2026年5月24日 (日曜日)

決めるのは誰か

歯茎がかなり悪くなっています。

残っている歯も治療が必要です。

 

これは私の話ではない。

 

施設に入ったクライエントに、無料診察した歯科医、あるいは事務員かもしれない、からの電話をもらった。

本人は、なんと言っていますか。と、聞いた。

 

やらないと、言ってます。

 

そうですか。と、応えるが、その次の言葉は、契約書を送りますから、サインして送り返してください。来月から、月2回でいいですか。当面は、これくらいから始めた方がいいと思います。

でも、本人は、嫌だと言っているのですよね。と、聞いた。

 

そうですけれど、放っておくわけにはいかないでしょう。と、言う。

本人に必要性を説明していただいて、納得したら、本人は契約できますよ、と、話すと、

 

いや、今まで、家族が契約してます。本人は印鑑を、銀行の印鑑を持っているのですか、そんなことをしたことはありません。

と、少しムッとした声で続けた。

それから、契約のことや、意思決定のことを話したが、理解してもらえない雰囲気だった。

 

ボクも治療をした方がいいと思っていること、だからこそ、ゆっくりと、納得する説明をして欲しい。

また、どうしてもやりたくないのなら、その気持ちを受け止めつつ、諦めずに、何度も必要性を話して欲しい。しかし、忙しい医療の世界では、結論を急ぐことが多く、手順をゆっくり進められないものだろうか。

特に、医療と言うものは強圧的な力を感じる。

最悪の状態よりはいいでしょう。

こうする以外に方法はないでしょう。

と言う。話をきいていると、はい、お願いしますと 思わず言ってしまう。

こに会話には、余裕がない。考える隙間がない。

一つの価値観で合理的だと思っている結論が、前もって決まっている。

人間の歴史を見ても、不合理な選択、考えられないようなユニークな選択をすることはある。

予定調和を疑ってみること、たまには、立ち止まって考えてみることも必要だと思う。

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2026年2月25日 (水曜日)

ルールを破るAさんの対応で混乱する僕

彼女は会話の公理を無視する。

その1、必要とされるだけの十分な情報を与えよ。必要以上の情報を与えるな。

元気だった。

足が痛くてね、昨日靴を買ったら、赤い靴で、気分がとても良かったから。今日もご飯がおいしいの。

全く噛み合わない会話です。これは会話なのかとも思います。元気かどうかの情報が欲しかった僕は、いつもと変わらない状態だと解釈しました。

 

その2 間違っていると思うことや、十分な証拠がないことを言うな。

天気がいいね。

庭の木を切られたでしょう。だから悪い気が入ってきて、お腹が痛いのよね。木を切られてから、運がどんどん逃げていくのよ。

 

これはスピリチュアルの世界の話としては面白いが、全て木を切ったことの性にされると、もはや、何も言えなくなる。

 

その3 相手の発話と関連性のあることを言え。

昨日何食べた。

奥さんに作ってもらってんでしょう。わたしも結婚したいのに、子供がいない人は人の気持ちがわからないから、だからあの人が駄目なのよ。

もちろん、関連性のない返事であるが、解釈としては思いは伝わる。むしろ、言いたいことはわかる。

 

その4 不明瞭な表現、曖昧な表現、冗長な表現を避け 順序だった言い方をせよ 

ルールを無視する構文にだんだん慣れてくる。なんとなくわかるので苦労しなくなるから不思議だ。

逸脱する対話にだってルールはある。予定調和しない反応にこそ深い意味を感じる。

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2026年2月24日 (火曜日)

インドでいろいろ考えた

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インドに行った。

友達と、インドネシア、タイ、ベトナム、ラオス、中国と旅をした。

次はインドだと提案した。

もちろん、バナラシで沐浴して、タージマハルでお祈りする。

40年前にタイの農村にいた時、インドは遠い国だった。生半可な人は行ってはいけない国だった。

それから何年も過ぎた。インドは近くなり、経済的に日本を追い越そうとしている。

道で物乞いする子どもも悲壮感がない。日本に住む、僕らの方がよっぽど貧しい。

インドの騒々しさも、羨ましいほど、日本の空虚感を味わう。

目的が未来にある人と、過去ばかり見ている人の違いだろうか。

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2026年1月30日 (金曜日)

動物を殺す

東京の小さな家から埼玉の小さな家に引っ越して一番驚いたのが、虫や小さな生き物がたくさんいる事でした。

虫は食べ物に群がり、生き物は大声で怒鳴りあっていました。

友達との遊びでは、追いかけっこや縄跳び、石蹴りや馬乗りもしましたが、蛙や蛇を捕まえる遊びもしました。

それを遊びというかどうかは別にかんがえるとして、捕まえた小さな生き物はほとんど殺しました。僕たちの遊びは、どのように殺すかに集中していました。当時、爆竹のような爆発系の

おもちゃがあり、それを蛙に咥えさせて、逃して殺す。蛇をムチのように叩いて殺すなど、よくそんな酷いことをしたとおもいますえ。

子どもらは、死んでしまった生き物には興味を失い、違う遊び移ります。

彼らは、魚釣りも好きでした。

魚釣りは、

魚を釣る事が一番で、釣った魚には、関心がなくなり、そのまま死んでいったと思います。

僕は、魚に口に針をつける事や、針を外すとき、魚と目があるのが苦手で、魚釣りには付き合いませんでしたら。

それからは、蛙や蛇を捕まえる遊びはやめました。

もっと危険でスリルある遊びが見つかったからです。

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くみとり

おとうさんおの龍に、くみとり屋の話が出てくる。

本を読んでいて、どこに引っ掛かるかは人それぞれ、また、その日の気分でも違う。

汲み取り屋の話では、子どもの頃の匂いや風景が頭から離れない。

汲み取り屋さんは、オヤジたちサラリーマンとは違う野生の匂いがした。バキュームカーでさっと現れ、ホースを消防士の訓練のように引き出し、周りの子どもらに近寄るなよ、ひっかかるぞ、とドスの効いた視線を送り、ホースを穴に入れた。

その動作が素早く、子どもらは遠巻きに覗き込み、それでいて、白線(そんなものはないが)から一歩も前に出なかった。

おじさんたち、多分2人のちーむ、は息お合わせて仕事をしたら、さっさとホースをしまい、風のように、匂いだけ残して去っていった。

僕たちはmニオイのきつい方に行き、たっぷりを匂いを抱きしめ、友達におみあげを持って帰った。

 

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2026年1月27日 (火曜日)

今あることと結果は必ずしも結ぼつかない

電話相談をしていると、どうしたらいいのでしょうか?という問いを投げかれられることがある。

相談者は、結果を求める。

どうしたら、どうやったら、それができるのか。

 

それが分からないから、こんがらかっているから、どこかに答えがないだろうかと問う。

 

それを実現できる答えがあるように思えても、できる事と、できない事がある。

また、できたとしても、予想した結果になっていないことも多い。

さらに、最高の結果となったとしても、時間が経過すれば、それ(環境や状況)自体が変化する。

 

川の流れの中で、今を汲み取ることしかできない。

汲み取った水が、元の水ではないとしても。

汲み取っている、汲み取り続ける行為をやめないことで、汲み取る私の今がある。

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僕のお父さんのラバウル小唄

伊藤比呂美の「わたしの おとうさんの りゅう」を読んだ。

伊藤さんは僕と同年代の詩人。

「良いおっぱい・・・」が出版された1992年 の前年、朝日新聞で伊藤さんの記事を読んだ。

その記事の内容は忘れたが、同年代の詩人として記憶に残っている。

 

いまは、高橋源一郎の友達として、「とぶ教室」の「ひろみ庵」に出てくる人生相談のおばさんとして毎月声を聞いている。

比呂美さんのお父さんは大正うまれの元特攻隊員。僕の父も、大正生まれ、飛行機には背が高くて乗れなかった残念は兵隊。

 

伊藤さん家の話は、僕の家の文化に近い。同時代の文化的な匂いを感じる文章が心地よい。

ウチも、家族で花札やおいちょカブをやっていた。

 

父から、戦争の話を聞いたことはない。

巨人軍が嫌いで、自民党も嫌いで、体制に反抗的な言動が多い反面、軍歌が好きだった。

軍歌なんか民主的じゃないと無視していたが、パチンコ屋の前を通りかかれば、僕も反応して歌っているので驚く。

 

戦争が無かったかのように振る舞うこと、全部否定して済ませてしまうことに違和感を感じると、伊藤さんは言っているようだ。

彼が生きていたこと、軍歌を歌っている自分の青春があったことは、消えない。

もっと、話を聞いておけばよかったと思う。

 

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2025年10月26日 (日曜日)

疲れる会話

コンピュータに翻訳をお願いする。

コンピュータは翻訳が上手だから。どんどん学習して、どんどん日常的な訳ができるから、ニアンスまで伝わる。

しかし、困ったことがある。

突然、別の言葉に訳し始める。

それを止めることができなくなる。

今の訳は、言語が違ってます。と、修正する命令を送ると。

「今の訳は****」と、間違いを繰り返して、別の言語に訳す。

「だから、もうやめて」と言うと、

「だから***」と、同じように、違う言語に訳す。

まるで冗談を言っているように、漫才でもしているようになる。

間違えていることをコンピュータに分かれせることは不可能なのかと聞いてきたら。

やはり、不可能なのかと答えた。

最後に、「あなたの質問は終わりですか」と聞いてきた。

はい と返事をすると。

「お疲れ様でした」と言われた。

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2025年10月24日 (金曜日)

烏龍茶

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福岡伸一のエッセイをよんでいたら、変化がないとは、情報がないという一文に目が止まった。

いつもの光景何突然消えた時、情報が入ってくる。いや、情報を求めようと頭が動き始める。

混乱の中にこそ、僕たちの存在の意味があるのだろう。

昨日の会議でも、安定、社会的適合とか、統合何テーマになっていた。けど、そもそもそれは無理なのかもしれない。

人生は一度なのだから、みんなが求めるような人生でなかったとしても、それも、あなたの人生なんだと言ってあげたいけど、

一緒に暮らす人は、大変。

一番大変なのは本人だけどね。

味の薄い、刺激的でないお茶は、毎日飲んでいても飽きない。

舌に感じる情報はたくさんあるのに、僕の舌は鈍感だ。

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まあ 色々ある 、

 

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いつもと違う生活は刺激的である

でも バランスを失う

yさんは 急にお金を貰ったことで 嬉しくなった

幸せを感じた

ラッキーと思い 今まで できなかった 楽しいことをした

けれど すぐに 虚しくなった 

だって 楽しさの 後には いつだって 虚しさが やってくる

体調も悪くなり ムシャクシャした

わるいきもちが襲ってきた

楽しいことがいけない訳じゃない

なのに どうして 訳が分からない

先生は言う

そう 楽しいことがあったんだ

そして 嫌な事もあったんだね

それが 人生なんだね

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2025年10月23日 (木曜日)

何を考えているかは、大体わかる年代ってある

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世代を共有するという感覚がある。

僕たちの世代は、なんとなく世界どこかで繋がっているので、なんとなく話が合うような感覚がある。

それはなく、馴れ馴れしいだけかもしれないが。

エアビーの良いところは、生活の場所にお邪魔するところだろうか。

 

それがくつろげないと感じる人もいるが、人が近くにいても大丈夫な人なら、楽しい時間が過ぎていく。

洪さんは、僕と一つ違い。

住んでいる場所も環境の違っていても、子どもを育てて、社会と繋がって、色々あって、話すことも多い。

 

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なぜ台湾か

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8月に中国に行った。

ウルムチから敦煌、西安と飛行機、列車を乗り継いで。

中国は、隣の国なのに何も知らない。もしかしたら台湾の方がもっと知らない。

知っていると色々と考えられる。

これは、あれだなとつながる。

あれとこれがつながると台湾の現在が見えてくる。

 

窓から見えるのが、台北101。貿易センタービル。

 

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2025年8月29日 (金曜日)

歩いて歩いて

どれくらい歩けるかは、歩いてみなければ分からない。

家の中に閉じ篭っている訳ではないが、歩くことが少なくなっている。

 

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2025年6月26日 (木曜日)

デンマークスタディツアー2025のプログラム

Seminar in Denmark 2025


Period: 01.06 – 07.06-2025
Numbers: 17
Day Dep. Time Place
01/06(sun) 16.10 オーデンセ駅でのピックアップ

16.50 ノーフュンスホイスコーレ到着 (Odense 駅-NFHS バスチャーター)
オリエンテーション
18.00 Supper at NFHS
02/06(mon) 09.00 講義

Nordfyns Højskole, Momoyo T. Jørgensen
12:00 Lunch at NFHS
13.30 オーデンセ市・障がい者および精神障がい(行政)
オーデンセ市・高齢者・障がい福祉課(行政)
リーダー:Hasse Jakobsen & シニアコンサルタント:Christina Møller
14.00 行政的機能について・認定手続き・サービスの質
担当部長:Sri Sundarampillai
Ørbækvej 100, Odense
18:00 Supper at NFHS

03/06(tue) 10.00 就労支援・作業所(青少年・成人)Odense Værkstederne,

Rytterkasernen 17-19, 5000 Odense C
センター長:René Paaske Jørgensen
12:00 Lunch at Odense Værkstederne
13.00 グループホーム Sedenhus, Bjerggårdshaven 39, 5240 Odense NØ
リーダー:Kirsten Bern
18:00 Supper at NFHS

04/06(wed) 10.30 在宅支援・チーム 5, Ungefællesskabet Rømersvej og Team 5

Rømersvej 1A, 5200 Bolbro
12:00 Lunch at Rømersvej
14.30 特別支援教育機関 STU Rismarksvej, CSV Odense, Rismarksvej 80, Odense V
リーダー:Leif Dahl Hansen
18:00 Supper at NFHS

05/06(thu) 09.00 フリー:ドイツ・フレンスブルグ -夕食はオーデンセ
06/06(fri) 09.00 小学校 Bogense skole, Gyldensteensvej 2, 5400 Bogense

校長:Søren Schlüter
12:00 Lunch
13.00 研修の振り返り・リフレクション
ファシリテーター:Momoyo
18:00 Supper at???

