« 第三回SWS講座案内 | トップページ | 写真を焼く父の姿 »

2006年6月18日 (日曜日)

列車の中で

妻の父が入院している病院に行く。

病院は関東平野の麦畑の真ん中に建っていた。

想像していたより麻痺は軽く、安心したが、在宅生活の課題はかえって大きき。

言語分野の連携が悪く、思うように話しができない。話しができないことで、自分のイメージが持てないために苦しそうだ。本人もだが、家族の今後の介護の手間の多さが心配になる。

息子は、余りに変わってしまったお爺ちゃんを見て、なんと言っていいか分からず、「げんき」と言うのが精一杯。その後、黙って二人で見詰め合ってしまう。

おじいちゃんは、孫の名前を呼びたいのだが、思うように言葉がでず、代わりに涙が止まらない。自分でも、どうしていいのかわからない。

緊張を壊すように、僕がふざける。なんとなく息苦しくて、思わふざけてしまう。

昨日は、夜中に立ち歩き、危ないからとセンサーマットが置かれている。本人は、歩けるからトイレでも行こうとしたのか、徘徊だったのか、とにかく手間が少ない病院では、転んで怪我をさせてもいけないと行動を制限されている。

その後、車で病院から自宅までお母さんを送り届けること1時間。

荒川沿いの細い山道を走りながら、よくこの道を運転して来たものだと驚く。

病院に居られるのも3週間余りだろう。在宅の準備を確認し、直ぐに列車に乗り自宅に向かう。

|

« 第三回SWS講座案内 | トップページ | 写真を焼く父の姿 »

あいまいの知」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160222/10580909

この記事へのトラックバック一覧です: 列車の中で:

« 第三回SWS講座案内 | トップページ | 写真を焼く父の姿 »