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2007年4月29日 (日曜日)

ハラコ・チカラ氏

星新一が日本SF作家クラブのメンバーと東海村の原子力研究所に視察に行ったときの逸話。
研究所の所長の名前を忘れてしまい、どうしようかと迷っていたところ、新一が「所長の原子力(ハラコチカラ)さんにお目にかかりたい」とやった。
係員は、その言葉が理解できず「ハラコですか?そういう人はおりませんが」と対応したという。

言葉というものは面白いもので、こちらが自信なさげに言うと、相手は間違っているのはそっちだという態度にでる。ところが、こちらが間違っていても自信をもって間違ったことをいうと、相手も方が知らないことが悪いと思いこみ、謝るから不思議だ。
外国で会話をするときに、相手の国の言葉や英語で話し掛けると、その国の言葉が返ってくる。しかし、日本語で最初から最後まで質問をすると、日本語と外国語が混ざり合い、相手が言葉以上のもの(感覚)を理解しようとする。
お互いにそれぞれの国の言葉を話しているが、言葉では分かり合えないということに気づき、言葉以外の雰囲気で何とか会話を交わせるようになる。なにせ、外国人といえども人間に代りがない。同じ人間として何を望んでいるかを理解することはそれほど難しくない。
外交交渉をするわけでもないのだから、日常の会話には外国語はそれほど必要がないのかもしれない。
むしろ、言葉に頼りすぎると真意が伝わらない時がある。
言葉は気持ちを表す道具に過ぎない。道具に使われてしまうと、気持ちが伝わらない。
自分では、正論をいい、「これだけ丁寧に伝えたんだから理解してくれただろう」と思っていても、全く反対の感情が伝わっていることがある。
時には、宇宙人に話をするような気分で会話をしてみることも必要か。
そういえば、高校生の時、夜中に自転車で田んぼの真ん中を走っているとき、よく円盤を見た。

追記)話は変わり、
外国に行ったときの話。
バスに乗っていた。その地方では、バス料金が自国民料金と外国人料金に分かれていた。
バスを降りるとき、その国の人は5バーツ(値段は忘れたので例えば)払い下りていく。僕も、それに習って5バーツを運転手に渡した。
運転手「外国人は、7バーツだ」
僕「僕はタイ人だ」とやった。
運転手「いや、お前は外国人だ」
僕「いやタイ人だ」
運転手「お前がそんなにしつこく言うならタイ人だろう」
と、バスを下ろしてくれた。
そんな小さな金額でもめる外国人はいないから自国民だろうと、外国人だと分かっていても下ろしてくれた運転手さん、ありがとう。

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