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2006年1月 6日 (金曜日)

たこ あしたのジョーになる

たこ明日のジョーだった

試合になると、当然、途中で打たれる。左目にダメージを受けると、左が見えない状態になり、視力が悪いことを相手に知られることも無くなる。そのことに気づいたたこは,それなら、初めから打たれてしまおうと考えた。それからのたこの試合は、ボコボコに打たれながら勝つという壮絶は試合が続いた。たこのファンもセコンドも、しっかりガードするように忠告をするのだが、たこは、「不器用だからこうしかできない」と、ボクシングスタイルを変えようとはしなかった。そのノーガード戦法が、ちばてつやの「明日のジョー」のモデルになったと言われている

それから3年。体力が落ちてきたボクサーは、打たれっぱなしで、負け試合が続いた。そのころたこの身体に異変が生じてきた。記憶がなくなるときがあり、失禁をするようになった。パンチドランカーである。

まもなくボクサーから引退。その時拾ってくれたのが、芸能会である。独特の話し方と、人懐こい性格が幸いし、仲間から可愛がれる役どころを得た。子どもたちはたこ八郎の真似をした。誰もが「たこです」と言っていた。

しかし、彼の身体はぼろぼろだった。一人では何もできず、迷惑ばかりかけていた。彼には迷惑をかける以外にできることが無かったと言っていいかも知れない。そんな時、友達によく言った言葉が「めいわくかけて ありがとう」だったという。

迷惑を掛けたくない。迷惑かけずに生きていけたらいい。しかし、自分が生きていくためには迷惑をかけながらしか生きていくしかできない。それなら、迷惑かけたことを感謝したっていいじゃないか、そんな彼の言葉が聞こえてくる。鎌田實と鷲田清一の対談で、「迷惑かける側と、迷惑かけられる側の、双方が、ありがとうといえる関係はすごい」と言っている。

T君がタコ八郎から感じたことはそんなことではなかったのかと思う。学校に行ってもちっとも勉強が分からない。何も分からないのに学校に行くのは苦痛である。勉強しろと言われるが、勉強の方法も分からないし、集中できない。力は強いから、面白くないと人を殴る。怪我をさせる。すると、悪い子と言われる。施設に入って、生活なんかしたくない。お父さんお母さんに甘えたい。しかし、甘えるお父さんもお母さんもいない。居るのは、先生といわれる大人だけである。迷惑ばかりかけている。

そんなT君に私は「人に迷惑かけるな」と言っていた。迷惑なんかかけたくなかったT君に、そういうべきではなかったといまさらながら思う。みんなが迷惑をかけあわない社会でなく、誰でも迷惑をかけてもいい社会になるほうがいいと思う。

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