2012年5月19日 (土曜日)

The Descendants

映画ファミリーツリーの原題はThe Descendants(子孫)。

これは家族の映画ではなく、家族史(これまでとこれから)として見ると面白い。

代々受け継いだ土地は誰のものか?

土地と同時に、自分の子どもは誰のものか?

あるいは、妻は他人か?

自分が自由になると思っていたものが、本当は何にもできないと知ったとき、どんな行動をとるのかを考えされてくれる映画だ。

それは、映画を観るまでもなく、毎日の生活の中で、生きているのか生かされているのかという問題につながり、選んでいるのか選ばされているのかということにもつながる。

自由の国の人でさえ、それが本当の自由でないことに気づく瞬間がある。

しかし、土地や家、歴史や時代に翻弄されながら生きることもまた素晴らしいことを、映画の音楽やハワイの人の笑顔が語っている。

変わることと同時に変わらないことの意味が再認識される時代になった。

成長することが素晴らしい訳ではない。

むしろ、受け継ぐことの素晴らしさを感じる。

さて、僕は、伝えるべきものを持っているのだろうか?

Original title of the family tree The Descendants.

This is interesting, not the movie of the family, and seen as a family history.

Land he inherited from generation to generation is whose is it?

Their children whose is it?

Wife or others?

I thought when the movie is me know what was thought to be one's own, and can not be anything really, or take any action.

We will also lead to that, not to watch a movie, lead to problems in daily life, that what has been kept alive still alive, that what has been selected on some well-known choice.

Even the people of a free country, there is a notice that the moment it is not true freedom.

However, the smile of people of Hawaiian music and film have said, that is also great to live at the mercy of the era, while land and houses, and history.

Meaning of that era was unchanged at the same time as that change will be recognized again.

To grow economically but not great.

Rather, I could feel the splendor of inherit.

Well, I, I wonder if things have should I tell?

 

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風に揺れるレースのカーテン

長谷川きよしを久しぶりにテレビで見た。

もちろんきよしさんは僕を見ていない。

これはとても面白いことだと思う。

同じように、レースのカーテン越しに芝生を見ている。

芝生は見られているとは知らずに青く息を吸っている。

カーテン越しにそっと見るのがいい。なんでもそっとというのがいい。

長谷川さんは、黙って鳥の声を聞いている。ほんとは結構おしゃべりなのを知っているけど。

鳥はその声を聞いている人を知らないけれど、いつものように啼いている。

カーテンの向こうの方で鳥が啼いている。

僕だって泣きたいけれど黙っている。

そっとしているほうがいい。

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2時間35分

2時間35分ぐらい話し込んだ。

今までもそれくらいは話をしていただろうけど、今日は、とことん分かるまで聞き伝えるようにした。

聞いてばかりでは、どんどんこんがらがる場合もあるので、積極的に介入し、その脇でまとめた。

そんな会話の応酬をしていたら、だんだん見えるようになってきた。

話が理解できるというのは、説明する人の話がまとまっている、プロセスがはっきりしている、理屈に合っているなどなど、いろいろな要素がある。

いままで、そればかりに捕われ,もっと大事な、相手の気持ちを理解してこなかった。

もちろん理解している「つもり」ではいたが。

それは、話の内容や筋ばかりに気を配っていた。

それでは、なにも理解できない。

分かることと、理解することは違う。

理解するにも、私が理解することの大切さと同時に、相手が自分の話を理解することも同時に重要だ。

話をするのは、相手に伝えるだけでなく、自分に伝えている。その自らに働きかけることに気づかなかった。

いろいろなことを話しているように見えて、言いたい気持ちは一つだった。それを、いろいろなことと捉えるか、一つと理解するかで見えてくる世界は全く違う。

まったく違う世界を見ていたということだ。

それでは、時間が過ぎても吸っている空気が違う。

ハワイの浜辺で寝転んでいるのと、アルプスでスキーをやっているほどの違いだ。

アルプスの山から下りて、船に乗るまで2年かかった。

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2012年5月17日 (木曜日)

アセスメント

アセスメントは、その対象者となるクライアント個人に関するデータのみならず、生活に影響を与える広範なシステムとの相互関係に関するデータを考慮し、多面的・多角的な視点でクライエントの環境の把握を目指します。したがって、クライアントが抱えている課題分析を行うだけでなくクライアントの持つ強さとそのシステムが持つ力にも注目することが大切です。

日本では、データで人を判断するより、気とか空気感で感じることを大切にしてきた。

それは、その人が、どのように生きてきたのかという人生歴を感じることを大切にしてきた。

武士は、生死をかけて目の前に現れた人間を見立ててきた。

だから、アセスメントは疲れる。

もうくたくたになる。

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2012年5月15日 (火曜日)

沖縄復帰40年

1973年だった。

前月にサッカー部を辞めたため、頭はぼうず。どう見ても高校生という顔をしていた。

私立高校の春休みは長く、高校2年から3年という時間は、最後の休みのような気分がしていた。

仲間の矢口君(仮名)と旅行の計画を立て、なぜか沖縄に行くことになった。どうして沖縄か、覚えていない。沖縄の情報もほとんどなく、本土復帰後2年が経過していた。

金欠の高校生にとって沖縄旅行はどうやってお金を切り詰めるかが問題になる。当然、飛行機は使えない。宿泊はテント。食事は飯盒ということで一致した。

出発は晴美だったか?

大きな船だった。初めて1万トンクラスの船に乗ったので、少し興奮し、船内を何度も回った。回ってみるとすぐに一周してしまう。それでも、楽しかった。

2等だったか3等だったか、大部屋で寝泊まりする。そこは居心地が悪いので、ずっとデッキで過ごした。

何を食べたのか全く覚えていないが、夕日がきれいだった。

船内で2泊したような記憶である。

那覇港に着いた。那覇港には軍艦が停泊していた。覚えているのはそれだけ。

リックを背負い、那覇の街を歩く。その日の夜には石垣へのフェリーが出るので半日ほどの街を歩いた。

歩いていると、自分が揺れているのか、街が揺れているのか、とにかく地面がくにゃくにゃとして気分が悪い。

石垣へのフェリーでも一泊。翌朝、デッキに出ると南の風が気持ちいい。ああ、南の島に来たという気分で矢口を見た。

石垣港で下りると、市内を散策することもなく、また、船に乗る。

若い人は絶えず動いている。動いていないと息が詰まってしまうかのように。

船は竹富島に到着。その島がどんな島であるかも知らず、とにかく、石垣から近い島だった。

小さな島を歩き回り、泊めるべき場所を探し、テントを下していたら、色黒のおじさんが怖い顔して言った。(たぶん普通のおじさんだったのだろう)

「島ではテントは張れないよ。それにハブがでるよ」と、そんなことをね。

凄いショックだった。

重いテントがさらに重くなりとぼとぼ歩いていたら、中学生風のアンちゃんが前から歩いてきた。明らかに戦闘モードを感じる雰囲気で。

手足を出したりひっこめたり、**拳法というような型しながら歩いてきた。

向こうは一人、こっちは二人だったが、明らかに相手の方が強そうである。

呆然と突っ立っていたら、「*******」と言っていた。よくわからないが、たぶん、「本土の奴は島に来るな」ということのような。この辺は言葉が分からなくても感じる。

そこで矢口と顔を見合わせた。

矢口は突然、「石垣に戻る」と言った。矢口も疲れていたのだろう。

そこで二人は別れた。

別れは突然にやってくる。

まっすぐに進んでいるうちは勢いがあったが、止まってしまうと、まったく元気がなくなる高校生。仕方なくその日泊まる宿を探した。

3月である、どこも空いていた。

矢口と別れた近くの民宿に決めた。というより、凄く疲れていた。

民宿のおばさんにお米をあげた。テントを持ってきたが張れないので泊めてくれと言った。

結局、その民宿に1週間くらい泊まった。

民宿には大学生のお兄さんお姉さんたちがいて、可愛がられた。(たぶん)

(大学生と思い込んでいたお姉さんは、OLだった。その後、東京で再開し、ご飯をごちそうになる。)

浜に一緒に連れて行ってもらい、ラジカセから流れるはぴいえんどを聞きながら、青い空と青い海を見ていた。

夜は、泡盛を飲みながらおじさんが弾く三線を聞き踊った。

そんな毎日だった。

東京に戻った。

坊主頭は少しだけのびていた。

顔の黒さは変わらないが、少しだけ大人になった気分でいた。

家に入ると母親が言った。

「どこへ行っていたの?」と。

ああ、また日常がはじまった。

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2012年5月10日 (木曜日)

見て学ぶ

表参道でピープル・ウォッチング。

何時間見ていても飽きない。

主に、靴とバックに注目する。

その持ち方の違いに驚く。

見ているといろいろなアイディアが浮かんでくる。

来週の講義の進行を考える。

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2012年5月 8日 (火曜日)

動かない人の援助

アセスメントも十分にでき。

将来的な見立てできている。

しかし、彼は動かない。それは動けないのでも、動きたくないのでもなく、動かないのだ。

そう決めているように見える。

その辺もアセスメントに含まれているが、そんな見立ては役に立たない。

そもそも役に立つことを期待している訳でもない。

自分の課題を解決したいのではなく、ただ生きている。

そう、生きているという意味では積極的に力を発揮している。その状況に我慢できないのは本人ではなく援助者の方だ。

その点でいえば援助者の問題である。

援助者は援助ができることで意味がある。援助ができない援助者は、その存在意味を失う。だから、動いてほしい。援助をさせてほしいと考える。

そして、時間の管理が問題となる。

その問題は次回へ。

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2012年5月 7日 (月曜日)