07/06(sat) AM 解散(Odense 駅までのチャーター)

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デンマークスタディツアー2026参加者募集中

世界一幸福な国デンマークの暮らし方から学ぶ

日本の政治・経済・福祉・医療・教育などのシステムに疑問を持っている人は多くいると思います。では、世界一幸福な国デンマークではどのような法律を作り、福祉・医療・教育に取り組んでいるのだろうか。そこには、民主的・合理的・自主的な社会システムがあります。

 このスタディーツアーでは、様々な福祉・医療・教育現場の専門家のお話を聞くだけではなく、自らの実践や研究を深めること、対話すること、実践を発表すること、多様な文化・人との交流を促進することにも力を入れます。大人のためのワクワクするような一週間です。あなたの人生にとって大きな刺激になる体験が待っています。ヒュゲの国デンマークでサウナに入り、ロウソクの灯りを見つめ人生を語り合いませんか。

1、プログラ

見学・講義はデンマーク第2の島、フェン島北部のボーゲンセのホイスコーレを近郊の学校・行政機関・施設を訪問します。また、見学先、講義内容、対話・交流は参加者の希望を受けてから調整します。特に、今回のツアーでは、講義研修よりも対話研修を取り入れることや、事前学習に力を入れることを予定しています。2023年までの実績は、ボランティアセンター、小学校、地域行政機関、市民宅訪問、福祉施設(高齢者・障がい者)、ガン協会、ジョブセンター、高齢者協会、エコビレッジ、LGBT協会、家庭医、教会(牧師)、行政(ソーシャルワーカー)、補助具センター、難民支援NGO、パーソナルヘルパー及び障がい者が暮らす自宅訪問、フリースクール、青少年進学・進路メンター、ソーシャルワーカー養成大学など多彩な施設(機関)の訪問及び専門家と交流を持ってきました。

2、宿泊施設

宿泊は、デンマーク独特の成人学校「Folke Højskole(フォルケ・ホイスコーレ、通称「国民高等学校」N F H S)の宿泊施設で行います。フォルケ・ホイスコーレは政府の認可を受け、3カ月から6カ月を1タ-ムとして学生を受け入れている体験と相互交流・自己覚知を進める取り組みを行なっている大人のための学校です。そこには、デンマーク人、知的障がいを持つデンマーク人、ヨーロッパ・アジア・アフリカ諸国等、世界各国からの学生が生活を共にしながら学んでいます。NFHSでの生活は、デンマーク文化を肌で感じることはもちろんのこと、多様な文化に触れることができます。希望によっては、NFHSの授業にも参加できます。言語は、英語及びデンマーク語です。

3、事前研修

スタディツアーでは、事前研修を行います。これまでの研修は、①デンマークの政治・行政制度を理解する。②デンマークの教育制度を学ぶ③デンマークの障害者支援を学ぶ④フォルケ・ホイスコーレの実践を知る(DVD)⑤オープンダイアローグから対話支援を考える⑥ペタゴーとは何か⑦デンマークの成年後見制度はどうなっているのか⑧バンク・ミケルセンから学ぶ⑨デンマークの行政制度及び貧困と平等、合理性を考えるなどです。*講義形式ではなく、課題論文の読み込み対話形式で行います。また、研修中に参加者の実践及び研究発表を行い、研修中にNFHSの学生との交流も実施しました。

4、申込

コーディネーター 齋藤弘昭(福まね代表)

   Eメール fukumane@gmail.com  携帯電話090−9326−4663

5、募集要項

日程;2026年6月7日(日曜日)から6月13日(土)曜日の6泊7日 

研修内容・デンマークの福祉・教育・医療の現場見学を行い、専門職からの講義及び様々な交流 具体的な研修先や研修方法は参加者の要望を聞き、現地スタッフと打ち合わせて調整します。参加者の自主性を尊重し、訪問先、研修内容をカスタマイズします。

参加費 25万円 為替の変動により変わることがあります。(ツインルーム使用の場合)

 *費用には、宿泊費(ノーフェンスホイスコーレ内短期研修施設での宿泊費、研修中の全ての食事、視察研修費、通訳費、研修に関わる交通費が含まれます)

 *日本からの航空券及びコペンハーゲンからNFHSまでの交通費は含まれません。

 *参加者の希望により個別に研修内容を変更する場合には、追加の費用を請求します。

 *研修参加には、事前研修への参加と研修費用1万円の支払いが必要です。

募集定員 10名 申込順

宿泊場所:デンマーク フュン島ボーゲンセにあるノーフェンス・ホイスコーレ内の宿泊施設

   オーデンセ駅下車 バスで40分。

参加条件

専門的な研究分野を持ち、援助実践をしている者。また、集団生活での規範を守り、研修の趣旨を理解していること。

 デンマーク受け入れ担当者 ノーフェンスホイスコーレ副校長Momoyo T Jorgensen

 このツアーは、自らの責任により自らの課題に取り組むことを目的とした体験型研修です。研修の成功は参加者自身の積極的な行動によることを理解ください。

 

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2025年6月22日 (日曜日)

20250601研修はじまる

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ノーフェンス ホイスコーレ着

マルメでお昼を買い。デンマークに入る。一度、コペンハーゲンで乗り換え、オーデンセに向かう。オーデンセ駅では研修参加者8名と合流。今回は、別にホテル組の親子が8名参加。

駅で昨年通訳でお世話になった京子さんに会う。元気を確かめる。

バスで30分。海辺の街、ボーゲンセのあるホイスコーレに着く。

気づけば、ホイスコーレに来るのは6回目。

なぜこんなに惹かれるのか。

建物でも、講義でもなく――

多分、それはここに集う「人」の力だ。

今年のメンバーは障害関係の会社。高齢者も含め、これまで福祉の支援が行き届かない分野に果敢にアプローチしている会社だ。

 

 

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早起きしてマルメから列車に乗り、イースタという街に向かう。更に、バスでアレス スティナーという海辺の丘に石が楕円形に並んだ場所に行く。風が強く、草が風になびくなかでも黙って動かない石たちが気持ちいい。  

バルト海の向こうはポーランドかな。


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2025年6月21日 (土曜日)

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エアーbandbの宿はカラフルで趣味の雑貨に溢れた部屋。楽しいけれどすこし、落ち着かない。

まあ、2泊なら雰囲気の違う部屋が多いので面白い。

お湯も出るし、ベッドもある。これだけでも最高。

 

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旅日記 20250528

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旅の記録:羽田からフランクフルト、そしてマルメへ

出発とフライト体験

5月28日、羽田からフランクフルト行きANA便に搭乗。マイルで取得したチケットながら、燃料サーチャージが10万円以上と、格安航空券とほぼ同等のコストに感じた。フライト時間はおよそ12時間。昼間の便だったため、ほとんど眠れず、気分転換に何度も立ち上がり機内を歩き回った。前方が空いている座席だったことで動きやすかったが、他の乗客が前に立つことも多かったのが少々気になった。

 

フランクフルトからコペンハーゲン、そしてマルメへ

フランクフルトでは3時間のトランジットを経て、コペンハーゲンへ。到着は午後10時過ぎで、すぐに列車に乗り国境を越えてスウェーデンのマルメへ向かう。この移動は順調で、マルメには12時前に到着。

 

宿泊先での予期せぬトラブル

徒歩圏内と聞いていたAirbnbの宿泊先へは、タクシーを利用。住所はすぐに見つかったが、部屋の鍵がない。ホストにメールで連絡するも返信が遅く、夏の夜空は明るいが冷え込みが厳しくなる。スーツケースから上着を取り出して防寒したものの、翻訳アプリでのやり取りがうまく理解できず困惑。

 

eSIMを使用していたため電話もできず、焦りながらもようやく理解した情報は、近くの店に鍵が預けてあるとのこと。その店の場所が不明だったため、近隣のホテルを探すが、セルフチェックイン形式でうまく入れず駅へ戻ることも考える。

 

最終的に地図アプリで店の場所を確認し、名前を伝えると鍵を受け取ることができた。事前確認を怠った自身のミスを痛感しながら、震える手で門を開け、無事に部屋に到着してシャワーを浴びた。

 

 

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2025年5月22日 (木曜日)

昨日もやったのに

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柴崎さんの話が面白い。

昨日もやったのに、今日もやる、意味が分からないという。

一方、昨日も電話をかけ、イヤイヤ、朝も電話をかけたのに、その、1時間後に確認の電話をかけてくる彼の行動が分からない。

毎日、僕に電話をかけて、無心する彼は、気になってしょうがない。

お金が届くまで、電話をする。

これは修行のようである。もちろん僕の。

約束は、必ず破られる。破るためにある。

しかし、時間には、正確である。

まるで、タイムキーパーのように僕は時間を管理されている。

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今年のデンマークスタディーツアーの予定です

Seminar in Denmark 2025

01/06(sun) 16.10 オーデンセ駅でのピックアップ
16.50 ノーフュンスホイスコーレ到着 (Odense 駅-NFHS バスチャーター)
オリエンテーション
18.00 Supper at NFHS


02/6 09.00 講義
Nordfyns Højskole, Momoyo T. Jørgensen
12:00 Lunch at NFHS
13.30 オーデンセ市・障がい者および精神障がい(行政)
オーデンセ市・高齢者・障がい福祉課(行政)
リーダー:Hasse Jakobsen & シニアコンサルタント:Christina Møller
14.00 行政的機能について・認定手続き・サービスの質
担当部長:Sri Sundarampillai
Ørbækvej 100, Odense
18:00 Supper at NFHS


03/06(tue) 10.00 就労支援・作業所(青少年・成人)Odense Værkstederne,
Rytterkasernen 17-19, 5000 Odense C
センター長:René Paaske Jørgensen
12:00 Lunch at Odense Værkstederne
13.00 グループホーム Sedenhus, Bjerggårdshaven 39, 5240 Odense NØ
リーダー:Kirsten Bern
18:00 Supper at NFHS

夜はキャンプファイヤー


04/06(wed) 10.30 在宅支援・チーム 5, Ungefællesskabet Rømersvej og Team 5
Rømersvej 1A, 5200 Bolbro
12:00 Lunch at Rømersvej
14.30 特別支援教育機関 STU Rismarksvej, CSV Odense, Rismarksvej 80, Odense V
リーダー:Leif Dahl Hansen
18:00 Supper at NFHS

夜は海水浴


05/06(thu) 09.00 フリー:ドイツ・フレンスブルグ -夕食はオーデンセ


06/06(fri) 09.00 小学校 Bogense skole, Gyldensteensvej 2, 5400 Bogense
校長:Søren Schlüter
12:00 Lunch
13.00 研修の振り返り・リフレクション
ファシリテーター:Momoyo
18:00 Supper at 


07/06(sat) AM 解散(Odense 駅までのチャーター)


 

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2025年4月14日 (月曜日)

予測することで相手の力を奪っているかもしれない‼️

優しさ、という行為は、どうしても先回りしてしまう。

転ばないように、失敗しないようにと先回りして手をだす。

 

手を出したり、助けたりすることが良い場合もある。

 

福祉サービスではアセスメントが大切だと言われる。状況や状態、環境やシステムをアセスメントすることで、ニーズの発見につながる。アセスメントの上手な人は、サービス提供が上手い。

その上手さが、相手の力を奪うことにも繋がると伊藤はいう。(伊藤他、「利他」とは何か)

 

先が見えるということは、効率的に動き、リスクを回避することに繋がる。

 

転ぶことから起きるリスクは、本人のためというより、支援者のためや、社会のためになるという発想はないだろうか。

 

今、困っている人がいる。

その困りは。当事者の「困り」より、色々予見してしまう家族や支援者の困りである。

どうしても、先回りして「困り」が起きないような環境を作ろうとする。

すると、当事者はますます、「困り」から遠ざかる。

 

これが、家族という特別の関係にある場合によ、より強固な相互依存関係が生まれる。

 

気が付いていても手を出してしまう、「わかっちゃいるけどやめられない」のだ。

その罠は、掛けられるというより、掛かっていることに喜びさえ感じている。

 

支援が生むこうしたジレンマをどうしたら良いのだろう。

 

