2021年9月14日 (火曜日)

問題が問題になる その2

援助関係では、援助者と被援助者の関係は非対称性を持つ。

つまり、立場が違えば認識が違うということである。

一方で、構築主義の考えでは、全ての関係はつながり互いに影響し合っている。

つまり、援助関係における双方は何らかの影響を与え合っているということだ。

 

回りくどい話をしたが、今行われている、僕とクライエントとの関係を言っている。

 

僕の方からすれば、支援者、援助者という意識を持っている。

しかし、彼の認識は、そうではない。

かといって、無関係の他人、第三者、対人認知レベル0ではない。

 

相互作用は、ある。

刺激を与えあう人物という認知はある。

刺激人物としての関与は低い。

認知目標は、状況による。

という対人認知である、多分。

 

この辺の塩梅が難しい。

 

彼のサイドから見える景色は、遠い存在にしておくこと。利用できる資源があれば利用したい。

しかし、なるべくなら、利用しないでいいような環境に保持したい。

そこには恐れがある。相互作用に関するジレンマがある。

関係を持つということに責任を感じる。

接近に対する影響を感じる。

これは、彼の人生に対する哲学である。

 

僕の見え方やアプローチについて

アプローチをしているように見えて、アポローチしていない印象を与えている。

そもそも、関係者であるという認知が彼にはあると感じているので、それ以上の

関与は必要がないと判断している。

決定するのは、僕ではなく彼である。アプローチする方法は知っているので、そこに

関与する必要はない。

 

それに、彼の人生哲学にアクセスするには、時間が足りない、共通体験が少ない

共有する空間を持っていない。

 

では、存在の意味はどこにあるのか。

それは、僕の存在を彼が認知しているという事実かな。

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2021年9月 4日 (土曜日)

僕にとっての戦争 2

戦後生まれである。

もはや戦後ではないというわた時代に生まれた。

戦後とは、戦争が終わってから色々なものを引きずってきたが、それが終わり、新しい時代に入ったという宣言だろう。

焼け跡に家が立ち、ベビーブームとなり、そして戦後終わった。

僕たちは戦後の時代を生きてきたが、親世代は、戦争を拗らせていた。

たぶん。

幼少時、居候していた本家の居間には戦争で死んだおじさんの写真が並んでいた。

つまり、戦争は終わっても、死んだおじさんは戻ってこなかったということである。

祖母は健在だった。

自分の子どもが何人も戦争で死んでいるのに、そこことを一度も聞いた事がない。

話を聞けなかった事が残念である。

父親は、外地には行くことはなかった。

大正の終わりに生まれていることを考えれば、共に学んだ友達が戦争で亡くなっているのだろう。

戦争の話は聞いた事がない。でも、軍歌ばかり歌っていた。

 

こうして、いろいろな事が終わり、新しい事が始まる。

 

2011年に東北沿岸で大きな地震が起き、大きな津波が日本を襲った。

津波で流された街や村は、復興という名により、新しく再興されつつある。

 

しかし、昔の姿はどこにもない。

 

東京も76年前の姿はどこにもない。

東京駅を降りても、昔の姿を想像できない

 

すべてなかったことのようにしていても、それはあった事である。

 

ローマの街を歩いていると、二千年前の遺跡があちこちに立っている。

パリのアパルトマン100年以上経っている。

 

歴史の積み重ねで今がある。

モノリスがどこかに埋まっているかもしれない。

その声が聞こえているのは、猿だけだろうか。

 

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2021年9月 3日 (金曜日)

一人になるのと、一人でいることの違いについて

昨日から一人で行動している。

こんな時代だからいつも一人みたいな気分だけど、自ら進んで知っている人がいない土地で、時間を過ごすと寂しい。

知っている人がいるのに感じる孤独とは別のものがある。

でも、今日になって一人でいることに慣れてきた。

これは、不思議だね。

 

ぼくの憧れる一人暮らしの老人がいる。

それはそれは、老人と呼ぶに相応しい人だ。

お年寄りではない、老人である。ヘミングウェイが書いた老人である。糸井重里がイメージする老人である。

彼の本当の歳は分からない。

しかし、その風貌は絵に描いたような老人であり、実際、老人モデルとしてデパートの壁に飾られた事がある。特大のポスターだった。

それも、後藤久美子と一緒に。

僕が、デパートのエスカレーターで下っていくと、目の前に彼が現れた。突然。

イヤー、素敵な髭、素敵な洋服、素敵な靴を履いていた。

それは、衣装さんが用意したものであるかも知れないが、実際の彼のセンスはもっと素敵だ。

 

かれの部屋に招かれた事がある。

青山の都営住宅のその部屋は、家具が少なく、それでいて必要なものと、たくさんの思い出が並べられていた。

その部屋からは、桜と銀杏の木が見えた。外から見ると手入れが行き届かない緑も、その部屋から見ると、小さな窓枠にちゃんと収まっている。

不思議な雰囲気を楽しみながらコーヒーを頂いた。

口数の少ない彼は人の話を聞くのが上手だった。

僕がいろいろ説明する人なのに、僕の悩みを聞いてくれた。

 

ある日、彼に聞いた。

一人でいて、寂しくないですか。

 

毎日、同じようなことを、一つひとつやっていると、その日が終わる

そのようなことを云っていたと思う。

 

そうそう、思い出した。

彼に、書を習ったんだ。

 

僕は、まいにちまいにち、「雲」を書いていた。

何枚も「雲」ばかり。

そのうち、いい雲が描けるようになった。

そう、書くんじゃなく、描けるようにね。

 

先生(彼)に見てもらった。

「いい雲だね」と、

からは髭を触って褒めてくれた。

 

 

 

 

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2021年9月 2日 (木曜日)

夕方にパラレルチャートを書く

夕方の匂いを嗅ぎながら、パラレルチャートを書く。

夕方の光がどんどんん長くなり、黒い影が森の向こうからやってくる。

冷たい空気が足元に忍び寄り、足の裏にまとわりつく。

年を取ったので冷え症になったのと、遠くが霞んで見えないことでおきる現象だ。

 

子どもの頃の一人遊びを思い出していた。

僕は犬になるのが好きだった。

 

首に紐をつけて、その紐を机の足に縛る。

犬になる前には、色々な準備が要る。

紐を解くには口しか使えないから、犬になる前に準備をしなくてはならない。

それがルール。

遊びにはルールが必要。

 

まず、大きな皿に牛乳をいれる。

それに、ビスケットを3枚用意する。

ヒヨコでもいいが、それは、特別の日だけ。

 

牛乳とビスケットは少し離れたところに置く。

これもルール。

近いと、すぐに飲めるのでつまらない。

 

犬になって飲む牛乳はすこぶる美味しい。

これは、犬になってみないと分からない。

 

さいごは、

前足と口で紐を解く。

 

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2021年8月29日 (日曜日)

バンコクで喜納昌吉を聞く

ブリラムからバンコクに戻ってきた。

埃まみれのシャツに汗が混じり、シャワーを浴びたかったが、夕食を招待されていたので後回しにした。

3人乗りしているバイクタクシーが脇をすり抜けていく。

道端に座ったおじさんたちが美味しそうにメコンを飲んでいる。

空気の中にバンコクの匂いが混じり、鼻で息をしないようにしてでこぼこ道を進んでいく。

絶対ひとりでは帰れないだろうと心配になったころ、その家に着いた。

 

2階に上がるとすでに食事が用意され、裸電球の下で食事が始まっている。

挨拶もしないまま、すぐに食卓につき、まずはビールを飲む。

ビールは高級品だということは知っている。しかも、冷えている。

 

招待してくれたのば、ボランティアの友達の友達だ。

ここにいるのは、知り合いの知り合いばかりだが、すぐに打ち解けた雰囲気になる。

皆の言っていることも分からず、僕の言っていることも伝わっていないだろうが、気にならない。

ギターを弾き、歌が始まる。

突然、俺はミュージシャンだという男性が、有名な日本の歌を唄うから聞けという。

 

大きな木をくり抜いたギターの音色は深く重い。

初めて聞く歌だった。

悲しい曲だった。

日本の歌をタイ語で歌っていると思っていたら、

「泣きなさい、笑いなさい・・・」という日本語が聞こえていいた。

 

その時、日焼けしたお兄さんが喜納昌吉に見えた。

ぼくは、大声で歌っていた。

1978年が終わろうとしていた。

 

 

 

 

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変なおじさん

ラジオから「ハイサイおじさん」が聞こえてきたら、志村けんを思い出した。

もちろん「へんなおじさん」を。

僕が小さい頃、近所には「へんなおじさん」がたくさんいた。

近所にいた「へんなおじさん」のどこが変なのかといえば、仕事をしないでぶらぶらしていることだった。

もちろん、仕事はしていたのかもしれないが、僕たちにはそう見えなかった。

まず、「へんなおじさんは」、朝子どもたちが学校に行く時、犬と遊んでいた。

僕らが学校から帰ってくると、「おい、ぼうず、ちゃんと勉強してきたか?」と近寄ってきて話しかけてくる。

犬に悪戯をすると叱られた。

 

僕たちは、「へんなおじさん」が自分たちの親と少し違っていると感じた。

それは、姿形ではなく、社会に対する姿勢のようなものだ。

なにか分からないけれど、「どこかすごい人だ」と感じるオーラがあった。

そして、ぼくらは「へんなおじさん」が好きだった。

あのおじさんは、「ほんとのこと」を知っているのかもしれない、

あのおじさんは、「世界の秘密を知っているのかもしれない」と僕らは話し合っていた。

 

僕は今、本当の変なおじさんになったが、世界の秘密を知らない。

それに、子どもたちも寄ってこない。

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2021年8月28日 (土曜日)

愛について語ること

「お兄さん、いま、何してる?」

久美さん(仮名)からの電話はいつもこんな調子で始まる。

彼女は僕の妹ではない。

彼女との付き合いは8年になる。彼女は僕が何をしているのかを知りたい訳ではない。ただの挨拶だ。留守番電話に自作の歌を入れ、「こないだの歌、どうだった?」と始まることもある。

そして、返事もしないうちに「**(姉の後見人の名前)がついてから、私は不幸になったよ」と不幸自慢が始まる。

「あの人はね、子供がいない。だから、人の気持ちがわからないんだよね。」

「よく知ってるね」情報通であることを褒めると、「まあね」と、嬉しそうな声をあげる。

「私も結婚したいよ。式に出てよね」

「結婚したいの?」と聞くが、僕の話は聞いていない。

久美さんの話は3つのパターンに分かれる。その1「自分に友達がいない」ことに対する不満。その2「母親が亡くなってから自分の役割がなくなった」ことへの不満。その3「人間らしい暮らしをしていない」ことへの不満である。そこに、4番目の不満が最近加わり、ループする。

このままでは60分コースになると感じた僕は、先日、病院の隣のデイケアで一緒に食べたケーキの話をふる。

「あのチーズケーキおいしかったね」

「ご馳走してくれたんだっけ。でも、あいつ、雑談ができないんだよ、困ったね、常識がなくて」。話が戻る。

「野菜を売っていたね。久美さん、大きなキュウリと小さなキュウリで迷っていたけど、小さいキュウリで正解だったね」

「そうそう、大きいのじゃ持って帰るのが大変だったよ」。おっ、少し乗ってきたかと思ったら、 「この前電話したら、あいつすぐ電話切りやがった」と、しぶとい。

「どうして、お昼にお子様ランチ注文したの?」

「あたしゃ、まだ大人の階段を登れないからね」

「今日も冴えてるね」。

「でもね。あたしの欲しいのはね、愛と自由と同意権なんだよ。わかる?」

それから二人で愛について語り合うことになった。

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2021年8月21日 (土曜日)

どうも出てこないんです

彼は、いつも体の不調を訴える。

それは10年続いている。

そうですかと僕は聞いている。

今日も、どうも具合が、思うようにならないと訴える。

僕も、身体の不調を感じるようになり、

そうですかと応える。

その、そうですかは、彼にではなく、僕自身に向立っていた。

どうも思うようにならず、それでいて絶望しているわけでもない。

希望とは、絶望しないことかもしれない。

彼は、続ける、何かが出てくるような気配があるんですが、出ないんです。

そういえば、僕の体からもスーと出てくるはずのものが出てこない。

彼は、僕のことを知っているのだろうか。

どこで、その情報を仕入れたのだろうか。

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2021年8月20日 (金曜日)

問題のある意味

問題の大きさより、どうしてそんな問題がそこに(ここに)あるのかという、「問題」の存在に私たちは関心がある。

という事が今回の調査で浮かんできた。

コロナのことを考えても、どうして今なのか、どうして私に、どうしてこんな時期になど、いろいろなどうしてが浮かんでくる。

それは、クライエントとの援助関係でも同様だ。

援助者が専門性を発揮しようとすればするほど、専門性の高い援助者ほど、クライエントの「問題」がクローズアップされる。

それは、援助関係の非対称性が関わるのだろうけれど、それ以上に、問題というモノの本質がそこにあるからだとも感じる。

「問題」の存在は、援助者とクライエントを生む。クライエントがいるから「問題」が生まれるのではない。もちろん、「問題」のないところには援助者は存在しない。

それは、新型コロナウィルスのことを考えても同様だと思う。この「問題」が出てきてから、沢山の専門家が出てきた。もちろん、以前からその人たちは研究し、研究の発表もしてきたのだろうけれど。世間に認知され、意味を持つ存在となった。

援助関係のおける「問題」の意味するところは、その「困った」を感じているのが、クライエントではなく援助者の場合が多いという事である。

もちろん、解決したい「問題」を持ち込み、援助者と契約を結び、解決を図るために情報を得る人もいるだろう。

しかし、多くの場合、より専門性の高い援助者がクライエントとクライエントの環境に「問題」を発見する。

しかも、クライエントが援助者の従う場合は、大きな問題とはならず、「いいクライエント」と呼ばれ、クライエントが援助を拒否する場合には、「問題のあるクライエント」あるいは「問題のあるケース」と呼ばれる。

援助者の専門性を否定している訳ではない。

しかし、専門性とはより細かいところまでアセスメントできる能力であることも事実だ。

僕の、身体をより細かく分解し、さまざまな検査をすれば、たくさんの「問題」が見つかる。

しかし、大雑把なぼくが、定期検診もしなければ、寿命と同時に死を向かれるだろう。たぶん。

この辺が難しいところである。

多くの人が40歳から80際ぐらいには大体死を迎えるという統計があったとして、何もしないでそれを待つには、それなりの精神力が必要であるように、人生の「問題」を「まあ生きているんだから、このまま何もしないで、なるようにほっといておこう」とすることは難しい。

そもそも、社会とは、必要性だけで回っている訳でもない。

この研究のゆくさきはどこになるのだろう。それを決めるのは、僕の問題だ。

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2021年8月18日 (水曜日)

僕にとっての戦争

それは、僕が高校2年生の時。

平和な晴海埠頭から沖縄へ向かう船に揺られていた。

那覇まで二日。海は静かだったが、かなり船酔いをした記憶がある。

那覇港には、アメリカの軍艦らしきものが停泊していた。

船を降りると、色黒で、眉の太いおじさんがたくさんいた。外国に来たような気分で緊張した。

その日のうちに再び船に乗り、石垣島へ渡る。

翌日、島陰と深く青い海と、甘酸っぱい風が吹いていた。

遠くに来たなー。

リックサックには、テントが入っていた。

石垣島から小さな島に渡り、そこで野宿をしようとテント出していたら、小さな少年がやってきた。

拳法のような格好を見せ、「*******」。何か不機嫌な顔で喋っているが理解できない。どうも歓迎されていない様子だけはわかる。

少年の後ろにおじいが立っていた。

おじいは、たぶん、「ハブがいるから野宿はできない」と、言っているらしい。

深い皺のおじいの目の中に、戦争がいた。

内地の人間に対する複雑な感情がその皺の中にいた。

 

それは、僕が中学1年生の時。

体育の時間は運動会の練習だった。

僕らは入場行進の練習をしていた。

僕らは2列に整列し、先生が校舎の前に置かれた台に上がり、生徒がその前を行進した。

先生の前を通る時、右手を上げて敬礼をするように指示された。

僕は、手を挙げなかった。

僕は怒られた。それは、みんなと同じ行動を取らなかったからだ。

先生の目の中に戦争を見た。

40代の先生は昭和一桁生まれだった。

 

それは僕が21歳の時。

タイのバンコクの街を歩いていた。

暑く埃っぽい道を歩いていると、タイ人が近づいてきた。

僕を日本人だと思っているのか、「こんにちは、ありがとう」と話しかけてくる。

僕は黙って歩き続けると、彼の表情が変わった。

親指を自分の首に当て、左から右に切るような動作をして歩き去った。

彼の中に戦争を見た。

彼は右足を引きずっていた。

 

 

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2021年8月12日 (木曜日)

あはっきり聴こえてくる その声が

久しぶりに、中込先生のエッセイを読んでいる。

養護施設の日常を綴ったものだ。

僕のその大きな家の中で毎日子供たちと格闘していた。

そう、小さな家族が暮らす大きな家だった。

小さいと言っても、子どもたちが溢れ、先生と呼ばれる大人が走り回る。

僕の家は、「天使寮」と呼ばれていた。

そこに暮らす子供達は時に天使のような寝顔で、悪魔のような悪さをする。

よくもあるくも子どもと大人の距離が近かった。

 

行間から中込先生の声が聞こえてくる。

宏枝の声が聞こえてくる。

アキラの声も、明子の声も。

はっきりつ僕に突き刺さる。その鋭さを思い出す。

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2021年7月29日 (木曜日)

問題好きの人たち

何か困ったことはありませんか?