日々の管理が大切

連休の間に今までの書類の整理と出納長の整理をしている。

まだ終わらない。

今回ソフトを買い、今までのバラばらだったものをまとめ、管理しやすくなった。しかし、打ち込み作業が大変である。

しかし、業務の管理がしやすくなりホッとしている。

と、一段落して、デスクトップの整理も始めたら、3日かかって打ち込んだデータが消えた。

そのショックは大変なもの。

よく考えたら、ソフトの大事なアイコンをゴミ箱に入れてしまったらしい。

ゴミ箱から出してきれいに拭いたらもとに戻った。

危ないところだった。

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2012年5月 5日 (土曜日)

なんて素晴らしい映画なのか

6時間39分は、あっという間ではなかった。休憩が3回入る。

どろどろの家族なのにとても明るいブルー。それは、イタリアの乾燥した空気が関係あるのか。

父親は浮気をしている。それを批判する次男も恩師の妻と関係を持つ。家族の絆の深さを感じるイタリヤ社会にも関わらず、それを崩そうとする物語の展開は、映画だからか、それともイタリア社会が抱えている人間関係か。

不法移民の存在が家族を結びつける役割を担う。

同質性の家族に会って異質な存在はトリックスター的にかかわる。それは、長男の恋人(男性)の子どもの存在も同様である。

この辺りがドラマを深さを感じる機能を果たし、こじれた関係を解決する鍵となる。

日本の原発を考える時にも、同じような状況があるのではと感じる。

一時的にまきこまれ、どうにもならない状況を避けることはできず、その先がないというときに新しい関係性が生まれる。

もし、それが見つからないなら、ほんとうには行き詰っていないということか?

次男ニーノが恋人とローマの街を夜中に走るシーンが好きだ。

古代ローマから現代への旅であり、現代から過去への旅である。

数千年の歴史が何かを語っている。その暗さが美しかった。

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2012年5月 2日 (水曜日)

父親と息子の関係を考える

父親と息子の関係は、母親と娘の関係とは違う。(当たり前)

父親は息子とくっついていたい。

絵のようにね。

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2012年5月 1日 (火曜日)

イタリア映画祭

ここ数年、5月の連休はイタリア映画祭に通っている。

イタリア映画は、イタリア人を知るにはもってこいであり、イタリアに住んでいたAさんを知るにももってこいである。

Aさん曰く、「イタリア人て単純なのよ」と、食べることも恋をすることも、まっすぐであり、「動物的」なのだという。

そういわれると、Aさんも直線的な行動をとるので追いかけるのが大変だ。

失業率も高く、政治状況も不安定な状況であるが、生活を楽しむことにかけては世界一かもしれない。

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2012年4月30日 (月曜日)

森の中で考える

天気がいいので自転車で五日市の方に向かう。

いつもの道を走りながら考える。

考えることは頭になかに引っかかっていること。

物事は原因があって結果があるのか?ということ。

友達ができないのは、誰かのせいなのか?

うまくいかないのは、誰かのせいなのか?

とい少年の悩みについて。

あれかこれかという選択以外の事象だってある。そういうことは山を見ていると、森を見ていると分かるんだけど。

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2012年4月28日 (土曜日)

斬られたくないね

小林正樹の「切腹」と岡本喜八の「斬る」を観た。時代劇。

監督が違うと当然、死に方が違う。

似ているペーストは、時代の雰囲気をできるだけ忠実に表現したいという姿勢だ。

人が死んでいくには、それなりの理由がある。だから、刀で切られて死んでいく人、一人一人の人生を感じられる映画となっている。

でも、刀で切られる人が苦しんだり、もがいたり、嘆いたりするシーンが見たい。

映画の死は、3人称の死であり、私の死ではない。

だからこそ、1人称の死に近い形のスタイルがあってもいい。

でもそうだと、映画にならない。映画には映画の美があるからね。

主演は仲代達也。

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劇場という異空間

北川悦吏子作「彼女のいうことには」をパルコ劇場で見てきた。

出演は真矢みき、筒井道隆、矢田亜希子 他。

ドラマな飛行機の中である。ずっと飛行機の中。

閉ざされた空間や日常と違う空間ではいろいろなことが起きるし、気分が高揚している。

だから、その場から離れると「なんであんな気分だったんだろう」と感じたりする。

旅というのも同じで、飛行機の中は、一種の数時間の旅かもしれない。その間は、異次元の世界が広がる。当然夢をみる。

国内線では、隣の人に声を掛けないけど、10時間以上乗っている国際線だと話をするよね。それが、魅力的な人ならなおさらね。

真矢さんは、何をしても宝塚ぽいので、それがおかしい。こんなに姿勢がいい女性が隣にいると緊張するだろう。それに美人だしね。どこにも隙がないから、自分でそれを崩そうと努力しているのがよくわかる。

筒井君(北川さんがアフタートークでそう呼んでいた)は、最初に登場したとき、中年のサラリーマンに見えた、どこにでもいる。

そのどこにでもいるというところが魅力なんだろうということを彼は知っている。たぶん。

芝居の後に、出演者と作家によるトークショウがあった。

この日に行ったのは、もちろん、北川さんを見に行くためです。

北川さんは、真矢さんの3倍ほどかわいかったです。

それに、隣の街にいてもおかしくないし、もしかすると、空港でぶつかる可能性もありそうです。

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2012年4月26日 (木曜日)

黄色いスカート

記憶は音や匂い、色や声によって浮かび上がってる来るらしい。

過去の記憶を思い出そうとしてもなかなか出てこないのに、突然五感に訴える症状が現れる。

昔、子どもと別れた五郎さん(仮名)は、子どもが履いていたスカートの色と子どもが歌っていたテレビアニメの唄を想いだした。

想いだすということは、その記憶が奥の方に仕舞い込まれていたのであり、必要に応じて出てきたということだ。

忘れようとしたこともあった。

それは辛い思い出であり、何もなかったことにした方がいいと思い込んできた。

しかし、なかったことにしたくても、現実の方が重いので、その重力に負けてしまいそうになる。

だからといって、方向性が決まる訳でもない。何も変わらない。

やっぱり想いだすのは辛いことだ。

そうした苦しさを味わっている五郎さんのそばにいる。

いまは優しい五郎さんのそばにいるだけで、まあ、なんとかなりそうな気がする。

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虫になっても踏まれないようにしよう

アーノルド・ミンデルは、「病は薬で治すものではなく、病が私たちのあり方、生き方を治す薬ななのだ」と言っている。

そうなると、こんがらかった、どうしようもないこの状態にも意味があるらしい。

先週から、死生学やプロセスワークに関する本を読んでいる。

そしたら、急に夢を見るようになった。それも恐ろしい夢を。

今朝も、近しい人が死んだ。

「死」の意味は様々だろうが、その一つとして生まれ変わりがある。

さて、生まれ変わったボクは、何になるのだろう?

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2012年4月22日 (日曜日)

整理整頓

サンデーソングブックの珍盤奇盤を聞きながら片づけをしていた。

今日は、クールファイブの「イエスタデー・ワンス・モア」が最高だった。その次が、モーレツブルースかな。

たまに片づけをしないと書類の山に埋まってしまう。

ボクは、書類を5,6か所に分類整理している、たぶん。

一番重要なものは貸金庫に、大きな荷物は貸倉庫に入れている。

ケースの書類は、重要なもので動くことがないもの用のファイル。

毎日来る書類は、一時ファイルに入れ、一定期間経過すると(大体1年)別の引き出しにしまう。それ以外に、一時的にしまう引き出しがあり、重要度に応じて、一時ファイルの引き出しに入る。

そして、終了ケースをしまう箱がある。

こう書くと時間の経過とともに整理されているように思うかもしれないが、毎日整理しておけば、苦労はない。

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2012年4月21日 (土曜日)

魚が隠れている水たまり

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城ケ島に来ました

藤沢から鎌倉、葉山、三崎口、城ケ島。

お昼は、マグロ定食でした。

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まずは分解


何ヶ月ぶりのサイクリングです。

体力を温存するため、今日は行きは電車で。

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2012年4月20日 (金曜日)

分からないということを本当に分かることからはじめよう

「鬼に訊け」、宮大工西岡常一の物語を観た。

物事を極めた人だけが語る言葉は、味わいが深く、何度も噛みしめたい。

大工は木を知らなくてはならない。木を知るには土を知る必要があると西岡は農学校に入る。そこから始まる西岡の人生は法隆寺、薬師寺という数百年という歴史に耐えうる建造物に捧げることになる。

木を扱うためには木の声を聞く。

そのために道具を作る。道具に合わせた技術ではなく、木という素材に合わせるように道具や技術が必要だと西岡はいう。

人と接する仕事でも同じだと思うが、なんと、人の気持ちが分からないものか。

人の気持ちを理解する技術も未熟であり、そのための努力も足りない。

それでもできることはある。

分からないということを知ることだろう。

西岡常一、明治41年奈良県生まれ。木のいのちを生かし千年の建物を構築する。戦争による幾度かの応召を挟み、法輪寺三重塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけ、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝え、「最後の宮大工」と称せられた。

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2012年4月19日 (木曜日)

