切れるところがあるが、我が子のためにすることは自分のために生きている所があり、迷う。

それは、子どもの為なのか自分の為なのか。

子どもは他人ではない。

自分自身だ。

子どもが泣いている姿は、僕の姿に重なる。

そんな時、父親のことを考える。

親父は、僕の何を見ていたのだろう。

ある日、重たい石を運んだ。

年を取った親父には持てない石だった。

それは僕が持つべき石だった。

腰を落とし石を抱えた。

頭が真っ白になり、こめかみが痛くなった。

三歩あるいて立ち止まり、五歩ふらついて石を置いた。

黙って見ていた親父は苦しそうな顔をしていた。

あの石は今もそのままの姿で佇んでいる。

いま。

僕の横では少年が笛をヒューヒュー吹いている。

それは曲ではなくヒューヒューという悲しい音に聞こえる。

胸に穴が空いているような音だ。

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