司会者が聞く。

発言はない。

困ったことがないなんて困りましたね、と司会者がいう。

問題があることが前提となっている社会である。問題好きの国民なのだろうか。

一方で、重要な問題を後回しにする国家だとも思う。

問題は、生きていくための食べ物であり、話題の中心にある。

うちの**がね、女性たちが長話をする。最近**がねちょいうし悪くてとおじさんが気を引こうとする。

問題があればあるほど、不幸であることが安全のための武器になっている。

毎日平凡に暮らしています、何の問題もありませんなんて言えない雰囲気である。

しかし、何もないことの方がよほど幸せなのに。

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援助関係における問題に関するインタビュー

社会福祉士後見人の援助関係における「問題」に関するインタビューをしている。

10名を超え、だいぶ概念が出来上がってきた。

分析はM -GTAを使用している。

インアビューの目的は、カテゴリー化及び概念化である。まずは、できるだけプロパティー作る作業を行う。

その際問題となったのが「問題」という言葉の使い方である。

援助関係における「問題」とは、援助目標に対して、現状と目標に間に存在する障害(ギャップ)を指すと定義している。しかし、インタビューを受ける人にとって、普段使っている言葉だけに、そのイメージが大きく分かれる。

しかし、課題、障害と言い換えることはできない。

イメージが曖昧な言葉であり、それでいて普段頻繁に使っている言葉であるということが大事だと考えている。

それだけに、プロパティーの整理には苦労する。

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2021年6月26日 (土曜日)

遠くへ行くこと

永六輔も寺山修司も遠くへの憧れがあった。

それは、どこへもいけない時代であったからだろう。

どこへでも行けるのに、新型ウィルスのための出掛けられない時代になった。そうでなくても若者は、新しい世界には旅立たない。

知っている人と、知っている場所に行き、ちょっと可愛い写真を撮る、内側の世界に「旅」を求める時代になった。

子どもは、三輪車にのり、自転車に乗り換え、バイク、車、列車、飛行機とどんどん遠くに出かけた。旅に出ることで考えを巡らせ、家に戻っては生活を始めた。この繰り返しが、人生だと信じルことができた。

年を取るに従い、活動範囲が狭くなる。近所に行くのも億劫になり、スーパーまで行くことがやっと。旅は、テレビやYouTubeで見れば満足。そのうちに家から出られなくなり、ついに、施設に閉じ込められる。

野垂れ死ができた時代には、最後まで歩き、歩き疲れ、木陰で休憩し、そのまま横になり死んでいく。

この二つの風景に違いがあるとすれば、最後に見えるものだろう。

天井を見て死ぬのか、空の雲を見ながら死ぬのかである。

多くの他人=自分以外の人たちにとっては、天井を見ながら逝く人の方が面倒が少ない。

そう、面倒をかけることが申し訳ない時代になった。

道端で、老人が横になって息をしていない風景はシュールである。

僕にうちに出没する狸も死に場所を見せない。

つまり、野垂れ死するための作法としては、姿を消すということである。

これは社会的な意味合いを含めると、そろそろ足の方から消えるように消しゴムを使う必要がある。

または、失踪というてもある。

隣のお父さん、3日前に出掛けてそのまま帰ってこないんだってと言われるような消え方も素晴らしい。

コロナの時代にあっては、すでに、あちこちで老人がいつの間にか消えている。

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2021年6月20日 (日曜日)

宇宙人に出会ったら

クララとお日様を読んでいる。

クララは、人工頭脳を持つAIである。

AIが身近になり、SFの世界から身近な存在になりつつある。想像できることは実現するということなのか。

この本の面白さは、クララから見た世界の捉え方が独特であり、訳がかからないところがあるということだ。

そもそも、僕らは世界との繋がりについて理解しているようで、そうでもないことが多い。

僕のクライアントが世界とのつながりで困っている場面は、認知の仕方の違いが大きい。

共通のことがらを学習し、共通の感覚を理解して生活していると思っているが、本当には理解できないことを誤魔化しているのかもしれない。

わからないということや、わかりたくないことや、みんなと違う感覚を感じることを正直に表現すると、異質になる。

それは、共通の感覚ではないよ、とか、それを感じない方が生きやすいよと、言われる。

しかし、上手に生きることができない人にとっては、自分の感覚の方が正しいと感じる。

もし、感じ方の全く違う世界、どこかの星に行ったとしたら、自分の感覚を変えないといけない。言葉もそうだろう。その星の概念を学び言葉を学んでコミュニケションを取る。

つまり、自分以外の理解できない宇宙人と思っている人がいるのではなく、僕たちが宇宙人なのかもしれない。

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2021年6月 1日 (火曜日)

時間を潰すこと

時間を潰すことはもったいないことか、それとも優雅なことだろうか。

今まさに時間を潰している。

潰しているが、聞こえる音は鳥の声と水のささやきだ。

どこほどつぶせばいいか予定はない。しかし、そんなにつぶせないものだ。

本も読んでいる、しかし、昔会った人のことを思い出しては、ページを閉じる。

湖が見える、像が目の前をあるいている、滝つぼに大量の水が落ちていく姿も。

あの時の気持ちを振り返っては、後悔なんかしたり、あの時、あの人の言葉を聞いては、顔を赤くする。

時間はなかなか潰れない。

これが、8月末の海岸であれば、夕日をみながらビールを飲んで、「ああいい夏だった」と言えるのに、コロナでマスクをしているので、ビールも上手く飲めない。

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2021年5月25日 (火曜日)

そこの人は誰

zoomでインタビュウをし、録画を見る。

これまでICレコーダーで記録を取り、築語録を記録化していたが、今回からは映像を見ながら文字起こしをする。

映像が残っているので、動画による大量の情報が確認できる。

これは良し悪しがあり、自分のまずい対応や仕草、動作、表情がリアルに確認できる。

あまり人に見せたくない。

対面で話していないが、ある意味対面以上に自由に考えている様子がわかる。

特に僕の場合には、考える際に視線を上にあげ、イメージを映像化し、それを言語化しているプロセスがわかる。

それに、相手の言葉にどのように感じているかが表情として出ている。

こうしたインタビューを繰り返し、その映像を見ることはとっても勉強になる。

しかし、毎回自分の顔を1時間見続けるのは辛い。

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2021年5月24日 (月曜日)

左目の役目

左目の視力が悪くなった。

実際は、霞んで文字が読めない。

それでも、本を読んでいる。

つまり右目で補正しているということだろう。

一日中本を読んでいると肩が凝るのはこのせいである。右目の頑張りを褒めてやりたい。

 

脳の凄さはこの見えていないものを経験で補正する力である。

V.S.ラマチャンドランの「脳の中の幽霊」という本では、切断された手足をまだそこにあると感じるスポーツ選手の話が紹介されている。

幽霊の存在も多くは脳が作り出したという話もある。

 

認知症になっても、使われていない脳細胞(シナプス)をつなぎ合わせ、あるいは、配線を変更して、記憶を補完する人の話を聞いたことがある。

 

僕らが見ているこの世界は、脳が作り上げた世界かもしれない。

 

ソーシャルワーカーという人が見る世界はどんなものだろうか?

ソーシャルワーカーが見る「問題」を知りたいと思い、インタビューを始めることにした。

それは、問題の「本質」ではなく、職業として「問題」を見ている人の物語があると想像している。

多様な人たちの問題は、ほんとうにその人の「問題」であるのか。あるいは、虚像を見ているのだろうか。

僕たちが見ている世界は、僕たちが作っている世界である。

見えなくなった、左目で見ている世界も確かにそこにある。

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2021年5月23日 (日曜日)

思い出がなくなってしまった

思い出せる自分に関するエピソードは3歳くらいからだと言われている。

誰が言っているのかわからないけれど。

僕には、3歳ぐらいの思い出はない。4歳の思い出も、小学生の入学の時の思い出もない。

思い出せないのはなはく、思いだがないのだと感じている。

思い出は、あったのだろうが、賞味期限と共に消えてしまった。

今、マンションの前の森を見ながら昔の思い出を探しているが緑の葉が揺れるように、ぼんやりしている。

 

僕のクライエント、認知症と呼ばれる人の多くは、物忘れが激しいと言われる。

しかし、昔のことを詳細の覚えている。

50年も60年も前のことを、その時の空の色や、食べ物の匂いや、母親の表情や、涙の味を覚えている。その時の気分を何度の何度の僕に話す。

「まだ、言ってなかったことがあったんだけど、その時ね・・・」と物語はどんどん膨らんでくる。

多くの場合、話しての瞳は輝き、一点に集中している。

 

僕も、目薬をつけ、瞳に潤いを与え、できるだけ遠くを憧れの気持ちで見つめるが、全く思い出が浮かばない。

浮かんでくるのは、自分が失敗を侵した時の嫌な気持ちだけだ。

この、気持ちは何度の再現され、嫌さは毎年倍増している。

 

この気持ちを忘れるためには、寝ることが一番いいのであるが、最近はよく眠れない。

夜中に目がさね、嫌な気持ちになる。

楽しい僕の思い出はどこに行ったのだろうか。

枕の下に、昔の笑顔の写真を置いて、眠ることにした。

その時何があったのか忘れてしまったが、笑顔でいるんだから、いいことがあったのだろう。

隣に、会いたい人の写真も添えておく。

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2021年5月14日 (金曜日)

どんなものが出来上がるのかを楽しみにしよう

社会福祉士の仕事はブリコラージュ(寄せ集めて自分でつくるもの)だと感じている。
ブリコラージュはフランスの文化人類学者レヴィストロースが、世界の民族に残る思想的なパターンを「野生の思想」に記した。
相互関係に焦点をあて、新しい関係を作り上げる、あるいは、関係の中の位置づけを確認する仕事をしているSWの仕事の中心にある思想は、ブリコラージュそのものだと思う。
中沢氏によれば、精神=心と物質は、別々の存在としてあるだけではなく、入れ替わることもある。敵対関係にある人たちも、共通の敵が現れると一体となるように、もの事は構造は強固なものではない。
プラスとマイナスの間に隔たりがあるように見えて、中心にあるゼロが大きな意味を持っていると中沢氏はいう。
何かを覚えるためには、絶えず忘れる作業をしている。常に破壊と創造を繰り返す細胞は、動的平衡にある。
そんなことを考えていたら、クライエントから電話があった。
彼女は、拒否する言葉を連発しながら関係を求める。
友達がいないことを嘆き、他者への悪口が止まらない。
会話には意味があるようでいて、繋がりが見えない。
これは、部分と全体の整合性を問題としている僕の問題であり、原因と結果ばかりを気にする性質にある。
何かを壊しながら新しいものを作り上げる作業をしていると認識すれば、立派にブリコラージュしている。その作品に意味を見出すことをやめ、58分の時間を楽しむ事ができるかが重要である。
理解することや意味を知ることをやめ、何かがいま生まれている感覚を楽しむ事ができれば、最後に「今日はいっぱい話して楽しかった」という感想を聞く事ができる。

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2021年5月12日 (水曜日)

科学的であるということ

科学的である、あるいは、エビデンスがあることが正しいと言われるようになったが、果たしてそうだろうか?

今「野の医者は笑う」誠信書房・東畑開人が書いた、沖縄の在野の医者?が行っている治療?の本を読んでいる。

医者?治療?にクエッションがついているのは、今日的には、それって医者なの?それを治療と言えるの?と思われるからである。

しかし、その怪しい医者があるいは、ヒーラーが行う、怪しい治療もどきで、患者が「治っている」のである。

 

またまた、難しい概念が登場した。「治る」である。

西欧医療以外にも、東洋医療というのもがある。漢方や気功、ヨガやアーユルベーダーなどなどである。

これらの土着の治療により、症状が「治る」「軽くなる」ことがある。

漢方まではついていけた僕が、気功ができるという女性に「やってもらった」ことがある。気功を。そしたら肩のだるさが「治った」。それは実感として「治った」と感じるものであるり、その後数ヶ月その感覚は続いた。

また、あるワークショップで、頭の重さと対峙するワークを行い、指導者の言う通りにセッションすると、首が回らない状態がすっかり回るように「治った」ことがある。この経験は、その後、自分でも痛みのコントロールができるようになった。

しかし、どうして「治る」のかは解らない。多分。

西洋医学が行っている医療だって分からない部分が沢山ある。それでも、目に見える統計的な傾向をエビデンスだと言っている。

東洋医学が土着の医療を凌駕したのには理由があるのではないかと思う。

それは、人々の生き方が変わったのではないか、人生に対する向き合い方が変わったのでないか、あるいは、経済が人間の生き方に口をはなむようになったのではないか。

特に、資本主義的な成長の思想が大きく関わっているように思う。

成長、進歩、変革ということが求められ、人生を少しでも長く豊かにするためには、効率的に長く生きる人間を作ろうとしてきた。

それは、医療だけでなく、経済も組織も同様である。

 

これは流れは精神世界、心の世界にも浸透してきた。

しかし、沖縄という島には、外地の力が及ばない世界が残っていた。沖縄が経済的に恵まれなかったという歴史が影響しているとも感じる。

精神世界、または、その人の心の内側の世界に「正しさ」はない。エビデンスも成果もない。あるのは、ぼんやりとした雲のようなものだと思う。これは、僕のイメージだけどね。

それだけに、「治った」と思えば、「治った」のである。

 

この辺から、ソーシャルワークが取り扱う問題を考えてみよう。

ソーシャルワークが取り扱う問題は、社会の問題とその社会と向き合う個人の問題である。

まず、社会の問題から。

社会は、個人の集合として存在している。

つまり、個人も社会であるということになる。

そして、ソーシャルワーカーが関わることができるのは、個人だけである。その個人から社会を捉え、その個人と社会の関係を構築することが行われる。

アプローチは一つではない。ソーシャルワーカーが違えば、アプローチは違う。また、クライエントのありようが変わればアプローチが変わる。

つまり、社会に向き合う方法はどれでもいいし、なんでもいい。向き合わない生き方もある。

では、ソーシャルワーカーは何をしているのか。「ソーシャルワークすること」をしている。

科学的である場合も、非科学的である場合も、グループの力動を活用するときも、個人の内面にアプローチするときも、組織のシステムへ働きかける時も、スピリチアルである場合も、「ソーシャルワーク」することをしている。

ソーシャルワークするってなに。

それを科学的に説明することは僕には難しいので、また次回。

 

 

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2021年5月 9日 (日曜日)

スピリチアルあるとリアル

会社に行かなくても仕事はできる?

人に会わなくてもカウンセリングはできる?

遠隔での診療はできる?