楽しい開業

独立・開業社会福祉士事務所はこんなにも楽しい。

1、独立は一人で出来る。

独立の反対は依存。独立するためには、その前に、依存的で無ければならない。変な言い方だが、充分に依存的であることが、独立するための条件でもあると思う。

子どもが親から独立する。学校から独立して社会に出る。組織から独立して開業をする。

独立する前の社会(会社や組織)で充分に育てられる必要を感じる。そうして、はじめて、独立できるような気がする。

独立とは、自分で考え行動することだ。だから、組織に属していても「独立」はできる。

ケアマネジャーは、所属する組織から独立して独自の判断ができる。社会福祉士として、法人から独立して、福祉の理念を実現できる。

しかし、相当の覚悟と力量が必要なことは誰でも想像できる。

一方で、開業していても「独立」していない人がいる。

それも、想像できるだろう。

つまり、独立することは一人で出来る。しかし、ほんとうに独立していることは大変に難しい。

2、開業する。

開業とは、店を開くことだ。

社会福祉士、または、ソーシャルワーカーとしての店を持つ。

それは、成年後見やケアマネジャー、第三者評価者としての仕事をすることとは違う。それらの仕事をするだけなら、店を持つ必要はない。自分の店を持つことに意味がある。

店の種類

店は、大きく分けて、個人と法人に別れる。

個人と法人では、店の作り方が違う。

作った後の維持の仕方が違う。それに、第三者からの見られ方が違う。この違いを重要と考えるか、たいしたことがないと考えるかは、その人の価値観だろう。

僕の場合は、合資会社を作った。

屋号を決める。店の名前だ。名前はとても大切だ。店の名前は、その店の全てを表す。気にしないでつけていても、読む人は「気にして」読んでいる。

店を借りる。

自宅で開業する人もいる。また、立派なオフィスを借りる人もいる。その店の構えにより、来る客が決まる。(だいたいね)。

自宅には、友達は来やすいが、お金を落としてくれる人は来づらいものだ。都心に立派なオフィスを借りて、受付なんかが居て、応接室に通されただけで、「ははー」という気になる。相談してお金を取られても、納得する。

しかし、汚い事務所でお茶をすすって話を聞いてもらっても、帰るときに「また来るね」とは思わない。えっこれで、お金は払うの、福祉の相談は無料じゃないのと嫌な顔をして二度と来ない。そんなもんだと思う。

僕の場合、区の開業支援オフィスの申し込んだ。

1年前から準備を始め。ビジネスプランを出し、面接を受けた。中央線の駅から徒歩1分。区民事務所の一画を仕切ったオフィス。インターネット、電気、水道、掃除をしてもらい、月3万弱。区民事務所に、コピー機、印刷機がある。コンビにも近い。隣の声は聞こえるが、全体的にはいい事務所だと思っている。

続いて、会社の細則を決める。

就業規則を決める。給与を決める。商売の売り物を決める。そうした、決め事をどんどんする。分からないことは、開業している仲間に聞くと親切に教えてくれる。また、社会保険事務所、税務署、法務局、商工会、税理士会、法人会などと友達になるぐらい熱心に通うといろいろ知識を仕入れられる。無料相談会にも何度も足を運ぶ。

定款を決める。法人として、その業務は何であるかを登記する。そして、法人登記していないと、会社として社会に認められない。銀行の口座を作れない。法人としての付き合いが出来ない。それ以上に、定款を作っていると、だんだん開業する「気」になってくる。心の準備が整ってくる。

個人事務所でも同じような規則を決めるといい。

続いて、給料を決める。これが大切。法人の家計は1年であり、その年度に利益が発生していれば、税金を払う。所得税以外に、法人税、法人住民税など。利益が上がらなくても、法人税等の定額として7万円を納める。

利益は、収入から必要経費を引いた残りだ。必要経費のなかで大きいものが、事務所の維持費と人件費(役員報酬など)。だから、報酬を多くとれば、法人税を払わなくて済むが、社会保険料や所得税は多くなり、報酬を少なくとれば、利益が出て、法人税を払うことになる。よく出来たシステムだ。

届けを出す。

法人を作ったり、届けを出したりすることを人に頼むことが出来る。また、経理を税理士に依頼することも出来る。特に、法人を作ることと、社会保険関係の書類は面倒だと聞いていた。それでも、やってみると何とかなる。

届出も、各事務所に行けば教えてくれる。分からないことは聞けばいい。

これで、会社(店)は作り、立派に開業できました。

しかし、このままではすぐに廃業となってしまう。仕事をしないといけない。

ここからが、楽しく仕事をするか、仕事が苦しくなるかの分かれ目。

収入面だけを考えれば、開業しないほうがいい。組織に属して独立し、副業をしているのも悪くない。

何のために開業するのか、開業する必要があるのかをよーく考えることが大切。

そうしないと、収益を上げることが楽しくなり、お金は入ってくるが、だんだん苦しくなる。何のために開業したのか分からなくなる。目標・目的が大事だということはこのことだろう。個人事務所の場合は、それが、けっこう難しい。

つまり、楽しく仕事をするにはコツがある。(あくまで、僕の場合)

1、自分を知っていること。

自分のいい所、弱点、能力、魅力・・をある程度知っていること。

2、その上で、何をするとことが、している時が楽しいかを知る。

あるいは、自分の使命を知ることが重要。

3、そして、楽しいことを仕事にする。

4、最後に、自分のスタイルを持つこと。

すると、商売(しごと)は楽しくなります。

しかし、問題はあります。

多くの場合、収入は少なくなります。それでも、「楽しいことをしているんだから、しょうがない」と感じられる人だけが、楽しい仕事が出来る。

そう、楽しい仕事をしているのだから、自分のタマシイが楽しんでいるのだから、それ以外のことは「しかたない」と思いましょう。

さて、あなたは「たのしい開業」ができますか。

(2006年に書いたものをリライトする)

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時計をしているという生活

1か月前に時計を買った。

今までしていた時計は、25年前に貰ったもので、殆ど付けることもなく、思い出したように腕に巻かれていた。

その前のは、たぶん父親に貰ったものだと思う。学生の時かな。

つまり、はじめて時計を買った。

時計をする習慣がないので、とても重い。

電池式と、自働巻のものを選べたので、自働巻にした。自働巻とは、置いておいても動いてくれるのではなく、腕に巻いていると動くという仕組みで、「一日8時間くらいは腕にはめていてください」と店員に言われた。

それは、「朝起きた時から風呂に入るまではめているということですか」と僕が店員に聞いたところ。

「そうです」と、あたりまえじゃないですかと店員は言った。

ちなみに店員はイタリア人だった。

イタリア人の鼻の高い人に言われると説得力がある。

それから、朝起きると時計をはめる。

だから、今のところ時計をなくすことはない。一度だけ、ゴミ箱に落ちて2時間探したが。

時計をしていていいことが一つだけある。

それは、今日が何日で何曜日かが分かることだ。

毎朝、18秒ぐらい時計を睨んでいると、ああ、今日は木曜日で、19日なのだということが頭まに刻まれる。

でも、あまり秒針を見つめすぎると眠くなる。

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2012年4月18日 (水曜日)

女の人の頭の中

僕のようにフリーに街を移動していると、女性に出会うことが多い。

きっちり仕事をしていた時には(そんな時があったかどうかは別にして)、街中黒い服を着た男で溢れていたのにである。

女性はいったいどこにいるんだろうと思っていたが、最近は、男の人が街から消えたんじゃないかと、小さな石をそっとどかして覗き込んでみたりする。

今も、コメダコーヒー店に座ってキーボードを打っているが、満席の店には楽しそうに話をしている女性で溢れている。

楽しそうにといえば、どうして、みな話を辞めないのか不思議である。

話の内容は聞こえないので、唇だけが無声映画の俳優のように開いたり閉じたりしている。

男はいる。向こうの観葉植物の陰に一人、店の隅にもう一人いるが、唇は動いていない。

こんなに夢中になって口を動かしているとお腹が空くのだろう。みんなものすごい食欲で、コーヒーを飲み、けーくを口に運んでいる。

それでも、しゃべることを辞める人はいない。

どんなに小さなことでも、それを口にした瞬間に、重大な問題になる。

席を立つまでは、その問題が世界中のどんな問題よりも重要だということは確かだろう。

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休憩は公園で

お昼は三鷹市役所の食堂でカレーを食べ、休憩は井の頭公園で。

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モリーさんの大きなお腹

モリーさん(仮名)は、その性格のようにゆったりしたお腹をしている。

鷹揚なモリーさんは拘りがなく、誰でも、どんなことでも受け入れてしまう。

だから、いろいろな人がモリーさんにすがるためにやってくる。

新聞屋さんは、成績を上げようと新規の依頼をする。

宗教家は、布教のため会員を集めにくる。

友達は、お金を借りようとやってくる。

モリーさんは断ることを知らないので、いつのまにか首が回らなくなる。

すると、ボクのところに電話がかかってくる。

「首が回らなくなりました」

ボクは、モリーさんの首が回るように、肩の凝りから取り始める。

そんなストレスがモリーさんの身体を大きくする。特に、甘いものを食べてやり過ごすため、腹回りが1㎝膨らんでいる。

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2012年4月17日 (火曜日)

メリーさんの白い歯

メリーさん(もちろん仮名)の調子がいい。

認知症という診断があり、かなりの身体症状と行動によってパワーあふれる生活を送り、周りの人を巻き込んでいたのに、最近はすっかりなりを潜めている。

新薬が登場していらい、専門医は積極的に薬を使うようになった。

「その薬が合わないときは別の薬を使えます」なんて説明をしてくれる。

メリーさんも服用するようになる。

体調の良さは、服用した効果かどうかは分からないが、一人暮らしでも服薬できるようになった環境の変化は大きい。

一人暮らしの認知症の人の場合(一般的に)、服薬管理ができないので、専門医も服薬をためらう。

だって、短期記憶に課題がある人なので、薬を飲むことを、飲んだかどうかを、また、何の薬かを忘れてしまう。

こんなに必要なのに、飲ませてあげられないのは残念である。

それを可能にするためには、多くの人の理解と協力が必要になる。

そうした、メリーさんを取り巻く人の気持ちがメリーさんの気分を変えたんだと思う。

「あたしは一人で生きているのよ」というメリーさんの家には、大勢の人がニコニコとやってくる。そうした笑顔を見ていると、メリーさんもうれしくなるのだろう。

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がんばれない

がんばれない人が近くにいる。

がんばれない人がいると、その周りのいる人もパワーを抜かれがちになる。

一生懸命に、頑張って、力を抜かれないようにすると、その頑張りが気になるようで、ますますがんばれない人の依存が強くなる。

これは負のスパイラルか?ブラックホールか?

