2009年12月 1日 (火曜日)

組織の理論

病院のソーシャルワーカーと転院について話し合う。

SWは、「転院先が見つかった」という。

しかし、別の病院を含めて照会して欲しいと思う。

でも、相手の病院との関係もあり、こちらの病院の都合もあるからという。

その都合の中には患者は入っていない。

専門職は、スムーズに組織の目的に沿って仕事をする。病院であれば、短期に患者を回していくことが経営上求められるスキルだろう。

でも、どこかが違うと感じる。

在宅できない程の状態である患者をどうして転院させる必要があるのか、理解できない。それは組織の理屈であり、社会のシステムであるから。

そのシステムを疑うことをどうしてしないのだろうか。

そういう言葉をききたいがために、少しごねた。

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2009年11月29日 (日曜日)

How are you within?

毎週木曜日は生と死を考える日となっている。

8時50分から、スピリチュアル、その後、人生と不安、そして、死生学と続く。

今日のお題は「How are you within?」

「心は元気?」あるいは「満たされている?」もしくは「愛し合ってるかい?」というところか。

さて、どんなものだろう。

人生は意味あるものに感じられるか?

若い時と今では、人生との関係に変化を感じる。それは、理解できるものから、その中にどっぷり浸かっているという感覚になった。

外(アウト)から眺めることではなく、中(イン)に入っているような気がする。

それに自分のことが分からない。

分かっているのは、水中バレーボールで、首を痛め、首が回らないということだけ。だから、自分の後ろ側を見ることができない。

見てもたいしたことはないと思うけどね。

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2009年11月25日 (水曜日)

僕たちは何を見ているのか

マイク・メイの目は開いた。

突然、無数の光が飛び込んできた。色の洪水のように。絨毯の模様が色として目に飛び込んでくると、それは模様に意味は薄れ、ゴッホの絵をまつげがつくように見るようなもの。

動くものや色彩を感じることはできるようになったが、人の顔を識別することができない。

見えるのに、その意味がつかめないらしい。

見ることは、学習によって可能となっている。

世界と出合い、世界を経験する中で、それを認識する。認識した瞬間、見えるものに意味が生まれる。

見ることにとって、触れることの意味は相当に大きい。

目がものを見るのではなく、脳が見ている(認識)。

つまり、僕たちは見たいように見ている。

だから、いま、目をつぶるとよく見えるものがある。

それが何かは云えないけどね。

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2009年11月24日 (火曜日)

大阪

大阪に来ている。

一昨日、京都を回り、奈良に、そして大阪。

奈良では鹿にしか会わなかったが、大阪は人が多い。

昨夜は、吉本の若手のおしゃべりを聞いていたが、まったく理解できなかった。何しろ阪神の選手の話ばかりで。

大阪人は、人生を阪神に重ねて考える癖ができているのだろう。

そういえば、梅田の路地を歩いていた恋人の会話もすごい。

女性「寂しいねん」

と、言うなり、自分がどんなにさびしいかを切々と語りだす。

すると、男性が

「何を言うねん。お前は子どもか。阪神がこんな状態でも俺たちは我慢しているねん。それに比べたら、そんなん辛抱できるやろ。人生は辛抱や」と。

こう言い放つ男性の瞳は光っていた。

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2009年11月20日 (金曜日)

僕たちは何を見ているのか

ロバート・カーソンさんの「Crashing Through-The extraordinary true story of the man who    dared to see」邦訳「46年目の光」NTT出版を読んでいる。

3歳の時に事故にあい、失明したマイク・メイさんが46歳のとき幹細胞移植術を受けて目が見えるようになるというホントウの話である。

そのマイクさん、やることが凄い。

まだ、3分の1しか読んでいないが、すっかりマイクの虜になってしまった。目も開いていない。

マイクの信条は、

1、冒険すること。

2、好奇心を大切にすること。

3、転んだり、道に迷ったりすることを恐れない。

4、道はかならず開ける。

である。

マイクは、普通の学校に行き、普通に友達を遊ぶ。

目が見えないことを気にしないで走り回る。当然、あちこちにぶつかり、転び、怪我をする。しかし、好奇心の方を優先する。

スケボーに乗り、自転車に乗り、知らない町や、知らない外国に出かける。

もちろん、転がり、蹴飛ばされ、迷子になる。

しかし、冒険心を優先させる。

スキーを始めると、プロの選手が怖がる坂を猛スピードで下り、世界選手権で優勝する。

先日、50キロのスピードで坂を下り曲がりきれなかった僕は、自転車で転ぶことの恐ろしさを嫌というほど味わった。それも、見えているのに。

マイクの挑戦は留まることがない。前例がない、危険だという常套句を問題にせず、他の人にできないことが自分ができると相手を説得する。

その結果、大学で前例を作り、CIAに就職する。

また、女の子へのアプローチが楽しい。

経験の無さは、勇気と情熱と冒険心でカバーする。きっとチャーミングなんだろう。きれいな女の子が寄って来る。

目が見えないことを楽しんでいるマイク。

この後、どうなるのか楽しみだ。

※マイクが劇団に入り主役をもらう場面がいい。

演出家に、「困った顔をしてくれ」と言われる。

しかし、マイクには困った顔ができない。それで、演出家に顔をいじってもらい、表情を少しずつ変え、困った顔を作ってもらう。

表情というものは、相互に認知して作られるものなのだろうか。目が見えない人も困るし、困った顔をする。しかし、それを困った顔と認知されるには、もうひとつの段階が必要なのかも知れない。