かもしれないが、スピリチアル=精神世界や信仰の世界では難しいのではにかと感じる。

これは、個人的な見解である。

信仰の大きな部分は、目に見えない世界である。

それだけに、見えている、感じている、触れている、歩いている、聞こえるという実感が重要である。

この辺が不思議なところである。

普段、実体がなければできないと思われた仕事の多くは、リモートでも「できる」ことがわかってきたのに、

実体そのものが「見えない」「あやふや」な信仰の世界では、直接・リアルな体験が大きな意味を持っていたと自覚された。

 

ソクラテスが、直接対話をしないで本を残しただけなら、リモートで演説をしただけなら、プラトンは出現しなかっただろう。

ブッダやイエスが人々に直接語りかけないで、テレビ布教をしたのでは、それは、一時的に売れるタレントと同じになったかもしれない。

 

それは、存在しているという実感かもしれない。

存在していることを確認するために毎月会っているクライエントがいる。

この、毎月ルーティーンのように面会することがどれほど意味があったことかを、会えなくなって初めて実感した。

毎月会っているという事実は、会えない時間(時期)があっても、存在を感じることができる。

しかし、会えないという実態(事実)は、その存在を確信できなくなり、相互関係の意味自体が揺らぎ始める。

 

信じることは、見えないものを感じる力だと思う。

見えているからこそ、肌で感じているからこそ、その存在を感じることができる。

 

 

 

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2021年5月 3日 (月曜日)

実践するということ

現場の持つ力は大きい。

それは、第三者に語りかけることではなく、今、ここで起きている物語を動かすことだからだと思う。

東豊氏が、「虫たいじ」と称して、クライエント家族の「課題」に取り組むとき、それまで見えなかった「虫」がみんなの前に出現する。

見えないものが見えるようになるのだから、あとは、虫の動きを追ってゆけばいい。

虫が腸になるかもしれないし、虫と思っていたけど、実は別のものだったかもしれないからね。

ソーシャルワーカー場合で言えば、組織で働くより、個人開業の方が、現場感は強い。

なぜだろう。

同じような実践だとしても、「ソーシャルワークする」という行為における純粋さが違うような気がする。

組織の一部(一員)として、業務(ソーシャルワーク)することと、ソーシャルワークするために「ソーシャルワークする」ことの違いなんだろうと思う。

組織の中でソーシャルワークすることは、ルーティーンであり、ブレが少ない。

一方、開業してソーシャルワークするためには、かなり自律した動きを心がける。そうでないと、どこに向かってソーシャルワークしているのかわからなくなる。

この、揺らぎが「やってる」感であり、実践の醍醐味だ。

この危なさと喜びが共存しているところに個人事務所の楽しみがある。

 

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2021年4月25日 (日曜日)

social workerの時代はきている?

ソーシャルワーカーが独立して業務をすることの目的は、個人の人権と社会正義を目指すことがビジョンだと思う。

個人とは、一人の人間に対して、その人の持つ力をエンパワメントすること、潜在的な力が使えるように支援すること。個人として、今ここに存在していることの意味を見つけ出すことを支援することだろう。

また、社会正義をすすめるとは、公正、平等な社会を実現するために、集団、地域、組織に働きかけ、そのシステムの変換を促すことを支援することだろう。

他の専門職、医師や弁護士との違いは、支援するという、そのアプローチの方法にある。

他の専門職が課題解決を目指すことに力を注ぐのに比べ、ソーシャルワーカーは、関係の変化に焦点を起き、解決までのプロセスに力を濯ぐ。その点、臨床心理的アプローチに近いように感じる。

したがって、直接的な援助より間接的な支援を目指す。クライエントに対して直接的な援助を進めずとも、環境の変化により、課題が解決するという方法を取ることもソーシャルワークのアプローチの一つである。

また、初期のセツルメント活動などは、対象の地域にソーシャルワーカーが入り込み、同じ住民として課題を共有し解決方法を模索するというアプローチを行なっている。

僕が学生の時代は、ケースワーク、グループワーク、コミニティーオーガニゼーションという方法論が主流であり、そうした基本理論にその後のさまざまなアプローチ、方法論、理論が援用されるようになった。

その後、アメリカ、ヨーロッパの国々では、ソーシャルワークが社会制度、保険制度や福祉制度の中に組み込まれ、その専門性を発揮するようになった。

日本では、ソーシャルワークが、福祉制度の一つの役割として「社会福祉士」という名をつけ、位置付けられた。社会福祉士はソーシャルワーカーではないと感じる。

社会福祉士は、専門的な役割として、病院、施設、学校、行政の中に位置付けられた。

役割が決まったことで、組織の中で生きること=給料の補償が担保された。

しかし、社会福祉士は組織の中の役割であり、地域貢献が謳われたとしても、それはその組織の地域に対する貢献を見据えている。

こうした組織に紐づけられたソーシャルワーカーが、独立できる時代がきた。

始まりは、介護の社会化、権利関係法の改正であった。

介護保険制度は、契約を前提とし契約能力に欠ける人に対して成年後見人等をつけることを求めた。こうした動きは、行政、金龍、販売などにも広がり、契約に関する手続きシステムが変わった。

介護保険制度は、これまでの病院・施設型システムだけでなく、民間のサービスを前提に進めることに力を入れた。

こうした流れの中で、ケアマネジメントの仕組みが検討され「ケアマネジャー」という資格が生まれた。在宅介護を進めるために、「食事サービス」が成長し、小規模施設として「グループホーム」が各地に生まれた。これらの動きは、新しい産業として認知され、福祉産業と言われ流までになった。

ソーシャルワーカーとして独立する人もこの頃から増えてきた。ケアマネジャーや施設経営者として、ビジョンを持ち実践を行う人だけでなく、弁当を運びながら精神的な悩みを聞くソーシャルワーカーや子どもの貧困に取り組むソーシャルワーカーが注目されるようになった。

また、法人格として、NPO法人が認可されたこともあり、各地でピア団体の創設や単一の課題に取り組む実践、ネットを駆使した連携など、新たな実践が生まれた。

一方、社会福祉士という資格についても、成年後見制度に中で独自性を生み出し、弁護士、司法書士と共に、社会福祉士という資格で家庭裁判所の名簿に搭載され、成年後見人等として独立する人が増えた。

こうした動きは、ソーシャルワーカーからの働きにより社会を変えたわけではない。社会システムの隙間にソーシャルワーカーが住み始めたのだ。こうした動きは、ソーシャルワーカーの行動規制に繋がり、社会を変える力を弱めてしまうと考える人もいる。

一方、隙間に入り込んだソーシャルワーカーは、その独自性を生かし、自由気ままに活動を始めた。

これまでコントロールできると思われた制度は、どんどん変化している。インターネットの仮想空間が実態より現実的だと感じる人もいる。国家という垣根も小さくなり、壁があってもスッと向こう側に通り抜けられる。世界の果てで起きていることも、僕の隣で起きている現実ように感じる。

セツルメント活動をすることも、自分が住む場所で、今すぐにPCを使い開始できる時代である。

何も変わらないではなく、すでに大きく変わっているのかもしれない。

social workerの重要な機能・能力は関係調整である。

そう考えると今こそ、social workerの時代だと感じる。

 

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2021年4月21日 (水曜日)

相談待ってます

ソーシャルワークの文化の中心にあるものは、相談支援である。

相談を受付、相談からアセスメントを行い、相談により課題解決に向けた支援を行う。

そうであるのに、ソーシャルワーカー自身が相談を受けることが少ない。

システムとしてはスーパーバイズ機能を発揮して、定期的に実践の振り返り、実践の評価が重要であると謳われている。

しかし、SVを受けるソーシャルワーカーは少ない。

これは、相談は無料であるという価値観にソーシャルワーカー自身が捕われているからではないか。

医療や法律相談が無料であると考える人が少ない、それは専門性があるからではなく、医療や法律に関わる人々が作り上げてきた文化によるものが大きい。

医療が高度化され、細分化されるに従い、高額な費用が生じるようになった。人間は何れ死にゆくのであるが、その間の生きる質に高額の費用が生じることを不思議に感じない。

生殖医療には100万以上の金額がかかることはもはや常識である。お金がなければ子どもが作れないのか。貧乏人の子沢山は昔の話か。

細胞レベル、遺伝子レベルでいろいろな事がわかってきたのに、人生の目的についての悩みは一向に解決しない。

ソーシャルワーカーが関わる問題は、実はこちらにある。

いろいろと分析、分類、調査してもなお、わからないことが多い。よくわからないし、解決の手段がないように見えることを聴く事、それが相談である。

3回人の相談を受けたら1回は誰かに相談しよう。

その、相談僕が受けつけます。

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デンマークの話を聞こうよ 第2弾

―デンマークの小学校 校長先生の話を聞くー

                            

日時 6月4日 (金曜日) 16時00分から18時00分

Z00M開催 入室は15時40分から

ゲスト Anna Trolleskolen (0年生から9年生)の校長Claus Schønberg氏

https://annatrollesskole.dk/(学校のサイト)

通訳 ヤーンセン ノーフェンスホイスコーレ短期研修部代表

司会 齋藤弘昭

申し込み方法 齋藤のアドレスに申し込んでね (無料です) 招待メールを送ります

fukumane@gmail.com 携帯09093264663

前回参加した人は、前回と同じアドレスから入れます。

https://us02web.zoom.us/j/4909825857

ミーティングID: 490 982 5857

 

内容

 世界はいま、どうなっているの?日本の中で、家にいるだけではわからないことがいっぱい。むしゃくしゃしますよね。

 じゃあデンマークとネットで繋いで話を聞いてみようと、毎回ゲストも招き交流を深める企画の第2弾です。講演会ではありません。デンマークの教育は参加型、このイベントも参加型です。どんどん話の中に入ってきて、あなたの疑問をチャットでしゃべりましょう。

*今回のテーマは「教育」です。デンマークの小学校の校長先生が、映像資料や教材を用意し、デンマークの教育、コロナ対応、教育理念を語ってくれます。

聞きたいテーマは、

  • デンマークの小学校では、新型ウィルスにどのように対応しているの?
  • 小学校は義務教育で1年性から9年性だと聞いたけど、0年性や10年性もあるの?
  • 高校、大学も無料?どんな試験があり、どのような子どもが進学するの。どんな専門学校があるの?
  • 小学校のクラスは小規模?僕がデンマークで見学した小学校は、一クラス10人ちょっとだったけど、先生が複数いました。他の小学校も同様なの?
  • 人生に対する考え方を小学校で学ぶというけど、どんな方法で、どのように学ぶの?一流の学校に行って、一流の会社に入ることが幸せ(お金をたくさん稼げる)と考える国のことをどう思う?
  • フリースクーも公立の学校と同様に認められているの?どんなフリースクールがあるの?
  • デンマークの学校ではテストがないの?
  • 自発性を発揮する子ども、グループワークを進めるためにどんな工夫をしているの?
  • 社会問題、ジェンダー、エネルギー問題、貧困や人種差別、難民、コロナ・・などなどをどのように子どもに伝え、教育の場で扱っているの?
  • ノーマリゼーションの国として、障がいのある児童を学校はどのように支援しているの?
  • デンマーク語と英語を学び、小学校卒業までには子どもたちは2ヶ国語が喋れるってほんと?
  • 先生が一番大切にしている教育理念を教えて。
  • ホイスコーレっていう学校があることは、デンマークではどんな意味があるの?

皆さんも、聞きたいテーマがありましたら事前に連絡ください。

みなさんお待ちしております。

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2021年4月13日 (火曜日)

とりえあえず

「とりあえず座っていて」ということが、いかに困難かを東畑さんは問いかける。

今僕は、座っている。

座っていなければならない訳でもないが、「とりあえず」座っている。

隣の人たちは話し込んでいる。とりあえずではなく、ちゃんと目的を持っている。

僕は、立ち上がることもできるし、走る出すこともできる。

ということは、強制されている訳ではないということである。

ここには自由はあるのか。

僕が、一番しんどかった「とりあえず座っていて」は、児童養護施設に就職した時だ。

それは、お昼だった。食堂には、椅子が10数個並べられ、中学生ぐらいの男の子が座っていた。

僕に指示を与えた先輩の保母さんは、新人職員の扱いに慣れておらず、仕事を振ることができなかった。

僕は、どこに座ろうか悩んだ。

男の子は、初めて見るお兄さん(たぶん僕と10歳ぐらいの歳の差だろう)に訝しい顔をしている。学校を休んだ、あるいは、行かなかったのだろう。太々しい様子からは、学校に行かなかった雰囲気が強い。

俺の前に座るなよオーラを出していた。

僕は、彼の前に座った。

こういう時は、何かを起こしたくなる。

保母さんは、少年に手を焼いている様子があった。うまく話しかけられない。だから、無理して忙しそうにしていた。

僕は、少年と保母さんを観察していた。

力関係は、少年が上だと判断した。

保母さんは、食堂の隣にある洗濯場を出たり入ったりして、これが自分の仕事だから話しかけないでという態度を少年にとっていた。もち論、少年も保母さんを無視している。

僕は、二人の関係を変えたい欲望を感じた。

しかし、とりあえず座っていなければならず、余計なことはできない。

僕はオナラをした。

急にオナラを出すことは、YMCAで学んだ。

それは、はっきりとそれと分かる音が伴っていた。

そして、少年の様子を見た。

少年は、何が起きたのか分かった様子だが、それは自分が思っているものでいいのだろうか、という顔をした。

そして、再び10秒前と同じ表情になった。つまり、無視することにした。

その20秒後に、二発目を発射した。

その時、保母さんが洗濯場から出てきた。

少年は、保母さんを見つめた。彼の眉間には皺が寄っていた。その訴えるような視線を感じた保母さんは、「どうしたの?」という表情をしたが、忙しそうに洗濯物を持って再び姿を消した。

この時、3人の力関係は、僕が一歩リードしたと感じたので、それで止めておいた。

それから、とりあえず食堂に座り、食事が用意されるのを少年と二人で待っていた。

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会いたいのか

会えないと会わないは大きく違う。
会えない父親の存在は感じる。しかし、会えるはずなのに会えないクライエントは遠くに行ってしまったような気がする。
毎月会っていたその人たちの近況は分かっている。写真だって送ってもらえる。電話だってできる。しかし、会えない。
見ることはとっても重要だと思う。
顔を見ることは、動きが伴う。
会うことは、そこへ行くという行動が生まれる。
近くに来たら寄ってくださいと言われても、寄る人は少ない。僕は、カトマンズまで、ジンバブエまで、そして、妙高高原に寄ってしまう。
そういえば、僕の家によく来た、古口君という友達がいた。
小口君は、頼んでもいないのに、呼んでもいないのによく来た。そして、飯を食べていった。
迷惑かけねありがとうの精神が旺盛だった。
行くことの意味は、3.11で教わった気がする。
あの日から1年、東北に行った。そして、しばらく遠ざかっていた真木に行った。真木に行くなら、当然、妙高にも。南小谷の裏側(どっちが表か分からないけれど)に妙高がある。
プリウスのお腹を擦りながら行ったこともある。
辿り着くまでの道のりが大切だと思う。困難さを伴うほど、「キター」という気分になる。
それは、近くにいるはずの少年に近寄れない僕にとって重要な問題だ、毎日テーブルを挟んで、68センチの距離にあるのに、全く近寄れない。むしろ、永遠に宇宙を彷徨う二人のような気分である。

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2021年4月 5日 (月曜日)

一人で生きることが出来る人は強い人か

ノマドランドを観て、一人で生きれ決断をした人は強い人だと思った。

それは、僕が弱い方の人だから、なおさらそう感じ流のだろう。

弱い方の人、何か弱点や欠点を持っている人は、人と人との間で生きることしかできない。

 

僕のクライアントは「人間活動がしたい」と希望するが、彼女は一人で生きている。

一人で生きることが、人間として、人と人との間で生きていないと感じさせる。無性に寂しくなってしまう。

 

しかし、隣に誰かがいると生きにくい。これは困った問題だが、どうしようもない。

 

そういえば、青山で仕事をしていと時代に、素敵な一人暮らしのおじいさんがいた。

僕は、そのおじいさんが大好きだった。

その人をJさんと呼ぼう。

Jさんは、どこかのエイジェントに所属していて、よくポスターに使われていた。

池袋の駅で、3メートル✖️5メートルほどのJさんのアップを見たことがある。それは、後藤久美子と一緒に写っているポスターだった。

Jさんは、都営住宅に住んでいた。

Jさんの部屋は、無駄なものがなく、それでいて、洒落た家具がちゃんと置かれていた。

僕が行くと、コーヒーを淹れてくれた。コーヒーを飲みながらJさんは、黙っている。Jさんは、話がうまいのだろうけれで、余計な話はしない人だった。僕は、Jさんの伝説的な話や冒険談を聞こうとしたが無駄だった。