理屈では、見守ることがいいと分かっていても、そんな力はボクにはない。

見守るとは、何もしないでいることをするようなもので、とっても難しい。

それはするのか、しないのか、どっちよと聞きたくなる。

聞いても無駄である、答えは「そんなに力を入れないで」ということだと分かっているから。

分かっちゃいてもね・・

ということで、何もしないように家を出る。

出ても、積極的に歩かないように、どこへも行かないように、何も考えないようにする。

認知症と診断されている人に、あなたは認知症ですか?と質問すると、「違います」という。

そう、人は自分のことを分かっていない。

がんばれないと言っている人に、「ほんとうは、したいことがあるのよね」なんて詮索してはいけない。

でも、とっても気になる。

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2012年4月16日 (月曜日)

しつこいという美徳

納得していない人に説得しても効果はない。

「花子さんには何度も説明しているのに理解しようとしない」という場合、この、「何度も」が曲者である。

「何度って何回説明したの?」と聞くと、多くの場合2回、多くて3回である。

それではダメである。だって、納得したくないのだから。それでも、理解できるまで、あるいは、「もう分かったわよ」と諦めるようになるには、それから、5回は説明する必要がある。

この5回を、それぞれ、初めて話すようにゆっくり、丁寧に話す勇気と根気があれば、状況は変わる。

でも、これができない。

この「しつこさ」は美徳である。

でも、この美徳はあまり日の目を見ない。

しかし、それでも、ダメなときはどうするのですか?という質問をもらった?

その答えは簡単である。

同じことをくり返すである。

これは、子どもを教育するのにも使えそうだ。

ただし、この前提には、二人には信頼関係があるという条件が必要である。

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2012年4月15日 (日曜日)

岡山で会いましょう

6月の岡山大会のA分科会に発表することが決まりました。

ので、広島の**さん、大阪の**さん、久しぶりに東北のお酒を飲みましょう岡山で。

待ってます。

業務連絡でした。

その前日は、家族療法学会(山口)に居ますので、そちら方面の方はご連絡ください。

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2012年4月13日 (金曜日)

何となく不調

体調が悪いのと、調子が悪いのと、その中間の感じが何日も続いている。

症状としては、のどが痛い、のどを触ると何となく痛い。それに、小さな虫がのどに辺りに住んでいる感じがする。

続いて、頭が重いのと、痛いのと、その間の感じ。鎮痛薬を飲むほどでもないが、それでいて気になってしまう程度。

何となくだるい。のこだるさは、眠さと相まっている。つまり、一日中眠い。それに、8時間以上寝ていてもまだ眠い。昼寝をし、夕寝をしても、夜も眠くて起きていられないほどである。

熱があるという程でもないが、少しある気がする。熱を測ると36.6度という微妙な数字である。もう一度計ると、36.3度になる。熱っぽいかと聞かれると、そんな気もするが、そうでないような感じもある。

食欲はある。でも、太るので食べないようにしている。がしかし、ついお菓子を食べたり、アイスクリームを食べたりする。

身体を動かしたくない。とうぜん水泳を休んでいる。走ることも休んでいる。サイクリングも休んでいる。

という不調な状態が4,5日続いている。

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2012年4月12日 (木曜日)

フィードバック

子どもの施設に行き評価報告を行う。

話しを聞いてそれを文章にし、読み合わせを行う。すると、話していた内容以上に言葉の重さを感じた。

話では、ニアンスでごまかすことができても、文章になると、なにが言いたいのか、その根拠はしっかりしているのかなど、粗が見えてしまい恥ずかしい。

それに、いいものを作ろうとするプロセスをホントウに大切にしてきたか?

ここの恥ずかしさだろう。

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2012年4月11日 (水曜日)

生きるという物語

こらからの話をするので、これまでの話から始めた。

どういうことが起きて、どんな出会いがあり、親との関係などを織り交ぜた解釈を含ませて話は1時間程になってしまった。

話をしているとそれは人生という物語になり、その意味がすこし見えてきた。

とくに大きな出来事は、本人の人生を考えるうえで、両親の人生と重なる部分が大きいということである。

とくに同性の親、男性なら父親、女性なら母親。その物語の意味を踏襲していることがある。

ああなって、こうなって、そして、今があることが分かると、その意味を掴むことができる。

ああ、やっとわかってくれたかと一安心すると、その先が予想もしない方向に向かってしまった。

人生ストーリーは、自分で作るものであり、他人には分からない方向に向かう。そんなときには、どこに行くのかを見守る。

他人の人生を変えることはできないが、横で見守ることはできるかもしれない。

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2012年4月 9日 (月曜日)

約束

桜が咲いたら花見に行きましょうと約束していた。

その約束どおり、満開の桜の下を散歩する。

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2012年4月 7日 (土曜日)

木の上に鳥が飛ぶ

鳥の飛び方が気に入った。

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一人で居ることは疲れるのか

人とのコミュニケーションが苦手なAさんは、一人で居ることも苦手だ。

他の人は皆、楽しそうで、明るく笑っているのに、その輪に入れない。かといって、一人で居ると変な人に思われそうで、余計に気を使う。

みんなと仲良くしなくてもいい世界はどこにあるだろう。

牛と話をしていると気がまぎれる。牛なら気を使わずに自由にしていられる。牛の気持ちもよくわかる。

牛と人間はどこが違うのだろう?

牛のような人と友達になればいい。そう思って街を眺めると、ヤギのような人や、キツネのような人もいる。

さて、私はどんな動物なのだろう。

まず、私が牛になってみよう。

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祈り

願いが叶わないように、祈りは聞き入れられることはない。

宮島先生の祈りを聞きながら、聞き入れられない祈りの強さを思った。

そもそも祈りは、「これまでそうであったように、これからもそうであるように」と天に向かって独り言をいうようなものだ。

絶対者は自由に世界をつくり、その世界で生きることを許してくれた。いきる、生きていることの喜びが祈りである。

共働学舎という世界で生きる人たちの話を聞いた。そこは自然に囲まれ、生き難い場所だと言われている。厳しい世界である。

しかし、生きにくい世界で暮らすからこそ祈りが重要となる。自然に翻弄されて暮らさなければならない。

一生懸命世話をしているヤギは、なんの前触れもなく死んでしまう。雪が降れば道が閉ざされ、里へ下りることもできない。

そんな時、星を眺め、雪の白さを思う。

星は、何も言わずただ瞬いている。その声が聞こえてくるかどうかは、私たちの心も問題だ。

見えるかどうか、聞こえるかどうかは、目や耳の問題ではないように、祈ることは、答えを求めるからではない。

どうしてもそうせざるをえない、強い衝動を、宮島先生の声に感じた。

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2012年4月 2日 (月曜日)

春の庭いじり

毎年、春秋の2回、実家の庭を造りに出かける。

今年は少年を連れて行く。

タヌキと小便小僧とカエルの置物を動かして、土を耕して花を植える。

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2012年4月 1日 (日曜日)

そんなもの食べてるの

「フードインク」、「ありあまるごちそう」を観た。

世界の人口を養えるだけの食糧を自給しているにも関わらず、世界では、毎日10万人以上の人が死んでいる。

ヨーロッパの鶏の餌を生産するためアマゾンの自然がどんどん減っている。

世界は繋がっている。どこでも自由に行き来でき、言葉の壁を越えてコミュニケーションができる。このブログだって他国の人が訪問している。

それなのに、世界の一部の人の胃袋が膨らみ、アフリカの子どもたちは汚染された水を飲んでいる。

この事実をどう考えればいいのか、見終わってから食事をすることが苦しくなる。

この事実をどう考えるか。そのチャンスが毎日3回やってくる。

多国籍企業のあれとこれは食べないようにしよう。それに、ハンバーガーは好きじゃないしね。

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活動報告

3月で宮城県内の包括支援センターへの側面的支援活動が終了した。

活動が終了すると、報告書を提出する。

今回の報告相はこんな感じになりました。

昨年の5月から南三陸の避難所、東松島・石巻稲井地区の仮設住宅、石巻渡波地区の被災住宅を回り、生活課題の聞き取りをしてきた。3月11日以前は、南三陸は名前も知らない場所であったが、今ではその名前を聞くたびに「竹内さん、元気かな」と彼の笑顔と一緒に志津川、歌津の景色が浮かぶ。また、松島のニュースを聞けば、酒好きの浜のおじさんの笑った時の八重歯が目に浮かぶようになった。

