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2006年10月15日 (日曜日)

老人力のふしぎ

「老人力のふしぎ」(赤瀬川原平著・朝日新聞)を読む。

「老人力」とは、一言でいうと力の抜けたマイナスの力。

野球でいうと、「肩の力を抜いて打つ」ということになる。力が入ってしまうと、実力が出せないから、抜くというマイナスの力を発揮してヒットを打つ。

悩みがあるときに、「なんとか解決しよう」と力を出さず、「ま、いいか」とマイナスの力を出して忘れる。

お金が無いときには、本箱から昔読んだ本を取り出して再読する。内容はすでに忘れているので、昨日買ってきた本のように楽しめる。

老人夫婦で、芸能人の名前を忘れ、「ほら、あの人」というと、「あの人かい」と全く違ったひとを思っていても、全然気にならない。

など、「老人力」がつくと、人生がばら色になる。

老人力が最も発揮できるのが「ぼけ」。

ものごとを覚えるには努力がいるが、ものごとを忘れることは「努力してもできない」。つまり、相当の老人力が必要。並大抵の人にはできない奥義。

「とぼける」という言葉がある。「あの俳優さん、とぼけた味出しているわね」なんていう。

インテリの中には、自らとぼけた味を出そうとして、「ボケ」を演じる人がいる。最近流行の「お笑い」でも、「ボケ」は重要。そう簡単には「ボケ」られない。「ボケ」で人を笑わせられたら一人前の芸人といわれる。

「とぼける」とは、「ぼけ」に「と」がついた状態。「と」が付くことで、「ぼけ」という自然現象に、努力して、鍛錬して、芸を磨いて近づこうとする涙ぐましい姿を感じる。そうまでして「ぼけ」ようとするんだから、「ぼけ」は人間として最高の状態だと思われる。

それほど「ぼけ」は素晴らしい。もはや芸術的だと全日本老人力学会ではいわれている。

日本で、第一線の老人力を持っている達人は長島茂雄さんと、ジャイアント馬場さんだと、学会ではいわれている。その、偉人がこの本に登場する。

個人的には、ジャイアント馬場さんを尊敬している。

20数年前、ジャイアント馬場さんと会ったことがある。

当時、タイガーマスクが全盛の頃で、雑誌の取材で養護施設を慰問?された。(この場合の「された」は、頼んでいないのに勝手に慰問したという意味です)タイガーが全日本プロレスの選手だったので、馬場さんはも一緒に来ていた。

しかし、馬場さんは施設には上がらず黒い大きな車で待っていた。

そのうち暇になったのであろう、馬場さんは、車から下り、施設の玄関をの扉をくっぐて中に入ってきた。ちょうどその場に居合わせた僕は、馬場さんに挨拶をした。

馬場さんは右手を上げて「ボー」といった。ような気がする。(その時に馬場さんの手が玄関の天井につき、今でもその痕が記念として残っている)

偉大な馬場さんを玄関に立たせておいてはいけないと、上がってもらうようにスリッパをすすめた。

すると、馬場さんは、自分の足を指差し、「ここでいいす」とやさしくお言葉を発せられた。そこには16文の黒く光った革靴が、60度に開かれていた。

馬場さんが履くスリッパは、32センチ以上は必要であることを理解し、なぜか顔を赤くしていたら、「じゃあ」と、再び玄関をくぐって馬場さんが出て行ってしまった。

タイガーマスクの顔は忘れたが、ジャイアント馬場の靴のでかさは忘れられない。

余計な事だけ覚えているのも、相当な「老人力」である。

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