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2006年11月22日 (水曜日)

本人は何処にいってしまったのか

施設利用をしている被後見人の医療について、アンケートのようなものを貰った。
①本人が体調の悪い場合には電話連絡を希望するか?命に関わる場合には連絡を希望するか?と聞いている。
②病院の受診について。本人に異常があったときに、病院に受診するか?生活に支障をきたしたときに病院に受診するか?命に関わる異常の場合、病院の受診を希望するか?と聞いている。
③病院受診の決定は誰がするか?
「えっ」と思った。(率直な感想)
そんな時代になったのかと思った。
体調が悪いのは本人であり、家族でない。体調が悪い人がいたら、その人にとって最善のケア、医療を保障するために努力すると考えるのではなく、「どうしますか」と聞く時代になったのか。
また、家族が望まない場合は、連絡を希望しない場合は「電話をしない」のだろうか。
そこには、家族の希望・要望は反映するかも知れないが、本人の希望・要望、または、施設としての願望は無いのだろうか。
施設は物を預かっているわけではない。
生きている人をケアしているのだから、生きている人に聞いて欲しい。生きている人は、たとえ、言葉を発しなくても自分の意思を持っている。ミンデルは、死に行く人と交流が持てると言っている。
そうした方法の検討や、家族との和解、誰に見守られて生きていくか、そういう議論にどうしてならないのだろうかと思う。

 

連続して3つの記事を書きました。特定の施設の話しではありません。
今の日本の現状だと感じています。
もちろん、施設の職員や関係者は献身的に仕事をしていることも知っています。それでも、高齢者施設が向かっている方向は利用者本位、利用者の自己決定権を保障していないように思えます。
ご意見をお寄せください。

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