その一方で、私たちは被災者の役になっているのだろうか?という疑問がいつも浮かんでいた。稲沢は援助関係について『「援助関係は、「重すぎる苦しみを背負う人のかたわらにとどまる決意と引き換えにこそ現出する新たな関係性」であり、非対称性を主体的に選び取り、「無力さを共有する」という選択をするソーシャルワーカーの価値観が存在する』と言っている。支援者として私は被災地で無力感を感じ、それでも、その場所に立ち続けることを選択することで、私の問題とあなたの問題の相互交流が生まれたように感じた。

支援者として被災地に行かなければ、いま私たちがいる場所の問題が明らかにならなかったように、被災地の人たちに関わることで、私の問題が明らかになった。そうした、問題を抱えつつこれからも関わり続けていきたい。事務局の牧野さん、阿南さんお世話になりました。

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2012年3月31日 (土曜日)

大学

なぜか落ち着く場所。

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ドラマを見る

増野教授の最終講義に参加する。

講義は、先生の人生をドラマにしたもので、歌あり踊りありのミュージカル仕立てに構成されていた。

サイコドラマの第一人者であり、実践を通じた理論を患者にささげた人生であった。

ドラマに登場する歴史上の人たちがフロアに座っているのも凄い。

最終講義は、2部に渡り、13時半から始まったドラマは休憩をはさみ4時まで続く。しかし、全く飽きることもなく、どんどん増野ワールドに引き込まれていった。

日本人のミュージカルはちょっとと思っている人でも、これなら笑いながら泣いてしまうこと間違いない。

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東北マニア

東京の街を走る。

石巻から帰ってくると街の感じが違っているような気がする。

今見えている景色は、すごく脆く、すぐに崩れるかもしれないと、そんな気持ちで街並みを見ていると涙が流れる。

昨年の4月に釜石から宮古まで海岸を北上した。その1年前、宮古のKさんと一緒の回った街の姿はすっかり変わっていた。

それから、毎月のように東北に向かった。

避難所は閉鎖し仮設住宅があちこちに立ち、広く土台だけの土地が現れた。

仮設の商店街ができ、港には船が戻り、養殖の生簀も増えた。

10年後は、信じられないような風景になっているかもしれない。

しかし、僕たちは風景や土地を支援したいのではない。そこに住んでいて今生きている人たちのことを考えたい。

その人たちは僕たちと同じように今を生きている。

いや、東京の空よりきれいな空をみている。東京の魚より旨い魚を食べている。森の緑も濃く、味がある空気を吸っている。

多くの人の話を聞いていると、その豊かな生活と多彩な物語に心をひかれた。

当分、東北マニアはやめられない。

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2012年3月28日 (水曜日)

溜まった書類

8時帰宅。

今回も郵便が溜まっている。

明日から訪問開始です。

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似顔絵

支援パートナーが書いてくれた似顔絵。

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朝食

今日は差し入れがあり豪華な朝食です。

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お世話になりました

石巻の宿舎として宿をお借りしているのは酒屋の2階です。

お酒は売るほどありますが、あいにく帰ってくる時間には店は閉まっています。

朝は、7時には出発します。

おじさん、おばさん、お世話になりました。

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2012年3月27日 (火曜日)

茶を点てる

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向こう側に立つ

どこに立つかで風景は変わる。

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何を見るか見ないか

見えるものは、広い空地の中にある誰もいない建物だけである。

しかし、その後ろには大きな川と青い空が広がる。

窓から見える景色はテレビに映るような限定的な風景だ。何かを切り取らないとその意味を掴むことはできない。

意味づけは、切り取られた空間から生まれる。

しかし、切り取られた枠の外にも事実はある。

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2012年3月26日 (月曜日)

この1年はどんな意味を持っていたのだろう

去年の4月から1年過ぎた。

福祉士会の被災地支援のメンバーとしての訪問も今月で終了する。

一人のソーシャル・ワーカーとしていかに小さな存在であるか、全国には同じような気持ちを持つ仲間がいることを実感し、さらに、多くの東北人と触れ合う機会を持つことができた1年であった。

いままで、岩手県、宮城県、福島県は遠いところにある存在だった。しかし、この1年で、その存在は確実に私の記憶に残り、実感としてイメージできる存在となった。

田老の堤防はその上に立ち街を見下ろし風の気持ちよさを感じられる。

石巻の街の名前も憶えた。

渡波の船長の笑顔と赤いジャージはかっこよかった。

あの町のどこを曲がれば、美味しい店に行けるか覚えた。

真っ暗な田んぼの中を走る爽快さを感じた。

宮城弁もうまくなった。

そうした私の変化は、私の心を優しくしてくれ、身体をほぐしてくれた。

1年が過ぎた。そのことがとても大切である。

街の姿は同じようでも、みんなの気持ちは一歩前進しているような気がする。

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2012年3月25日 (日曜日)

石巻に来ている

3月11日から1年以上立ち、何が変わったかを問われるが、それ以上に1年という時間が経過したことを感じる。

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2012年3月22日 (木曜日)

モンブランを食べる

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紙を切る

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2012年3月21日 (水曜日)

いま携帯電話に電話するよ

田舎の母に渡した電話は使われていない。

しかし、使用明細には、必ず数回通話している履歴が残っている。

「どこに電話しているの?」と聞いても、「電話していない」という。

数か月立って、その訳が分かった。

母は掃除が好きで、充電器に押し込まれた携帯電話もきれいにふき取る。携帯電は掛けることはないが、掃除されるという役割を担っていた。

掃除を丁寧にするので、デイプレイの所もふき取り、つい短縮番号を押してしまう。

番号は、親戚につながる。かかってきた**おばさんは「もしもし」と呼びかける。しかし、掃除好きの母は、黙って切ってしまう。

「どうして切るの?」と聞くと、「だって、どすればいいか分からないから・・」と、携帯を閉じてしまうらしい。

電話をもらった**おばさんは、急用かと思い、電話を掛ける。しかし、母は決して電話をには出ない。

**おばさんも数回家までやってきたが、それも毎度になると、携帯が鳴っても出なくなる。

こうなると携帯電話はたまに音の鳴る機会となった。

母と携帯で話をする際には、固定電話にかけ、「今から携帯電話が鳴るから、出てね」という。

これでは何のための携帯電話か分からない。

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2012年3月18日 (日曜日)

まずさから学ぶ

京都で個人相談をする。

テーマは「失敗から何を学ぶか」

でも、それを失敗かどうかは分からないので、「まずい」体験から学ぶとした。

どうして「まずい体験」をするのか、それが知りたくて「まずい面接」を新幹線の中で読んでいた。

すると、その体験は起きるべくしておきていることが分かった。

そう、まずい体験は、仕方なく起きるのではなく、自分の人生の一部として、起きる前から、そこに布置されている。

だから、嫌だなーと嫌うより、「やあ、久しぶり」とあいさつした方がいい。

そして、それを好きになる。

だって、それも自分の一部であり、自分の核心に近い嫌な部分だから。

自分の中には、他人に自慢できる部分もあれば、誰にも知られたくない部分もある。

でも、それも私なんだから、しょうがない。

笛を吹いているこの男は、笛を吹くことが仕事だ。

それが嫌だとか、嫌いだとか考える前に、朝起きると笛を吹いている。だって、それしかできないか。

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ゆれる

新幹線に乗っている。

新幹線で仕事をするととても集中できる。動いているものの中にいると気持ちが落ち着くのだろうか。飛行機以外はね。

高校生のとき、汽車で通学していた。

学校が早く終わった日は、上野駅から一ノ関行きの汽車に乗った。

その汽車は、木でできていた。そんなことはないのだろうけど、壁もブラインドも木製であり、90度ベンチもほとんど木製だった。

4人掛けのベンチに座ると、前の席には青森からやってきた行商のおばさんがいた。

おばさんの担ぐ籠は高く、重そうである。

ホームには駅弁売りの声が響く。

僕は、ホームでビニールでできたお茶を買ってちびちび飲むことと、冷凍ミカンを食べることで幸せを感じていた。

そのみかんをおばさんにもあげた。すると、なまりのつよいしゃべり方でいろいろ話してくれる。話の内容をほとんど理解することはできなかったが、その声はとても力づよい。

その声を聞きながら、頭を木製の壁につける。

すると、列車のゴトゴトいう音が頭の中に響き、おばさんの声がオペラのように聞こえた。

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歩く

京都の街を歩く。

目的なく歩くのはさびしい。それも一人歩きはつまらない。

だから、歩くことを目的とする。

歩いて先へ進む。今よりも前に進むことが目的だから、いろんな発見がある。

でも、いろんなものが見つかっても、到着する目的地がないので寂しい。

それでも歩かなければならない、そんな映画があった。

たしか、三浦友一が出ていた。

年を重ねた三浦さんはいい。

おじさんとしての風格がある。

そんな三浦さんが東京の街を西から東へ歩く。

どうして歩いているのかは分からないけど、三浦さんが歩いている姿は美しい。それを見ているのは楽しい。

ということで、喫茶店に入り、人があるく姿を見ている。

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2012年3月17日 (土曜日)

人生のテーマ

ある作家の作品テーマの話をしていた。家族で。

そこで、どんなテーマでものを書いているかを少年が母親に聞いた。

妻は、ここ25年ほど書きものをしている。僕の文章も直してもらっている。

興味があるので、黙って聞いていた。

すると、「どんな文章でも読みおおわった時に《よかった》を感じられるようなものを書くようにしていると、真面目に答えていた。

さて、人生のテーマは?と聞いてみた。

毎日おいしいご飯を作ることかと思ったら、そうでもないような顔をしている。

そして、何も言わずに立ち上がりそっと部屋を出て行った。

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2012年3月16日 (金曜日)

