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2006年1月 6日 (金曜日)

古典の先生

たこ八郎のことを書いたら、高校時代の先生を思い出した。

古典のその先生は、その世界では名の知れた教師だったと後で聞いた。しかし、遊び盛りの十七八の男子にとっては、松尾芭蕉も清少納言も、昔のオジサンであり、オバサンに過ぎなかった。

先生はいつも厚手の背広を着ていた。分厚い牛乳瓶の底のようなメガネを掛け、チュークを黒板にぶつけるように板書していた。先生が他の教師と一番の違うところは、40人足らずの教室にも関わらず、マイクを使うことだった。普通の声で十分聞こえる教室に、低いつぶれた声がマイクを通して聞こえていた。

今思えば、その年が、教員生活の最後だったのだろう。ブツブツ言いながら、マイクの調子を確かめ、いつも同じように古文を板書し、それを訳すという授業は、何年も変わっていなかった。しかし、有名な先生の話を聞く生徒は誰もいなかった。先生は、黒板をなめるようにゴリゴリ板書し、生徒の方を向くことはなく、生徒と先生の間には、うるさくしなければ注意をしないという暗黙の了解が成立していた。

しかし、その日は違った。

 サッカー部の友人田中(仮名)は、悪いやつじゃないが、調子に乗りやすい奴で、前日も仲間と池袋のデパートに行きカップルをからかっていた。金持ちの息子に買わせたサルの惑星のマスクをかぶり、カップルが通るとそっと前に回り、後ろを振り向く。当然、女性が声を出す。それが面白くて何度もふざけていた。

 田中が言った。「あす、古典の先生の授業に遅刻して入っていくから。これをかぶって」と宣言した。

授業が始まり15分が過ぎた。田中が遅刻して教室の前のドアから入ってきた。教室の男たちが一斉に歓声をあげる。皆田中だと知っているが、あまりのばかばかしさに、一斉に前を向いて騒ぎだした。その声に応えるように田中はゴリラのマネまで始めた。

 「エーッ、うるさい。静かにしろ」

それでも、一向に静かにならず、田中の姿にやっと気づいた先生が、

「誰だ、こっちに来い」

と呼んでしまった。

先生は顔が見えないものだから、田中の顔の近くにメガネを近づけて覗いてしまった。

次の瞬間

「うっ」

と、唸るような声がマイクを通して聞こえた。そのまま教室から音が消えた。

「今日の授業は終わりにする。あまりふざけるなよ、田中」

そういい残して、先生は教室から出て行ったしまった。

つづく

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