つまり、目が見える人は、困った顔を見せるステップを踏んでいる。

表情は社会的なものであり、相手を意識して作られているのだろう。

さあ、続きを読もう。

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2009年11月18日 (水曜日)

ささやかな徳について

宿題で寝る前に人生の価値を並び替えている。

テキストとして「ささやかながら、徳について」アンドレ・コント・スポルヴェルを読んでいる。

当初、自分が望むものを選んでいたが、自分にない徳に関心が移ってゆく。

アンドレさん曰く、

「礼儀正しさ」「誠実さ」「思慮深さ」の徳を初めに紹介している。

それにしてもこれまでの人生で一番遠い価値観である。

ちなみに、「礼儀正しさ」のところには、「礼儀正しいだけでは不十分だが、もろもろの徳は礼儀正しさから生ずる」とある。

礼儀正しくない人は、まず、ここからはじめればいいらしい。

続いて「誠実さ」は、「モラルは礼儀正しさから始まる。それを性質を変えながら引き継ぐのが誠実さである」。なるほど。引継ぎます。

そして「思慮深さ」に移る。「思慮深さとは、見通しのきかない未来にかかわる徳であり、好機をとらえる徳、つまり忍耐と予見の徳なのだ」

そうか、辛抱が大切だということか。

あすは、「同情」「慈悲」「寛容」の徳に移り、楽しみを見つます。

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2009年11月17日 (火曜日)

有料病院

豪華な病院を見学した。

豪華さと共に人の多さ、行き届いている教育に驚いた。

病院や施設に行くことが多いが、どこも人で不足を嘆いている。

しかし、この病院ではスタッフが笑顔でゆったりと仕事をしている。この違いはどこにあるのか。

それは費用である。

個室、特別室などの差額ベッドが中心となり、その負担できるの患者が入院している。

つまり、有料病院だ。

治療優先というより、生活優先の病院というわけだ。

病院は診療報酬で経営する場合には、国のコントロールができるが、診療報酬に頼らないで独自の経営スタイルを築いた場合には、このような経営ができる。

当然、年金だけでは入院ができない。

かなりの貯金や収入のある人だけが入院できる。

格差は、病院にも確実に訪れている。

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2009年11月16日 (月曜日)

インタビュー

第三者評価には利用者調査という項目がある。

施設で生活する利用者に直接意見を聞き取り、その意見をサービスや施設計画に反映することをねらいとしている。

インタビューでは、できるだけゆったりとした場所で、自由に話を聞き取ることが大切だ。

もちろん、プライバシーが守られる場所で。

しかし、現実にはそうも言っていられない。

テレビが大音量で流れる食堂で話を聞かなければならないことがあり、耳の遠い利用者には大声で質問することもある。

決められた質問項目を読むだけでは、質問はできない。

そうした言葉は相手に届かない。

「食事に満足していますか?」という質問を、そのまま読んでも何のことかさっぱり分からない顔をされる。

かといって、「食事は美味しいですか?」と聞いたのでは、「はい」で終わってしまう。

では、どうしたらいいのか。

わからない。

分かっているのは、食事に満足しているか、食事に対する意見や要望はあるのかを聞き取ることが目的だということだ。

だから、認知症で、言葉では意見を云えない人であっても、食事の場面を観察することで調査はできる。

また、食事にまつわる話をしながら、何に拘りを持っているのか、どんな食生活をしてきたか、子ども時代の食にまつわるエピソードを聞き取ることも、その人の食に対する意識を知る手がかりになる。

だから、山形の海沿いで生まれた人と福島の山沿い育ちの人では食べているものが当然違う。その違いが分かるとインタビューも深まる。

まずは、インタビュアーが豊かな食生活をしていないと、豊かな聞き取りは難しい。

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11月23日の夜

11月22日奈良、23日大阪に泊まる事になりました。

23日の大阪の夜、予定が空いたので、大阪在住の読者がおりましたら一緒に飲みませんか。

宿泊は、ホテル・ザ・ルーテルです。

メールをお待ちしております。

少しなら遠征いたします。

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2009年11月15日 (日曜日)

