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2006年2月16日 (木曜日)

見守られている安心

成年後見人は、被成年後見人を見守り、必要に応じて支援する。

この見守りとは一体何だろう。

この言葉には、一緒に生活したり、介護したりしませんよという意味と、かといって、何か起きた時に知らないでは済まされませんよ、という意味を含んでいる。

被後見人が、どんなことができ、どんなことができないか、アセスメントがしっかりできている。また、何か起きた時にそれを察知できるネットワーク(殆どの場合は近隣の協力)を作っておくことが大切だ。

しかし、思いもよらないことは起こるものだ。

そんな時に頼りになる人が、民生委員さんと、ケアマネジャーだ。

民生委員さんは、殆どの場合、被後見人の地域に住み、地域の状況を把握している。誰々さんのゴミが最近出ていないことや、カーテンが3日も空いていないことや、犬が吠えてうるさいけど散歩していないんじゃないかまで、知っている。

それに、民生委員さんは友達が多い。近所に色々なネットワークを持っている、商店街にも顔が利く、自治会の役員をやっている。そして、情報が回ってくるのが早い。

そして何より、お願いすると嫌と言えない性格。

だから、必要になる前に連絡を定期的にする。たまに顔を出しておいて、「よろしくお願いします」と頭を下げる。また、こんなことがあったらこうしてくださいとお願いする。そうした、こまめな連絡がとても大切。

ケアマネさんも頼りになる。

後見人がついている同寮のケアマネは、忙しい。何せ、被後見人がいろいろと問題(殆どの場合は小さなこと)を起こす。その度に、後見人に連絡するが、すぐに来てくれるわけじゃないから、ケアマネがなんとかせざる得ない。

へるぱーさんと協力して、色々な問題を解決していく。そうしているうちに、解決の方法をどんどん覚えて、後見人より身上監護が上手になっている。

そうした、地域の資源を活用(活用というより、お世話になっている)して、何とか生活ができる。そして、何とか生活していることが、被後見人の力を最大限に生かした見守り的支援だと感じる。

先日も、地域のケアマネにお世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

「ありがとうございました」

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