今思えば、Jさんの聴く技術がすごかったのだろう。

jさんは髭を生やしていた。その髭は、おじいさんとしてあるべき所にある髭だった。帽子も持っていた、その帽子は必要な時に頭にのるように準備されていた。部屋にあるもの全て、Jさんによって配置され、それでいて、全く押し付けられているようには感じない不思議が雰囲気がある部屋だった。

僕は、Jさんの部屋で、コーヒーを一杯ご馳走になり、少しだけおしゃべるする時間が好きだった。

Jさんの過去を知る唯一の手がかりは、部屋の隅に置かれていた。

Jさんは油絵を描いた。

3号程度のキャンバスにどこかの街の風景や髪の長い女性が描かれていた。

僕は、その絵のことを最後まで尋ねることはしなかった。

 

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2021年3月21日 (日曜日)

カツ丼

きよしこを観た。

そういえば、僕も吃音があり、それなりに苦労した。

そもそも、吃音とは呼ばれていなかった。

「どもり」と言われた。

どもりは、ドの音が苦手だ。破裂音だからだろうか。

しかし、言いにくいとなると、余計に言いたくなる、喋ることが苦手だと、余計に喋る環境を用意したくなるから不思議だ。

10代の終わり頃、飯屋に入った。

壁に並ぶ品書きを眺め、僕は、カツ丼を注文しようと思った。

店の若い店員が僕のところに来た「注文は決まりましたか?」と聞く。

僕は、店員を見て、壁の汚れた品書きを見て、口を開いた。

しかし、口をどんなに曲げても音が出てこない。

ジムキャリーが、ふざけているような顔になったのだろう。

店員は、怪訝な顔をして奥に引っ込んだ。

それから数分して、店員が再び、僕に挑戦状を突きつけた。

その間に、「カツドン」を頭の中で音としてリズムをつけた。首まで振ってほぐしてやった。

しかし、それも無駄だった。

「えー」「ちょっと待ってね」と言う音はできる。

店員は再び、店の奥に行き、店主に何か喋っている。

カツ丼の隣の「オヤコドン」は言える。

では、「親子丼の隣にあるやつ」と言えばいいのだ。しかし、プライドが許さない。

これ以上口をくねくねしていると追い出されそうなので、「親子丼と天丼の間のやつ」お願いしますと言った。

 

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2021年3月20日 (土曜日)

デンマークは遠くにあるから行く意味がある

デンマークに行くのは、遠いからだ。

小学生のとき、自転車に乗れることが嬉しくて、街の端まで出かけた。

日曜日の午後だった。

午前中に出かけると、お昼に戻れなくなり、昼飯が食べられなくなることが怖かった。

小さい頃は変な恐怖が沢山あった。

昼飯をいつもより沢山食べて、自転車に乗った。

なんとなくの勘で僕の家は街の東側にあると信じていた。なにしろ南側には広大な田圃が広がり、真ん中を川が流れていた。

その川の向こうは違う土地だという匂いがした。

怖いお兄さんが集まって悪いことをしているような雰囲気があった。だから、そっちに行ってはイケナイと身体が反応した。

北に向かうには風が強すぎた。

何しろ冬は風が強かった。電線がいつもピューピュー鳴いていた。

どうして子ども時代の風はいつも強かったのだろう?

鉄塔にぶら下がっている電線がユッサユッサと揺れていた。あれが落ちてきて、僕の身体に巻き付いたら僕は黒焦げになり死ぬのだろうと恐怖を感じていたので、近づきたくなかった。

南は怖いお兄さん、北は強風と高圧電線、従って、西に向かうことにした。

西に向かう道はなかった。けれど、川沿いを西に進むという方法がある。川を渡らないで、川沿いを自転車で進むのなら大丈夫だと信じていた。

家を出る前に、カゴの中に水筒とお菓子を入れた。

母親に、これから出かけるからお菓子が欲しいと言った。茶箪笥の下からお煎餅を2枚渡された。

カゴの中の煎餅と水筒が揺れ、いつしか煎餅は粉々になりなっていた。

だいぶ走ったと思い振り返ると、まだ家が見えた。ダダ広い田圃は海のようにに見えた。

もう後ろを振り返らないぞと言い聞かせ、ひたすら自転車を漕いでいたら、大きな池に着いた。

行き止まりだった。

池の周りには葦が茂り、僕の家の周りとは明らかに雰囲気が違っていた。

この池には大きなナマズがいると感じた。自転車を置いて、池の周りを歩いた。

空が青かった、池はどす黒かった、風は生温かった。

草に座り、お茶を飲んで煎餅をかじったら、どこか別の世界に来たような、なんだかお兄さんになったような気分になった。

30分は走っただろうか。もう街の端に到着していた。

こんな世界があるんだなあと感じた。

この感じは、アフリカでボートに乗り、空と水との境を見ているときの気分に近い。

池の周りの匂いを思いっきり吸い込んだ。

嬉しい匂いがした。

ここまで来ないと分からないことがある。

ここまで来たから分かることがある。

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2021年3月11日 (木曜日)

デンマークの話をしようよのお誘い

日時 3月27日 (土曜日) 1830分から2030

Z00M開催 入室は18時から

ゲスト モモヨ ヤーンセン ノーフェンスホイスコーレ短期研修部代表

聞き手 齋藤弘昭

申し込み方法 齋藤のアドレスに申し込んでね (無料です) 招待メールを送ります

fukumane@gmail.com 携帯09093264663

内容

 世界はいま、どうなっているの?日本の中で、家にいるだけではわからないことがいっぱい。むしゃくしゃしちょうよね。

 じゃあデンマークと繋いで話を聞いてみようと、モモヨさんをゲストも招きました。講演会ではありません。デンマークの教育は参加型、このイベントも参加型です。どんどん話の中に入ってきて、あなたがいま感じている気持ちをしゃべりましょう。

  • デンマークのコロナ対応ってどうなっているの?
  • 首相が子どもに、直接コロナの生活のことを語りかけたって聞いたけれど、どんな話をしたの?
  • 幸せの国では、ロックダウンの中でどう過ごしているの。
  • ジェンダーの話や、コロナ禍の障害者生活や、子どもたちの生活などなど、聞きたいことはたくさんあります。
  • その他、デンマークの福祉と教育の話もどんどん聞いてください。

みなさんお待ちしております。

Momoyo Jørgensen 氏のプロフィール

1990:渡欧
1990〜91:デンマーク語語学学校
1991〜92:夜間の語学学校に通いながら、日中はオーデンセの特養で実習
1992:デンマーク国立介護士養成学校入学
1993:社会保健介護助士取得
1995:社会保健介護士取得
1995〜00:精神病を持つ高齢者(認知症含む)ならびに触法精神障害者の国立入所施設に勤務
1997〜00:看護実習生、ペタゴーを現場で指導する指導員として同入所施設で勤務
2000〜2005:日本人留学生を受け入れる日欧文化交流学院にて教員として勤務
仕事をしながら国立オーデンセ教育大学で、教育指導学、教育心理学、心理学、                       社会学を専攻し、教員免許を取得
2003:認知症介護ハンドブックを翻訳(ミネルヴァ書房)
2005~現在:ノーフュンスホイスコーレにて教員として勤務
2009:デンマーク、認知症コーディネーターの資格取得
2016: ノーフュンスホイスコーレ、短期研修部代表として就任
2020:ノーフュンスホイスコーレ職員代表理事デンマーク国の認可を受けたデンマーク独自の成人教育機関フォルケホイスコーレにて管理職ならびに教員を務める傍ら、年に2回程度で日本で講演活動、職員研修の提供、セミナーの開催を行っています。「人と出会う」をテーマにフォルケホイスコーレの教育価値観である多様性、サステナブルな人間と社会等、民主的な社会へ参加する「アクティブな住民」としての人づくりを仕事にしてます!

  • さいとう社会福祉士事務所では、毎年デンマークスアディーツアーを企画しております。次回は2022年初夏を予定しています。このスタディー・ツアーは、「デンマークではどのような法律を作り、福祉・医療・教育に取り組んでいるのか。その社会システムは、国民に幸福を与えているのだろうか」という疑問から生まれました。

訪問先の学校、施設、ホーム。専門機関を訪問し、見学とインタビューを実施します。その際には、必ず「人生に対する考え方」「幸福のイメージ」を聞きました。また、事前研修を複数回開催し、デンマークの歴史、教育・行政・福祉に関する基礎知識を学びます。宿泊は、デンマーク第2の島フュン島のボーゲンセにあるフォルケホイスコーレに滞在します。

この研修にご興味ある方は、さいとうまでご連絡ください。

fukumane@gmail.com

デンマークってどんな国

 

デンマークは、北欧諸国の中で最も南に位置し、ヨーロッパ大陸と陸続きのユトランド半島と500以上の島々からなるデンマーク王国は、自治領であるグリーンランドとフェロー諸島を除けば4ヵ国のなかで最も小さい。「デンマーク」とは英語名で、デンマーク語の正式名称はダンマルク王国 Kongeriget Danmark
 国土はなだらかな地形が続き、パンケーキのような形と表現される。高い山や大河はないが、美しい海岸や複雑な海岸線を成すフィヨルド、丘陵や森などの景色は変化に富んでいる。
国名の原意が「デーン族の境界地帯」に由来という説があるように、ヨーロッパ大陸に対する位置関係が、歴史上宿命的に大きな意味をもった国である。北欧最初のキリスト教化、封建制領土の一部導入(スリースウィ公爵領)、北欧最初の宗教改革、19世紀のドイツとの民族抗争などといった歴史的事件。またナチス・ドイツによる中立侵犯・占領、第二次世界大戦後のNATO(北大西洋条約機構)加盟、EC(ヨーロッパ共同体、EUの前身)への北欧唯一の加盟という社会の変化にいち早く対応したという現代的状況も、北欧の最南に位置する国という決定的要因が大きく影響した結果であった。19世紀後半からはヨーロッパ屈指の酪農国として経済的にも発展し、農産物加工、造船、機械工業を基礎とした近代的工業国となっている。
 現在、ひとりあたりのGNPが世界でもトップレベルに位置し、先進的な社会保障制度をもつ福祉国家として知られている。また、童話作家アンデルセンをはじめ、哲学者キルケゴール、彫刻家トーヴァルセンなど個性的な芸術家を産み、194060年頃のいわゆるミッドセンチュリー時代には、ヤコブセンやウェグナー、パントンなど北欧モダンデザインを世界に広げた優れたデザイナーを次々と産み出した。
 世界中の人々がデンマークを「おとぎの国」と絶賛するように、森の緑と草花、紺碧に輝き湖沼が多く、どこへ行っても公園のような美しい景観を見せてくれる。カヌーやクロスカントリースキー、フィッシングをはじめ、四季折々のアクティビティが楽しめ、年間を通して多くの観光客が訪れる。
なお、デンマーク人がよく口にする言葉に「ヒュッゲ Hygge」があるが、これは心あたたまる、親密という意味をもつ。「世界一幸せな国」と言われるほど国民幸福度が高い、デンマークの国民性にふさわしい言葉といえる。

 

 

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2021年2月20日 (土曜日)

小林さんへ

昨日、「sound of metal 」という名画を見ました。スマホでも見られますよ。
メタルバンドのドラマーが突然難聴になります。
彼は、音が聞こえない状態に混乱し、受け入れられず暴れます。
一緒に暮らす彼女が支援しますが、それさえも受け入れられません。
インターネットで解決策を探し、手術により人工内耳術があることを知ります。
それには1000万円ほどのお金がかかります。
そんな中、彼女と一緒に、難聴者の支援者団体に助けを求めにいきます。
ここは、YMCAのキャンプ場のような場所です。
子どもから、アル中、ドラッグ中毒、精神疾患・・個性豊かな人が共同生活を
送っています。
彼は、耳の聞こえない障害者の共同体に入ることを拒否します。
「俺は、治る」と信じているので、手話で話す人たちを異分子として見ます。
リーダーは、ここで暮らすことが一番いい、まず、障害を受け入れて、聴覚障害者として
自立する力をつけようと勧めます。
そのための条件として、一人で共同体で暮らすことを提案します。
しかし、彼女とトレイラーで暮らしてきたバンドマンである彼は、アメリカ中を旅まわり
してきた生活が忘れられず、彼女と別れたくない彼は、リーダーの提案を拒否して逃げ出します。
トライラーに戻ってきた彼は、彼女との暮らしを始めますが、音のない世界、彼女とコミュニケーションが
できない世界に怒りを感じで暴れます。
彼女は、「もう一度あの共同体に戻ってほしい」と嘆願し、そして、父親の元に帰ります。
全てに絶望した彼は、共同体のリーダーの元に助けを求めます。
リーダーは、ベトナム戦争に従軍し、アル中になり、家族を捨てた経験があります。
彼の気持ちを理解したリーダーは、仲間に彼を紹介します。
皆は、口の動き、手話、ジェスチャーを使い、自然にコミュニケーションをとります。
コミュニケーション、情報量の多さは、口話でコミュニケーションをとる人の数倍の量です。
同時に、複数の人が入り乱れてコミュニケーションをとっても、邪魔にならない映像は圧巻です。
彼だけは、一人音のない世界で孤立します。
メンバーは、音のない世界に自分たちの「音」を持っているのに、彼だけにそれがない
という映像表現が素敵です。
音がないことで寂しさを感じるのではなく、人とコミュニケーションがないことで孤立しているのです。
彼は、反発しますが、なすすべがありません。
彼女のことが気になり、リーダーの部屋に忍び込み、そっとインターネットを覗き、彼女の活躍を知ります。
彼女は、一人で歌を歌い、世間に認められる存在になっています。
ここでも、俺は置いてきぼりになっていると感じます。
ある日、子どもたちのクラスに入るように誘われます。
一人の子どもがグループに入れず、孤立しています。
彼は、その子を誘い教室から外に出ます。
滑り台に二人がのぼり、子どもが、滑り板を叩きます。
彼も、そのリズムに合わせて、叩き返します。
そのリズムが、繰り返され、二人に交流が生まれます。
この頃から彼の気持ちが変わり始めます。
手話を学び、子どもと遊び、ドラムを教えます。
グループの中でいきいきと生活し、皆から頼られる存在になります。
リーダーからも信頼され、ここで生活しないかと誘われます。
しかし、彼は、金をためて、手術をすれば元の生活に戻れるという思いがあり、
共同体での生活だけでは満足しません。
リーダーからは、朝早く起き、コーヒーと部屋を用意する。
しばらくその部屋に入り、何もしない時間を過ごせと誘われます。
何もしないことができなければ、ノートに思いを書け。なんでもいい、誰も見ないから
思いをぶつけろと指示されます。
翌日から、用意された部屋でひとりになりますが、音のない世界を受け入れることが
どうしてもできません。
ある日、トレーラーにある音楽機材を売り、トレイラーも売ってしまいます。
ネットで調べた、医師へ連絡し、手術を受ける予約を入れ、共同体を出ます。
手術はうまくいき、2週間後に「音入れ」をすると言われます。
共同体に戻った彼は、手術がうまくいったことをリーダーに伝えます。
リーダーは、それをあまり喜ばず、「我々は、聞こえないことを障害だとは
感じていない」と言います。
この(状態)世界を豊かな世界だと信じていると言います。
彼は、何を言っているのか理解できず、共同体を後にします。
手術をした医師の診察を受け、音を入れます。
無音の世界から音のある世界に彼は戻ってきました。
彼の耳の能力はなく、彼の脳が音を解釈します。
耳は、必要な音と必要でない音を選別して脳に伝えますが
術後の人口内耳は、そんなことはしません。
情報として入る全ての音を、同じように脳に伝えます。
それも金属音のように高い音階である場合が多いようです。
タイトルの、sound of metal とはことです。
それでも、会話の内容が理解できるようになった彼は
彼女に会いにいきます。
彼女との再会を祝い、彼女の父親の誕生パーティーにも出席します。
しかし、大勢の客がいる場所では、人の会話が理解できません。
楽しいはずのパーティーは、音が大音量で入り混じる雑踏のような状態です。
音の洪水の中でどんどん気分が滅入ってきます。
パーティー会場から逃げ出します。
彼女の生活も変わりました。彼女と暮らすことはできないと感じた彼は彼女の
家から逃げ出します。ここは俺のいる場所ではないと感じたのでしょう。
朝の光の中。子どもが遊ぶ声、鳥の飛び立つ音、車のクラクション、楽しそうに
話しながら歩く人々、そんな音の入り混じる公園に座り、彼は、イヤホンを外します。
すると、彼の表情は柔らかくなります。
初めて静寂という世界の豊かさの中に浸ります。
あのリーダーが言っていた世界はこの世界だったのか。
全ての音が無くなった時に、自分の中にある音に出会うことができると
彼は気付きます。

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2021年2月 6日 (土曜日)

作品を見てもらうこと

今年も3分間ビデオを制作した。

ビデオを撮り、編集する。

ここまでは自分一人の作業である。

これを見てもらうことが難しい。

僕の作品は、撮られる人の生活が出ているので、取り扱いにはそれなりの配慮が必要だ。

一方で見てほしいという気持ちも強い。

 

それは、生きていることを残したいのかもしれない。

生活は流れていく。そして、消えてしまう。

僕の人生は僕の頭の中にあるが、その多くはすでに失われている。

 

写真やビデを見ると、別の人の人生のように僕の人生がそこにある。

その時の気持ちや、その時の感覚がそこにある。

 

それを感じてほしい。

それは、どうしてなのだろう。

たぶん、僕だけではないものがそこに映っているから。

 

世界は、この瞬間も消え、そして生まれている。

 

 

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2021年2月 2日 (火曜日)

検査を勧められる

毎月病院に通っている。

こうなるとは思わなかった。

思っていることだって全然起きないけれど。

 

病院に通うことは健康管理になっていると思う。

それなのに、先生は年1回は健康診断を受けましょうという。

えっ、この前検査しましたよね。

それは、違う検査です。

 

違う検査ばかりしている。

本当の検査ってなんだろう。

 

身体から血をとり、X線をあて、変なトンネルにも入った。

それなのにまた?