「どうしたらいい」と考えることさえ、巻き込まれのシステムの一部である。

 

どうしようもないことは、そのまま、なるようになる。

 

ただ、どうなるかはコミットメントの仕方によるということ。

そこには、関わりの自由とゆらぎが存在している。

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2025年4月12日 (土曜日)

コミットメントが好きな彼がクーラーを買う

世界と繋がりを大切にする裕三さん(仮名)は、何でも首を突っ込む。

なんでも知りたがり、誰にでも質問を繰り返す。

 

お店で注文する際に、質問が多く、店員との会話がどうしても長くなる。

僕などは、店員からの細かい選択を迫られ、面倒臭いと感じるが、それ以上に、質問をするので、お店の人もめんど臭い顔をしている。

 

言葉は丁寧だが、表情はだんだん疲れ、イライラ。彼の後ろに並ぶ客も、いらいら。

 

雄三さんは、気になることが解決しないと先に進めない。

 

そんな雄三さんがエアコンを注文した。

以前、ヤマダ電機でエアコンを注文したが、配達の当日にキャンセルしたことがあった。

色々考えたら、やめたくなった。

いる色質問したいのに、電話で優しく聞いてくれなかったので、いやになったらしい。

 

ジャパねっとは親切だ。

 

見積もりを送ってきた。

取り扱い説明書を送ってきた。

電話でも丁寧に応対してくれる。

 

電話対応は慣れている。わかっているね、ジャパネットさん。

 

これから、検討に検討を重ね、他の問題を乗り越え、お風呂に入り、山に登り、病院に行きながら、考える。

 

この前、カバンを買った時は、1年かかった。

 お付き合いをよろしくお願いします。

 

 

 

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彼女は僕を見ていた

街のレストランでお昼を食べていた。

一人だったのでカウンターに通された。

食事も終わり本を読んでいたら、レジで女性が揉めている。

店員の声は聞こえないが、女性の声だけが聞こえる。

「もうやめて」「帰りたい」

という声だけが聞こえる。

近くには女子会のグループやママ友たちが大勢食事をしている。多分その声は聞こえているのだろうが、聞こえないかのようにおしゃべりを楽しそうにしている。

「いやだー」という悲鳴は続き、レジを待つ人の黙って後ろに並んでいる。

こうした、コミットしないで「待つ」ことや「何もないようにする」人たちの忍耐には感心する。

僕は、経緯に耳を傾けるが、何が問題となっているのかはわからない。

女性はだんだん、悲しくなり、身体をゆすり、落ち着かなくなっている。そろそろ我慢の限界になってきているのか。

なんとなく、近寄って行って、声をかけようと考えた。そうしてもいいように感じた。

この辺の感じは、直感として、そうしない方がいいという場合と、「してもいい」という場合がある。

今回は、僕に助けを求めていると一方的に感じた。

声をかけた「どうしたんですか」

定員がそれに応えた。女性は、黙っている。

トラブルの内容を理解した。

ポイントは、順番だった。

拘りのある女性と、こだわりのある店員のミスマッチが問題を拗らせていた。

要は、コミットすればいい。しかし、店にいる誰も、その女性にコミットしない。

そこには、「書いてあることを見てください」、「手順にしたがい進んでください」、「わからなければ、スマホで調べてください」という定石のような文言が浮かぶ。

女性には、自分の手順があるので、店の手順が理解できない。

では、どうすればいいのか?

すこし、深く関わればいいだけである。

僕が子供の頃は、おっせかいなおばさんや、おじさんが大勢いた。

お節介の人は、深く関わり、問題を解決する。お節介すぎてめんどくさい面もあるが、問題を中心に見れば、結果としては前に進む。

前に進むためには、マニュアルとは違う関わりが重要となる。

 

じゃあ、これをこうして、これでいいですね。

 

それで解決。

だって、お金を払うだけだもの。

 

 

 

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2025年4月10日 (木曜日)

救われたい

その本はこの言葉で始まる。

救われたいのは、誰か?

私が救われたいのか。または、疑問文なのか?

本のページを開いた時、救われたい人から電話が入った。

バカバカ、死んでしまえ。

と、彼はいう。

ということは、救われたいということだろうか?

その後、大きな声をあげ、壁を叩く音。

つまり、元気だということだ。

電話が切れる。

言いたいことは言ったのだろう。

しばらくして、ベルがなる。

さっきはごめんなさいと、いう。

やっと落ち着いたようだ。

不幸でも生きていきたいということだろうか?


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2025年3月31日 (月曜日)

裕次郎

大学時代の話になった。

これまで、何年もいろいろな話題を持ってきたから、どれも反撃された。

今回もかと思ったが、意外に同じ大学の有名人から、裕次郎に、そして、浩二になって、見たことあるわよと、初めて関心ある反応。

そこから、靴磨きの歌まで飛び出した。

何がきっかけになるかわからないね。

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2025年3月 3日 (月曜日)

母の葬儀

それは急にやってきた。

覚悟はしていたが、突然に襲ってくるものだ。

 

次は、自分だろうと感じた。

 

まず考えたことは、どこで葬儀をするかだ。

田舎から、僕の自宅の近くの病院に移ってきた。

 

住民票は移動していない。

かといって、田舎との付き合いも薄くなっている。

 

「こちらで」とも考えていたが、前日になり、田舎に行こうとなった。

それは、「なった」という感じである。

考えて決めたというより、それがいいだろうと妻の表情から感じた。

 

車が迎えにきた。

高齢の運転手が二人。高速を走ってきた。途中で休憩をして2時間以上かけてやってきた。

打ち合わせも少なく、今日のこころは・・・と、決まった。

何が決まったのか、わからないまま、「とりあえず」運ばれていった。

 

田舎では、火葬の後、葬儀になる。

今回は、葬儀の後火葬となる。(次回はくるのだろうか)

 

葬儀には、個人のきょうだいが集まった。

僕は、喪主として挨拶をした。

 

母は、このような見送りを希望していたのだろうか。

わからない。

わからないまま、次々にもの事が決まっていた。

 

あれこれを「どうするか」は、すぐに決めなくても、時間が経つと決まっていく。

世界のできことも同様に、変化している。

 

変化しなくなった人だけが黙っている。

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2025年2月20日 (木曜日)

プロセスワーク

彼は会社で迫害されている被害者だと言う。同時に家の中で、家族を攻撃する。

さて、犠牲者はどっちだろう。

ミンデルは、この両方のプロセスが布置されており迫害者であると同時に犠牲者だと言う。

だから、現象に同一化したり自分の一側面だと考えるのは困難だ。

母親と息子の関係が強く、相互に依存している。

関係を変えたいと足掻いていても、どこかでは、関係から利益を得ていることに満足している。

関係を変えることを自らの力ではできない。そのことに無意識に気づいている。

関係を変えるのではなく、環境を変えようと行動する。

一見、突飛な行動に見えるが、確かに、そも行動により関係は劇的に変わる。

すると、変化を進めてきた周りの人が、抑えようとする。

変わった状態の不安定化を耐えられない。

もはや、誰の問題なのかわからない状態である。

こうした時、偶然か起きる。

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2025年1月 5日 (日曜日)

80年ぶり

sさんは、30年以上精神科に入院していた。妻と離婚し子どもとも生き別れた。

北海道の原野で何度も死のうとしたが、それもできず、東京の病院に戻って来た。

僕と知り合ったのは、病院から出て、団地に住み始めた時だ。役所に相談に行き社会に出てから、親身に相談できる人を探していた。

それから20年近く過ぎ、施設で暮らすようになり85になった。

いつもの口癖は、5歳で別れた子どものことだった。会いたいけど、合わせる顔がない。あんな酷いことをした俺は絶対に許されない。

そう言いながらも、戸籍を取り、九州に住んでいるらしい調べていた。

その子が、孫を連れて会いに来た。

80面前に別れた小さな子は、孫が二人。みんな女の子だ。

なんて言っていいかわからないから、黙って話を聞いていたよ。

でもね。俺に似ているのかな。

似てないといいなって思っていたんだけど、どうだろう。

そう嬉しそうに話してくれた。

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2024年12月31日 (火曜日)

大晦日

は羽田空港に来ている。出迎え。どこにも行かない。来る人を待つのも楽しい。

どこかに行くのは、結構なストレス。それなのに、出かけたくなるのはなぜなのだろう。

何かを期待している。ほとんどの場合、何も無い。というか、何があってもすぐに忘れる。

思い出というが、忘れても思い出だろうか。

たぶん。忘れたけれど、何かヒリヒリしたものは感じていた、気がする。

それでもいい。

止まってしまうのが怖い。

止まると。もう動けない気がする。

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2024年11月 2日 (土曜日)

2024デンマークツアーその1

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今年の7人。

出発前の熱量は一番高かった。

ラインが毎日更新され、情報量だけは多かったことは想像できる。

しかし、終発当日。飛行機が欠航になり、乗り換え便も着かない。羽田で14時間、北京で7時間待たされ、くたくたになりデンマークに着く。

僕らのツアーは、現地集合。

グループは四つ。

5人グループ1と個人が3。

最大のグループに災難が襲う。

分単位で計画していたスケジュールが全てダメになる。

ホテルはキャンセル、列車の予約もキャンセル。

集合場所まで直行するが、チャーターしていたバスの尾間に合わず、当然、夕食にも間に合わず。

夕食でするはずのスピーチもできず、夜10時過ぎにホイスコーレに到着。

その頃、先着組は、美味しい夕食を済ませ、日暮れの時間を楽しんでいた。

 

 

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デンマークスタディツアー

第5回のツアーが無事終了した。

いろいろなアクシデントがあった。それを乗り換え、皆、成長した。たぶん。

なんで、デンマークなの?

それは、参加者一人一人に問われた質問だった。

僕の答えは、新しい出会いた希望のためかな。


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2024年9月10日 (火曜日)

病院から出る

なんだかいつも誰かに見られているような、それでいて、寂しさが肌にチクチクささる病院から出て行けと白い汚れた服を着ている相談員が言う。

彼女、足早に歩く若くおとなしいドクターに敬語を使わずに、早口で説明する。ドクターは、下を向いて、目で、それでいいと合図する。

その頼りない顎の動きで、私は冷たいご飯しか出ない病院から出て行くことになった。

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2024年9月 8日 (日曜日)

小さな町で過ごす

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小さな街に1週間いた。

毎日、同じ通りを歩き、同じ川を眺めていた。

街はともかく、川を眺めていても飽きることがない。

多分、同じように見えて、それが、同じではないからだろうと思う。

 

川を見ながら、ボーと祈っていた。

その祈りは、叶わない。川が流れるように、僕の祈りもどんどん下流に流れてしまう。

 

それでいいのだと感じた。

僕の祈りは

水の中に吸い込まれ、それは水に溶け込み、川の一部になった。

いずれ、僕もそうなると感じる。

 

 

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本人

役所の人と電話で話をする。

本人でないと情報を伝えられないという。

本人であることを、「電話」でどのように確認するのか?

本人を名乗り不正に情報を請求人がいるかもしれない?本人に危害を加える恐れのある人かもしれない。と、請求できない説明をする。

 

そんなことを言うのら、直接、本人と名乗る人が目の前に現れても、それが本人であるという証拠をどのように示したらいいのだろうか。

 

そんなことを考えながら椎名麟三の「私の聖書物語」を読んでいた。

キリストが復活し 弟子の前に現れた時。

キリストは、「私だ」と弟子に言った。

でも、弟子がそれを信じるかどうか、キリストは不安になり、「私に触れ」といい、魚まで食べてみせた。

 

死んでしまったキリストが現れた訳だからい方がないが、「滑稽だ」と椎名はいう。

そこに「ほんとう」の難しさがある。

「ほんとう」を本当に説明する場合、それは「本当に本当です」と言う、そして、「いやいや 本当に、本当に 本当なんです」という。

「ほんとう」を証明しようとすると、それは「ほんとう」でないようになる。

 

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2024年8月20日 (火曜日)

ルアンバパーンに来ている

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ラオスにはじめて来た。

ミャンマーは陸路で入国したことがある。

ノーンカーイに来たが川を渡らなかった。

ラオスは雨季だ。

どんよりした雲が留まっている。

子どもたちの笑顔が咲いている。

 

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2024年8月 9日 (金曜日)

ないという意味

存在とは、あるという認知から始まる。

その人がそこにいるのは明らかであっても、その人の事を知る人がいない場合は、いないと言うことになる。

僕は知っています。

と言う人が沢山いても、それを証明することができない場合は、いないど同様になる。

本人であるという証明は、普通、本人がする。

しかし、本人がなくなっている場合、しかも、生きている時、本人ですと証明できていない場合は、その人が本人であると証明できない。

ああ、確かに、ここに死んでいるのは私ですとは言えない。

こうなると、私は私ですと、社会が認める仕組みはあるが、それで、その人は確かにその人であるとは証明できない。

細胞も、毎日生まれそして分解されており、昨日の私は、今日の、わたしとは違っている。

1年もたつと全然違う私になっている。

さて、私の中の変わらない私は、どこにあるのだろう。

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2024年8月 2日 (金曜日)

