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2006年2月18日 (土曜日)

コーマワーク

親戚お伯父さんが亡くなった。

本人の意思を尊重し、自宅に戻り2週間程の充実した生活を送った。

伯父さんには、自宅に戻ってきた日に会った。顔色もよく、いつもの調子で、家族にわがままを言っていた。

「家がいいでしょ。わがままが言えて」と聞くと、嬉しそうな顔をして、

「そうだよ」

と言っていた。

我が儘の「儘」は、「思う儘」、「ありの儘」の儘である。わがままは、自分らしい生き方であり、自分らしい生きたかを支援する我が事務所の理念と一致する。それに、わがままの僕にはぴったりの言葉である。

そう、我が儘でいられることはすばらしいことだと(自分勝手に)感じる。

我が儘といえば、父親を想いだす。

親父は我が儘な男だった。

好きなことをして、好きなように死んでいった。

その親父が倒れ、病院に駆けつけた時には、もう意識がなかった。大きな鼾をかき、管につながれていた。

その時は、コーマワークのことを知らなかったので、ただ、呆然とそばに立っていることしかすることがなかった。

翌日、知り合いのおじさんが来た。ベッドサイドに進み、話しかけた。

「おい、俺だよ、今きたよ」

大きな声で、何度も何度も話しかけ。答えを求めるように質問をくり返した。

すると、親父の目から涙が流れ、表情が変わった。

聞いていた、聞こえていたんだと思った。

コーマワークとは、

コーマワークとはプロセスワークの応用のひとつで、コーマ(Coma:昏睡状態)の人とのワークあるいはコミュニケーションの方法のことです。昏睡状態にある患者さんに対して、ごく微細なフィードバックに対する丁寧な「気づき」を向けることによって、通常はきわめて困難とされている昏睡状態の人とのコミュニケーションの回路が開けることがあります。また極端な場合、かかわりを通して昏睡から覚醒する人もいます。しかしこのワークの本質は患者さんご本人のプロセスに寄り添うという、プロセスワークの基本的な考え方です。力ずくでもなく、「愛情があれば」などという単なる精神論でもない実践的な方法です。

コーマワークの考えは、昏睡状態だけでなく、認知症、精神症の人とのコミュニケーションにも応用でき、関係性の構築には有効だ。

興味がある人はプロセスワークの本を読むことをお奨めします。

何も残さなかった親父が唯一残してくれたものが、コーマワークの実際かもしれないと思った。

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