時計

時計を買った。

この年になって、初めて時計を買った。

今までしている時計は、施設を退職するときに頂いたものであり、30年使っていたことになる。

しかも、ほとんど腕に乗ることもなく、それでいて忘れられることもなく付き合ってきた。

しかし、ガラスはひびが入り、周りの金属も曇っている。

ということで、数年前から時計を買おうと思いながら、それでいて、時計をしない生活もいいと感じているような状態が続いていた。

それが、少年が高校を卒業し、久しぶりに家族そろって買い物に出かけた。

子どもと一緒に過ごす時間を考えたら、何か身に着けるものが欲しくなった。それは、洋服ではない。それは靴ではない。

その時の気分を感じられるようなものがいい。

自動巻きの時計は、いつもはめていないと止まってしまう。ときどき、時間を直さないとどんどん進んでしまう。

なんだか面倒なようだが、子どもと付き合うことは、とっても面倒だが、とてもうれしいことである。

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2012年3月10日 (土曜日)

家に戻る

雪が降った日。

母は、退院し、自宅に戻った。

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2012年3月 9日 (金曜日)

当事者

ケアプラン作成をケアマネジャーに依頼する。

お願いしたのは、ケアプランである。しかし、ケアマネはサービスプランについての話をしようとする。

それは、どんなサービスが必要か?ということであり、今の身体状況をアセスメントすることである。

ケアプランと、サービスプランは違う。

ケアプランとは、ケースマネジメントを行うための計画である。本人の人生にとって、今、この時の意味を考え、これからの見立てを一緒に考えようとする。

一方、サービスプランとは、介護保険とその他の自費サービスを組み合わせたサービスに本人の状態を当てはめる計画である。

幸い、本人のけがの程度も軽く、ADLも自立に近い状態まで回復した。

すると、サービスの必要性はないと考えるのが、サービスプランである。

しかし、一人暮らしを行う本人のとって、ケアの必要性は以前に比べ大きくなっている。

介護サービスでは賄いきれない支援を探すところにケアプランの面白さがあるのに、介護保険の保健は使えない。

保険はリスクに対応するものであるからだ。

でも、この辺の見立をしっかりした方が、将来的には節税になるのに。

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2012年3月 6日 (火曜日)

考えららない

病院で暮らすということはいろいろな障害を生んでいる。

それが本意でないという場合はなおさらだろう。

日本の精神科病院は、長期入院患者が多い。それは、本人の病気の問題というより、受け入れる社会の問題の方が根が深い。

入院していると、ものを考えることができなくなる。情報が少ないので判断できない。パソコンも使えないし、自由に電話もできない。自分の持ち物も限定され、持ち込んだものもいつのまにか無くなっている。

こんな状況にしておいて、「どうします?」といわれてもどうしようもない。

と、云う。

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2012年3月 3日 (土曜日)

42年

42年前に勝ったピアノにサヨナラを言った。

サヨナラのために、1時間ぴあのと格闘した。

そのあと、エレクトーンにさよならを言うために、優しくなでた。

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2012年3月 2日 (金曜日)

YES

同じものを見ても、その時の環境により感じ方が違う。

それは当たり前だと分かっていても、その時のショックは大きい。

「あまりにもうるさくて・・・」をみた。

何に関心を持ったかも、その時の環境により変わる。

僕は、少年のこだわりと、父親の関わりが好きだ。

人のことは分からないと感じていても、その分からなさに気づかず、どれほど傷つけてきたのかに涙がでた。

そう、一番大切なものが一番近くにいても気づかない。

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2012年2月29日 (水曜日)

face

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ゆっくりと雪が降る

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2012年2月26日 (日曜日)

滑る

受験生の春が終わったのでスキーに行く。

本格的に滑るのは10年ぶり、いやそれ以上。

最新のスキーを履いて、いまどきの滑りをするが、どうしてもかっこよく角付けをした滑りになってします。

肥った先生は言う。

「力を抜きなさい。重力に身を任せ、山から落ちく感覚です。だらーーーんと、だらしなく」と

確かに、力が入ると足腰が疲れる。それに比べ、力を抜いて板に乗るようにすると勝手に曲がってくれる。

素直に話を聞き、教えてもらう。

二日目の午後、スキーの新たな楽しさを感じるようになった。

では、また来月来ます。

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2012年2月25日 (土曜日)

いただきました

いただきました
親しい人に会うと何かを頂いてくる。
小林さんのコレクションからは、これと、バカでかいベストを拝借した。

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2012年2月21日 (火曜日)

こんなことになっちゃって

突然気を失った。

気が付いたら後頭部に大きなたんこぶができ、そこから血が流れていた。左手の甲も痛い。

何があったのか分からず、立ち上がりあたりを触る。

大変なことになったと感じ、姉の家に電話を掛ける。

電話を掛けた後、玄関に鍵がかかっていると思い、後頭部を手右手で押え、玄関まで歩いて鍵を開ける。

しばらくそこに座っていると、姉がやってきた。

「タイヘン」とかなんとか言っている。

そのうち救急車のサイレンが聞こえてきた。歩けるのに、ストレッチャーに載れと言われ、そのまま病院に連れて行かれ、いろいろと検査を受けて、寝かされた。

というのは、母(76歳の)転倒のいきさつです。

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2012年2月18日 (土曜日)

パソコンに疲れたら走る

昨日からパソコンに向き合って難しい顔をしていたら、顔が小さくなってしまった。

他人の文章を直すのは難しい。そのそも文章の良しあしはどこにあるのか?でも分からないよりは分かりやすい方がいい。

ということで、前後を入れ替え、修飾語を省くといくらかすっきるする。

それに、いくらやっても終わらないというのは、凄いストレスだ。

だから、3時間も集中すると休憩、次は、1時間集中して休憩、その次は15分集中して2時間の休憩と、どんどん休憩が長くなる。

仕方がないので、寒い外に出て、走り出す。

戻ってから休憩の続きでブログを書いている。

これは休憩とカウントするか?

指が疲れて、上手く打てない。

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2012年2月14日 (火曜日)

リスベットはサバイバーか

ドラゴン・タトューの女を観た。

リスベットを演じるルーニー・マーラーは性的虐待を受けたサバイバーとして生きている。

日本ではそれほど取り上げられないが、性的虐待は身内、それも父親が一番多い。しかし、ほとんどの場合、それがアメリカであっても、事実は明らかにされないケースが多い。

それは、しばしば神話として、子どもの夢物語として取り扱われる。

しかし、それが嘘でも、作り話でもないことは、リスベットが語っている。

そう、この映画は虐待に対する戒めの映画だ。

リスベットは、二十歳を過ぎている。

たぶん、未成年時代に起した事件により未成年後見人が付いた。それに、二十歳を過ぎても後見人が付いているのは、精神的に問題があり、社会適応ができないと判断されているからだろう。

虐待の恐ろしいところは、本人の精神をむしばむだけでなく、その社会性を奪うところだろう。

つまり、虐待を受ける方に問題があるという視線を感じながら生きなければならない。そうした視線に立ち向かう方法を考え、強く生きようとすれば、リスベットのような風貌になることも理解できる。

彼女に襲い掛かる弁護士は権威の象徴だろう。

彼もまた、虐待の被害者か、それとも父親の権威に負けた敗北者かもしれない。

この映画に登場するアメリカ人のほとんどが病んでいるように映る。それは、アメリカが抱える戦争と侵略と先の見えない経済に、どう決着をつけていいのかわかない姿のように。

映画の中で、ミカエルの娘が祈る。

しかし、ミカエルは本当には祈らない。祈りを知らないのではない。きっと祈ることより、戦うことを選んでいる。

そんなに強く生きなくてもいいのに。

生き残るのは、強さではなく、弱さやしなやかさの方であってほしい。

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2012年2月10日 (金曜日)

いくつになっても

ひな人形はいくつになっても目が輝く。

そう、40年ぶりに箱から出て、陽にあたる。

すると、子どものころの思い出がどんどん出てきて、話が止まらない。

すると、どかからともなく昔少女が集まってきた。

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2012年2月 9日 (木曜日)

くじで決まる人生

戦争に行った。

そしたら、くじで人生が決まってしまった。という、「一枚のはがき」をみた。

新藤監督が99歳で撮ったことも凄いが、俳優陣が生き生き芝居をしているところが見どころだ。

100人の男がいた。

60人は南方へ、

残った40人のうち

30人は潜水艦へ。

時代は昭和19年。敗戦に向かう日本にとって、南方に行くことも、潜水艦に乗ることも死を覚悟すること。これがくじで決まる。

そんなことがあるのか?

なんでもある戦争という状況なら、あり得るだろう。

残った10人もくじで死んだものと生き残った者がいたという物語。

今生きている者は、生きているということだけでくじで選ばれた人間であり、その運命を受け止めて生き抜こうと新藤監督は言っているのかな。

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2012年2月 7日 (火曜日)

思い通りにいかないことの幸せ

まあ、思い通りに行かないものである。

それは、思いが間違っていた場合と、プロセスにどこか足りないところがあった場合と、不可抗力の場合だ。

どうしようもないことなら仕方がないが、思いが強すぎる場合が多い。

それは、援助関係によくあることだ。

援助は「正しい」ものはない。しかし、どこかで正しさや熱意が入りこんでしまう。

すると、結果が出来上がってしまい、その道を整理しようとする。

しかし、物事は思う通りにいかない。

だから、うまくいかなかったことを感謝して、よかったと思った方がいい。

なんてね。

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2012年2月 6日 (月曜日)

研修

障害政策並びに介護サービスの現状と法改正に関する研修に参加した。

たまには、じっくり話を聞くことが大切だ。

それにしても、障害分野も介護分野も大きく変わろうとしている。それなのに、政治が追い付いていない現状が情けない。

介護保険は、制度維持のためには必要な政策だろうが、人が老いるということと人の死ということに関しては語っていない。

制度は社会のために必要なことだが、老いや死は個人的な事柄だ。

個人のことに政府は何ができるのだろうか。

そのことを考えながら話を聞いていた。

すると、制度維持は、本人より、周りの人のためにあるような気がしてきた。

介護を受ける人にとって、介護は必要なことなのだろうか?