空間のゆとり

広い空間なら、海の上や山の頂上である。

何キロも先まで見渡せる場所に立つと自分お小ささを自覚する。

海の上をカヌーで移動するのが好きだ。

自分の位置を空から見下ろすような感覚がある。

自分が見られている感覚。小さな点となり、地図に張り付いているような感覚。

 

先日、池袋の劇場で芝居を見た。

2階席から舞台を見下ろす。

そこで演じる役者の大きさ、伸びやかさが 

内面の世界を見せてくれる。

あの、空間がどうしても必要だ。

何もない暗闇に語りかけるには

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2024年7月10日 (水曜日)

名前

Img_4808プナンは、死んだ後、名前が変わる。変えるのではなく、名前が向こうの方からやってきて、一族の名前も変えてしまうという。

僕の名前な何だろう。

ふと忘れてしまう。

それは、書類に書かれた名前ではなく、向こうからやってくるであろう名前のこと。

それは、僕に強い影響は与えることはない。

ただ、やってきて、過ぎ去って行く。

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2024年6月25日 (火曜日)

一番好きな窓

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信州の共働学舎真木に行った。

山道を登り、集落につく。

茅葺の古民家に寝転がると、窓の外に緑の世界が広がる。

黒い額縁と緑のコントラストが素敵なこの窓が一番好きだ。

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翌日は大雨。

雨が上がると白馬が目の前に広がる。

来年の来ることができるだろうか。

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2024年6月10日 (月曜日)

テニアン島

髙橋源一郎の「DJヒロヒト」を読んでいる。

南洋の話が出てくる。

突然、テニアン島で終戦を迎え、そのまま島に残り、床屋をしていたJKさんを思い出した。

彼は、いつも寂しそうにしていた。

そして僕に、南洋の歌を教えてくれた。

歌を歌っている時の彼の瞳は、テニアン島の崖から深い緑の海原を見ているように潤んでいた。

何があったんですかと聞いたことがある。

それには答えず、「忘れたね」と言っていた。

僕は、マンドリンで、その歌のメロディーを弾いた。

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2024年5月23日 (木曜日)

もう後悔しない

駅を降りたから家に帰る道。

これまでの人生の中で、後悔したことばかりを思い出した。

急に浮かんできた。

どんどん浮かんでくる。ほとんど後悔ばかりの人生だったと、なんだか悲観した気分にしたる。

でも、それをしなかったら、あれができなかった。

つまり、みんな今に繋がっているとすこしホッとした気分になる。

 

1番の後悔は、若い時、中学生時代、もっと勉強をしておけばよかったということ。

これが、今の生活に大きく影響している。

 

なんだか悲しい気分になり、目を挙げると、いつもの道の先に、キッチンカーが止まっていた。

ここには、何もなかったのに、夢のように綺麗な女性が僕を見ていた。

その眼差しに吸い込まれるように、キッチンカーの前に進んでしまった。

 

パウンドケーキを売っていた。

 

もちろん、後悔しないように、購入。

そばにいた、おばさんにも、「もうすぐ閉まりますよ。今買わないと後悔しますよ」と宣伝した。

 

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2024年5月18日 (土曜日)

良雄さん

良雄さんは、玄関横の郵便受けにある小さな蓋をなんどもバタバタさせる。

バタバタバタバタ。少し休んで、また、バタバタバタバタ。

部屋の中には、娘がじっとその音を聞いている。

良雄さんさんが帰ってきたという音である。

 

娘はもう、10年近く外に出ていない。

家にヘルパーがくるようになり、ドンドンと扉を叩く音と区別するための合図である。

しかし、この作業を良雄さんは楽しんでいた。

鍵を持っているので、静かに扉を開けて、いつものように部屋に入ることもできるのに、パタパタパタは自分が帰ってきたサインである。

 

良雄さんと知り合ったのは、社協の紹介だ。

末期癌の良雄さんの心情面と経済的な支援が必要になった。

良雄さんは、しっかりしていたが、動くのが辛くなっていた。

 

社協での顔合わせの日、良雄さんの家まで迎えに行った。

外出用の洋服に着替え、歩きやすい靴を履き、近くの集会所まで歩いた。

僕は、後ろからついていく。

一歩一歩、良雄さんの確かな歩みは、彼の人生のように感じられた。

 

「どんなことをしてもらいたいですか」

社協の職員が聞く。

「それは決まっています。できないことをお願いします。でも、今はそんなに多くはありません」

僕は、「はい」と答えた。

 

それから1週間後、良雄さんの家を訪ねた。

玄関横の郵便受けの小さな扉を小さな音で2回鳴らしてから、声をかける。

良雄さんは、玄関の横で座って待っていた。

その場所が、良雄さんの定位置だ。

 

1週間前とは違い、積極的に自分の話をする良雄さん。

自分がもうすぐ死を迎えること。

自分には信じるものがあるから怖くはない。

一人娘が家に閉じこもり社会に出られない。そのことだけが心配。

娘の応援隊を結成しているので、その隊員になってほしい。

良雄さんは、真剣に語り、僕は黙って聞いていた。

 

2週間後、良雄さんの玄関横の郵便受けの蓋を小さくパタパタパタ。

良雄さんの調子は良いことを確認して話を始める。

今日は、僕の話をする。

父親が良雄さんと同じ大正生まれであること。母親が面白い人であること。妻と子どものこと。

YMCA時代に教会にいっていたことなど。

 

良雄さんが一番関心を寄せたのは、信仰のことだった。

 

良雄さんは、娘の話をはじめた。

娘に何か残してあげたい。しかし、何を残することができるかわからない。

と言った。

 

それから、3週間が過ぎた。

僕は、玄関横の郵便受けの蓋を2回バタバタさせた。

良雄さんはいつもの場所でいつもに格好で座っていた。

「良雄さん。ビデをはどうでしょう?」

僕は、映像制作を習っていたので、ビデオを撮り、それを残すことを提案した。

良雄さんは、「それでお願いします」と言った。

そんな提案が出てくることを知っていたように。

「あの子に、見せてください。『元気に生きていきなさい』と言っていたと、

そう言ってください」と良雄さんは言った。

 

1週間後、僕は小さなビデオカメラを持ち良雄さんの家に向かった。

それから、良雄さんとの人生教室が始まった。

良雄さんが語り、僕が聴く。

良雄さんは、回を重ねるに従い、過去の想い出を鮮明に語る。

僕は、父親の話を聞くように、良雄さんの話に耳を傾けた。

 

ある時、良雄さんにこう聞いてみた。

「良雄さん。これまでの人生で、いつが一番思い出に残り、いつが一番楽しかったですか」

僕は、よく話に登場する奥様との思い出や、娘との会話などを想像して待っていた。

良雄さんは、「今です、今が一番大切です。今です」と、キッパリ言った。

 

ある時、いつもの場所に座っている良雄さんの足元にお菓子の缶が置かれていた。

「これ缶には、何が入っているんですか」と僕が聞くと、

良雄さんは、「開けてごらん」と、笑顔で言う。

年季の入った缶の蓋を開けると、写真が沢山出てきた。

 

学生時代の坊主頭の良雄さん。軍服姿の良雄さん。新婚時代の良雄さん。会社の同僚と記念写真におさまる良雄さん。

写っている場所や表情は違っているが、みんな今の良雄さんと同じ雰囲気がある。

良雄さんは、まったく変わっていない。

どこにいても、何をしていても良雄さんの中心にあるものは動いていない。

そのことを聞いてみた。

 

良雄さんは、毎日毎日「一生懸命生きてきたからね。ただ、夢中だった」と云い、

奥様と知り合った頃の話をー続けた。

 

ある日、良雄さんから、病院に一緒に行ってほしいと頼まれた。

これから、痛みが強くなる。その場合に入院する病院を探すことになる。

今日は、その話があるから一緒に聞いてほしい。

と言われた。

 

主治医の話をじいっと聴き、自分の意見を言う良雄さん。

ときどき、僕の顔をチラッと覗き込む。

「これでいいよね」、と言っているような気がする。

 

病院からの帰り、

「今日はよかった」と良雄さんはほっとした様子だった。

 

入院する予定の病院の入院前面談に付き添う。

緩和病院。

病院の相談員から、病院の特徴と入院中の生活、治療に関する話を聞く。

「主治医からの指示があったときに入院できますが、すぐに入院できるわけではありません。

変化があれば、相談してください」と言われた。

「いつ、入院するかは、自分でわかります」と答えていた。

 

病院からの帰り、甘いものが食べたいとファミレスによる。

コーヒーとケーキを一緒に食べる。

20年前に亡くなった父親といるような気分になる。

良雄さんも楽しそうに話をしている。

 

娘へのメッセージビデオをだいぶできた。

良雄さんの人生授業は、だんだん哲学的な命題になっていた。

最初に聞いた質問をもう一度してみる。

「良雄さん。人生で一番充実していた時はいつですか」

「今です。あなたと出会って、こうして話をしている瞬間が一番充実しています」

と即答。

そして、「ありがとう」

と、良雄さんは言った。

 

8日後、その日が来た。

ケアマネから連絡があり、「かなり苦しそうなのでどうしますか」と聞かれる

病院に電話する。

まだ、頑張れるとは思いますが、介護する人もいないので入院をお願いしたいと伝える。

 

二日後、病院を訪れる。

良雄さんはベッドで落ち着いている。

楽になった様子があり、このまま退院できそうな状態にみえる。

僕は、来週から1週間ほど旅行する予定があった。

良雄さんに「10日ほど留守にしますが、また来ますから、その時に話の続きを聞かせてください」

とお願いする。

「わかりました、がんばります」と良雄さんは応える。

 

10日後。病院に行く。

僕を見て良雄さんは、

「待っていました。よく来てくれましたね。生きてましたよ」と僕の目を見て言った。

 僕が恥ずかしくなるくらいの笑顔だった。

 

葬儀は教会で行った。

牧師は、病院まで来てくれ、祈祷してくれた。

教会の長老であり、教会の建設にも大きく関わった良雄さんを慕う教会員と葬儀の打ち合わせをしていた。

 

良雄さんとの想い出を語る教会員の話は、良雄さんの別の人生物語だった。

讃美歌285番を歌い、良雄さんを見送った。

 

教会からの帰り、良雄さんの家に立ち寄った。

玄関脇の郵便受けの小さな蓋を何回もパタパタと鳴らした。

 

 

 

 

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2024年5月13日 (月曜日)

デンマークへ

6月、参加者が集まらず延期になっていた第5回スタディツアーが10月に開催の運びになりました。まだ、参加者を若干募集してますので、希望者はお早めに。

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2024年4月29日 (月曜日)

死後事務

成年被後見人が亡くなった後の事務について『死後事務』と呼ぶ事がある。

あくまでカッコ付きの仕事であり、仕事ですらないのかもしれない。

しかし、人が亡くなると、社会との清算が生まれるから、誰かがそれをする事が求められる。

長い間、人が亡くなると後の清算は、家族がそれをおこなってきた。社会も家族以外が行うことを想定しいていなかった。

しかし、社会そのもののかたち、システムがすっかり変わってしまた。

家族と繋がりをもたない人でも、社会から消えることはできないので、いろいろな清算が求められる。

それを、行政が最終的には引き受けるのだが、行政だって、なるべく仕事を引き受けたくないから、成年後見人等がすることになったりする。

そこで問題になるのは、ソーシャルワーカー、社会福祉士の特質である。

対人援助を仕事というのは、クライエントの心情を取り扱う仕事であるから。クライアントと共鳴することもスキルの一つになる。

 

当然、クライエントが亡くなると、心情の取り扱いにができなくなり、私の気持ちが前に出る。

他人の「問題」は、私のやりがいになる。

これは、性(さが)のようなものだと思っている。

この気持ちが全くないソーシャルワーカーは困ったものだし、ありすぎても困る。

心の取り扱いは難しい。

その難しさは、対象の喪失からくるものだと思う。

話が全く返ってこないクライアントでも、そこにいることでバランスが取れていた。

その人がいなくなってしまったら、自分だけにそのパワーを向けることになる。

 

この辺の力加減もだんだん上手くできるようになる。

危機的状況に対応する仕事、人の死を扱う仕事、災害時の仕事などは、対象との距離の取り方がうまくできる事がプロである。

でも、バランスを崩した関係の中にこそ人間性が出るから、ことはそう簡単にはいかない。

 

 

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2024年4月12日 (金曜日)

デンマークスタディツアーの日程が変わりました

幸福の国デンマークの福祉・医療・教育システムから自の実践を振り返る2024年第5回デンマーク・スタディー・ツアーが

2024年10月27日(8日)〜11月2日(土)に変更になりました。

現在、参加者を募集しております。

案内

世界一幸福な国デンマークの暮らし方から学ぶ

日本の政治・経済・福祉・医療・教育などのシステムに疑問を持っている人は多くいると思います。では、世界一幸福な国デンマークではどのような法律を作り、福祉・医療・教育に取り組んでいるのだろうか。そこには、民主的・合理的・自主的な社会システムがあります。

