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2006年12月24日 (日曜日)

となり町戦争

「となり町戦争」を読んでいる
ある日となり町との開戦の知らせが広報に載った。
戦争になったのに全く変わらない日常生活。職場に行く途中に偵察業務を行なう羽目になるが、全く変化らしいことも、事件も起きない。しかし、戦死者が出ていることは確からしい。

戦争は起きている。今も地球のどこかで人殺しの道具を使って人が殺され、人を殺している。また、自死する日本人は2万人を超えている。新聞では数字だけが躍る。しかし、自殺する人を目にすることは無い。
交通事故で死ぬ人は8000人か?こちらも死んでいく人を目にすることは無い。
子どもが自殺する。ホームレスが殺される。生活保護を打ち切られた人が死んでいく。

イラクで死んだアメリカ人は何万人になったのか。その時、イラク人は、イラクの子どもは何十万死んだのだろう。それさえも分からない。

「ロープ」の中で宮沢りえが、殺人を実況中継する場面がある。いま地球のどこかで人が死んでいることを平和ぼけした日本人に分かるように野田は戯曲を書いた。

それを見ていた観客が「気味が悪い」と席を立った。
沢山食べているいる日本人が、食べられない人の分まで食べている私達が、殺しているかもしれないときに。

いまも、人が死んでいる。そのことを考えるのが、その苦しみを思うのがクリスマスの正しい過ごし方なのだと野田はいっているのか。

綺麗な灯は、その向こうの闇を見せない効果がある。

暗闇に小さなろうそくの明かりは温かい。しかし、まばゆい光と轟音は、私たちの脳を麻痺させる。

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