Map of Narrative Practice

ナラティヴ実践地図 2009年マイケル・ホワイト 小森・奥野訳 金剛出版

問題の外在化

多くの人にとって問題は、「自己ないし他者の自己に内在する」と信じられてきた。

その問題を外在化=自己の外に出すことにより、内的理解の解毒剤となる。

ADHDと診断されたジェフリーとホワイトの会話が楽しい。

ジェフリーの世界にホワイトが入っていく。それは、ホワイトの世界=物語なのかもしれないし、ジェフリーの隠された世界なのかも知れない。

「君のADHDは何色?」と聞く。

その質問はジェフリーには届かない。

しかし、ホワイトが今まで出会ってきた大人でないことがジェフリーには伝わっている。

「君には弟がいるだろう?」

「クリスチャンだよ」

ジェフリーが反応する。

「君のADHDにも双子がいてね、そっちに会ったんだよ。2.3週間前に」と、物語は始まる。

もう、ADHDはジェフリーの内的な問題ではなく、ADHDという人格をもった存在となった。そのADHDが次第に様々な行動を起す。

そうすると、ジェフリーはADHDを客観的に観察し、自由に物語を書き換えはじめる。

私たちは頭が痛いとか、肩や腰が痛いとかいう。

ココにも、問題の内在化がある。

頭や肩や腰は決して痛がったりしない。私たちが痛いと感じようにしている。

脳は、なくなった手足でさえも、痒かったり、痛がったりする。

それがないにも関わらず、痛みを感じる。

問題は、むしろ私たち自身の感じ方、認知の仕方にあるのかもしれない。

リ・メンバリングとは、メンバーから外れた人を再びメンバーに戻す作業だと思う。

いなくなった人は存在が消えたのではなく、「いない」と感じる私の認知が問題を生み出す。いなくなった人も、物語の一部として私たちと同時代を生きている。

今、この時間も、隣に座っている。

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「見る」と「書く」との出合い

大学で本を借りる。

できるだけ新刊を借りるようにしている。それは、世の中の関心がどっちに向っているかを知るためであり、知的好奇心から。

「みる」と「書く」との出合いーフィールド観察学入門 2009年 麻生武 新曜社

観察した事柄を伝える「書く」学問らしい。

しかし、観察する事柄は、電車の中であり、大学の学務課でり、通学路である。つまり、普段何気なく見過ごしている風景(目に飛び込んでいる景色)を観察し文章にする。

その大学が奈良女子大学。

あれ、どこかで見たような大学だと思ったら、奈良の高嶋社会福祉士事務所がその近くにあったこと、前の路地を進むと大学につながっていることを思い出した。

それこそ奈良女子大学だった。

学生に課されたテーマは、近鉄奈良駅から大学までの通学路を観察することだった。

本の中にはその観察記録が載っている。

その通りは「ひがしむきどおりきた」という。

東に向いているのか、北に向っているのかさっぱり分からないが、とにかく「ひがしむきどおりきた」には、沢山の商店があり、カトリック教会の横のビルに高嶋氏の事務所がある。

「ひがしむきどおりきた」を何度も往復したこともあり、学生の路上観察記録はとっても楽しく読ませてもらった。

鰹節の専門店があり、大仏プリンを出している店があることを知った。

今月22日23日に奈良、大阪を訪れるので、大仏プリンを食べたくなった。

観察する目は、フィルターがかかっていると著者はいう。

何かに注目し記録するとき、それを選んだ、認知したということになるのだろう。すると、それ以外のものは選ばれなかった、認知されなかったことになる。

だから、子どもが生まれた時には、街には赤ん坊が溢れて見えるし、気分が落ち込んでいる時には、具合の悪い人や顔色の悪い人ばかりに会うような気になる。

目が悪くなると音が気になり、指を切ったりすると、感触が鋭くなる。

好きな人が側にいれば、どんな町でも輝いて見える。

女子大の学生は何でも観察し記録する。

ちなみに、今僕が座っている空間を観察する。

事務スペースである空間は、幅1メートル、長さ2メートルだ。

しかし、この小さな空間は世界につながっている。

目の前には一枚の写真がかかっている。写真には、イタリアの教会見える。

教会に扉を開けると中世の時代に行くこともできる。

つまり、観察する人間の認知や経験、そして頭の中の物語が空間をいくらでも広げてくれる。

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2009年11月12日 (木曜日)

福祉の仕事

福祉の仕事って何だろう。

そんな仕事があるのだろうか。

そもそも福祉とは何だろう。

ともかく、漠然と、福祉というものがあると世の中では思われている。

福祉という言葉は便利で、選挙の時や、悪いことをした人が「福祉」と言うらしい。

福祉の仕事に就くのは簡単だと思われている。

それでいて、「給料は安いですか?」と聞く。

もし、簡単な仕事だったら、当然に「給料は安い」。

また、難しい仕事なら、就職も大変になる。

誰でもできるようでいて、誰にでもできるわけではない仕事かもしれない。

まあ、変わった仕事であることは確かだと思う。

人を援助してお金を貰うということは、矛盾を含んでいる。

困っている人を助けて、お金を貰い、困らせるようなもの。

その矛盾を内包している仕事にどう向き合うか、そこのところを考えることが大事だ。

だから、まず、人を助ける前に自分を助ける必要がある。

自分を助けることができなければ人を助けることはできない。

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2009年11月11日 (水曜日)

枯れる

銀行員の頑なな態度に30分ほど粘り、人情に訴え、その後退散する。

午後から、介護の日のイベントに参加。

何でも相談員として10数人の話を聞き、お答えする。

できるだけ柔軟性の高い回答を心がける。

ビールを3杯飲み、陽水のコンサートに。

陽水は、ますます柔軟性の高い、力の抜けたおじさんになっていた。

さすが。

こういうオジサンの歌手、いや、詩人の声を聞ける世の中になったんだと立ち上がって手を叩いた。

中学校の時、ギターで初めてうたった歌は「傘がない」だった。

その時思った。

どうしてこの人は傘がないのだろうと。

武藤君。

元気ですか。

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2009年11月10日 (火曜日)

納得できない

クライエントと話をしていて「納得できない」と言われたり、納得していない表情をされることがある。

そんな時、説得や誤魔化しをしても何にもならない。

その場をやり過ごすことはできても、二人の関係はよくならない。

特に、判断能力が落ちている人に対しては、もっと時間をかけて話をすべきだと思う。

うそをつかないということも大事だが、ホントウのことを話すことが重要だ。ホントウのことというのは、沢山ある。

コップを見て、「横から見れば長方形に見える」、「裏は丸に見える」、「水が入る」し「ビールも入る」、「ガラスでできている」、「触ると気持ちいい」かもしれない。

どれも事実だ。

それにうそをついていない。

納得ができない人の、今は「納得したくない」という事実を大切にする必要がある。

でも困るでしょ?

と言われる。

でも、困るのはクライエントではない。

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2009年11月 9日 (月曜日)

無料相談会

無料相談会のお知らせ

日時;メールで問い合わせください。

    11月は、15日、17日、23日、30日が可能です。

    時間は一人30分

場所:新百合ヶ丘辺りの喫茶店。

   木曜日、金曜日については調布、三鷹辺りでもOK.