介護を受けたいと思っているのか。

考えていることは、どのように死ぬかだと思う。

あくまで個人的な感想だけどね。

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2012年2月 5日 (日曜日)

1973年7月16日

片付けをしてたら1973年(昭和48年)の新聞が出てきた。

思わず手を止めて読んでしまった。

角川文庫の全面広告には、角川文庫1400冊から50冊を選んだと、売れ筋の文庫を紹介している。

この中で読んだのは、

「人間失格」太宰治。

「没落論」坂口安吾。

「おばかさん」、「ぐうたら生活入門」「現代怪人物」遠藤周作。このころは遠藤さんに大変お世話になった。

「どくとるマンボウ航海記」、「船乗りプクプクの冒険」北杜夫

「天国にいちばん近い島」、「違っているかしら」、「結婚志願」森村桂。森村さんの本は、中学時代にずいぶんお世話になりました。家には20冊ほどあったと思います。

「風に吹かれて」、「ゴキブリの歌」五木寛之。五木さんはこのころいろいろ放浪してました。

「きろぐれロボット」星新一。星先生のショーショートがすごい人気でした。

「戦争を知らない子供たち」、「ピエロの唄」北山修。パックイン・ミュージックのパーソナリティーをやってたなー。

「太平洋一人ぼっち」堀江謙一。

「日本人とユダヤ人」イザヤ・ベンダサンというペンネーム。

と、かなりミーハーの本を読んでました。

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2012年2月 4日 (土曜日)

光に導かれて

いい匂いがしたので階段を上がるとケーキやだった。

3個買って帰る。

しぼんだ受験生と食べた。

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2012年2月 3日 (金曜日)

曖昧にできない性分

「あいまい」な生き方をして、あいまいな物言いをするくせに、どこかまじめな部分がある。

そんなこと黙っていればいいのについ、はっきりさせようとして、後悔をする。

ということで、本日も反省しきり。

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2012年2月 1日 (水曜日)

ありがたい質問

今日はお疲れさまでした。

講義は、講師と生徒で作るものだと感じております。

講師にとって一番うれしいのは、適切な質問を貰った時です。

ああ、そういうことを聞いてくっると、「もっとしゃべってしまうからね」となったり、「そこんところが分からなかったのか、ありがとう」となったり、自分の言葉の足りなさを反省します。

今日も、質問をしてもらったことで、大事なことを思い出しました。

ありがとうございます。

また、伺います。

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2012年1月31日 (火曜日)

屋上菜園

眺めが最高

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2012年1月30日 (月曜日)

病院の個室について

病院の個室は何のためにあるのか?

個室に入りたい人もいるだろうけど。あまりに高い個室に入れない人も多い。

今日、個室に入るなら入院できると言われた。

その額が、一日18,000円である。

そこに一か月いたら、差額だけで、月54万円になる。

ホテルだって、6000円で朝食が付くのに、これは部屋代だけ。医療費や食事代は含まれない。

救急で搬送された場合、個室に入れられていることもある。

この場合、もちろん拒否できる。病院の都合で個室に入れられた場合には、支払う義務はない。

と言っても、患者や家族で、そこまで主張できる人は少ない。

病院経営において、稼働率を上げるには個室の利用率を高めなければならない。それは、病院側の都合であり、病院本来の目的とは違うのではないか。

しかし、患者の多くはものを言うことができない。

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病院の面会簿について

病院に行くと面会簿に記名することを求められる。

これは何のためだろう?

誰が面会に来ているかを知りたいのか?

それなら、確認するだけでいいだろう。

記名することにどんな意味があるのか。また、記名したノートを活用しているのか?

たぶんしていないだろう。

それに、続き柄を記載し、それを他人が見えるようになっている方式には問題がある。

だって、その人に後見人が付いているとか、**さんはいつも息子が来ているとか、そんなこと他人に知られる必要はない。

しかし、病院の担当者は、「そういうことになっていますからご協力ください」と、なんか訳の分からない説明をする。

これって、どうなんだろうね。

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2012年1月29日 (日曜日)

休憩する動物たち

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曲がった道

映画を観ていて、ふと、懐かしい思いにしたることがある。

それは、道だ。

その道は、少し暗い。暗いといっても夜ではない。左右から木が茂り、すこし陽の光が射している。

そして、道は曲がっている。曲がっているから先が見えない。

見えない向こうのほうから何かがやってくる気配がある。あるいは、道を見ている僕の後ろから誰かが歩いてくるかもしれない。

そして僕は泣く。

とても悲しい気分だ。

悲しい気分を感じながらもその場から立ち去ることはできない。

なぜなら、その道が僕だからだ。

僕は道を歩けない、見ているだけ。

そして、とても懐かしい気分を感じている。

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楽しい講義

火曜日に6時間の講義をするので、その準備。

何をしようか考えているときが一番たのしい。

まあ、型にはまらないことが身上の僕だから、僕にしかできない講義にしたいと考えている。

始まりの空気が終わった時にはピンクになっているようにしたい。

だんだん、楽しそうになってきた。

レジュメが出来上がると、すでに終わったような気分になっていた。

それでは、後日結果を報告します。

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人の世話にならずに死にたい

団地の調査報告書を読みながら山田太一のドラマを見ていた。

それはある団地の話。そこには、人の世話になってチケット制の介護支援を受けるグループと、「そんなのいらない」と、人の世話にならずに死にたい人たちが登場していた。

世話になりたくないと思っている人たちだって、ホントウに世話にならずに死ねるなんて思っていない。

どうせなら思い切り世話になって死んでやりたいと思っているかもしれない。

ただ、世話になるだけの弱い人間として死にたくないと思っているんじゃないかと感じる。

そんなの一方的な生き方、いや、死に方でつまらない。

世話になるくらいなら、迷惑かけて死にたい。

いや、迷惑かけてありがとうと言って死にたいな。

調査した団地の話。

古い団地が抱えている問題が、その団地にもある。

つまり、入居した40~50年前は若い世代が中心だった。小さな子どもたちが公園にあふれ、歓声が団地のあちこちから聞こえていた。

しかし、40年たち50年が過ぎると、子どもたちは団地を去り、残ったのは、錆びついたブランコと70代以上の高齢者ばかり。

そんな団地の住民を支援しようとする。

そんなことができるのか?

援助の限界をそこに感じる。

団地は生き物である。

生き物は、その内臓によって生きている。そして、内臓が腐ることもある。

腐りかけた魚を生き返らせることはできない。

でも、団地は腐りかけながらも生き続ける。

だとしたら、その中で一緒に生きていくことしかできないのではないかと感じる。

それは、被災地と言われる土地でも。

外から支援するのは緊急時だけである。

援助物資やボランティアもその後の自立への繋ぎである。

団地の老人はみな個性的だ(ドラマの中では)。

実際の団地の住民だって、ドラマ以上に個性がある。

みな70年、80年生きてきた歴史とドラマを持っている。

そうしたドラマを生きてきた人たちは、いま、この瞬間、それぞれのドラマのクライマックスを迎えている。

その意味が分からないのは、本人の生き方を知らないからだろう。

社会から見れば「孤独死」したSさんも、そのドラマの結末がそうだっただけかもしれない。

三谷さんなら別な結末を書くかもしれないけど、もう一度やり直すわけにもいかないから、幕が閉まったら拍手をしたい。

そして、自分の人生の結末を書こう。

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3割ダウン

確定申告の季節である。

昨年の収支を、ざっと計算すると、前年より3割ダウンである。

原因ははっきりしているので、そんなものだろうと感じている。

長期的にみると、改善が必要だが、短期的にみると何とかなると思ってしまう。

この辺の「がんばりのなさ」が一番の問題である。

でも、小林聡美の映画を観ていると、こんなもんでいいかなと思ってしまう。

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2012年1月28日 (土曜日)

小林聡美のそっ

小林聡美の「そっ」はそっけない。

けど、いいんだな。

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「そう」について考える

石巻で「そうなのね」を連発した。

しかし、地元の人の「そうなのね」には負ける。

そこで、自分らしい「そう」を探そうと練習している。

誰かに何かを言われて「そう」と答える。その「そう」である。

ただ、この「そう」が難しい。

「そう」と言っても、「そうじゃない」と聞こえるかもしれないし、「そんなの知らない」と聞こえたらもっと困るしね。

「そう」は奥が深い。

優しい声で「そう」というと、ゲイに間違われる。別に間違われてもいいのだけど。

大きな声で「そう」というと、ソーラン節になってしまう。

「そう」の「う」を上げるべきか、下げるべきかも難しい。

下げると、どこかタイ語に聞こえる。

そうなんです。

そしてふと気づいた。

僕の「そう」はどこか気のないことに。

あまり人の話を聞いてないような「そう」だということに。

やっぱり「そうなの」にしようかな。

でも、その場合の「なの」の「の」は伸ばした方がいいんだろうか?