 このスタディーツアーでは、様々な福祉・医療・教育現場の専門家のお話を聞くだけではなく、自らの実践や研究を深めること、対話すること、実践を発表すること、多様な文化・人との交流を促進することにも力を入れます。大人のためのワクワクするような一週間です。あなたの人生にとって大きな刺激になる体験が待っています。ヒュゲの国デンマークでサウナに入り、ロウソクの灯りを見つめ人生を語り合いませんか。

プログラ

施設見学及びホイスコーレの学生と交流

見学・講義はデンマーク第2の島、フェン島北部のボーゲンセのホイスコーレを近郊の学校・行政機関・施設を訪問します。また、見学先、講義内容、対話・交流は参加者の希望を受けてから調整します。特に、今回のツアーでは、講義研修よりも対話研修を取り入れることや、事前学習に力を入れることを予定しています。2023年までの実績は、ボランティアセンター、小学校、地域行政機関、市民宅訪問、福祉施設(高齢者・障がい者)、ガン協会、ジョブセンター、高齢者協会、エコビレッジ、LGBT協会、家庭医、教会(牧師)、行政ソーシャルワーカー、補助具センター、難民支援NGO、パーソナルヘルパー及び障がい者が暮らす自宅訪問、フリースクール、青少年進学・進路メンター、ソーシャルワーカー養成大学など多彩な施設(機関)の訪問及び専門家と交流を持ってきました。

宿泊

宿泊は、デンマーク独特の成人学校「Folke Højskole(フォルケ・ホイスコーレ、通称「国民高等学校」N F H S)の宿泊施設で行います。フォルケ・ホイスコーレは政府の認可を受け、3カ月から6カ月を1タ-ムとして学生を受け入れている体験と相互交流・自己覚知を進める取り組みを行なっている大人のための学校です。そこには、デンマーク人、知的障がいを持つデンマーク人、ヨーロッパ・アジア・アフリカ諸国等、世界各国からの学生が生活を共にしながら学んでいます。NFHSでの生活は、デンマーク文化を肌で感じることはもちろんのこと、多様な文化に触れることができます。希望によっては、NFHSの授業にも参加できます。言語は、英語及びデンマーク語です。

  • 事前研修:スタディツアーでは、事前研修を行います。これまでの研修は、①デンマークの政治・行政制度を理解する。②デンマークの教育制度を学ぶ③デンマークの障害者支援を学ぶ④フォルケ・ホイスコーレの実践を知る(DVD)⑤オープンダイアローグから対話支援を考える⑥ペタゴーとは何か⑦デンマークの成年後見制度はどうなっているのか⑧バンク・ミケルセンから学ぶ⑨デンマークの行政制度及び貧困と平等、合理性を考えるなどです。*参加費無料。講義形式ではなく、課題論文の読み込み対話形式で行います。また、研修中に参加者の実践及び研究発表を行い、研修中にNFHSの学生との交流も実施しました。

    申込/問い合わせ先

       コーディネーター 齋藤弘昭(福まね代表)

       Eメール fukumane@gmail.com  携帯電話090−9326−4663

    オリエンテーション

    2024年4月28日(日曜日)午後7時より Z O O M

    デンマークスタディツアーのオリエンテーションを開催します。

    当日、今年度のツアーの様子を撮影したビデオの上映、デンマークの福祉についての講義、スタディーツアーに関する質疑応答を予定しております。

    Z O O Mアドレス I D490 982 5857  パスコード 428584

 

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2024年4月 6日 (土曜日)

学舎と50年

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共働学舎の50年記念報告会に参加した。

明日館にはじめた来てから40年。

楽しい、充実した人生だったし、まだ、続いていることを感謝します。

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2024年2月17日 (土曜日)

悲しい話

その人は自由人です。

羨ましくなるくらい。

時間だって、自分の時間感覚を持っています。ときどき、長くなったり、短くなったり、相対的に動くようです。

カバンも、ドラえもんのように、いろいろなものが出てきます。沢山ありすぎて、奥が深すぎて、人が一人入るくらい。ときどき、寝たくなるくらい、気持ちよく、広いです。

決めた事は、もちろん、変えます。変えた事は覚えてません。

そんなことより、もっと大切なことがあるからです。

それを問題だと偉い人は言いますが、偉い人は不自由です。

羨ましいから、レッテルを貼って安心してます。そんなことしてもちっとも自由になりません。

悲しくなくだけです。


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2024年2月 8日 (木曜日)

それは初めからわかっていた

zoomでの会話、一般的な対話も、話をする前から、受け入れられるか拒否的に受け取られるかは決まっている。

内容ではなく、私が受け入れられているかどうかという感覚である。

大丈夫。今日は大丈夫だいう時は、合意されることが多い。なんとなくアウェーだと感じる時には、場にそぐわない話をする。

そうする自由はあるのだから問題ない。

嫌われる選択をしたいのではない。むしろ好かれたい気持ちが多いにも関わらず、アウェーの発言をしてしまう。

そんなこと別の場で、注釈入れて言っても誤解されそうなことをzoomで言っても理解されない。

この余計感覚は、なんだろう。

ゲームなのだろうか?

ここから報酬を得ているのか?


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2024年2月 4日 (日曜日)

変わらないことを確認すること

クライエントを訪問する。

何か変わったことがあれば、その対応をする。

しかし、ほとんど変わらない。

だから、変わらないことを確認しに行く。

 

困ったことを解決すると感謝される。

困ったことがなければ、何もしない。

何もしなくていいことをしに行く。

今回も、何もしなくてよかったねといい、感謝されないことを喜ぶ。

 

笑顔で話ができると嬉しい。

でも、いつも笑顔でいる訳でもなく、普通の顔をしている。

普通の顔って、すこし怖い顔だったりする。

今月も、少し怖い顔ができるように普通でいるみたい。

 

またくるねという。

またきてねと言われる。

 

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2024年2月 3日 (土曜日)

本当という現実を見ないようにしている僕は、

障害を持っている人が、自分らしく、我儘でいることは問題なのか?

問題ではないはずだ。

しかし、支援(援助)を他者から受けないと生活できないのなら、支援者に感謝していると感じてもらう必要がある。

少なくとも、攻撃的ではいけない。

 

支援している人も、たとえ仕事であっても、感謝されることを期待する。

自分の期待値と違う反応をされた場合、嫌な気分になる。

それを、専門的に解釈できない場合、傷つく。

 

支援者が傷つきやすい感情(情動)を内包している場合には、ストレスは大きくなり

仕事を続けられなくなる。

 

それは、支援者の問題であっても、サービスを受ける側の問題だと認識される。

いわゆる「問題のクライエント」とレッテルが貼られる。

レッテルを貼ることで、援助者側は気持ちが軽くなる。

しかし、問題は無くならない。

 

だって、それは、あなたの問題であり、その問題は何ら解決していないのだから。

 

 初めの問いに戻る。

 

我儘でいることはいけないことか。

 

生活のほとんどを援助(支援)されることで成り立っている場合、プライベートな部分はすごく少ない。

「あーふじゃけんじゃない」 と言いたい気分のを抑えることができず、言葉にすることはイケナイことなのか。

そんなことはないってことは知っている。

 

それでも、いい人であることを、よい障がい者であることを期待される?

期待されると、反発したくなる。

 

しかし、「ふざけんじゃない」と言わるほうは、いい気分はしない。

 

その言葉は、対人関係ではあまり聞こえない言葉だからだ。

聞こえてくるとしたら、とっても怖い場所だ。

 

僕たちが普段対話している関係では、直接、相手を傷つけるような物言いをしない。

 

どんなに黒い気持ちがあっても、言葉は「ありがとう」に変わる。

つまり、嘘をついている。

 

それは、使い分けているからだ。

使い分けができない人の言葉は、僕の胸に刺さる。

 

それは、本当が入っているからだ。

本当は恐ろしい。

見えているのに見ないふりをしている僕にとっては、「本当」を見ないふりをしていることがバレてしまう。

 

見ないふりをしているとそれはナイのと同じだと思っている。しかし、それはある。

その、本当の言葉が、僕を襲ってくる。

その言葉に怯えるのは、その言葉の意味ではなく、「僕が嘘をついて生きている」ことを暴かれてしまうからである。

 

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2024年1月29日 (月曜日)

あれから15年

50を超えて大学院に入学した。

入学を祝うパーティで、学生から教授と間違われた。

年だけは同じだったから。

顔はもっと年季が入っている。

 

学生になることの楽しさを満喫した。

他の大学へも聴講に行った。

いろいろな学会へも参加した。

 

初めてという体験はいくつになっても楽しい。

 

2011年震災の前の日の卒業した。

2011年は4月から毎月、東北に行った。

 

2012年から、しばらくも登っていなかった信州の真木を尋ねるようになった。

 

2013年からネパールに行くようになった。

 

2013年から若い時世話になったデレクターを訪ね

妙高にスキーに行くようになった。

 

2016年から西表島に行くようになった。

 

2017年からデンマークに行くようになった。

 

そして、いまも続いている。

何かを探しているみたいだけど、何も見つからない。

見つからないから、また、出かける。

 

僕は毎日クライエントに会いに行く。

行くことで、何かが起きるかもしれない。

 

 

 

 

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2024年1月17日 (水曜日)

親離れできない

親離れできないというテーマの番組をテレビで流していた。

「そういう人がいるよね」と 独り言を言っていたら、少年が

お父さんは、親が死んでも 親離れできないよね

と言った。

 

僕は、父親や母親のことをしばしが語っている。

父親や母親の影響を、今も受けている

 

引きずっていることも多い。

 

少年には親離れしてほしいと、願っている。

少年の方は、それができないけれど、親離れしたいという気持ちを持っていることがわかった。

 

そんな風に感じているんだね。

 

 

 

 

 

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見られていないことの安心

相変わらずアクセスが少ない。

そもそも記事が少なく、書いている内容も一般的でないのだから、そうだろうと思う。

誰にも見られていないのにも関わらず書き続けていることの意味ってなんだろう。

 

見てほしいというより、今日も生きているということを自分で確認するために書いているような気もする。

 

その意味では、見られていないことの安心感がある。

 

それでも、仕事を一緒にする人が、僕のことをチェックするためにアクセスしたりしている。

事前に確認なんかしてほしくはないけど。

 

見られることがないと言えば、ビデオを撮影するようになった。

これも、誰にも見られることがない。

それでもビデオを撮ることは、僕いとっては大きな意味を持つ。

 

やはり、何かを確認するため。とくに、自分のどうしようもなさを確認することになる。

 

だから、誰にも見られないことで よかったと安心する。

 

一方、誰かに見られるビデオの作成に取り掛かっている。

これは、見られることを前提にしているので、フレームがしっかりしている。

事前チェックを何度も行う。

もはや、僕の作品ではない。

 

これは見られても安心だ。

僕が暗黒面が出ていないからね。

 

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2024年1月15日 (月曜日)

言葉が多くなることについて

話を聞く仕事をしている。

これは、仕事の話である。

仕事とは、それでお金をもらっているということ。

そこには、役割や責任が伴い、それなりのルールが存在する。

ルールの前提として、関係性のあり方、距離、システムがある。

 

そうした前提の中に、話す人と聞く人の関係がある。

聞くということは受け身ではない。むしろアクティブな行為である。

意識をそこに向けなくては、聞けない。

その点、僕の意識は内面の反応に向かっている。

 

君ちが先に反応する。

感情が動き出し、止まらない。

頭の中がぐるぐる回る。

 

黙っていられない。

もちろん適切な言葉掛けは存在するが、言いたくて仕方がないという気気持が優っている。

 

会話が終わってから、話の99%が、言わないほうが良かったという感情が襲ってくる。

 

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2024年1月 9日 (火曜日)

散歩

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散歩した。

大きな家の壁に、蔦がからまわっていた。

色々な形に見えるので、写真に撮ってみた。

じっくりと見ると、初めに見ていた所とは別の部分が気になる。

部分は全体になり、そこ以外の世界は見えない。

ぼーと歩いてた。

何日か経って、この前、どこどこ歩いていたでしょうと、言われた。

僕は、世界より、道の模様が気になり全く気がつかなかった。

すでに僕は地図のように地面に溶け込んでいたのでしょう。

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デンマークの福祉と教育、医療、社会のシステムを学ぶツアー

デンマークスタディツアーの参加者が集まらない。

主催者が言うのもなんだが。いいツアーである。

僕の所属する団体の各地の事務局に案内を送った。ただ、なんの反応もない。

これは、予想していたことだったが、かなりのショック。

名もない個人からの案内の取り扱いなので、無視された可能性が高いとは思うが、

でも。いい企画なんです。

と、ぶつぶつ頭の中でつぶやく。

ここだけのはなし、ほんとに、楽しいツアーなんです。

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普通について

し自分では普通に生活していると思っている。しかし、他人からは、さうではないと思われる事もおおい。

何が普通かは、みな違う。その事は分かっているのに、僕の普通に傷つく人がいるという。

僕の普通は、意識的な行動ではないから余計にややこしい。

そうだとしても、他人が傷つくとしたら、そうしない選択を選ぶ。

ほんとうと普通には手を焼く。

そんなものはどこにもないのに、無いからこそ、大きな影響を受けてしまう。

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2024年1月 5日 (金曜日)

歩いた

いいつも車で訪問する施設に歩いて行った。

48分かかった。

車でも20分はかかるから、意外に近いと感じた。

初めて見る公園があった。綺麗な赤い花が咲いていた。坂道を父親がベビーカーを押していた。

歩ける自分を発見した。

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2024年1月 4日 (木曜日)

職員が待っている辰さん

特養に入居している辰さん〔仮名〕の車椅子を押して初詣に、行った。

施設の屋上に特設の神社を拵え、おみくじをひいた。

中吉、待ち人来らず。

辰さんは誰を待っているのだろう。もう、100年も待っている。

鈴を鳴らし、辰さんの代わりに手を合わせると。やってきた人がいる。

この人を待っていたのか。

それを聞こうとすると、彼から、声が掛かる。辰さん 明けましておめでとう。今年もよろしく。と。

彼は、辰さんとは別のフロアの職員らしい。

彼の後ろから、別の女性が顔を出す。

彼女が待ち人か?

