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2006年9月 8日 (金曜日)

ハードな社会

ニューヨークの裁判官の話を聞いた。

ニューヨーカー(この場合、WASPをいう。つまり、アングロサクソン系の白人でプロテスタント)は、人生の決定についてシビアだ。

成年後見制度はアメリカにもあり、やはり裁判所が後見人の決定権を持っている。日本と一番違うと感じたところは、人生に対する考え方だろう。

離婚率も高く(再婚率も高い)、子どもは成人する前から独立する社会にあって、一人暮らし高齢者は多い。その人たちが一番大切にするものは、自分の生き方(つまり信条、信仰といってもいい)。

成年後見制度についても、自分の権利を守るために使うと考える。具体的には、判断能力がなくなったときに、施設に入れられたりしないようにしたい。自宅で支援者やヘルパーによる支援を受けながら生活することを希望する。

また、終末期になったときには、自分の意思を代弁する人を指名し、延命措置をする、しないを事前に決めたいと考える。

自分のことを医師に任せるなんてとんでもないという国だ。

この生命と人権については政治問題になっており、州によっても意見が分かられ。中絶についても大きな問題になっており、その問題はまだ解決していない。

どちらがいいかなんて云えないけれど、施設に関しては日本とは大きな違いが出ている。

日本では必要悪なんて云われていても、何処かで容認している所がある。一方、集団で生活することに関してはアレルギー的に反応するニューヨーカーの姿がある。

そんなところに入るなら死んだ方がましだと考えているんじゃないだろうか。

自分の信条をそのまま実現しようとする社会というのはかなりハードな社会だと思う。そんなにハードなら、適当に妥協しようというところが日本的社会なのか。

しかし、その日本的社会も随分変わって来ているようである。

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