内容:当ブログに書かれているようなことなら何でもOKです。

というものをはじめます。

申し込みはメールでお願いします。

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施設案内

福祉施設を案内してもらうことがある。

案内とは、そこでどのようなサービスを行っているかを紹介することだと思っている人が多いが、本当にそうだろうか。

案内する人(施設の人)は、見学に来る人は皆、施設の全てを知りたがっていると思っているようであるが、そんなことはない。

ちなみに、「何が見たいですか?」「どこが見たいですか」と聞いてください。

そして、「その、どんなところを詳しく見たい(知りたい)ですか?」と。

そうすると、初めて来た人にとって「よく分からない」と答えるだろう。

つまり、見る前に(見せる前に)話をよく聴く必要がある。人は、興味がある、関心があるところを見る(見せる)場合に、満足度が高くなる。

だから、

話を十分に聞いた後では、見学しなくてもよくなるかもしれない。

話に聞いたことを見学で確認することができるかもしれない。

壁にある「あれ」は、実は「あれ」なんですと云われれば、壁をさわり、「やっぱりあれは凄いですね」となる。

つまり、見学はおまけである。

おまけでない見学は、自由に散策できる場合だけだと思う。

自分が見たいもの、興味がある所を見る。これは、美術館で作品を見るようなものだ。

見学で「良かったです」と言われる時は、見学したことではなく、案内の仕方や接客態度が「良かった」と云っている。

見学者には、見て欲しいポイント、つまりビューポイントだけでも事前に説明するといい。できたら、作品の紹介パンフレットを作ることをお勧めしたい。

そうでなければ、話をもっと聞いて欲しい。

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2009年11月 8日 (日曜日)

嫌いなことはしない

ジョン・バニヤンを知りません。

天路歴程を読んだことはありません。

話は変わって、「かもめ食堂」をテレビで見た。

さちえ(小林聡美)が、「嫌いなことはしないようにしているの」と云っていた。

映画で見るさちえは、自由である。

ヘルシンキから沖縄に飛び、チェンマイで暮す。

家族がいてもいなくても、人生をどう生きるかという面では、しっかりしている。

三谷幸喜ではこうはいかない。(たぶん)

どっかに、何かが引っかかっている。それは犬かも知れないし、仕事かも。

とにかく、何かをぶら下げている。

引きずる人生というのも、格好が悪くていい。

そう

「逆説と対抗逆説」という話を読んでいる。

すっきりしない人生。

それは、落ち着かない人生であり、片付かない人生だ。

とにかくごちゃごちゃしている。

その散らかり具合が楽しそうだ。わくわくして。

しかし、側にいる人は迷惑だろう。

それが嫌なら、一人で食堂をはじめよう。

どっちを選ぶ?

店舗は空いてます。

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眠い

眠い顔の青井さん(仮名)を訪問。

部屋に入ると、硬い枕を敷いて寝ている。しかし、人の気配で目を開ける。

テレビは大音量でついているのにそれには反応しない。

青井さんは夢を見たと、報告してくれる。

「お母さんに会いに行ったのよ。そしたら、死んじゃったって云うじゃない。一緒に暮らそうとしたのに」

「ふーん」と返事をする。

「お母さんと暮らしたら楽しいじゃない、でもね、死んじゃったのよ。昨日」という。

青井さんに冗談をいう。

青井さんが笑う。

青井さんを褒めちぎる。

青井さんが嬉しそうに笑う。

「ことろで、仕事しているの」と心配してくれる。

「何とか」という。

「はやく、配った方がいいわよ」と、弁当の配達をしろという。

「はい」といい、青井さん見る。

もう寝ている。

「じゃあまた」といい、弁当を配りに行く。

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東京を走る

世田谷通りから三軒茶屋、渋谷、外苑前と自転車で走った。

京都に比べ、東京の道は走りやすい。

青山辺りで休憩。屋台で食事+ワインを飲む。

銀杏並木は、まだ青い。

今日は、教訓Ⅰを歌った。

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キツネの夢

Tony Mcmanas の The Maker`s Markをインターネットで買った。

彼の曲を聴いていると、昔、キツネだった頃のことを想い出す。

草原に隠れ、何かを待っていた。

キツネには名前がない。ずっと一人で餌をとっていた。

名前は友達がいるキツネに必要なもので、僕には必要がなかった。

ときどき風に吹かれながら夢を見る。

夢の中ではやさしい女の子が見える。草原の彼方から現れ、そして、僕をやさしく見てくれる。金色の髪が風にそよいでいる。

目が覚めると、草がなびいている。

僕は、大きく吠える。

僕の声は空に向かってのぼり、そして、霧になる。

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2009年11月 6日 (金曜日)

ルール

精神的な病気であることでシャットアウトされることは差別である。

しかし、当然のように、「手がかかるから」という理屈で入り口から入れないことがある。

認知症という病気であるということで説明さえしてもらえないことは、基本的権利の侵害である。

しかし、「本人が混乱するから」という理屈で手続が進む。

誰のための理屈なのか。

もちろん、施設や制度のためであろう。

民主的な手続は面倒なことが多い。しかし、手順を踏んだり、時間をかけて説明することは、私たちが手に入れた新しいシステムではないのか。

問題は人ではなくシステムだとすると、私たちがそれを望んでいるのだろか。

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2009年10月31日 (土曜日)

中学生

中学生のように胸が痛い。

ジャンプすると背中が痛い。

これは青春の痛みかと我慢している。

今朝のお悩み相談で、上野先生が回答を寄せいていた。

上野先生の回答は、いつも意外な展開でハットさせられる。

ハットさせられると云えば、F先生のゼミも同様。

予想を裏切る展開に息が抜けない。

息を詰まらせてばかりいたので背中が痛いのだろうか。

胸の痛みを我慢しながらジャンプしていたら、横を通った少年が「それは、老人性の痛みだね」とボソット云って去っていった。

そう言われることは想定内である。

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2009年10月30日 (金曜日)

さいとうさん?