それを聞こうと近寄ると、彼女から声がかかる。辰さんおめでとう。と。

彼女は、事務の人らしい。

辰さんがここにいると待ち人が、次から次にやってくる。

待ち人は、辰さんが待っていたのではなく、みんなが辰さんを待っていた。


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2023年12月31日 (日曜日)

映像から見えること

ここ毎年、映像を撮り編集をしている。

映像には、被写体との関係が表れ、編集は、何に価値を置いているかが分かる。

撮ることの何倍も編集が難しい。

どこを繋いでも作品はできるし、それぞれ趣は出ている。それでいて、これでいいと納得できる編集には届かない。

そもそも、納得できない。

それは、関係性が未完成のためだと気づいた。

映像になる前に、もっとやるべき事があるってことだろう。


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2023年12月10日 (日曜日)

喫茶店で

30代の男女が向かい合わせに座っている。 

女性が、突然「幸せ」と、男性に尋ねた。

男性は、何も言わない。

僕は、自分が幸せなのか考えてみた。

当然、隣の男性同様、何も思いつかない。

そんなに不幸じゃないような気分だった。

隣の男女は、何もなかったようにさっき見てきた洋服の話をしている。

僕は、これまでのいろいろな事を思い出していた。


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2023年10月 2日 (月曜日)

来年のスタディツアーの募集を始めました

幸福の国デンマークの福祉・医療・教育システムから自の実践を振り返る2024年第5回デンマーク・スタディー・ツアーのお誘い

2024年6月9日〜15

世界一幸福な国デンマークの暮らし方から学ぶ

日本の政治・経済・福祉・医療・教育などのシステムに疑問を持っている人は多くいると思います。では、世界一幸福な国デンマークではどのような法律を作り、福祉・医療・教育に取り組んでいるのだろうか。そこには、民主的・合理的・自主的な社会システムがあります。

 このスタディーツアーでは、様々な福祉・医療・教育現場の専門家のお話を聞くだけではなく、自らの実践や研究を深めること、対話すること、実践を発表すること、多様な文化・人との交流を促進することにも力を入れます。大人のためのワクワクするような一週間です。あなたの人生にとって大きな刺激になる体験が待っています。ヒュゲの国デンマークでサウナに入り、ロウソクの灯りを見つめ人生を語り合いませんか。

プログラム

施設見学及びホイスコーレの学生と交流

見学・講義はデンマーク第2の島、フェン島北部のボーゲンセのホイスコーレを近郊の学校・行政機関・施設を訪問します。また、見学先、講義内容、対話・交流は参加者の希望を受けてから調整します。特に、今回のツアーでは、講義研修よりも対話研修を取り入れることや、事前学習に力を入れることを予定しています。2023年までの実績は、ボランティアセンター、小学校、地域行政機関、市民宅訪問、福祉施設(高齢者・障がい者)、ガン協会、ジョブセンター、高齢者協会、エコビレッジ、LGBT協会、家庭医、牧師、行政ソーシャルワーカー、補助具センター、難民支援NGO、パーソナルヘルパー及び障がい者が暮らす自宅訪問、フリースクール、青少年進学・進路メンター、ソーシャルワーカー養成大学など多彩な施設(機関)訪問及び専門家と交流を持ってきました。

宿泊施設

宿泊は、デンマーク独特の成人学校「Folke Højskole(フォルケ・ホイスコーレ、通称「国民高等学校」N F H S)の宿泊施設で行います。フォルケ・ホイスコーレは政府の認可を受け、3カ月から6カ月を1タ-ムとして学生を受け入れている体験と相互交流・自己覚知を進める取り組みを行なっている大人のための学校です。そこには、デンマーク人、知的障がいを持つデンマーク人、ヨーロッパ、アジア、アフリカ諸国等、世界各国からの学生が生活を共にしながら学んでいます。NFHSでの生活は、デンマーク文化を肌で感じることはもちろんのこと、多様な文化に触れることができます。希望によっては、NFHSの授業にも参加できます。言語は、英語及びデンマーク語です。

  • 事前研修:スタディツアーでは、事前研修を行います。これまでの研修は、①デンマークの政治・行政制度を理解する。②デンマークの教育制度を学ぶ、③デンマークの障害者支援を学ぶ、④フォルケ・ホイスコーレの実践を知る(DVD)、⑤オープンダイアローグから対話支援を考える、⑥ペタゴーとは何か、⑦デンマークの成年後見制度はどうなっているのか、⑧バンク・ミケルセンから学ぶ、⑨デンマークの行政制度から、貧困と平等、合理性を考えるなどです。*参加費無料。講義形式ではなく、課題論文、書籍を事前に読み対話形式で行います。また、研修中に参加者の実践及び研究発表を行い、研修中にNFHSの学生との交流も実施しました。

 申込/問い合わせ先

   コーディネーター 齋藤弘昭(福まね代表)

   Eメール fukumane@gmail.com  携帯電話090−9326−4663

 

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2023年9月 2日 (土曜日)

それは言われたい言葉なのか

ターミナルの患者に医師が医療処置の確認の問いかけをする。

あなたの心臓が止まった時、それでも、心臓マッサージをして欲しいですか。

呼吸が止まり、息ができない時、喉に管を差し込んで欲しいですか。

 

患者は、目を見開き医師を見つめる。

 

正しいことが行われているかもしれないが、それは患者が聞きたい言葉ではない。

医師の言葉は、医療の言葉である。

医療の言葉は生活者の言葉ではない。

 

そんなことを、いま、聞きたくはない。

そんなことより、好きな音楽を聴きたい。

綺麗な花を見たい。

やまらかいまっサージをほしい。

 

それが叶わないところに医療が置かれている。

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2023年8月27日 (日曜日)

通帳は住民票があり、そこに住んでいないと作れない

M S B銀行で口座を開設しようと出かけた。

銀行の窓口は、予約をしてからこいと言う。

銀行には、来るなという姿勢である。

 

新規の通帳は、インタネットバンクのシステムに誘導する。

やはり、銀行には来るなという姿勢である。

 

手続きを進めると。

住民票のあるところに住んでいるのかと聞いてくる。

いいえと答える。

それでは、どこに住んでいるのかと聞いてくる。

病院に入院していると答える。

住民票の居住地に住んでいないと口座を開設できないと言う。

 

なぜかと問うと、そういうシステムだからだと答える。

全く意味がわからないと言う。

 

路上生活者が口座を開設する場合に、住民票を作る所から始める話を聞く。

 

しかし、住民票があった人が、入院したことで、口座が開設できないというシステムだという。

 

窓口に人は、事情はわかるがシステムがそうなっているからダメだと言う。

 

こうなると堂々巡りになる。

 

今後の展開は・・・

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黒くなったね

洋子さん(仮名)に会うと黒くなったねと言われる。

洋子さんは色白。

日焼けしたくないので、いつも長袖、重ね着。

35度を超える気温でもしっかりと身支度する。

 

デンマークは暑いの。日焼けするの。あたしも行きたいと言う。

 

どこで仕入れたか、デンマークの話を始める。

その話に入ろうとするが、入れてくれない。

飛行機に乗るのが怖い話が始まる。

飛行機は燃料を使って環境に良くないと言うは話になる。

それに入ろうとするが、やはり入れてくれない。

 

いつも入れてくれないので、黙る。

すると、顔をじっと見つめ、何かを待っている。

黙って待っている。

それではと、こちらから質問をする。

しかし、それには応えず、庭の木を切ったので、いい風が来なくなった話を始める。

 

もう、話に入ろうとはせず、黙って聞いている。

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つっかかることについて

転びやすくなった。

実際に転ぶことはない、今のところ。

しかし、平坦な地面、あるいは、フロアなのに靴が引っ掛かり、前のめりいなる。

おっととという感じ。

これが始まったのが5年くらい前。

特に、卓球をしているときに横移動する時に起きる。

自分の感覚と身体の感覚との違和感からくるものと思われる。

これは、どうしようもない。

対策として、スタンスを広く取り、踏ん張るスタイルで動く。

この姿勢では、転べない。

つまり、歳をとることは、自分を変えることはできないので、形を変えることだと思うようになった。

 

 

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2023年8月21日 (月曜日)

学んでいる時に味わうこと

七十を超えた人と話をしていた。

彼は、定年を迎えた後、大学に通った。

その時の思い出がとても楽しかったと、目を輝かせ話をしてくれた。

 

僕も、五十を超えて大学院に通った。

その時の時間の流れがとても楽しかったことを思い出した。

20代で通った学校も思い出もあるが、40代、60代で通う学舎の充実感は格別である。

 

デンマークのホイスコーレは成人学校と呼ばれることもあり、社会に出た後に入学する人も多い。

再び学ぶという体験は、学び直しとは違う。

その間に人生が加わる。それぞれの人生物語があり、その物語の続きとしての学校である。

 

景色が違うのは、人間が変わったからである。

人として、人生物語の意味づけが変わっている。

決して、20代の物語が面白くないというわけではない。

新しい出会いがあり、その出会いに対する意味づけが変わったのだ。

 

同じ景色を見ても、同じに見えないことの素晴らしさを感じる。

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2023年8月18日 (金曜日)

何に見えるかはこちらの問題

Img_3640

この写真が顔に見える。

目があり、口から舌を出しているようにも見える。

こう見えるのは、二つの組み合わせから結びついたイメージである。

上半分を隠す、あるいは下半分を隠すと顔には見えない。

 

僕らは、何を見ているのか。

それは、正しいのか、わからない。

そのことを笑っているようにも感じる。

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2023年7月17日 (月曜日)

デンマークの教育

報告会が終了し、来年のスタディツアーの募集を始めた。

来年の参加者は例年通りの募集であるが、自分の関心領域を持っていることを原則としたい。

そうは言っても、参加者がいないとはじまらない。

 

報告会では、フリースクールのビデオを中心に、37分の作品を上映した。

フリースクールといっても、日本のフリースクールとは違う。

 

公的な学校である。

教育についての概念から始めないと理解しにくい。

義務教育ではなく、教育を受ける権利を子どもが有すると考える。

 

程度の違いがあれど、裁量は大きい。運営主体は色々あると思う。

 

今回訪問したスクールには、乳児から6年生ぐらい(中にはそれ以上の)の子どもが、学んでいた。

 

学校のカリキュラムはあるだろうが、中心理念は「楽しい場所である」ことらしい。

教室という場所にとらわれない教育に力を入れている。というより、自然が最大の教育者であると信じている。

 

とにかく、自然の中で過ごすこと、子ども同士の交流を促進することに時間を使っている。

 

目的が「楽しい」事に置かれているので、テストをする必要はない。しているのかもしれないけど。

教科も目的に縛られることではなく、教科や学習内容は手段であり、目的は「楽しさ」だ。

 

昆虫や植物の観察をする時間に、教材で遊ぶ子どもがいても、「それはそれで、暗黙の合意」があり、注意もしない。それを見て、観察に夢中になる子どももいる。そもそも、クラスが10人前後なので、一人ひとりが自分のやり方で学習に(遊びに)向き合える。

飽きたら、外で走ってからクラスに戻ることもある。し、そのまま外で授業をしたっていい。

また、森と学校の境がない。

森といっても、日本でいうところも雑木林のような場所。

森の中に学校施設があり、森は学校の中心的な存在である。

 

北海道家庭学校を建てた冨岡幸助も、森が子どもを育てると考えていた。

北海道家庭学校も、デンマークの学校と同様、森の中に家庭舎が立っている。森には熊もいる。その他の動物も季節の植物も咲いている。

自然の中で暮らす間に、だんだん、感情が森のスピードに同化していく。

 

森で遊ぶこどおを見ていると十分に遊ぶと、次のステップに進みたくなるだろうを感じた。

それは、森から離れるのではなく、森の暮らしから学んだことを自分の生活に近づけることだと思う。

 

そんな作品をイメージしてまとめたが、もうすこし編集をしたい。

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2023年6月28日 (水曜日)

