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2007年7月30日 (月曜日)

裁判所の廊下は長い

東京近郊の家庭裁判所に大雨のなか出かけた。

裁判所というところはどこも、味気がない。さっぱりしすぎていると感じるが、その方がいいのかもしれない。ささっと帰りたくなるから。

本日の用件は、調停の申し立て。

調停とは、裁判所で話し合うということ。話合うといっても、「さあどうぞ」という訳には行かず、「まあ、1ヶ月後に会いましょう」という具合に、気の長い話である。

どうして話合うのかといえば、話がまとまらないからである。しかし、今回の調停は話がまとまらないのではなく、話し合いが持てないことが原因である。そんな場合もまず、「調停」ということになる。

話し合いができない理由があるのだから、たとえ「調停」を開いても当事者が集まることはない。それでも開くことに意味がある。

「話し合いをしましたよ」、「話し合いに出てくるようにお知らせはしましたよ」ということを公に宣言するようなものだろう。

調停が不調に終わった場合には「審判」や「裁判」なる。

遺産相続の場合など、裁判官が事情を聴取して強制的に(最良の)判断を下します。そして、相続人に「これこれに決まりましたけど、よろしいですか」と文書でお知らせする。

そこでまとまる場合もあれば、裁判になることもあるようだ。

審判では、2週間以内に意義申し立てがなければ、確定判決と同一の効果がある、つまり、有効な決定となる。

さて、これから長い道のりである。

話は違うが、家庭裁判所に半日も居ると、社会の動きがよくわかる。

みんな、「大変なんだね」と思ってしまうことばかりだ。

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