お昼にファミリーレストランに行った。

名前を書いて待っていた。

順番は4番目。

しばらくすると、「アサオカさん」と呼ばれた。

すると、僕の横に座っているお姉さんが、小さな声で、それでいてはっきり聞こえるように、「ルリ子、いや、今だったら、ユキジかな、ウフフ」と云った。

どこから聞こえてきたのか下を向いて、目だけ右一杯に動かして声の聞こえるほうを探した。

そこに居たのは、隣のお姉さんだ。

次の順番が早く来ないかとウキウキした。

店の人が名前を見ている。

そして、「田中さん」と、呼んだ。

すると、「マリコかな、いや、爆笑問題のタナカかな、ウフフ」と、また言った。

これは、間違いないと確信した。

横のお姉さんは、何もなかったように、メニューを見ている。

さて、次はどんなことを云ってくれるのか、ますます楽しくなってきた。

店の人が来た。

「モトハシさん」と呼ぶ。

しばらく待っても、何も起こらない。ただ、もとはしさんが椅子を立って、誘導されていく。

どうしたんだお姉さん。

あきらめかけていたら、続いて「サイトウさん」と呼ばれた。

すると、僕の後ろの方から、

「ユウキかな、いや、おじさんだね、ハンカチじゃまにあわないね、タオルだね、ウフフ」と聞こえた。

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2009年10月29日 (木曜日)

黒いほうずき

北海道から黒ほうずきが送られてきた。

そういえば、落石のほおずきの宿がなつかしい。

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迷い込む

ICUの森で迷子になる.

木曜日は,死生学,生と死のカウンセリングなど,生きることと死ぬことを学ぶ授業が立て続けにある.

そこに,迷子が重なる.

「死を迎える前に死を経験すれば,もはや死ぬことはない」そんな状態である.

迷子とは自分が立っている場所が分からなくなる状態.立っていることは分かっていても,そこがどこなのか,どこに向かって進んでいるのか,混乱する.

若い頃は,「自分が死ぬなんて」考えられなかった,しかし,いまでは「自分が生きていることが」信じられない.

生きているだけでありがたい.

道があり,それがどこかに繋がっている.

右に右に歩いていけば元居た場所に戻れるはずである.そう信じて歩き続ける.

そこが天国でも,そうでなくても,歩くことしか出来ない僕には,他にすることはない.

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2009年10月28日 (水曜日)

年齢

若く見られる。

と言うことは、若くはないということ。

幾つに見られるかということより、自分の姿が気に入らない。

自転車で走っていても、写真に写る自分は、自分でない(ような気がする)。

奈良公園で鹿とツーショットで写っていても、自分でない。

では、自己イメージはどのくらいなのだろうと考えていたら、その答えの人が酒を飲んでいた。

どうも、僕のイメージは35歳くらいで止まっている。

その男性は35歳くらい(たぶん)。

しかも、自分がそこに居るような感覚を覚えた。

「やあ、そんなところに居たんですね」と、声を掛けたくなった。

久しぶりの再開は感動ものだった。

ずっと後を着いて行きたくなった。

どこに行くのだろう。

家に帰るのだろうか。だれと住んでいるのだろうか。どんな人かな。

それは、想像だけで止めておいた。

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聴く

哲学者鷲田清一は「聴く」ことに拘り、なにかを聴こうとする人の物語を書いている。

聴こうとする時には、目も前に人がいる。

その時、身体を前に傾けると聴けなくなる。

横を向いても聴けない。

それでいて向かい合う距離がとても辛い。

聴くことは勝負である。

勝敗ではなく、その緊張感が、ゲームとしての間合いがあるように感じる。

星治さん(仮名)との会話は続かない。

なにかを云ってしまうと、「それっきり」になってしまうようで怖い。

それでいて、なにも言わないではすまされない雰囲気を星治さんは持っている。

「どうしてもできないんです」と消え入るような声で、次の言葉を求めている。

誰に求めているのか、どこに求めているのかは分からない。しかし、目の前にいるのは僕だけだ。

ふたりの間にある空間になにかがあるとでもいうのだろうか。

そこには目に見えぬ穴が開いているのかも知れない。

沈黙が続いている。

僕らは穴に落ち、それでいながら明るい空を眺めている、そんな空想をした。

どれ程の時間が過ぎただろう。

目を上げると、星治さんの姿勢は変わっていない。

なにも変わらない、変わることは永遠にないだろう。それでいて、少し前の空間ではないことは確かだ。

聴いているのか、聴かれているのか、それさえも分からない。

ただ、ふたりの時間は過ぎてゆく。

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ならッポイ

奈良、京都、大阪と回って気づいたことがある。

それは、奈良の素敵さだ。

京都にも、大阪にも近いのに、その田舎文化を守っている。

それを「奈良っぽい」という。

何しろ、奈良駅という県庁所在地(たぶん)に鹿がいる。それは、日比谷公園に羊がいるようなもの。または、梅田に熊がいるようなもの。

事務所の前に、鹿がやってきて、植木を食べている。

それを「奈良っぽい」という。

また、奈良駅の隣には広大な空き地がある。平城京があったところが広大に空いている。

夜が暗い、空が広い、夕焼けが赤い。

そんな当たり前の景色をいまだに持っている。

それを「奈良っぽい」という。

奈良には弁当屋しているMSWがいる。旅行を仕事にしているSWがいる。自分の部屋を利用者に明け渡すホーム長がいる。

なんとかなると雰囲気が、まことに「奈良っぽい」

奈良の将来は明るい。

何しろ、遷都君は底抜けに明るい。

でも、人が沢山来ると奈良のいいところが減ってしまう。

でも、そんなことは心配いらない。

正倉院展に並んでいる人たちは、みな

「奈良っぽい」から。

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2009年10月27日 (火曜日)