スタディツアー報告会

7月15日土曜日 午後7時よりデンマークスタディツアーの報告会を開催します。

●内容は、ホイスコーレという教育システム、パーソナルヘルパーの活動と障がい者の自宅訪問、フリースクール、ソーシャルワーカー大学訪問

などです。

ビデオの上映と意見交換を行います。

今回のスタディーツアーは、新型コロナの影響により2019年以
来の訪問でした。この3年という期間で世界は大きく動き、日本の
停滞と相まって、その格差は広がっていることを実感しました。今
回、ツアーの雰囲気を知っていただこうとビデをを持ち込みました
。子どもたちの歌声も聴くことができる内容です。多くお方の、ご
参加をお持ちしております。

サイトウZoomミーティングに参加する
https://us02web.zoom.us/j/85885672036?pwd=OVR0ZzNBMVdXallwbkRDTTFZWGZjQT0
9
ミーティングID: 858 8567 2036
パスコード: 350858

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2023年6月20日 (火曜日)

草間彌生はどこにいても目立ちます

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研修終了後、コペンハーゲンからパリを訪問。美術館を5館見学。

特に、フェルメールとルソーの作品を楽しみにしていた。

山田五郎のYouTubeで学習した甲斐があり、どの作品もいつもとは違う関心を払うことができた。

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スタディツアー無事終了する

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今年のスタディツアーは3年ぶり。

6月3日から10日までデンマークのオーデンセにあるホイスコーレを中心に実施した。

分野の異なる男女11名が参加し、教育、福祉などの機関、施設、自宅を訪問した。特に今年は、一日フリースクール・幼稚園を訪れ、子どもたちと過ごす時間を持てたことが楽しい思い出となった。

来年も6月に実施する予定がありますので、興味ある方はお問い合わせください。

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2023年6月 7日 (水曜日)

フリースクールで体験見学

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朝の会が始まる。全員がホール(廊下の中央の広場)に集まり、音楽の先生がギターとピアノを弾き始め、子どもも、先生もリズムに乗って歌い出す。一体感があり、学校が始まる、今日は何をしようかと期待感が高まる。

その後、ぼくらは4つのグループに分かれ、0年生から5年生のクラスの授業を見学する。

それぞれのクラスの人数は8人から12人ぐらい。科目を教える先生と補助教員がついている。それは、科目によりわかるのだろうか。

国語、算数、理科、音楽、絵画の授業が行われていた。参加の仕方は子どもの関心により違う。顕微鏡で昆虫や花の観察をする授業では、採取したこん教材が小さなポットに入っており、自分の関心でポットから顕微鏡のプレートの出し、観察する。授業の展開は流れはあるが子どもの関心により臨機応変に展開する。ある男の子は、ポットをピラミッドのように重ねることに夢中である。もちろん授業の目的とは違っているが。教員はそれをそのままさせている。ピラミッドが完成に大よろおびするこども、そのあと、ピラミッドは壊れる。そんなことをお構いなしで、観察をする女の子など、楽しく学ぶことが第一である。

10時半ごろ、おやつタイム。ヌガーや果物、お菓子を食べラナが授業を受ける。お話を聞く、ビデオ教材をみる。1日5食ぐらい食べるらしい。

音楽の授業では、音楽専門教師がギターを弾き、ロック調の歌を歌う。教師はドラムを叩き、エレキをピアノを技巧を凝らして演奏してみせる。その後、デンマークでは有名なロックをギター、ドラム、ピアノ、パーカッション、ボーカルが演奏する。

アイポッドを使い、音を流し、録音する。教師の支援は、うまく演奏するよりどうしたら乗れるかや楽しいかに向いている。

絵画の教室では、教員が人形を持参する。それを、見て、顔の絵を描く。もちろん全く違う絵を描く生徒がいる。絵を描くことは、資源であるが、それをどう活用するかは生徒に任されている。

事業の休み時間は外で遊ぶ、サーカーをしたり、ドッチボールをしたり、おしゃべりしたり。30分ぐらいサッカーをしたらくたくた。

真冬、氷点下になっても、休み時間に外で遊ぶ。

教員室にはコーヒーやカウチはあるが、先生の机や書類はない。教員が集まる場所はくつろぎ、おしゃべりをする所。専門教師たちは、自分の部屋を持っているという。見てこなかったけど。

午後は、日本の保育園と幼稚園が合体したような就学前の子どものクラスにいく。室内にいる子どもは少なく、外で遊んでいる。園庭というより、森の中にいるような環境。歩いていると森に迷い込みそうになるけど、そんなのお構いなし。自然にあるものを使い遊んでいる。所々に、大きな遊具、大きなテントなどがある。危険な道具は先生が見ている前で遊ぶようだが、だいたいは、子どもたちだけで遊び、先生も遊んでいる。教師の数は多いが、積極的に遊びに介入はしない。

0から3年生は、午前中で学習は終わり、学童で遊ぶ。とにかく遊ぶことが学校の仕事のようである。

親が迎えに来る。多くは車で迎えに来て帰って行く。日本から持ってきた遊びの中で、ヨーヨーが人気になった。好きな風船を選び、遊んでいた。

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2023年6月 5日 (月曜日)

4年ぶりのデンマークは晴れ

国内旅行も制限される生活が続き、今年になってやっと、日本から出られるようになった。

デンマークスタディツアーも3年中止が続いたが、今年再開できたことは喜ばしい限りだ。

 

この3年間で一番変わったことは、世界が動き始めているのに、日本全体が停滞しているということだ。

円安の勢いは止まらず、ビックマックは2千円。

別にビックマックを食べなくていいけど、日本という国がどんどん安くなっている。

グランドデザインがないまま、穴だけ埋めるような手当てをしていても穴はどんどん大きくなっている。Tempimage9kktcq

政治に対してノーマルな世界を作ろうとする彼女は、ユーモアを交えてこれまでの実践を語る。

私たちが望む世界を作るのは私たちであり、そのためには連携、連帯が必要だ。

私が連帯する必要があるのは私の隣にいる人であるのに、そのことを忘れている。

 

そんな大切なことを、デンマークに来ないとわからない。

そう、移動すること、動くことでしか分からないことがある。

 

 

 

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2023年5月28日 (日曜日)

病院と寺院が繋がっている訳

仕事柄病院によく行く。

養老先生は、「病院からの出口は阿弥陀様か娑婆」だと言っている。

つまり、死の世界か、苦しみの現世かである。

どっちがいいか分からないのが仏教的な面白さだと思う。

 

多くの国では、病院的な機能がある場所の隣に寺や教会、寺院があった。

現世とあの世を繋ぐ役目をそうした宗教施設が担っていなのだろう。

 

ネパールの「死を待つ人の家」の横のバクマティ川には火葬台があり、いつも煙が上がっている。

病院の横に老人施設があり、死後の世界へ行くために待っている。

 

そこで暮らす人は、分かっている。

(日本では、分からないように隠している)

死後の世界に行くことを分かっている人たちと一緒に暮らすのと、分かっているのに、知らないフリをするのとどちらがいいか分からない。

 

歳をとるに従い、病院システムに巻き込まれたくないと感じるけど、痛いのね。

 

 

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甘いものを食べることは悪いことか

Aさんが元気である。

退院し施設リハビリを済ませ自宅に帰ってきた。

それまで我慢してきたタバコを吸い、ジャンクフードを食べ、甘い食べ物を注文する。

ストレスない生活は、楽しく、体重もどんどん増加する。

しかし、医療という鏡で見ると、これがいけない ということになる。

何がいけないかと言えば、不健康である という。

身体にとって悪いことを優先するか、気持ちに従うか。A、さんはもちろん気持ちに従う。

訪問看護師はいう。このままでは、心筋梗塞、動脈硬化、糖尿病、高血圧・・・の恐れがありますよ と。

実際、Aさんは、原因不明の意識障害を起こし、危なかった。

 

Aさん曰く、そんなことはもう起きない。という。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

Aさんは痛いのは嫌だ、病院にも行きたくない、入院もしたくない。

でも、目の前の欲望には負ける。

 

Aさんに指示したくなるのは、彼のためではなく、支援者の気持ちが収まらないからだと感じる。

まず、Aさんのためとはなにか?

 

健康に過ごしてほしい。

健康とは何か。

身も心も病気ではないこと。

 

僕自身のことで言えば、そんな時間はこれまでなかったし、そんな完全な状態はこれからも訪れないだろう。生まれた瞬間から死に向かって時間が経過し、最悪をなんとかやり過ごしているようなものだと思っている。

 

支援者の気持ちが収まるとは?

目の前で、揺らいでいる人を見たり、悪い状態に向かう人と見ていることが辛い。

辛いのは、Aさんではなく、僕らの方だ。

 

我慢するとストレスが溜まる。

だからと言って、なんでも食べて、もっと太ってくださいとは言えない。

 

そんな時には、甘いものを食べて、落ちつくようにしている。

 

 

 

 

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2023年5月11日 (木曜日)

どうして人に話したくなるのか

黙っていることに慣れると、何も言わなくなる。

それはいい状態では無い。

さりとて、人に話すことを覚えると(認知すると)、相談するようになる。

相談してもしなくても、状況に大きな変化はない。

変化が起きる時は、起きるし、起きないときにはそれなりだ。

 

そうだんして、共感してもらい、いい気分になる。

すると、また、相談したくなる。そうした繰り返しを、僕の周りの人たちは行ってる。

中心は、女性たち。

男性は、黙っているという体に悪い状態を維持するので、特に高齢になると悪化する。

悪いものが溜まり、病気になる。

 

話を続ける人たちも、話すという脅迫的な思いに縛られてしまう。

ちょうどいいという状態、ニュートラルでは車は動かない。

 

止まっていて病気になるより、動いて事故にあうことを選びたい。

 

 

 

 

 

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2023年4月20日 (木曜日)

救われる

横断歩道で止まった。

小学年生ぐらいの子供が手をあげて横断歩道を渡った。

女の子か男の子かわからない。

ゆっくりと前だけをみて渡っていく。

歩道に出ると、僕の方に振り返り、頭を下げた。

柔らかい身体を器用に曲げ、すっと起こした。

そのまま、黙って歩いて行った。

いつもやっていることをしただけですと、その仕草は言っているような気がした。

救われた気がした。

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2023年4月15日 (土曜日)

スーパービジョン

複雑で変化に富む社会で生きるためには案内役としてのソーシャワーカーが必要な人がいる。

ソーシャルワーカーが必要でないとしたら、それはそれで良いだろう。

しかし、家族システムや社会システムがうまく動かない時には、それを解すワーカーが側にいることはいいことだろう。

 

それは、友人ではなく、ワーカーである。

 

複雑で変化する社会は、大きなストレスを人に与える。それは、支援(サービス)を受ける側だけでなく、ソーシャルワーカーにとっても同様である。支援するされる関係においては、相互作用が生まれ、情報やスキル、能力や知識は絶えず交流する。

支援者としてのソーシャルワーカーは、定期的にメンテナンスを行う必要があり、それがスーパービジョンである。

 

スーパービジョンのスーパーは、天の視点である。

 

神の視点でもあるのか。

ソーシャルワークが人間の限界に対する、人の関わり(コミットメント)であるとしたら、人と人との関係を調整するためには神の視点が必要だと言っているように感じる。

スーパーバイズで問われる世界は、私たちが見えている世界だけでなく、この世界の上位概念としての理想の世界の話でもある。

理想の世界に近づくために、ワーカーは何ができれのか。

世界中の人が幸せになれるために、ワーカーは何をするのか。

そういう対話を行うのがスーパービジョンなのだとしたら、嬉しい。

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2023年4月13日 (木曜日)

とってもいい話

とってもいい話というものはない。

たぶん。

将来の心配に対応した、安心できるいい話というものもない。

きっと。

自分の将来は自分で「何とかする」以外にどうしようもない。

 

誰かが「うまく」やってはくれない。

それでも、「いいはなし」と謳う「話が」あちこちから聞かれる。

そして契約し、お金を払ってしまう。

 

どんなに素晴らしいことでも、私の人生を他人が生きることはできない。

こんな当たり前のことでも、不安から「信じて」しまう。

 

特に、「死」という事柄は、体験することができないので、何とかしようと考える。

しかし、「死」をコントロールすることはできないし、そのときは「私」は、もういない。

 

分からないことに関する事業(商売)は、人間の弱いところを擽る。

考えても分からないことだってある。

限界を知るということ、いい話というものは無いということを話しても

それを信じることも、また、難しいこと。

 

 

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2023年4月12日 (水曜日)

訪問することの意味

定期訪問をすることは奨励されている。

訪問しても変化がないことが分かっていることもある。

電話で状況が確認できることもある。

訪問することが負担にさえなる場合もある。

それでも訪問する、会うことが奨励されている。

 

訪問時間は10分程度であっても、その場所に尋ねるだけで往復何時間もかかっても、会うことに意味があると言われる。

 

会うことの意味は、会っている時間にあるのだろうか?

話を聞き、気持ちを確認することに意味があるのだろうか?

現場という環境の変化を確認することに意味があるのだろうか?

 

それを向こう側から見てみると違った景色が見える。

いつもの人じゃない人と会いたい。

思い出を共有できる人と話がしたい。

不満を聞いてくれる人に愚痴をいいたい。

なにか少しでも変化があればたのしい。

 

会うことは目的ではなく、プロセスだと考えると、長い年月の中の一場面である。

その一つ一つが繋がり、意味が生まれると考えることもできる。

 

先日、共働学舎の報告会に信州に行った。

ZOOMでも報告会は配信されていた。

僕は、配信の裏側からビデオを回した。

一緒に働いたことがあるメンバーの笑顔を見た。

 

僕に見せた彼の笑顔は、僕との関係から生まれたものであり、その場でしか見えないものだ。

それは、会うことでしか生まれないだろう。

 

そこに何の意味があるのか?