 

まあ、「そのうちにやりましょう」と曖昧なことをいうと、

いや、「なるべく早くやりましょう」と、顔を近づけてきた。

 

圧が強い。

 

病気になっているかを調べるということらしいが、

検査すると病気が見つかる。

検査しないと病気が見つからない。

では、検査しないほうがいいようなきがする。

 

早期発見して早期治療をという。

残りの人生を考えると、すべに終わりが見えてきている。

苦しまない最後を考えた場合、どっちがいいのだろうと考える。

 

他人の場合には、まあ、検査したほうがいいでしょうと答えるが

自分の場合には、微妙になる。

 

ここで問題となるのは「覚悟」ということだろう。

五木先生は、覚悟を決めているようだが、ぼくは

覚悟が決まらない。

いつまでもウジウジしている。

 

検査しようかどうか、迷っているうちに

時間が過ぎる。

 

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2021年1月29日 (金曜日)

理解できるという思い込みが問題を深める

クライアントを理解したい、あるいは、共感したいと思う。

この想いは、時に、理解できる、共感できるという思い込みになる。

 

どうして分かってくれないのか。

分かってくれるはずだ。

と言う想いは、私ではなく、あなたを変えることで解決できると信じてしまう。

 

問いかければ、返事がくる。

正しい行いは、間違うはずがない

という思い込みも危ない。

 

返事が来ないことは、それ自体が返事であることが多い。

正しい行いは、相手に負担を強いる。

 

「臨床家と患者はお互いに複雑に応答しあう」らしい。

 

相互作用はすでに起きている。

時間や空間を共有しなくても、知り合った瞬間からすでに

お互いが影響を与え合っている。

それが、理解できるかどうかは別にして。

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2021年1月25日 (月曜日)

どうにも止まらない

坂道を下っていると足がどんどん先に進み、止まらなくなることがある。

 

北海道を自転車で走っている時、広い空と、地平線まで続く道を自転車で走っていた。

僕は、坂を下っていると思い込んでいたら、実際は坂を登っていた。

地球の角度と、僕の三半規管のバランスが崩れてしまったようだ。

 

急な坂道を下るようにAさんの勢いがとまらない。

走り始めると、だれも止められない。

 

Aさんは耳の具合が悪いという。

三半規管の中に塊ができている。

 

その塊が悪さをする。

そこに愛がないことが問題なのだろう。

 

みかんをもぎ取り坂道を転がしてみる。

さて、みかんは転がるか、それとも、もどってくるかな。

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2021年1月22日 (金曜日)

ゲームをやめた

スマホのゲームを楽しんでいた。

空いた時間に、ちょっとだけ簡単なゲームをする。

気づくと10分続けている。いや、30分は止められない。

 

昨日まで2年3ヶ月同じゲームをしていた。かなりの進んでいる。

もう止められない。これまでの道のりを考えると止められない。

ちょとぐらいやってもいいじゃないかと考える。

 

でもやめた。

もうやめた。

 

やめるとスッキルした。

でも、時々親指が動く

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理解したくない人の意思決定とは

理解するとは、理解したい人の思いが伝わらないということである。

本人は、自分のことを、自分なりに理解し、自分のやり方を実行している。

 

コロナのことでいれば、彼は、コロナの怖さや、自分が罹患した場合の状態については理解している。

それでいて行動を変えようとはしない。

行動を変えるには、それなりの直接的な影響が必要である。

それは、理解していないからではなく、変えようとしない力が働いているからだろう。

 

また、彼女は、自分の置かれた状況を自分なりに理解している。その理解は、彼女以外には理解し難いが。

彼女以外の理解の仕方は、常識という枠組みの中では共通している。

その常識は、彼女の常識とは違うので、彼女の意志は、常識とは別のところにある。

 

だからと「きみは常識がない」と、彼女の意志を無視することはできない。

だって、彼女には自分の意志を表明する権利はあるのだから。

 

ここからは、時間の問題が生まれる。

彼も彼女の時間の経過とともに、変わる。また、社会環境も時間の経過とともに変わる。すると、

これまで理解できる、できないが、問題とはならなくなったり。

そんなことは昔の話で、そういうことがあったねと、昔話でもするようになる。

 

なにも変わらないのに、どんどん変わっていくということは、細胞が壊れて再生される

という現象だろうか。

理解についても、脳細胞がどんどん再生されることで、理解の仕方が変わるのだろう。

 

 

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2021年1月20日 (水曜日)

外で読みたい本

岸本佐和子さんのエッセイを買った。

この本も持ってどこかに出かけ、誰も知らない土地で読みたくなった。

すぐに読み終えてしまうかもしれないけれど、そこまでいくのに何日もかかる。

天気がいい、冬の午後がいい。今日のような気候。

寒いけれど、足だけが温かい。

温泉に足だけつけるような場所を探す。

だいぶ山を登った。

空気が薄い。

疲れたので、ご飯を食べる。

今日のところは、本は置いて、昼寝をする。

本もいいけど、コタツに足を突っ込んで昼寝をするのは至高だ。

 

 

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2021年1月18日 (月曜日)

少しは休んで、また、休み

どんなに苦しくても仕事に出かけるというのは、もはや仕事病かもしれない。

と思えるくらい日本の社会は病んでいるのだろうか。

僕は、ここ20年、雇われてはいない。人を雇ってもいない。

労働時間も、短い。

むしろ、労働をしているとさえ思えないような状態である。

それでいて飢えることはなかった。

事務所のモットーは、稼がないで生きる。

そのモットーに忠実に従ってきた。

だから、仕事を選び、断ることもある。

競争社会から降りる、人生から降りることをすれば、できるのかもしれない。

しかし、なかなか降りたくないと考える人が多いのは、ほんとの価値に気づいていないからかもしれない。

本当は、見えにくいももだ。

僕の仕事で嬉しいことは、目が輝いている人に会えることだ。

それは、本当の価値に出会える瞬間だ。

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2021年1月13日 (水曜日)

娘娘

佐藤優さんの15の夏を読んでいたら、北浦和の娘娘が出てきた。

懐かしい、佐藤さんと僕は4つくらい違うが、同時代に僕は北浦和の汚いアパートに住んでいた。

娘娘はラーメン屋だ。

それほど美味しいむせでもないが、よく言った。

それほど美味しい店なんかに言ったことがなかったと言ったほうがいい。

友達は、お金がないので、パンの耳だけ食べていると言っていた。横にいた、小学生の女の子が、私は教会で毎週パンを食べてます。すぐにお腹ガ一杯になりますと言った時、友人がキョトンとした顔をしていたことを思い出した。

この時代、一眼楽しい時間は、昔のことを思い出すことだ。

それにしても、佐藤さんの記憶はすごい。

それも、食事の思い出はね。

僕は、昨日のメニューさえ覚えていないというのに。

 

 

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2021年1月10日 (日曜日)

変わりたいけど、変わりたくないという願い

何年も家を修理したいと毎日片付けをしているクライエントがいる。

どうして片付けをするのかといえば、家を修理するためには、大工さんが家に来るからだ。

しかし、片付ければ片付けるほど、家の中は余計い散らかってしまう。

周りの応援者も、助けようとさまざまなアドバイスをする。

しかし、それは、自分の仕事であるから「だいじょうぶ」クライエントはいう。

 

この時、応援者は、クライエントの環境を変えようとする。今よりも、この状態よりもよくすることが、クライエントの幸福につながると考えて。

クライエントも、応援者の気持ちに応えようと、一所懸命に片付けを続ける。

 

この状態は、クライエントのエッジの状態と考えることもできる。

クライエントは、今までの状態から、さらに良い環境への変化の境目に立っている。

次のステージに行きたいくないのではない、行きたいのだが踏み出せない、踏み出すことが怖い。

 

それを、止めているのは、応援者だ。

 

エッジの上に立つクライエントを応援すること、助けることは、クライエントを危ない場に押し出すようなものだ。

崖の上に立っているクライエントを「だいじょうぶだから、飛び込んでごらん」と言っているようなものだ。

 

だいじょうぶ、安心して、君ならできると応援することは、メッセージとして「そこは、かなり危ないよ」ということが伝わる。

 

結果、何年もエッジの上で立ち往生している。

 

ここで、面白いことが起きる。

応援することに疲れた応援者が、応援をやめた。

 

すると、クライエントの方から、アプローチがはじまる。

 

つまり、崖の上に立ち、海に落ちるのは怖いけど、戻ると怪獣に襲われる夢を見た。

怪獣がたくさんいる現実も「いやだ」と言いはじめる。

 

このような揺らぎは、クライエントにだけ起きているのではない。

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2021年1月 6日 (水曜日)

それはしない方がいいという判断

クライエントは、自分の人生の主人公であり、自己決定をする権利を持っている。

当たり前である。

しかし、クライエントの中には、判断に支援が必要な人もおり、そのために支援者がついているという状況もある。

支援者は、クライエントに不利益が起きないように注意し、配慮することが求められている。

この二つの命題は時に矛盾する。

それをすることがクライエントにとって不利益になることが明であると「常識」では考えられている事柄を、クライエントが実行しようとする場合、ワーカーはどちらに振れるのか?

何もしないという判断もあるが、これは消極的な同意になる。

同意した場合、明らかにクライエントにとって、悪い状況が訪れる。

不同意、つまり、阻止するという行動に出る場合。

クライエントの権利を侵害することになる。

そもそも、積極的に阻止できるか?という問題がある。

これは、クライエントの環境に大きく左右される。

クライエントの持つ力が大きい場合、阻止は困難となる。

一方、クライエントの持つ力が弱い場合には、不同意という権限の行使で状況を変えてしまうことになる。

まあ、「こと」によると考える人が多いと思うが。

果たして事によるのだろうか?

今僕が直面している課題は、誰の課題なのだろう?という視点で考えると、

それは、クライエントが自ら決定するための支援をすることかもしれない。

それをしない方がいいということも含めて、すること(決断すること)は、終わりではない。

そこからはじまると考えらない僕の認識が間違っているのかもしれない。

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2021年1月 4日 (月曜日)

お気に入り

スーツ2着を人にあげた。シャツも。

かなり気に入っていたんだけど。

その人にあげたいなと思った。

 

僕はそれほど洋服を持たない。

気に入ったものを長く着るのが好きだ。

でも、気に入った洋服も、だんだん、僕自身に似合わなくなる。

 

体型はそれほど変わらないのに。

デザインも飽きのこないスタンダードなものなのに。

どこか、違う。

 

その人が喜んでくれた。

まだまだ、服が生き続けることができたのは

喜ばしい。

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2021年1月 3日 (日曜日)

無題

家の中に閉じこもっている。

そこで、暖かい海を思い浮かべ、ゆうたりした時間を作る。

足だけ温めるといい。冷たい海より、身体が暖かく、気持ち良い海に足をつかっているイメージほほうが気持ちがいい。

そして、本を読み出す。

ミンデルがカリフォルニアで行ったワークショップに参加する事にする。

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2021年1月 1日 (金曜日)

スーパービジョン

去年の仕事で一番の収穫は、スーパービジョン(SV)だった。

スーパーバイザーをする、スーパービジョンを受けるをそれぞれ体験した。

体験したというより、仕事として業務を受任したことで新しい世界が開けた。

これまでも、業務の中でスーパービジョンを受ける体験はあった。今年は、業務として、SVをする仕事がきた。また、SVを受けることも仕事として認識した。

SVを受けることは、業務の質を確保するという意味もあるが、それ以上に、ソーシャルワーカーとしての仕事は、svを受けること、そのものであるように感じる。

お金を払いSVを受けることが仕事になるという意味は、ソーシャルワークの本質であるからだと感じる。ソーシャルワークというのは、対人援助であり、対人援助のためのSVは、業務である。

仕事という意味で、ソーシャルワークは、クライエントに向かう面と、自分自身に向かう側面がある。つまり、自分自身にに対してソーシャルワークするという仕事がある。

これを、どうやって表現したらいいのか難しいのだが、私が私であるために必要なことであり、自分の生きる価値を確認するための仕事だと思う。

SVで、バイザーからの言葉を期待するというより、SVの場を持つ、そのこと自体に大きな意味を見つけることができた。

今年も、SVを受け付けておりますので、ご連絡ください。

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2020年12月23日 (水曜日)

今年の牛は

新得から通信をもらった。

岩間さんの文章があまりに素敵で、6回も繰り返し読んだ。

これはみんなにお知らせしてもいいのではないか。

サンタクロースの手紙のような気分になったので転載します。

 

今年は、牛は、元気で明るく、畑は晴々としていて、

ニワトリや豚も元気そうで、いろいろな、試練や難題を

クリア出来る様な、気分でがんばった年だと思う。

 

試難な事に、チェレンじ精神が、重要であり、

目標をかかげるという心意気や、気合の入った気分を、心がけ、

日々、明るい毎日を送れるようにと、がんばった年でもあり、

自分自身にいろいろ言いきかせて、回りに気をきかせて、

いろいろな事にチェレンジが出来るのが、良いとも思った。

 

目標達成できるのに、いろいろな考え方、受け取り方が重要であり、

努力して、関心できるような、心意気が、大切だと思ったこともあり、

油断大敵で、慎重に、なったことも、あり、

目標を持って、毎日を明るく、

積み重ねれるように、頑張りたいと思った。

                     岩間健年

 

ああ、今年もいい年だったんですね、岩間さん。

来年も明るい年になるでしょう。

岩間さんと、新得のみなさんと、牛さんが

神様の愛に包まれますように、祈ります。

 

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2020年12月13日 (日曜日)

未成年後見人の話

未成年後見人は、未成年被後見人(本人)の財産管理と身上監護を行う。

と書くと、よくわからない。

つまり、成人になる前の子ども(未成年)であって、親権者、保護者がいないなど、財産管理や契約行為などを行う際の援助を行う人である。

こうした考えは戦前にもあり、親権者がいない場合には、他の者が親権を代理した。

親権者が存在しない子どもの権利を守る制度であるが、子どもが成人したり、結婚した場合には、成人と見なす。

また、今後、成人の年齢を18歳にした場合には、18歳で成人となる。

さて、18歳の人は、子どもなのか、大人なのか?