社会福祉士の給料

社会福祉士、それも、一人で活動しているソーシャルワーカーの給料はいくらぐらいか気になる人が多いようです。

今回、岩手、東京、奈良、京都を回ったので、ソーシャルワーカーの収入について書いてみます。あくまで想像です。

次郎さん(仮名)35歳の場合。

成年後見を中心に活動をしている。経験5年余り、地域にかなり知られている。その他にも行政の委員や講演活動等をしている。

収入は月により違い、年収は700万ほど。

五郎さん(仮名)40歳の場合。

成年後見を中心に活動。件数も多くなり、その他の仕事を断っている。関連団体の委員やスーパーバイザーをボランティアで関わり、若手の育成に力を入れている。

年収850万円

八郎さん(仮名)55歳の場合。

企業を中途退職し、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士を取る。現場で5年の経験を積み独立した。

ケアマネ、成年後見、行政委員、NPO理事、その他、前職関係の仕事も引き受ける。

年収480万

京子さん(仮名)33歳

福祉職を10年経験後独立。成年後見、NPO活動、ボランティアなどの事業を展開。収入より自分らしくをモットーに仕事をしている。

年収450万。

葉子さん(仮名)50歳

介護の仕事を18年経験後独立。

ケアマネ、成年後見を中心に活動。独立後2年、人生はこれからがモットー。

年収360万。

僕の場合。

ないしょです。

でも、大体こんなものでしょう。

年収は、税込みの事業所収入です。

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2009年10月26日 (月曜日)

京都 自転車

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京都を自転車で走る。

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しかし、自転車をもって寺には入れない。

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従って、京都を一周し、街の広さを実感する。

写真は、石庭をあくる。

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そして、宇宙。

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奈良2

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せんと君。かなりの伽羅だ。

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奈良の夕日は美しい。

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素敵なホーム。

あまりに素敵なので紹介を省略する。

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若いソーシャルワーカーと店員。

街のMSWであり、ある時は弁当屋。

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奈良報告

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高嶋氏の事務所を出ると奈良公園。

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大仏の近くの店で食事をする。

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寛ぐ高嶋氏

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自然食レストラン。

高嶋氏にご馳走になる。

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猫がいた。

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京都報告4

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奈良駅近くに商店街にある高嶋氏の事務所。

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階段を上ると明るい事務所のガラスに事業内容が書かれている。

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アロマ香る室内。きれいに片付いている。

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長い机。毎週木曜日は無料相談会を実施。

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来客用のスペース。

訪問した日にも補聴器の相談がある。

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2009年10月25日 (日曜日)

京都報告3

「たよりになる輪」で事例検討会議に参加。

どんな難しい問題も、「だいじょうぶよ」と、云ってしまうパワーを感じる。Pa220200_convert_20091025220808

奈良の夕焼け。

毎日が懐かしい色。Pa220227_convert_20091025220936

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京都報告2

Pa210195_2宿泊先で歓迎会を開いていただく。

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京都報告1

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京都の社会福祉士事務所を訪問。

情報交換もお菓子を食べながら楽しいそう。

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2009年10月21日 (水曜日)

歓迎会

京都市城陽市周辺で活動するSWが集まりご飯を食べながら日ごろの活動を話し合う。

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独立の会議

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平等院

平等院

京都に来てます。

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2009年10月19日 (月曜日)

素直

北山修は著書「劇的な精神分析入門」の中で、「素直になれるか」という文章を書いている。

「内に抱えている素顔の自分、あるいは自然な自分(英語でいうなら‘natural self‘と訳したい)、これを外に向けてどこでどう出すか、あるいは出さないかが、誰にとっても大きな課題だ」と述べている。

私たちは、素直になれる場所が必要だ。それは裸になれる場所だと北山はいう。

たとえば、寝室であり、便所であり、浴室、個室・・・

そこには、誰も立ち入ることができない。

つまり

安心できる場所=素直になれる空間には、孤独がつきまとう。

誰かに居てほしいと感じると同時に、誰もいないことで安心する。

動物であると同時に人間として振舞う私たちにとって、その場所は、動物/人間という役割を交換する場であるとも言える。

苦しいほどの素直さは、感受性の豊かさや才能の大きさでもある。それだけ、大きな孤独を抱えて生きることを要求される。

そんな孤独に打ち勝つために用意されているのが、「楽屋」だという。

人生の舞台に上がるため、また、舞台から降りて化粧を落とすため、楽屋は大きな意味を持つ。

楽屋の団員として北山は苦悩しているように見える。

少し長くなるが引用する。

「「充実」「満足」とともに、人生の目標や価値のひとつに数えられる「幸せ」は「仕合せ」「為合せ」と表記されることがある。その文字通りの意味からも分かるように、「幸せ」の代表的な条件は「うまく合うこと」であり、合うこと、合わせることと合わせてもらうことは幸せになるための条件、努力目標、義務となる。幸せへの努力は、具体的には、待ち合わせ、示し合わせ、申し合わせ、口裏合わせによって行われ、このような「合せる」はふたりの人間の思いを意図的にひとつに組み合わせたり、一致させたりするという意味である。中略。こうして、自分が素直でいられて、それが周囲から受容されるなら、幸せである。」と。

