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2006年11月19日 (日曜日)

形から入る

べてるの向谷地さんが「形が大事」と言っていたことを思い出して、斎藤孝著「身体感覚を取り戻す」NHKブックスを読んだ。
この本は斎藤さんがまだ売れない時に出したもので、それ以降の著書も含めてベストワンだと信じている。
斎藤さんは、日本人は「心の軸を持った」民族だという。立つ姿勢は、何処から押されてもびくともせず、歩き出せば2里3里は普通に歩けた。
そうした日本人の身体感覚にとって最も大事な感覚がハラ(肚)であり、腰である。
こうしたハラ・腰文化は、日本人の生活感覚から生まれたものであり、それぞれの職業にはそれぞれの身体の形があった。だから、修行とはカタチを覚えることだった。
例えば草刈。丸一日、中腰で草刈をするにはそれなりの身体の形を覚える必要がある。若者と、熟練の老人が同時に始めた草刈でも、1時間もたたないうちにその差は歴然と違う。
若者は、力を入れても上手く草を刈れない。力を入れると、それだけ鎌の刃が丸くなるので余計に切れ味が悪くなる。さらに、中腰の姿勢が維持できず、次第に腰が立ってくるので疲れる。
一方、熟練の老人は、腰がすわっている。腰を落としているが無理な力が入っていない。それに、肩や腕に力を入れず、「ザッ、ザッ」と腕を振り下ろす。老人が刈った跡は綺麗な芝生の様になる。
鎌研ぎも、形がある。
刈る草によって研ぎ方が違う。鋭角に研ぎすぎるとすぐに刃がこぼれる。刃の方向にも気を配る。そうしたことを考えると、鎌の持ち方や刃の方向。砥石の向きなどに形があることが分かってくる。仕事を覚えるとは、その形と意味を覚えることだと分かる。
これは呼吸にも言える。
呼吸は息を吸い息を吐くことであるが、それ以外に気の流れに関係している。
息の文化というものがある。呼吸を通して「仕事をコントロールする」ことができる。
息によって、精神をコントロールできる。息によってバランスや力のコントロールをする。そうしたことを日常の生活で行なってきたのが日本人だ。
呼吸は、胸でするのではなくハラでした。
この本を読んでから、僕は痛みを散らすことが少しできるようになった。痛いのが苦手なので、息を吐くときに痛みを散らす術(形)を練習している。
そう考えると、日本人は自然と人間が一体であると考え、身体をコントロールしながら生活してきた民族だったことが分かる。(自然が日本人から遠くなるに従い、身体感覚を失ってしまった民族となったのか)

悲しみや喜びをコンロールするために様々なしきたりや儀式を行い、身体をコントロールするために身体感覚(形)を身につけてきた。
するってえと八つぁんなにかい、形から入るってえのは、日本人としての文化を取り戻すってことかい。
最近、江戸文化を再評価する動きが盛んだ。
江戸時代は、今以上にエコロジーであったことが分かってきた。それなら、江戸人の身体感覚としての「形」に学ぶ必要があるのかも知れない。
そういえば、アドリブで笑わせる落語や漫才も、台本や稽古(形)がしっかりしているものが名作と言われる。名人になるためには、名人の落語を飽きるまで聴くしか近道はない。

形は見えないから、心に見えてくるまで習うしかないのだろう。

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