なんの意味のないかもしれないが、僕の中の何かが動いたような気がする。

そうした小さな動きが僕を作っている。

会うことは、僕たちが少しずつ変化し、元の姿から次の姿に変わる触媒になっている。

 

その変化は小さいが、確実に僕の細胞に働きかけている。

 

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2023年4月 8日 (土曜日)

必然的一致

夢を見た。その夢は本の世界と同じだった。その本は先日の出来事を意味していた。

何だかみんな繋がっている。

繋がりだけじゃなく、その意味する方向が同じだった。

不思議な気分だが、ほっとした。

私はなくならないと感じた。

あの人と再会できると信じられる。

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2023年4月 6日 (木曜日)

猫はどこに行ったのだろう

中込昭子さん

お久しぶりです。

 

どうにもならない今生であり旅人の私に犬がついてくる

 

先生のことをチェンマイで思い出しました。

それというのも、野良犬がたくさんいて 僕についてくるのです。

もちろん首輪なんてありません。痩せています。機嫌悪いと吠えます。

 

それでいて、悲しそうな顔です。優しくしてほしいと言ってます。飯をくれと言ってます。

たぶん。

 

巨大な猫が道をふさいで自分のからだを舐めている

 

そういえば、猫を見たのは1回です。

暑いからどこかで寝ているのでしょうか。

その時間、僕も寝ていたので会わなかったのかもしれません。

 

そんな話をしたかったです。

 

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桜が散り始めた姿を見るだけ

月4回ほど電話相談の担当をしている。

新型コロナウィルスの影響もあり、在宅で電話を受けている。

部屋の片隅にスペースを作り、庭に面した窓に向かっている。視界には桜の木が2本。その向こうに小さな森が広がっている。

チェンマイから戻り桜が開き、満開になり、桜吹雪になった。

緑の新芽が開き、風に揺れる。

 

みているだけ

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2023年3月30日 (木曜日)

友達として

支援関係が始まる時は、他人である。

何らかの関係性の認知を相互にしていても、社会的な認知がないと無視される。

 

他人が次第に知り合いとなり、10年もすれば友達になる。

お互いの交流の歴史ができ、それぞれの心の中に住むようになる。

しかし、社会的には、よく分からない人として認知されるだけである。

 

これが、親子やきょうだいなら違う。

関係がなくても、憎しみあっていても、疎遠であっても社会的な認知がある。

何かをするときに、意思を確認される。その人と繋がりある人として。

 

その人とは、契約を結ばずに、友達として付き合ってきた。

友達としてできることはしてきた。

支援者とは違う、隣人として。

 

しかし、社会はそれを認知していないから、支援者がいない人と認識される。

その人に、支援者がついた。その人が望まなくても。

どんどん関係が引き剥がされる気分である。

 

世間は他人の集まりである。

その他人の中で、役割を持った他人が、関係者としての顔をして関わる。

僕もそうした役割や機能が示された紙を持ち、仕事をしている。

 

しかし、紙のない関係は、他人のままである。

それがどんなに重要な関係であっても。

 

対人関係にとって想いや繋がりより、役割が重宝される。

それは、わかりやすいからである。

曖昧な関係にこそ意味があるのだが、曖昧な関係は社会には馴染まない。

 

認知機能が低下した人にとって社会は曖昧な存在となる。

そんな社会と付き合うなら、曖昧な人たちに囲まれたいと願う。

 

曖昧な世界では、紙の必要はなくなる。

神の存在さえ、霞んだ霧の中に浮かんで見える。

それは、見るというより感じるという、感覚のようなものになる。

 

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2023年3月29日 (水曜日)

匂い

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香りではない。

街にはそれぞれの匂いがある。

それが強い街と弱い街の違いだ。

僕の住む街の匂いは薄い。

それは、街の勢いや混沌さ、今流で言うと多様性が関係していると感じる。

 

昔訪れたバンコクも沖縄も匂いがきつかった。

攻撃的な匂いが突き刺さってくる勢いがあった。

それは、暮らしやすさとは違い、面白さだろう。

 

人にも匂いがある。

きつい匂いはその人の主張のようなものだ。

主張が強すぎると近寄りたくないが、その人生を除き見たくなる。

 

この辺の塩梅は難しい。

昨日、店に入ったとき店員のお兄さんもお姉さんもつるんとした顔で、無職無臭だった。

もちろん匂いはあるのだろうけど、それを見せない術に長けていた。

 

皆さんに迷惑はかめません、主張しませんという雰囲気を感じた。

 

チェンマイの街は、世田谷より主張が強かった。

タクシーに乗るときに値段の交渉をする必要があった。

料理を注文するとき、どんなふうに焼くか炒めるか、辛くするか、何を混ぜるかを指示しないといけない。

道を渡るとき、右からくる車を避け、左からくる車を止める必要があった。

トイレに行ったら、紙を使わず水を使う必要もあった。

 

でも、裸足で歩けた。

僕がスカートみたいなパンツを履いていても誰も気にされない。

手づかみで食べてもいい。

何もしないでボートしていてもゆっくりと時間が過ぎ、それでいて後ろめたくなかった。

 

いつの間にか僕にも独特の匂いがついていた。

 

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SHIMOKITA

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下北沢に行った。

久しぶりだった。

電車が地下を走っていた。

雑貨屋が減り、古着屋ばかりの街になった。

古着を買った。

芝居を見た。

小さな小屋が満員だった。

みんな楽しそうに笑っていた。

居酒屋で食事をした。

若い人が多かった。

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2023年3月28日 (火曜日)

交換ノート

これでも、若い時、10代の時はよく手紙を書いた。

それは、手紙をもらうと返事を書かなければという強迫観念のような衝動から手が動いた。

内容は全く覚えていない。

ただ、思い出すのは便箋や封筒のデザインみたいなものだ。

 

大学の授業や図書館で女の子の横に座り、黙ってノートの端に手紙を書いた。

その子も返事を書いた。

勉強より、本を読むより、手紙に夢中になった。

しかし、内容は全く覚えていない。

思い出すのは、楽しい気分だけである。

 

書くことが楽しいのか、黙って、書いていることが楽しいのか。

そう、いずれも、声に出さない関係である。

頭の中で何かを思い、作り上げ、言葉にして、文字にする。

一人で妄想する時間が楽しかったのだろう。

しかし、手紙を書いた女子と一度もデートをしたことがない。

100通以上手紙をやりとりしていると、会う必要がなかった。

いや、手紙の中の世界で満足していて、それ以上の世界を作ることができないと考えていた。

 

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2023年3月26日 (日曜日)

覚えていない

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場当たり的である。

買い物をすると、すぐに着る。

あるときは、履いているズボンが欲しくてそれを脱がせて僕のズボンと交換した。

 

この女性はガイドである。

通訳をしてくれるが云っていることはいい加減である。

それでも、大体のことは伝わる。

 

大体伝われば、それでいい。

関係性は悪くない証拠にこんな顔で自撮りに入ってくる。

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旅する目的

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三年ぶりの旅行から帰ってきた。

どちらに行かれたいたんですか?

仕事ですか、研修か何か?

と聞かれることが多い。

もちろん「そうです」と答える。

その答えを望んでいるだろうと考えるからである。

 

ただ、本当は、「なんとなく」である。

目的はなかったと云っていい。

自分がまだ、旅行できるのか。それに耐えられるのか。

それを確かめに行ったような気がするが、そんなめんどくさいことは言わない。

 

旅の目的とは、ここから そちらに 移動するだけの元気があるということである。

 

ドリアンを食べたいから、そこに行きました。

という旅もあっていい。

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告白する

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キリスト教の葬儀の中で友人代表者が個人の思い出を語る場面がある。

親族がそれを行うこともあり、映画などでよく出てくる。

 

これは、個人との関係の告白である。

これまでどんな付き合いをしてきたのか、どのようにその人と認識してきたかを言葉にする。

 

この、言葉にするという文化がキリスト教的である。

カソリックにおける告白、懺悔、告解という儀式は秘蹟の一つである。

 

語らないという文化の中であえて語るという行為は、自分を意識することになる。

 

若い頃、カソリック教会に通い受洗の準備をしていた私にとって、一番の関門は告白であった。

罪を語り出したらとめどないほど溢れてくるのではないかと恐怖であった。

 

たとえ許されると信じていても、その重みに自分は耐えられないような感覚を覚えた。

 

 

 

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2023年3月23日 (木曜日)

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鯨らしい。

そういえばクジラに見える。

海では泳げない。

 

潮を吹いている。

自分で吹いた潮は、目の前で固まり、自分の一部になっている。

 

自分から出た物も自分である。

 

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先生が死んだ

心を読んでいる。

僕の先生が亡くなった。

先生との交流は半年であった。

その半年でさまざまな事柄を教えてもらった。

 

先生の人柄はおおらかであり、それでいて芯が通っていた。

先生は、全てのことが許されていると信じていた。

それは、いつでもであり、今であると、毎回言っていた。

 

先生は最後にありがとうと言っていた。

そええは、人生に対して、自分の生きてきた人生に対しての言葉のように聞こえた。

先生の人生は、今も、この時もここにあると感じる。

 

それは、生きていると言うこと、今生きているということ。

そのつながりが、動き続けることが大切ですと

先生は言っていた。

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2023年3月14日 (火曜日)

若い人に頼む

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タイ人の学生さんにお願いして、Uberみたいな配車サービスを利用した。買い物も現金を使う若い人は殆どいない。タクシーは、通常の、半額。僕もアプリを利用しようとしたら、こちらの電波番号が必要みたいで、繋がらない。

車が来た。エアコンの効いた日本車だった。

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2023年3月13日 (月曜日)

それは生きているか

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ブッダは生きているか。

目を開いて寝ているように見えて、人々の内面には確実に生きている。

生きていることは息をしていることと共に、絶えず影響を与えているということだと思う。

 

つまり、記憶の中にあれば、それは生きている。確かに、僕の中で僕に語りかけている。

 

大いなる人、ブッダやキリストやムハンマドでなくても、身近で亡くなった人も僕が生きている限り僕の心に語りかける。

 

それは、突然に想い出と共に。

父は仏教徒ではないし、寺や寺院にお参りをしている姿を見たことはない。

手を合わせることさえ記憶にない。

 

それでも、お寺に来ると父を思い出す。

それは、日常のなんということもない、ささいな出来事として。

 

ブッダの顔のように、思い出の父は笑っている。

それでいて何を考えているのかわからないような表情である。

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2023年3月10日 (金曜日)

忘れられない日

忘れられない日というものがある。

その日に起きた事を忘れられないだけでなく、その日からの今日までの日々を忘れられないという場合もある。

そんな事を妻から言われた。

もちろん僕だってこれまでの日々を覚えている。

でも、その実感が違う。

それはどうしようもないことだけど、毎年、思い出すことで少しは許されるたい。

今日、入院した先生のために祈る。

それは、叶わないかもしれないけれと、それが僕にできる精一杯のことだから。

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待つことの難しさ

電話を待つ。

待ってましたと受話器を取る。

(受話器なんてもないけど)

電話に出ると、その気持ちが伝わる。

待っていないように構えていても、その構えが伝わる。

 

しかし、何時間も待っていると、考えなくてもいいことを考えるから複雑だ。

 

その人は、こちらの雰囲気を関係なく。

「それでね」、と、続きを話すように喋り始める。

 

こちらの問いかけに応えることはなく、どんどん話が森の中に迷い込む。

 

こんな会話が誰に対しても行われるのかと、先生との会話を聞いてみる。

先生には、僕の話を聞いている。

聞いているが、答えを求めるふうはなく、僕の顔色を伺うそぶり。

 

こちらが、聞きたいという姿勢を持たず、次の言葉を待っていると、自分の質問に自分で回答を出している。

そう、これは、言葉が漏れているんだ。

 

僕らは、言葉を飲み込んだり出したりしているが、その人は、言葉がどんどん漏れ出している。

 

道を歩いていると、見知らぬ高齢者の言葉も漏れている。

不満を感じている人は多い。

それを誰にも言えず、言葉が漏れてしまう人も多い。

 

その言葉の意味は、それを出している人にしかわからない。

そもそも意味があるのかも、分からない。

 

気がつくのは、自分の声が聞こえるくらい、静かな時だけだ。

 

 

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2023年3月 9日 (木曜日)

かかえる

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お母さんの話を聞いた。

なんとなく、そんな話になった。

お母さんは、数年前に天国に行った。

クリスチャンだったおばあさんの話も聞いた。

話の流れで、そんな話になった。

 

忘れたと言っていたのに、だんだん、細かい思い出が出てきた。

お母さんは綺麗だった。

おばあちゃんも綺麗だった。

そんなお母さんにだんだん似てきた。

 

それがうれしい。

 

断片的な思い出が少しくっついた。

 

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