彼らは「出合い」、作品を残した。

その作品に僕らは「出合い」、その力によって、今このとき、幸せを感じることができる。

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早稲田奉仕園

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早稲田奉仕園の横で学生に話をした。

奉仕園にはタイ語を習いに行っていたことがあり、ネパールにボランティアに行く話しがあり、毎週打合せに行っていた時期があり、YMCA同盟に通っていた時期があり、シャプラニールに募金を届けに行ったり、性教協の研修をやったり、想い出がある。

学生は不安が沢山詰まっている。

自分が何者でもないので、ポジションの取り方が分からない。しかし、専門家と呼ばれる人だってそれほど自分が分かっているわけでもない。

毎日、人と会い、話をするうちにそれが仕事になる。

毎日することでできることって一杯ある。

結構込み入った料理も毎日作っていると美味しい味になる。

続けること、止めないことが肝要だと思うよ。

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2009年10月18日 (日曜日)

笑いながらくるくる回るスポーツ

水中バレーをする。

プール横のサブプールで水中バレーをした。

バレーと云っても、足を上げてくるくる回るバレーではない。

ビーチ・ボールを使い、バレーボールを水の中でする。

それが、結構の運動になる。

なにしろ、ずっと動いている。そして、ボールが来るととっさの打ち返す。手だって、いつも上げている。水中からではすぐに打ち返せないから。

4対4で試合をする。

相手はおじさんとおばさん。

そして僕も。

舐めてかかると、相当な体力のあるおじさんとおばさんたちだった。

90分笑ってボールを打っている。

ずっと笑っている。ボールが横にそれては笑う。ボールを打ち損なっては笑う。人の笑顔を見ては笑う。ああ、こんなに笑う人が日本にもまだいたんだと思っては僕も笑う。

なんて愉快なスポーツなんだろう。

こんなに笑顔が溢れるゲームはない。

横のプールで泳いでいるひとはまじめな顔をしている。

そんな顔を見るとおかしくてまた笑う。

そして、勝ったチームは笑いながら、手を繋いでくるくる回る。

負けたチームは、それを見て、また、笑う。

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画像

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何年もブログをやっていて初めてデジカメの画像を取り込めた。

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川柳

田舎で一人暮らしをしている義母に携帯をプレゼントした。

「そんなもん何にも役に立たないよ」と言われると思いや、意外な言葉が返ってきた。

「前から欲しかったんだよ」

それから、電話での指導が始まった。

携帯に電話を掛けると、

「今、電話が震えているけど、大丈夫だろうか」と、固定電話から電話が掛かってくる。

再度、携帯に電話すると、妹の家の家電がなる。

「震えているから、とにかくボタンを押したんだよ」

翌日

ファックスで、絵入りで、説明をする。

それから、

3回に1回の打率で、受信ができるようになった、イチロウ並みである。たいしたもんだ。

続いて、メールの受信。

これは厄介だ。ボタンを2回、3回と押すことを携帯が要求する。

「電話が何か云っているけど、言う事を聞いたほうがいいかい?」

「まあ、人の云うことはまず聞いたほうがいいですよ」と答えた。

「あなたもね」とは言わなかったので安心する。

それから1ヶ月。

たい焼きの写メールを送る。

返事がない。

翌日、電話があり。

「たい焼き美味しそうだね」と。

これから、毎日、川柳でも送ろうと思っている。

これは、僕の脳細胞の活性化のため。

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2009年10月17日 (土曜日)

背の高いあなたは今も大きい人

帰ってきた酔っ払いを聞いたのが小学6年の時。

だから、中学時代はフォークルにはまっていた。

12弦ギターに憧れた。

少年は荒野を目指したが、何処にもいけず、田んぼに横たわりひばりを眺めていた。

冬の田んぼに来るものはいない。

ギターをもっては調子の外れたうたを歌う。

スリーフィンガーを覚えた時は嬉しかった。

高校生の時、ドノバンが来日し、武道館に行った。

その後も、トノバンの振れえる声を聞きながら青年は育った。

ありがとう。

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悲しみは言葉にならない


     悲しみは言葉にならない 深すぎて
     喜びもしみじみと かみしめるもの
     ああ あふれる想いを
     空の雨に託して
     涙声でも 大丈夫
     胸を張れ

     ため息はつくもの 誰もいない公園で
     幸せを逃がさず そっとしのんで
     ああ 心の中で
     抱きしめたいと つぶやき
     花束高く 振ってます
     見えますか

     ああ 生木を引き裂く
     熱い痛みは 殺して
     つつしみ深く 涼やかに
     凛として

     燃えたぎる炎は 明日のばねにして
     気持ちはしるしだと そっと差し出す
     ひと言 〝おめでとう〟
     恩返しはいらない
     天気は曇りのちに晴れ
     のちに晴れ

     ああ 悲しい想いは言葉にならない
     深すぎて
     天気は曇りのちに晴れ
     明日も晴れ

     悲しみは言葉に 言葉にならない


作詞 きたやまおさむ
作曲 加藤和彦

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専門家は理屈っぽい

修士の仲間
坊主もサッカー選手も助産婦も将来の大臣も吹き替えのおばさんもいる飲み会に参加した。
もちろん、仕切るのは坊主。しかし、誰も聞いてない。皆、自分の世界を持っているからぶれない。
どんな世界かって。
新しい世界だよ。