30歳でも同じことが言えるかもしれないけど。

でも、20歳になったから、18歳になったから、大人になったのだから、あとは「一人で決めてね」と云うのも現実的にな難しい問題がある。

そもそも、未成年後見制度を利用する人は、親権者がいないか、その機能を果たしていない場合が多い。

家族システムが機能していないと考えられる。

家族に依存する社会構造を前提に日本の社会があるとすると、そのシステム外に生きる人への支援は必要だろう。

それを決めるのは、本人であるが。

しかし、それを二十歳になった人に「あとは自分で決めてね」と自己責任にするのは、あまりに無責任だろ思う。

自己決定と自己責任は違う。

決定ができると云うのは、それなりの情報と、それなりの人的コネクションと、それなりの文化的知識と、それなりのお金がある場合である。

それを政府が用意しないで、「自助」をいうのはね。

未成年被後見人が成人したら政治に関心を持ち、政治家になって欲しいな。

 

 

 

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2020年12月 1日 (火曜日)

後見人届

被後見人等の財産管理として、銀行に後見人の届けを行う必要がある。

これは、通帳の管理を後見人等が実際に行うことを届け、必要な手続きをするである。

後見制度ができ、銀行協会としても手続きの簡略化と合理化を進め、各銀行等も改善に取り組んでいる。

本人の印鑑を求められなくなった、銀行によっては、後見人等の印鑑証明書を求めなくなった。(これは、まだ求める銀行等もある)、書類が簡略化したなど、成年後見制度が浸透している様子が窺われる。

一方で、必要のない、あるいは、本人の権利を守れないシステムがまだまだ残っている。

先日も、補助人届を行った。

書類は全て揃っているのだが、被補助人が今後銀行に来店しない、あるいは、一切の手続きをしないことを書いて欲しいと要求された。

このような書式外の要求がまだ残っている。

窓口の担当者に、本人には同意権が設定され、手続きを行うことも予想され、登記にも記されていると話をするが、「そうなっているから」と納得しない。窓口の上司が出てくるが、システムで「そうなっている」という。

「この、そうなっている」は、慣例上の行為を変えることの判断をその銀行ではできないという話だと理解した。

ここまでで2時間。

その後、1度、電話で回答があり、前回の回答は変更できないことの説明がある。

納得できない旨の意思を伝え、再度検討を促す。

その後、再度連絡があり。今回は、追加の記述を求めず、手続きを進めるという回答になった。

何があったのかはわからないが、あっさり対応が変わった。

 

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2020年10月 1日 (木曜日)

かぜさんが風になる

かぜ耕士さんが亡くなった。

「かぜさんこんばんわ」で始まる「たむたむタイム」を聞いていた世代としては、思い出深い。

かぜさんは、「涙を超えて」の作詞家。スクールメイツが踊っていた映像が浮かんでくる。

深夜ラジオが全盛の時代だった。

夜は眠れないころ。

今は、起きていられない時間に、何をすることなくラジに耳を傾けていた。

時間がスローモーションで動いていた。悩みが多かったのか、悩むことが好きだったのか、よく手紙を書いていた。

かぜさんありがとう。

 

 

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2020年9月11日 (金曜日)

パラレルチャート

「2階へ上げて」

 

彼女は、僕の顔を見るなり「2階へ上げてって言ってるでしょ」と叫んだ。僕が、対応した女性の上司だと思ったのだろうか?

 その日、高齢者支援センターの仕事も終わり、帰ろうかと書類を整理していたら電話がなった。3時過ぎに出かけたワーカーからだった。

「大変なんです、すぐ来てください」と、彼女は焦った声で呼びかける。

 秋の気配を感じ始めた頃だが、まだ日差しは厳しい。こんもりした森の中に、その家はあった。玄関には、救急車が止まり、救急隊員が出入りしている。その横を通り、家に中に入っていく。

 隊員が「もう待てません。すぐに救急車に乗らないのなら帰りますよ」と気色ばんでいる。話を聞くと、姉の具合が悪く、妹が救急車を呼んだ。救急隊が到着したが、どうしても入院は嫌だという姉を説得してもらおうと、支援センターにも電話し、センターのスタッフも呼ばれたらしい。それから2時間が過ぎた。

 姉妹は、それぞれ80歳前後だろうか。姉は、身体を90度に曲げ苦しそうに階段の下でうずくまっている。顔色は悪く、衰弱している様子があり、熱中症も疑われる。下肢に浮腫があり歩行は困難であることはすぐにわかる。

「これ以上ここにいるわけにも行かないんですよ」と、救急隊は引き揚げる準備をしていた。そこに僕が現れたのだ。

「2階に上げてください」絞り出すような声が聞こえる。下を向いているのでどこからその声が聞こえるのか初めわからなかった。妹は、黙っている。姉のいうことには逆らえないという表情である。

 スタッフから経過を聞き、本人に、今すぐに処置をしないと命が危ない状況であること。そして、なぜ病院に行きたくないのかと問う。

「病院や役所は信用できねー」と、また、絞り出すような声で答える。

そして「2階に上げてください」を繰り返すばかりである。

僕は、帰りかけた救急隊員に、とりあえず階段の下から2階の踊り場へ上げてもらうように頼んだ。

 救急隊も帰り、若いスタッフを支援センターに返し、家には、妹と姉と僕の3人、急に静かになった。「**さん、まだまだ暑いね。何か飲むかい?」と振ってみる。すると「ここは私の家だよ、何言ってるんだい」と応える。それから、家の周りの商店街の店主の話や、どんな映画が好きなのかなどなど、雑談をした。僕が大事だと思う「病院にいきましょう」という話は、全く無視をする。

**さんは、芝居や音楽に精通し、かなり文化的な生活をしてきた口ぶりである。戦後、仕事をしながら妹と二人で楽しく暮らしてきたのだろう。2階の踊り場からは、和室が見える。しかし、戸が閉まっているので、生活用具が散らばっていることしか分からない。その暗がり中に、大きな和箪笥と鏡台が見えた。

「ここで、ずっと暮らしてきたんですね。階段を降りたら上がれなくなったんですね」と、僕が独り言を言っているうちに寝てしまった。

 

翌日、**さんの家に往診医を連れて行った。妹が食事を運んでいる様子があった。**さんも怒ったが、医師もすごく怒った。

「こんなになるまで放っておいて、どうすることもできない。すぐに救急車を呼びなさい」といい、帰ってしまった。また振り出しである。

**さんは、「だから言っただろ」という顔をしている。それから医者は信用できないと言う話がしばらく続き、「このまま、ここで死にたいね」と本気とも冗談とも取れる口ぶりでいう。僕もその話を聞くうち、それもいいのかもしれないと考えるようになっていた。

 

それから3日が過ぎ。スタッフから「**さんが亡くなった。今朝、妹が様子を見に行ったら、意識がなかった。妹が救急車を呼び病院に着く前に亡くなったらしい」と報告を受けた。

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2020年8月24日 (月曜日)

唇を読む

マスクをしていると口元が見えない。

マクスを外せる場所では会話ができない。

そこで、離れて、唇の動きを読みながら会話を楽しんでいる人がいた。

仲のいい友達なのか、唇を読みながら笑っていた。

しかし、話が込み入ってくると、動きが止まり、近づいてきて

「いま、なんて言ったの」と大きな声を出した。

今まで黙っていた分、音量の調整ができなかったようで、周りの人が一斉に振り返った。

 

中学生のとき、好きな女子が他のクラスにいた。

仲良くなり、毎日でも話をしたいと思うようになった。

しかし、恥ずかしがり屋の中学生は、「今日はひま」なんて他所のクラスに行って、女子に話しかけられない。

そこで、「今日はひまか」というサインを作ることにした。

 

中学生は、暇である。色々と策を考える。

いいアイディアが浮かんだ。

下駄箱の「靴のかかとを踏んであった時は、放課後の教室でおしゃべりしよう」というサインを決めた。

彼女も同意した。

翌日、ウキウキしながら朝の下駄箱に向かった。

彼女の下駄箱には、すでに靴がきちんと揃えて置かれていた。

靴のかかとは踏まれていたが、それは半分だけだった。

 

その日は、授業中、モヤモヤが止まらなかった。

 

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2020年8月14日 (金曜日)

児童養護 困難な状態にあるのは子どもか?親か?

社会的養護という概念がある。

児童養護施設のような機関で子どもを養護する場合に使われる。

子どもは養護(あるいは擁護)される対象として扱われる。

子どもは社会的に守られる存在として認識される。

親の養護が不十分である場合、施設養護が社会的機能として、子どもの権利を守るシステムである。

では、多くの場合、子どもを家庭から分離する。

子どもが課題を抱えているのではなく、親が課題を抱えているのにどうして子どもを分離するのだろう?

そのほうが、現実的だからである。

しかし、子どもの分離では問題の本質を変えることはできない。

これまで社会の問題として認知することなく、養護問題の解決手段として養護施設が機能しているだけである。

本来は、子どもを養護できない親の教育、指導、法的制裁などが必要である。

こうした方向性、社会的なコンセンサスが作れないことろに日本の養護問題の本質があるように感じる。

家庭に問題があるのなら、家庭に介入すべきである。

しかし、家庭に介入する法律がない。法律がないというより、家庭を支援するための社会的理念が存在しないことがこの問題を曖昧に扱ってきた。

(養護施設というシステムを作ったことで、そのシステムを維持することを中心に問題を捉えてきた)

親が問題であるのなら、親の支援、教育をすべきである。

しかし、親が子どもの権利を守るべき法律はない。

親権は、子どもの監督権に重きを置いている。

虐待に対しても、子どもを分離することで子どもの権利を守ろうとするが、親を再教育するためのシステムがない。

虐待した親が施設に入り、再教育をうけるべきではないだろうか。

価値観の転換が必要な時期が来ていると感じる。

残された子どもがどう生きるかは、子どもたちが決めるべきである。

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人に会わないことによる影響

障がいを持つ人は、人とのコミュニケーションにより、弱っている機能を維持する働きがある。

毎日の会話、人の表情を観察する、気を遣うなど、当たり前のことが無くなってみると、その代償は大きい。

手話を使う人にとってもそれは同様である。

コミュニケーションは、私たちが考えている以上に多様な資源を活用している。

毎日家にいてホームヘルプサービスだけ受けれいるA子さんも同様に影響を受けている。

ヘルパーさんとして同じ人が同じように来て、サービスを受ける。

どこが変わるのか?

ヘルパーさんの様子が違う。ヘルパーさんから社会を感じ取り、A子さんに影響を与える。

僕らは、すべてつながっている。

地球の裏で起きていることが、僕らの日常に影響を与えている。

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2020年8月11日 (火曜日)

SV5 縦横のコミュニケーション

SVがスーパバイジーと管理層との中間に位置する場合(こうした立場にあることが多い)、上へのCOと下へのコミュニケーションが生まれる。

この上下は方向性を指す。

管理層へのコミュニケーションにはバイアスがかかりやすく、バイジーへのコミュニケーションは拡声(誇張される)されやすい。

とかく経営層には受け入れられやすい情報を流す傾向となり、耳障りの良い情報を伝えてしまう。

組織内では、縦方向のコミュニケーションが多くなりやすいが、横方向、つまりSV同士の、横組織のコミュニケーションも重要である。

例えば、独立しているソーシャルワーカーの場合は、上下関係や利益関係のない横のコミュニケーションが多くなる。

しかし、双方が自立した関係にあっても情報や立場が平等というわけにはいかない。

SVとして独立している「仲間」同士であっても、立場、役職、社会的地位が違うことで、力関係が生まれる。

そうすると、コミュニケーションにも上下関係ができてくる。

組織同士のコミュニケーションは自在性、自発性、自由さが相互関係を成熟させるのであるが、上下関係がそ組織間で送る場合には、ドロドロした状況が生まれてしまう。

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2020年8月10日 (月曜日)

ネットSVは有効か?

オンライでSVを行なっている。

SVのような人と人との機微に触れるようなことは生でないとねと考えてきたが、結構いい感じで終了する。

これは、声と映像が影響していると感じる。

そこにいることの大切さは、同時性が大きく作用している。

あなたと私は同じ時間を共有している、あなたの隣で同じ空気を吸っているという気分は相互感情に意味を与える。

だから、ネットではダメなのかといえば、

そうでもない。

実際の距離があるのに、近くにいる感覚を持てる。

これは、不思議な感情だ。

例えば声だ。音声としての情報だけを頼りに相手を理解しようとする。

これは、テレビよりラジオの方が集中できるのと似ている。

情報が、限定され、タイムラグがあり、途切れるのにもかかわらず。

これは、相手の話を聴きながら自由に考える時間ができるからだろうか?話をする側も、話をしながら、目の前に誰もいないので自由に想像することができるからだろうか。

この辺はネットSVを重ねることで、感情の変化を観察したい。

視覚情報も限定される。

顔のアップを見ている。小さな動きが気になる。表情の変化がよくわかる。

良い感じを持っているのか、嫌な気分なのかわかるような気がする。

での、全体が見えない。全体が聞こえない。

見ているようで、聞いているようで、それは事実なのか?本当なのか?

これは、バーチャルな状況なのだろうか。

良い感じだという小さな情動に麻痺されているのか。

その辺がまだわからない。

 

 

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zoom会議

Zoom会議をした。

グループでの会議では、決められた時間が終了するとプツと強制終了させられる。

コミュニケーションにとって、突然止まることはよくない、やってはいけないことだと考えられていた。

しかし、ネット会議をしてみるとそうでもないと感じる。

会議は構造化されており、中でも時間の管理は大切な概念である。

しかし、これが守れない人や、参加者が多い。

特に、グループ会議では、力関係があり、途中で話をきれない、最後まで言いたい、話をしていない人にもチャンスを与えたいなど、時間管理よりもグループの雰囲気に押され時間を超過することが多い。

そうした人間的な感情は、機械には全く通じない。

通じないことは悲しいが、悪いことばかりではない。

話の途中でプツ(音はしないが)と切れても、「しょうがないじゃん」という気分になる。

この諦めにより。会議の時間構造が決まるので、進行しやすいという面がある。

「はい、これまで」、「では次」というコとになる。

 

 

 

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2020年8月 4日 (火曜日)

スーパービジョン イン ソーシャルワーク④

管理的コミュニケーション

このような概念があることに驚く。

機関間の(あるいは組織内の)コミュニケーションを言っていると解釈する。

SVは、組織の上部者である管理層と下部機構であるスタッフをつなぐ機能が期待されている。特に、「業務そのものが曖昧で、業務手順を明確に明示することが難しい」専門職の場合には、スーパーバイザーが調整に向けたコミュニケーション機能を発揮することが求められる。

後見業務などは、まさに業務に手順が一人一人違い、曖昧な部分が多い。

つまり、クライエントである被後見人等とワーカーである後見人の間に立ち、相互理解を進めるSVが必要ということだろう。

特に相互のメッセージが伝わりにくい関係、解釈に揺れが生じ、言語的表現が難しい状況、その人の人生観を掴みにくいなど、曖昧性を多くもつ関係が後見人と被後見人との関係だと思われる。

また、小さな組織であっても外部機関との調整は必要であり、一人事務所であってもSVの必要性は高い。

むしろ、一人事務所の方が、SV機能が求められる。

それは、揺れや、揺らぎを調整する人がいないからである。

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2020年8月 3日 (月曜日)

スーパービジョン イン ソーシャルワーク その3 業務の調整

スーパーバイザーの業務として、関係者、関係機関との調整業務がある。

SVは、クライエントのシステムに対しても働きかけるということだろう。

「直接支援サービスを提供する者たちの業務を促進させるために、彼らを支える資源の活性化に努める」(P71)ことがスーパーバイザーの業務の一つであり、サービスに関する「権限」を持つ者に対する「支持』、促し、側面的支援、「補完的」関係を築くことが求められる。

スーパーバイザーは「多数の異なるスタッフの活動を組織化し、調整する」ことで、支援組織の目標達成に貢献できる。

SVの管理機能として、組織内の関係強化、スタッフ間の調整、責任の明確化、機能の調整まで含まれるという概念がある。

 

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2020年7月29日 (水曜日)

SV IN SW その2

管理的SVは、組織における採用と業務の分掌からはじまる。

一人会社、一人組織である僕の場合。

一人で開業しているSWでも同様である。

誰が、誰に行うのか?

