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2006年1月 6日 (金曜日)

古典の先生その②

それから3週間、古典の授業は休講になった。先生は腰を痛めて休んでいるとか、入院したとか、いろいろなうわさが流れたが、本当の所は分からなかった。ある日、来週先生が出てくるという噂を職員室で聞いてきた奴がいた。

田中がふざけて、「また脅かしてやろうぜ」という。「今度は、みんなで黙って授業を聴いてやろうじゃないか。びっくりするぜ」といった。反対する者はいなかった。 

 その日もいつもと変わらず、先生がゆっくりと教室に入ってくると、マイクの調子を合わせ、「ウン、ン」と低い声を出す。チョークをポケットから出して、古文を板書する。4,5行書くと、小さく太い声がマイクから聞こえてくる。しかし、先生の背中の男たちは誰も話をしない、黙ってその声を聴いている。黙って先生の声を聴くのは、みんな始めてである。黙って聞くと、話は面白い。よく聴いていると、冗談のようなことも言っている。それに、先生がほんとうに古典が好きなんだということが、よく伝わってくる。20分過ぎ、30分が過ぎ、あと10分で授業は終わるころ。なんだか涙がとまらなくなった。横を向くと、みんな変な顔をしている。 

 「なんで喋らないんだ。静かだとやりにくくってしょうがないじゃないか」 

マイクを通して、つぶれたような声が聞こえてきた。 

しかし、だれも喋れない。 

「じゃあ、早いが今日はこれでおしまいにする。みんな元気でな」 

そういい残して、ゆっくり教室から古典の先生は出て行った。 

その声が先生の最後の声だった。

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