それにしても専門家は話すのが好きだ。

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たい焼きと歩く豪徳寺

たい焼きと歩く豪徳寺
糖分の不足を感じ、たい焼きを買った。
たい焼きは十分に甘く、胃の奥の方まで歩いてくれた。たい焼きが胃まで歩くスピードで豪徳寺を歩いた。

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2009年10月16日 (金曜日)

リアルおやじ

ロジャーズ派のビデオを見た。

理想の私と現実の私にどうやって折り合いをつけるかの話である。

ツールド・千葉の写真がインターネットにアップされた。

理想の私は颯爽と走っているハズであった。

が、現実の私は、ハアハアあえいで、肉もだぶついている。

こんなはずではないと、理想の私は言うが、現実の私は「こんなものでしょう」と諭す。

そういえば、クライエントはシンシアだった。

「シンシアといえば、南沙織でしょ」というと、現実のみんながぽかんとした顔をしていた。

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午後5時の民芸

広い店内に誰もいない。
中居さんと世間話しもできる。
店の中を走ることもできる。もちろんしない。
目を閉じると清らかな音楽が別の世界に運んでくれる。もちろん、寝ない。

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2009年10月15日 (木曜日)

困難

木曜日は大学にいます。

死と生の授業が3こま。

なぜか泣いています。

白井先生は、「困難に打ち勝つと強くなれる」と言います。

打ち負かされそうです。

負けるのも人生脚本の一つでしょう。負けることが好きなのではなく、負けそうな私が好きなのだと思います。

今日も宿題が出ました。

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2009年10月13日 (火曜日)

8時間

245キロ走った翌日は、ケアマネ120人に8時間の講義。

自転車なら、時速20キロ平均でも160キロ走ったことになる。これは、相当な距離だ。

午後になると、軽いめまい感じながら、かなりのハイテンションで乗り切った。

今朝は、やはり、5時に目が覚めた。

寝ぼけ眼で着替え、なぜかストレッチしていた。

講義の途中でもストレッチした。

参加者から、「椅子に座って喋ったらどうですか」と言われたが、座ると寝そうで、「大丈夫です」と返事をした。

話は如何でした?

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2009年10月12日 (月曜日)

今年も終わった

今年も終わった

3日間の戦いを終え、満足そうなに歩いていく。

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太鼓もお疲れさま

太鼓もお疲れさま

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中学生もお疲れさま

中学生もお疲れさま

エイドステーションで応援してくれた中学生。

写真を撮る許可をもらっています。

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弁当だ。

弁当だ。

あまりに嬉しさに、放心状態。

やさいごろごろ弁当。カロリーもたっぷりでした。

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亀山ダム。疲れた

亀山ダム。疲れた

やはり、きつかった。

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これから登りだ

これから登りだ

鏡に全身を写す。

だいぶ細くなったような気がする。

体育館のトイレも前で。

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選手はいい人です

選手はいい人です

近寄って行き、写真をねだる。
選手はいい人です

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青い空と白雲と黄色黄色いわたし

青い空と白雲と黄色黄色いわたし

天気に恵まれました。

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暗い顔

暗い顔

逆光です。

光が当たっていても、それほどいい顔ではないので、これくらいがいい。

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朝は毎日やってくる。

朝は毎日やってくる。

8時に寝るので、夜中に一度起きて、トイレに行きます。

その後、5時前に目が覚めます。

おじさんの寝起きはいい。

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2009年10月11日 (日曜日)

ゴール

ゴール
坂がきつかった。

二日目のゴール。

喜ぶおじさん。

すぐに何かを持ち上げようとするところがおじさん。

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坂あれば昼飯

坂あれば昼飯

お昼がホントウに楽しみ。
坂あれば昼飯

ダム湖をみる余裕もない。
坂あれば昼飯

なぜかフラダンス。

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エイドステーションその2

エイドステーションその2

休憩場所では、塩を舐める。塩は、小さじ一杯ではなく、ひつつまみ。
エイドステーションその2
お城が見える。

この後、パンクが待っているとは知らず。

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エイドステーション。25キロ地点。

エイドステーション。25キロ地点。

休憩場所ではバナナを食べる。一日3本は食べる。つまり、3日で9本。

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トイレを待つ

トイレを待っ

参加者の大多数が中年の男。切れが悪く、時間がかかる。

女子トイレはガラガラです。

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サンシャイン

サンシャイン

こんなところにほくろがあったとは。

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スタート

スタート
寒い朝です。お尻が痛い。晴天です。

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うれしい

うれしい

選手のヘルメットを被れてうれし涙。

目の焦点が定まらない。

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2日目の朝

2日目の朝
体調は?

起床は5時。

鼾がうるさく、逃げ惑う仲間たち。

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2009年10月10日 (土曜日)

飲む前から鼻が赤い。

飲む前から鼻が赤い。
風呂に入ってまず一杯。土井さんいいでしょ。

ビールの宣伝に使えそうな、いい顔してます。

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トマト

籙

トマトをかじる。

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ゴール

ゴール

初日のゴール。
疲れた。

足を上げたら足がつっているところ。

天気は午後から回復。

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なんとなく波を見つめ人生を考える。

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寒い

寒い
犬吠埼です。寒いです。

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お昼

お昼
銚子灯台でお昼です。

魚が新鮮で美味しい。

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走っています

走ります

信号待ち
走ります

走ります

スタート前

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土井さん行ってきます。

土井さん行ってきます。

スタートに立つ中年の面々。
土井さん行ってきます。

白いヘルメットを被っているのが僕。

まだ暗い。

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朝食

朝食

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