通常は、一人二役で行うことになるが、時々外部のSVにお願いする。

業務を分ける。

組織の業務は、沢山のスタッフがいても一人でも、行う内容はそれほど違わない。

一人で行う場合の課題は、どのような業務があるのかを分類しないまま、日常の業務遂行の中で

組織を回してしまうことにある。

そして、時々、失敗する。

小さな事務所であっても、自分にできないことは業務を委託することが必要である。

むしろ、積極的に役割を振り、業務を振り分けることができる力が必要だとも思う。

また、管理的な業務には専用のソフトの導入。外部の専門家のチェックなど、組織としての機能を高めることも

大切になる。

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スーパービジョンイン ソーシャルワークを読む

1章を飛ばし2章から

これは、勝手な解釈でありますことをお断りします。

職務として、スーパービジョン(SV)の説明を行う。

スーパーバイジーに対して、SVの基本ルール、双方の役割、責任を説明する。

ソーシャルワーク(SW)実戦は、「法律で規定されて」いる。

SWは、実践の方法ではあると同時に、法的な枠組みを持つということだろう。

これは、日本のSWのあり方に大きな意味を与えている思想だと感じる。つまり、SWは、クライエントのために実施する方法論であると同時に、法的に定められた枠組を持つ。それは、SWno倫理規定に定められた理念であり、憲法の思想である。

成年後見事業の展開で忘れがちな視点もここにあるように感じる。

日々の業務の判断根拠がどこにあるのか。

もちろん、それは、法律にある。

しかし、法的な枠組みを意識した実践は、ほとんどできていない。

僕の場合ね。

 

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2020年7月21日 (火曜日)

そのままでいることの難しさ

そのままでいることを大切にしているなんていっているが、これがすこぶるむずかしい。

頭の柔らかさは、年齢に関係ないだろうが、それでも柔軟に対応できないもどかしさを感じることが多くなった。

面接は、結果を重視することより、プロセスが大事だと思いつつ、どうしても自分のペースを守ろうとする。したがって、クライエントの不満が高くなる。

それに気づかず、うまくいったと独りよがりになってしまう。

 

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2020年5月25日 (月曜日)

無になる

河合隼雄は、その対象者との関係を個人的関係ではなく、非個人的関係と位置付けいている。

個人的関係とは、関係する相手(社会や地域、仲間、他人と言ってもいいだろう)との関係を結びながらも、個人的な関係を結ばないとする。

特に、援助関係においては、被援助者に同調、共感することを期待されることもあり、共依存関係になりがちである。

しかし、援助はしても個人的にではなく、専門的に関わること、あるいは、関わらない関係が重要である。

 

ウィルスが蔓延する社会で家に閉じこもるということは、社会と隔絶するようでいて、ネットを通じて強く社会と関係を持ちつつある。スマホとう機械は、つなげつことを目的とし、繋がることを期待させる。

繋がることは、不安を軽減させる機能を持つと同時に、繋がることで大きな負担を強いる。

情報が溢れる社会では、情報を選択することが重要である。

選択するためには、選択しないという選択が、あるいは、何も受け取らないという方法も重要である。

入れることばかり考えず、無になることで心の平安がやってくる。

 

 

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2020年5月 9日 (土曜日)

その人は何も頼まない

僕のようにすぐにお願いをする人がいる一方、誰にも何も頼まない人がいる。

彼女は、独立心が高いとか、孤立しているわけではない。

自分の世界を持ち、洋服のセンスもいい。

着るのに勇気が必要な派手な服だって自分のものとして自然に着こなすことだってできる。

 

でも、何年も一緒に暮らしていても、何かを頼まれた記憶がない。

これは、僕が頼りにならないとか、頼んでもどうにもならないということである。

そのことの自覚はあるが、それだけではないような気がする。

 

何か秘密があるのかもしれない。

僕がいない時間に何かが起こっているのかもしれない。

もっと、頼りになる人がいるのだろうか?

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2020年5月 5日 (火曜日)

青、緑、深緑

天気が悪く、雨が落ちてきそう。

風が若葉を揺らすので、緑が抜けて飛び散り、とても綺麗だ。

 

留まっていることで、見えてくるものもある、と

思えるくらいに自粛生活が続く。

 

木は、黙っている。

それでいて、一日経つと昨日までの記憶を失っている。

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2020年4月26日 (日曜日)

だらだらとしてる

どこにも行かずだらだらとしている。

時々、本を読みすぐにあき、映画を見て、ウクレレを練習し、散歩に出る。

同じペースで暮らすことの難しさを感じる。

そんなに変化の多い生活ではなかったはずなのに、見えない力で抑制されているような気分は辛い。

こんな気持ちを世界中の人が感じているのだろう。

30年ぐらい前にタイに交換研修に行った時の気分を思い出す。

研修といっても、何をするわけでもない、何をしろと命令する人もいない。

言葉もよくわからない、土地勘もない。

カンチャナブリの子どもの施設に行った。

数日はすることがあった。しかし、それもなくなった。

することがない、話す人がいないという環境は苦痛である。

贅沢な苦痛かもしれないが、結構精神的に堪える。

そんな時、学校の授業を受けている子どもたちの姿をゴロゴロしながら覗いていた。

観察しながら、色々と解釈し、楽しみを見つけ出す。

つまり、動き出す。

止まっていることはできないようだ。

無人島に漂着する物語がよくある。先日もトムハンクスの映画を見た。

彼は、生きるために様々な行動をする。

その中で、一番の苦痛は、それを見てくれる人がいないことだ。

僕らは、見てくれる人ー僕らの存在を認知してくれる人が必要だ。

それがなければ、人の動きを、生活を見ることがそれに代わる。

エスキモーの楽しみは、小さな家の中で、子どもを見ることだ。

だたみている。すると子どもが自由に動き、声を出す。

それを見ることが娯楽になる。

動くものがない社会は拷問である。

 

 

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2020年4月16日 (木曜日)

無題

子どもの虐待やDVなどの被害が出ている。

また、コロナ離婚など、人間関係が変わる事例が報告されている。

これは、新型コロナウィルスにより家庭に引き籠ることの問題ではない。

もともと潜在化していた問題が顕在化しただけである。

特に、弱い立場の人たちが攻撃の対象になっている。

日本社会の歪みを隠すようにインバウンドだオリンピックだと浮かれていたが、それは強い人たちの理論である。

何か大きな動きを起こすとは、その影で、小さな物(者)を犠牲にしている。

自由主義社会にあって格差が生まれるのは当然である。

格差の調整機能として、福祉政策や保険制度など、社会制度が作られてきた。

これらは、バランスの取り方を重視する考えであり、下流階級の不満を押さえるためのシステムである。

その理念は、競争社会を良しとする考えだ。

一方で、福祉国家と呼ばれる理念がある。

この考えは、バランスで社会をコントロールするのではなく、人間を中心に置く理念が優先される。

それは、強いものが弱い物を助けるという考えから、弱いものが生きやすい社会を基本にするという理念である。

ウィルスを制御するためには、外出しないという方法しかない。

それが分かっているのに社会機能を維持しようとする考えは、バランス型の方策である。

これで助かるのは、強い人たち(経済的にも身体的にも)だ。

今問われているのは、あなたはどの立場に立つかという選択である。

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2020年4月15日 (水曜日)

表現の不自由な国、ニッポン

日本は、映画、演劇、音楽などの芸術と呼ばれるものに予算をつけない国だと言われる。

平田オリザさんは、「芸術文化は社会インフラ」だという。芸術は公共物であり、電車や車が社会を円滑に動かすように、芸術は人間に流れる血を沸き立たせる。

そう感じている国会議や官僚が少ないのか、競争社会にとって芸術は無駄だと感じているのかはわからない。ただ言えることは、芸術にかける予算の少なさだ。

しかし、芸術がなくなってしまった時、その大きさに気づくのかもしれない。

「華氏451」というトリフォーの映画がある。読書が禁じられた未来社会を描き、書物を燃やすシーンがある。

人々は、取締官に隠れ本を読む。読書がどんなに大切か、人間らしく生きるためには死を覚悟してまで本を読む。

演劇やコンサートは、今、その時だけの感動を与えてくれる。

それは、計算されたものではなく、予想を遥かに超える喜びを与えてくれる。

この国の為政者が市民の気持ちを分からないのは、想像力がないからだろう。

自由は守るべきものであり、それなりの犠牲(おかね)をかける価値はある。

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マスクはある

マスクがないと言っているるが、マスクはある。

それは、持っていない人と、持っている人の格差である。

多く持つ人と、持たざる人がいる。

これは、社会の格差と同じようなことだ。

多く持つ人が、持たざる人にその半分を差し出すだけで、マスクは行き渡るだろう。

しかし、多くも持つ人は、もっと持つために資本を投資する。

そんなに持たなくてもいいと感じるのは、僕が持っていない方の側にいるからだろう。

そういう僕も、贅肉をたっぷりと持っている。

この肉も世界の格差からいえば、余計なものである。

だって、食べられない子どもはたくさんいるのだから。

グルーバルトいうものの、負の面が強調される。

しかし、それはウィルスが出現する前から、確かに世界に存在していた。

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2020年4月 5日 (日曜日)

コロナ後の世界

コロナ禍は当分続いてゆくだろう。

そして、かなりの傷を世界に与えるだろう。

その後に来る世界を悲観する声が聞かれるが、果たしてそうだろうか。

現状の世界のあり方がかなり問題と感じている学者も多く、その修正の時代が来ると予測する。

資本主義の歪みを作りながら一部の人が、大多数の人をコントロールする社会。まさしく日本の姿だが。

その社会を変えることは、政治家や官僚にはできない。

そのことを嫌というほど知らせれる事件が続いているのに。

 

そう考えると、問題はコロナではない。

むしろ、人間の方だと、コロナは言う。

 

コロナが過ぎ去った世界を人間がどう再生させるのかが問われている。

 

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2020年4月 2日 (木曜日)

行動を起こすことがトラブルの元になる

国境離島警備は必要か?

それは難しい問題である。

そこで、必要性より、微妙な力関係の所に、力を注ぐことの無意味さを感じる。

これまでの失敗体験から、個人的な、言えることは、余計なことをしてうまくいった試しがないということ。

 

現状でバランスを取れているもののバランスを崩す行為はやめたほうがいい。

もしも、攻撃されたらどうするの?

とか、もしものことを考える人が多いが、その時はその時に考えればいい。

そもそも、何が起きるのか分からないのが世の中で、それはコロナウィスルを見ればわかるようなもの。

 

守ることの最大の方法は、武力ではなく、無抵抗だとガンジーは言っていたよね。

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2020年3月30日 (月曜日)

哲学の現在

哲学者中村裕次郎氏曰く、生きることは考えることである。

人間として生まれてきたからには、その生涯を生きなければならない。

生涯とは、生まれてそして死ぬまでの間のことだろう。

 

その間に、どんな障碍が起きようとも、乗り越えられないと感じる出来事が起きようとも、それを悦びに変えることが「よく生きる」ことだという。

悦びに変えるとき、考えるのだろか。

中村先生は、そうだというが、それでいて、考えることの中に陰鬱感が伴うという。

コロナのことを考えると鬱々した気分になるようなことだろうか。

 

また、考えることと生きること(活動)は同時並行的に進むという。

 

考えることで、行うことができるが、考えすぎることで動けなくなることもある。

また、毎日の活動を繰り返すことが思想になることもある。

 

この時代の気分に浸りすぎると、鬱々した気分に陥る。

時代の空気を吸いながら、毎日同じように、生きる(活動する)ことが重要なのかもしれない。

イチロウがルーティーンをするように。

右足から、前に進んでみよう。

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首の振り方を練習している

インドやネパールの人と話をしていると、首を横に振り、挨拶やうなずきのような表現をする。

ゆっくりやれば簡単だが、早くふると力が入り、肩まで動いてしまう。

結構難しい。

インド映画を見ながら、リラックスして首を振る練習をする。

これが、結構、肩こりにキク。

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2020年3月28日 (土曜日)

ブランカとギター弾き

見終わって幸せを感じる映画だった。

フィリピンのスラムに暮らす少女と盲目のギター弾きの話。

歌の上手い少女は、見空ひばりの少女時代の映画を思い出させる。

 

スラムに住む子ども、売春婦、LGBTの人たち、障害者など、社会の底辺に暮らす人たちを

描いている。

それでいて、皆が連帯して生きている。

この辺の描き方が素敵だ。

貧しいことを否定していない。

貧しい人の力をテーマにしているような作品だ。

 

ものを持つことが自由になるということは幻想なのかもしれない。

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2020年3月26日 (木曜日)

影響の低さを喜ぶ

ブログを再開して2週間ほど過ぎた。

心境の変化があった。

どんな変化があったのかを知りたい人も少ないだろう。

閲覧数の数、一桁から想像して。

 

影響の低さ、閲覧数の少なさは悪いことではない。

これは、日記である。

日記を他人が見られるだけであり、個人的な思いを綴っているに過ぎない。

そして、オープンであるということで、自己規制をしている。

 

その1、個人が特定されるような記事を書かない。

その2、気分が暗くなるような記事を書かない。

ということである。

また、内容も事実であるような、それでいて、事実でないような

曖昧なものである。

 

読まれても誰にも迷惑がかからないようなもの。

存在しているのに、存在していないようなものを目指している。

 

そういう点では、合格である。

 

 

 

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車で待つ

クライエントと車の中で、病院の順番を待つ。

メールで順番を知らせていただくサービスを利用している。

病院の待合室は、混んでいるので、ゆっくり桜を見ながらお茶を飲んで待っている。

 

色々な話ができる。

何となく過ごすこの時間がとても大切だ。

 

5年も6年も付き合っていると、早々、こんなことがあったね、とか、

あんな人がいたねと、小さな話題で盛り上がる。

 

 

 

 

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2020年3月24日 (火曜日)

みんな、怖いと感じている

小学6年生のアキラくんは最近食欲がない。

どうしたのと聞くと、「なんとなく」と答える。

じっと待っていると、何だか怖いという。

何が怖いのだろう。

 

怖いと言葉にすることで、次々に喋り始めた。

友達と居ても、ゲームをしていても、テレビを見ていても

なんか気が散ってしまう。

自分がそこにいないような気がする。

世界がボクを見捨てるような怖さを感じる。

 

それは、コロナのこと。

そうかもしれない。

おじさんもすごくこわい。

ブルブル震えている。

泣きたいような気分になる。

落ち込んで、ボーとすると話す。

 

みんなが同じような恐怖を感じているのに、どこか

世界が知らん顔して回っている恐怖をアキラくんは感じている。

 

それから、しばらく、アキラくんの好きなキャラクターの話を聞いた。

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2020年3月21日 (土曜日)

こんな時には東海林さだお

東海林さんを読んでいる。

イヤー、時代にマッチしている。

読みやすい。

楽しい。

安らぐ。

幸せな昭和を感じる。

 

昭和が幸せであったかどうかは問題ではない。

過ぎたことをモッテいるだけである。

 

それでいい。

さだおさんは、観察が鋭い。

そう、そうと思うような描写がすごい。

 

こんなおじさんが世の中にいるのかと思う。

よく考えたら鏡の中にいた。

 

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マスクが届く

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凄い時代になった。

僕の家にもマスクが二つ届いた。

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曖昧さに耐える

オープンダイアローグの理論の中に、「曖昧さに耐える」という概念がある。

最近の報道を見ると、「はっきりさせる」ことが良いことだという風潮を感じる。

 

報道を見る人の不安を高め、注目を集めたいのだろうか。

 

不安とは、「はっきりさせる」ことでは、解決しない。

特に、現代のような情報の多い時代にはなおさらである。

 

「そうです」と言われると、「違う」のではないかと別の意見を探したくなる。

だって、多くの情報が飛び回っているのだから。

 

だから、分からないことを「分からないまま」にする「曖昧さ」に耐える

ことが必要になる。

 

これは、結構難しい。

曖昧さに耐えるとは、耐えられそうにない状態をあえて耐えるという

意思を感じさせる言葉である。

 

グラグラするボールの上で揺れながらその状態を楽しむような気分だろうか。

 

 

 

 

 

 

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認知症 預金をおろしたいけど

朝日の記事から。

認知症の人が預金を下ろせなくなり困っているという記事。

この記事で、最大の間違いは、認知症の人=本人は困っていないということだ。

もし、困っているのなら、その人は認知症ではない。あるいは、軽度の認知症である。

認知能力とは、自分の外の世界を理解し、対応(対処)できる能力である。

 

では、誰が困っているか?

