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2006年2月19日 (日曜日)

悩むことのできる力

成年後見講座のチューターとして参加した。

創作ケースを元に参加者がケースを検討した。

成年後見制度は、判断能力の不足により、生活に支障を起こした人を支える制度である。

判断能力は、突然なくなるわけではない。むしろ、普通の状態でも、状況によっては正しい判断ができない事がある。また、認知症であっても、判断能力がなくなっている訳ではないことは誰でも分かる。

しかし、高齢者が、被害にあったり、問題行動を起こしたときには、判断能力がなくなってきたから何とかしてあげたいと考えてしまう。

これは、高齢者が能力を喪失する存在と考えられているからだろう。

しかし、判断能力が衰えた高齢者は保護されるだけの存在なのだろうか。

たとえ、判断能力が衰えても、環境や条件さえ整えれば、今のままの生活を維持できる可能性は広がる。

問題は、本人が認識しているよりも、周りの人が問題をつくってしまうこともある。本当にそれが問題であるかどうかは、見方により変わるということだろう。

認知能力が落ちた本人は、生活の問題と捉えるより、生活のしづらさに困っているだけなのかも知れない。

だとすれば、本人が困っていることだけ補うことで生活は維持できる場合が多い。

ケース検討で、参加者は正しい答えを見つけようと悩んだ。判断できない本人に代わって判断することの難しさを感じていた。

何かを選択したときに、消えてしまった選択支を考えてしまい、思考が止まって黙ってしまう。本当の所は選べない、そのことに気が付いたのではないかと思う。つまり、正しい選択などないのだと思う。

しかし、最善の選択はあるだろうし、本人の権利を守る選択はあると思う。

そして、何が最善かを悩むこと、ひたすら悩むことに、意味があると感じる。分からないから考え、判断ができないから悩む。

それを、悩むことのできる力という。

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