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2006年12月17日 (日曜日)

この島は昔、

認知症と思われる被後見人の義男さん(仮名)には、「わたしのラバさん」と声をかける。
すると、義男さんは、
「酋長の娘。色は黒いが南洋じゃ美人」と応える。

義男さんはいつも眠そうな顔をしているが、南陽の話になると目が輝く。
「義男さんは、どこにいたんです?」と聞く。
「テニアン島だよ。マルポにいた」と、はっきりとした口調になる。

テニアン島は、サイパンの南にある島。チャモロ人がのんびり暮らしていたが、西洋人が島に来てからは島民の生活は一変した。1944年には、日本人が15700人に対してチャモロ人が26人となった。

ドイツの占領後、1920年から日本の統治となる。南洋興発株式会社が砂糖の生産の為に日本からの移民を募集した。義男さんのお父様もその時家族とテニアン島に渡る。
義男さんは小さな子どもだったようだ。

突然義男さんが、「吉岡美子先生はパンツを穿いていなかった」という。
それから、どうして先生がパンツを穿いていなかったかを詳しく話しはじめる。
「ライオン岩があってね」と、ライオン岩の話を始める。
いつの間にか義男さんの顔が若者の顔になっている。

テニアン島のことを調べていたら、太平洋戦争でB29が日本に向けて出撃した基地だったことが分かった。そして、広島、長崎に原爆を落とした飛行機はテニアン島から飛び立った。
テニアン島には今なお日本兵の遺骨がたくさん眠っている。

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コメント

バーテンの先生に貰ったシェイカーを使っています。
今年は、ちょっと行けそうにありませんので、そのうち、ぶらっと寄ります。

投稿: さいとう | 2006年12月19日 (火曜日) 08:01

今日からクリスマス会が始まりました。
今年は私がバーテンをしております。
お忙しいとは思いますが、余裕があれば、お立ち寄り下さい。いいCDあります。

投稿: kaseichan | 2006年12月18日 (月曜日) 23:41

 私が住んでいた島は昔元寇の襲来で大勢の人が死んだそうですが、今でも日本の領土です。 
 週末は、磯遊びに出かけ、妹は、ウニやあわびの肝を食べ過ぎてよく鼻血を出していました。さんご礁をおよぐウミウシをみたときは、海の中には住めないなと思いました。 
 毎週土曜日、外国から漁船がついて、親戚の家を行き来する人たちがいました。あれは密航だったのかもしれません。。
 私の原風景は、青い空紺ぺきの海白い砂浜ですが、誰でも帰りたい風景があるのでしょうか。
 なにも言わない私の被後見人さんはどこから来てどこにいきたいのでしょうか。
 

投稿: あかり | 2006年12月18日 (月曜日) 20:24

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