記事によると家族だという。

 

課題の本質ではなく、課題の関係を問題にする傾向は、

本質を見失う。

 

認知症の課題は、認知症の人を支える社会の問題であり。

本人=認知症の人を中心にすえるべきで、家族の課題を問題に

するべきではない。

 

つまり、認知症を取り巻く社会システムが不備であることが

日本の問題であるのに、その周辺だけを問題のように見せることで、

社会の課題をすり替える。

 

こうした課題のすり替えが最近多いと感じる。

 

問題を解決できるのは、本人だけであるという

当たり前のことを認識するべきである。

 

その人がどんな障害を抱えていても。

 

 

 

 

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2020年3月20日 (金曜日)

連帯する市民

フランスで、夜8時になると医療関係者をたたえて拍手をするという。

イタリアでは窓越しに国歌を歌う。

個人主義が強い国家でおきている連帯。

一方、人の結びつきが強いと言われる日本では、連帯意識は高まっていないように思う。

それは、自国外で同胞を見つけて喜ぶ西欧の国と、自国民を見つけて

がっかりする日本人のように、恥ずかしさからくるのか。

私たちは、一緒に歌える歌を持たない国民である。

皆がバラバラでも、バランスを取りながら生活できる稀有な民族なのだろう。

それは、スカイツリーから東京の街を見ればわかる。

東京は、面白い場所である。

しかし、その絶妙なバランスにウィルスが襲いかかっている。

私たちは宗教を持たないと思っているが、八百万の神が住む世界に生きている。

毎日、寺社仏閣に、これほど祈る国民も少ない。

みんながバラバラに、勝手に、夜8時になったら、自分以外の人のために

小さな祈りを捧げたい。

そして、日々奮闘している関係者を思い、ささやかな拍手を送る。

 

 

 

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チョコレート

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チョコレートをもらった。

いつも、何もできないと言っていたクライエントから。

何もできないといいながら、もう何年も一人暮らしをしている。

それだけでも凄い。

コロナのせいで、一人でいることが辛いといい、外に出ないとおかしくなると

いう人がいるのに、何年も一人で暮らし、殆どの外に出ない生活を続けている

ことは相当の力だと感じる。

人は、プラスの力ばかりを称えるが、マイナスの力も相当なものだ。

何かをすることを評価するだけでなく、何かをしないことにも注目してもしい。

チョコをくれるといういうことは、他人への関心を持ったということだ。

部屋から外に行くことが大変で、階段を下りて、買い物に行った。

今度来たら、チョコをあげようと思ったのだろう。

その気持ちを思いながら食べたチョコレートは甘かった。

 

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2020年3月17日 (火曜日)

役に立つ

少年は、役に立つ人間と役に立たない人間がいるという。

コロナの話でも、人口呼吸機の数か足りない場合に、老人より若者を優先するという

話をイタリア人医師が語っていた。

 

こうした、価値づけの話は昔から価値観を問う場合に聞く。

 

船が沈む時、救命胴衣を誰に譲るか?

 

遭難した時、少ない食料を誰が食べる権利があるか?

 

ここで問題は、自分が当事者であるか、第三者であるかである。

 

第三者的な意見として、これは、社会がどう考えるかを問題にしている。

社会は、社会を維持することを優先にするため、トリアージという考えを生み出した。

これは、人の生存させるという視点で、人間=人を選択している。

 

また、経済という視点で考えると、生産する量=金、の多い少ないで価値を判断する。

これは、社会の役に立つかどうかという考えである。

競争社会、資本社会があり、社会の補完システムとして福祉が考えられた。

福祉は、かけているものを社会が補完するという思想であると、考える人がいる。

そうだろうか。

 

こうした価値観、倫理観とは違う考えがある。

その一つは宗教観、あるいは信仰。

何に価値があるか?それを決めるのは神だと、人間以外のものに委ねる考えである。

そこでは、人間や社会の価値とは違う、無能なもの、意味のないものに最大の価値を認める。

弱さの自由ということかもしれない。

 

もう一つの問題として、自分が当事者となった場合である。

当事者にも二つある。

障害を持つ親の場合など、自分の分身者に対する価値と自分自身の価値である。

 

ここでは、一人称の「私」の価値を問題にする。

問いは「私には価値があるか」である。

 

ここでトルストイの言葉?を思い出す。

「本当に、許されていると信じている人は、そうしないだろう」

こんな言葉だったか?

 

この文章には、曖昧な概念が多い。それでいて、どこか救われると

椎名麟三は言っていた。

 

まず「本当」である。

「本当」とは何か?

「本当」とは、「本当にほんとうに」なのか?

「本当」を証明することはできるのか?

など、本当になんだかわからない。

 

「許す」とは。誰が誰を許すのか?

「許される」とは、罪を背負っている私のことか。

私の罪は何か?

など、わからないことばかりである。

 

「信じる」に至っては、

「信じる」とは、「信じられないのもをそれでも信じること」だとしたら

どうして、にも関わらず信じれるのか・

何を信じるのか?

 

そして、

「そうしない」という。

 

価値の話では、

「他人に価値がないなんて」そんな話をしないであり、

そんな考えをこれっぽっちも思わないである。

 

では何をするか。

畑に行き、毎日、鍬を振り下ろすということを。

 

 

 

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音声入力はすごい

スマホの入力に苦労していた。

親指をこまめに動かすこともできず、何度もたっぷしていると

回数を間違えて押し、初めから押しなおすなど、時間がかかる。

中学生が器用に親指を使うのを恨めしく思っていたが、音声入力を

試したら驚いた。

以前の音声入力は、間違えも多く、直し直し入力することのスレレスで

これは使えないと感じてやめた。

音声入力のソフトを買い、マイクに自分の言葉を覚えさせ、練習を繰り返して

なんとか8割ほどの正解率となったこともある。

しかし、そのソフトを起動し、マイクに抑揚なく話しかけるストレスで

すぐに使わなくなったしまった。

 

それから、数年が過ぎ、スマホの音声入力を始めた、

🎤に話しかけた。

「はなしかけた」。以前のソフトは、「鼻仕掛けた」となった。

このパソコンも「鼻仕掛けた」である。

しかし、スマホのPCは、「話しかけた」となる。

この進歩はすごい。

話しかけるには、聞き取りやすさが重要であり、次第に、

そう話しかけるかがわかってきた。

 

特に効果を発揮するのは、

メールの返事である。

。、改行、スペースなどの「言葉」を入れると

文章がまとまる。

 

あとは、一人喋りが恥ずかしいというくらいだ。

口の動き認識カメラ機能を作って欲しい。

 

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2020年3月16日 (月曜日)

ムカデを見て、何を思うか

舘野さんの書いた絵本を見ている。

しでむし、も、つちはんみょうも、ここまで近寄って見ることは

ないので、びっくりすることが多い。

そもそも、昆虫の世界は、ボクがみている世界のすぐ近くにあるのに、

気にも留めないできた。

コロナのせいで、自宅にいることが多くなり、生活時間が変わり

身の回りの見方が変わった。

これまで、気にせずに通り過ごしてきたことに真剣に向き合うことができると

考えるなら、地面に目を向けることも悪くない。

散歩しながら、地面に這いつくばり、虫眼鏡を向けてみよう。

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2020年3月14日 (土曜日)

若く美しくなったソクラテス

林先生の最終講義を読んでいる。

家にいる時間が多くなり、僕のスペース、家の中のゆみっこー

にいる時間が多くなり、横に置かれた本棚が目に入る。

はじめに、淀川長治さんの「歴史は映画で作られる」を開く。

1970年に公開された映画「小さな恋のメロディー」。

えっ、この映画50年前に公開。

中学生の僕は、女の子とデートで銀座に映画を見に行った。

そう、この映画を。

ビー・ジーズも知らず、映画を見終わってどこに向かうべきなのかも知らない

田舎者は、高い喫茶店に入り、コーヒーが1000円すると書いてあるメニューを見て

驚いた。

高いコーヒーをご馳走するんだったら、手ぐらい繋いでおけばよかったと後悔した。

 

続いて、奥野先生の「僕たちの生態学」これは、昭和48年発行。

ということは、高校生か?

奥野先生は、ジョンレノンと岡林が好きだったらしい。

その頃、五つの赤い風船の解散コンサートに野音に行った。

高校時代は、暗黒だった。しかし、楽しかった記憶しかない。

奥野先生は、「ぼく」たちと読者を仲間のように呼ぶ。まあ、深夜放送を

聞いていた僕らにとって、北山修もかぜこうじもアニキのような存在だった。

 

途中、タイの話が出てくる。昭和48年当時、1バーツは15円だったらしい。

そのから、5年後、ボクがタイのブリラムに行った時は、1バーツ10円ぐらいだったか。

5000円=500バーツあれば、一ヶ月暮らせるくらいだった。

でもヤクルトは10バーツだったかな。

そして、やっと林先生に到着。

 

賢いとはどういうことか

ソクラテスはなぜ死刑になったのか

人々はソクラテスをなぜ憎んだのか

ソクラテスの生と死

 

ソクラテスは賢かったようだが、みんなに憎まれていたみたいだ。

どうして嫌われていたのか、のぞいてみたくなった。

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2020年3月13日 (金曜日)

見られる絵

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額から外し、壁にかけています。

みんななこちらを向いている。

見ている様で、毎日見られています。

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浮きながら前に進む

卓球部がウイルスのため休部した。

そこで水泳をしている。

25メートルは上手に泳げる。

50メートルもなんとか泳げる。

しかし、100メートル以上になると無駄な力が入り、苦しくなってしまう。

僕の場合、長く浮いていることが目標である。浮いているのも中々難しい。

動いていないと沈んでしまうので、足は力を抜き、腕はリズミカルにゆっくり回すことを

心がける。

心がけは大切だ。

丘に上がっても、ゆっくり息を吸い、ゆっくりを吐くことが大事である。

毎日息を吸い、息を吐いていれば、なんとか生きていける。

心臓も毎日なんとか動いていないと死んでします。

全ての臓器が、全ての身体が、少しずつ動いている。止まらない。

このバランスが動的平衡なのだろう。

それでも、つい、力が入る。

 

 

 

 

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2020年3月12日 (木曜日)

アッシジ

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フランチェスコが生きていた1200年代から同じような石畳の道を下ると、

その教会が現れる。

夕方の風が冷たい空気が雲を抑えて雲海を作っている。

何も考えずにそこに立ち尽くす。

スマホを見ている時間がもったいない。

世界がこんなに美しいのに。

 

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2020年3月11日 (水曜日)

あのひ

ほぼ、3286日が過ぎた。

その日、僕は障害児・者の施設にいた。

訪問が終わり、玄関の外に出ると道が歪んでいる。めまいがした。

柱に捕まり、身体を支えた。

揺れが収まる前に、障害を持った子どもが部屋の中から飛び出してきた。

「大変だ、タイヘンだ」と彼は叫び、道の向こうに走り出した。

向こうには彼の大事な花が咲く農園があった。

 

それから一ヶ月過ぎ、宮古に向かった。

凸凹の東北自動車道を走り、遠野に泊まった。

宿には報道関係者が長期滞在していた。

翌日、釜石から大槌、山田を通り、宮古に入った。

 

線路が切れ平らな地平だけが残った風景は、美しかった

道路に重なるように船が横たわり

家の2階の上に、別な二階の家が現れた

瓦礫の街に、学生服を着た少女がバスを待っていた

 

どの風景も止まって見えた

そして、過去の出来事を思い出す。

なぜ、こんな時に

 

それから、一ヶ月後

南三陸の仮設住宅を訪問していた

一軒づつ、訪問し話を聞く

僕の声は、どこか訛っている

 

こんな時、東京弁では聞けない

どこから来たのか聞かれる

一緒にいた仲間が、京都だと答える

 

遠くからよく来たねと言われる

そこから、話が始まる

始まると止まらない

 

寒いだろうからと炬燵に呼ばれ

お茶をご馳走になる

 

こんな話を最後まで聞いてくれてありがとう

と言われる。

とても大切な話を毎日聞いていた

 

 

 

 

 

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一本の電柱と男

舞台に灯りがつく。

夕方の匂いがする。

電柱が一本立っている。電灯がついている。

ベンチには誰も座っていない。

そこに角野拓三が現れる。

左手から、中村伸郎が来る。

 

僕が二十歳だっところ、別役実が好きだった。

雨が空から降ればを歌いながら、夕方の匂いを嗅ぐことが好きだった。

好きな女の子の語る話は、どこか現実離れしていた。

話の筋がどこに行くのかわからず、ただ、そこ声の色を心地よいと感じていた。

 

別役さんは、犯罪心理にも詳しかった。

犯罪者が罪を起こすのではなく、社会が犯罪者を作る

作られた犯罪者は、その人生を語りながら、社会の矛盾を指摘する

 

天才バカボンのパパはいう

それでいいのだ

どこがいいのかは問題ではない。

それで、そのままでいいのだ

しかし、世の中は、全く良くならない

 

ゴトーは来るのか

その目的は何か

ただ待つこと、来ると信じることから

私たちの会話が始まる

 

さて、これから世界はどこに行くのだろう

どこに行くのかわからないから

生きているのだと

パパはいう

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2020年3月10日 (火曜日)

雨が続く世界になると考えて生きる

雨が上がり青空になる。

桜の春、夏の青空、秋の紅葉、冬の雪と四季に恵まれた日本だったが、

それは過去の話である。

すでに、春と秋は殆どなくなり、夏の暑さは赤道地帯より過酷。

冬になっても雪が降らない。

当たり前のことが、当たり前にならない世界になった。

コロナウィルスも、いつか収束すると思っている。しかし、

今回の悪夢が去っても、次の事態が必ずやってくるだろう。

 

こうした世界に生きているのだろう。

雨が降り続く世界を描く映画が今年ヒットした。

僕らは、その中を逞しく、そして、着実に生きていくすべを

持たなくてはならない。

今日も雨が降っている。

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2020年3月 9日 (月曜日)

世界の色が変わる時

援助者の専門性が、被援助者の力を奪っていた。

ケースが上手く動き出すこと、クライエントの生活の質が向上することを援助と考えていた。

しかし、クライエントは、自らを援助される側とは意識していない。

そこにいるのは、認知症の人ではなく、生活する人である。

そんな当たり前のことさえ気づかない僕は、生活者の世界には入れない。

世界は、一定のルールで動いているのではなく、世界は世界としてそこにある。

何が変わったわけではなく、僕の世界を見る視点が変わっただけなのに、そこに暮らす人の

動きが、表情がまるで違って見えた。

どんなに上手に説明するより、僕自身の見方が変わったことで、分かり合えた。

今まで何をしてきたのだろう。

なんと違う道を歩いてきたのだろうか。

 

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2020年3月 8日 (日曜日)

家族で過ごす時間

コロナのおかげで、家族で過ごす時間が多くなった。

もともと家で仕事をする人の多い家族である。

なんとなく、家にいることが後ろめたかった僕にとって、引きこもるように家にいることを堂々としていられることは嬉しい。

少年もテレワークで家にいる。妻は、在宅勤務で家にいる。

久しぶりに、ラジオを聴く。

達郎を聴く。

ウクレレを弾く。

書類を整理する。

靴を磨く。

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信じるということ

椎名麟三が好きだ。

彼は、信じているとは言わない、信じられないそぶりをする。

それでいて、信じていることを伺わせるものを持っている。それは確認に近い。

信じるとは、信じられないものを、確信することである。

信じるとは、そこにあることが無い存在を「ある」と宣言することである。

それは、見えない、触ることができない、もちろん、形もない。

また、私という存在も、そこにはない。

自分の力で信じるのではない。

空から降り注ぐ雨に打たれるように、ただただ雨に濡れるように空からそれは降り注ぐ。

そこには、信じるという行為さえ虚しくなる。

ただ、生きていること。

生きているということは、信じているということである。

もうすぐ、明るい世界が来ると信じます。

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2020年3月 7日 (土曜日)

嫌な気持ちにど向き合うか

すぐに嫌な気持ちになる。

これは老化がある程度の原因である。

感情が摩耗しているのだろう。

忘れることが多いのに、嫌なことは忘れにくい。

だとすれば、前に進める。

考えるのではなく、行動してみる。

やってしまえば、大したことはない。

すぐ、人に好かれたいと考えたり、いい人に思われたいと考えたりする。

この考えることで、気持ちが落ち込む。

でも、すぐに過去を反省している。

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毎日の積み重ね

東北の震災から9年。

9年は、3285日だ。

3280日が経過したと思うと、ずいぶん昔のように感じる。しかし、ついこの間の出来事である。

3250日前に宮古にいた。

東北に縁が薄かった僕が宮古にいたのは、その200日前に、宮古の社会福祉士事務所に実習に行っていた縁があり、Yさんを訪ねた。

余震が続いていた。

その後、南三陸、東松島、石巻、山田町の応急仮設を回った。

震災の前後で、僕の意識に大きな変化があった。

それまで遠ざかっていた場所に行くようになった。

新しいことを進んでするようになった。

懐かしい人を訪ね歩くようになった。

今を大切にするようになった。

あれから、3280日年をとった。

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