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一人じゃない

一人で仕事をしていて大切なことは、たまに一人じゃないという環境を作ることだと思う。

それは、災害支援に行きチームで活動することでも、

第三者評価の評価者としてチームで活動することでも、

ボランティア活動のため、チームでプロジェクトを行うことでも、

共同研究者とインタビュー調査を行うことでもいい。

とにかく、たまには誰かと共同で仕事をする。

そうすると、ああ、チームで仕事をすることはいいもんだと感じ、また、一人で仕事をするのもいいもんだと思う。

そして、一人で仕事をしていて大切なことは、たまには誰かと食事をすることだ。

いつも、スキヤ→吉野家→カレー屋→ガスト→ラーメンというサイクルを繰り返し、一人で早めしを食べていると人生が空しくなる。

だから、若い子に冗談をいい、「まったくはおじさんは・・・」と思われても、誰かと食事をすることは大切だ。

今日も、お父さんがぼくより若い女性と食事をした。

なんて素敵な一日になったことだろう。

Important thing has not been working alone as a social worker, I think that sometimes provide an environment that not alone.

It also went to work in teams to assist disaster

You can also work as an evaluation team,

Even as volunteers to work in teams,

In doing research with colleagues,

Anyway, once in a while to work jointly with someone else.

Then, ah, that feels good to work in teams, and to working alone I think.

And important thing If you are working alone, but once in a while to eat with someone.

Always in vain and life would have been cheaper to eat at the cafeteria.

So I do a joke on a young woman, but was amazed that a meal with someone is important.

Today, I had lunch with a young woman.

Would be a nice day now.

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2012年1月27日 (金曜日)

ノー・コンタクト

DV2 Domestic Violence 2

2h40/2002/カラー/スタンダード/16mm

家庭内暴力が裁かれる法廷の現場を活写する、めくるめく裁判絵巻。別室に引き離され、テレビ画面を通じて争う加害者と被害者を、ベルトコンベアのように次々と裁いていく判事の胆力。男女の間の様々な事情と、アメリカ司法制度の現実が重層的に描かれていく。
【撮影地:フロリダ州タンパ、ヒルボロー郡裁判所 1998年春】

DVに対して州法は、コンタクトしているかどうか。また、その際にそれを認めているかどうかを問題にする。

つまり、それ以外の「情」や「状況」については考慮に入れない。

家庭内暴力、あるいは、恋人間の暴力は、そもそも情緒的な問題である。

それだけに、情著的な話を聞きだすと時間がかかり、争点が絞れない。そこのところは合理的な国である、オレンジの服を着た被告に対して同時に法的な指導を行い、保釈金を言い渡す。

それでも、当事者が口を開くと、「それは僕が(私が)こういうつもりで」と説明を始める。

その瞬間、判事は「それは事件には関係がない」と切り捨てる。

DVは暴力事件である。どのようにコンタクトしたかを問題にし、暴力が介在する関係にある当事者は接触させないこと以外には防げないと考える。

それだけ、DVの根が深い社会なのだろう。

話し合えばわかる世界ではない。

合意のないコンタクトが起きたのなら、それはDVである。

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立場が環境をつくる

チチカット・フォーリーズ Titicut Follies

1h24/1967/白黒/スタンダード/16mm

刑務所内の精神障害者収容施設を記録した、ワイズマンのデビュー作。劣悪な状況下におかれた収容者たちと、その惨状に慣れ切ってしまった看守たちの日常を克明につづった衝撃作。上映禁止を求めるマサチューセッツ州と24年にわたる法廷闘争を繰り広げた。
【撮影地:マサチューセッツ州立ブリッジウォーター刑務所矯正院 1966年3~5月】

40年前のアメリカの人権意識を取り上げた作品だが、その後の、収容所での捕虜に対する暴行や、死体に対する虐待のニュースは続いている。

人間の持つ弱さと闇の側面なのだろうか。

それはよその国の話ではなく、日本の福祉施設も・・

看守と囚人はどこが違うのか?

それは、罪を犯した者と、それを管理する者の違いである。

しかし、社会に戻れば生活環境は似通っているかもしれない。

アメリカの兵士の多くは社会的マイノリティーだと言われることがある。

閉鎖された環境だから起こることと考えることもできるが、刑務所というマイノリティーの環境を改善することが先決だとも思える。

それは、日本の福祉施設でも同様だ。

利用者と呼び方を変えても、そこで働く人たちの境遇が改善しなくては、利用者の権利は守れない。

施設というものは必要悪だと言われた時代があった。

しかし、そんな言葉も聞かれなくなった。

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2012年1月24日 (火曜日)

カレンダー

時間の管理は重要だ。

だから、フェースブック(FB)とPCをリンクし、ほぼ日手帳を並行して使っている。

とくに、FBとPCがリンクできることで管理と記録がしやすくなってきた。

予定の管理と行動記録がすぐにできる。

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2012年1月22日 (日曜日)

恢復するこころ

負けない心を育てたい。

だから、努力して勝つことを褒めてきた。

かけっこも一番がいい。勉強だって人よりできる方がいい。

そんなに「がんばれ」とは言ってこなかったけど、それでも、どうして「がんばら」ないのかと、はっぱをかけることもある。

しかし、親の期待をよそに、マイペースな子どもができた。

そもそも、親がマイペースである。

好きなことをして生きている親の背中をみて、「こういう人」にはならないように誓っていたのに、気が付くと歩き方が似ている。

子どもは子どもなりに悩み苦しんでいる。

そこに親の期待がのしかかるとどうしていいか分からなくなる。

「こどもに期待しない親はいない」だろうし、「自分の子どもを褒めないで誰が褒めるのか」とヤスが言うように、「生きているだけでありがとう」と思っている。

思うようにはならない。

そもそも自分の人生だって思うようにはならないと分かっているのに、どうして子どもの人生なら思うようになるのだろうか。

恢復するには時間がかかる。

その時間が問われる。

いまこの時が、その過程であると分かれば、幸せな時間になる。

たとえ寝ていても。

なんてかわいい寝顔だろうと感じればいい。

I wish develop a competitive mind.

So, I recommend that you try to win the children.

I wish I could have studied more .

I said "Ganbare" that I did not say a lot, but I have more to say why Ganbaranai.

However, despite the expectations of parents, children could own pace.

First place, it's a parent's own pace.

Children of parents who look back to living like that, "such person" has been sworn to avoid but, like the next thing you know I walk.

Children are suffering troubles to be children.

Children suffer from parental expectations.

"Parents do not expect children do not" and would "do a praise Who in praise children tome," so says a man named Yas, "Thank you just live," I think.

I think life is not so.

I think my life is like that should know. Yet, why are children's lives will become as you wish.

The mind will take time to recover.

The time it we need.

Now this time, and knowing that the process becomes a happy time.

Even if he even sleeps.

I love a pretty sleeping face.

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まっすぐな街

不思議なくらいまっすぐな建物が立っている。

自然に生える物はみな曲がっている。

当然、自然に近い人間も曲がっている。

どれくらい曲がっているかでその人の人間性が分かる。

まっすぐな人はロボットかもしれない。

しかし、まっすぐの方が自動車や飛行機や機関車には乗り込みやすい。そのほうが機能的で合理的である。

でも合理的で機能的な社会はどうしても疲れやすい。

だから、プールで泳ぐとき、僕はどうしても左に曲がってしまう。

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船長A

震災の翌日からボランティアをはじめ、述べ先数百人のボランティアが泊まったという家。

ココも泥水が1メートル流れ込んだ。

自分のことは後回し。困っている人がいればなんでもあげてしまう船長。

顔が赤いのは酒やけですと。

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私のなかの震災

高橋源一郎はいう「おそらく、『震災』はいたるところで起こっていたのだ。わたしたちは、そのことにずっと気づいていなかっただけ」だと。

これまで、避難所や仮設住宅で市民の話を聞いてきた。

その時は気づかなかった。

しかし、今回被災地区の住宅を回り、「被災者」の話を聞き、高橋の発言が理解できた。

いわゆる「震災」や「被災者」は、私たちの生活とは別の世界で起こっていると思っていたが、それは、私たちの世界の一部だった。

私たちは、漠然とした不安、経済問題、人間関係のストレス、ぶつけようのないイライラ・・・を感じている。

それは、東北の「被災者」以上だろう。

東北には、大きな自然がある。自然が人間を治癒すると留岡が言っているように、そこにいるだけで大きな癒しをかんじる。

そこに住んでいるということで強い力を得ている人たちなのだ。

私は「被災者」の話を聞いて何度も涙が出た。

そのとき、私の中の「被災したもの」とリンクし、共振が起こった。

それにしても、東北の人たちは見知らぬ者である私たちを受け入れ、温かい眼差しを注いでくれる。

そこには、地域の中に築かれてきた「深い結びつき」としての人間関係がある。そうした関係こそが、いま必要となっている。

だから東北に支援するのではなく、私たちの世界にある「震災」を考え、さらに、そのヒントを被災地から学ぶ必要があるのだろう。

Genichiro Takahashi says "probably,the Earthquake  where he was going. We just did not realize that much to" that.

So far, I've been listening to the citizens in shelters and temporary housing.

I was unaware at that time.

However, I cycles through the affected residential area, "Victims" and listen to stories, I understood Takahashi remarks.

So-called "earthquake" and "victims" is our life and thought that was going on in another world, it was part of our world.

We are free-floating anxiety, economic issues, relationship stress, do not feel like a frustrated crush.

It is, of the Northeast "victims" will at least.

The northeast, there is a major natural. Tomeoka is "to heal the human nature" as saying that, you can feel just great healing to the northeast.

People living in the Northeast, the force can be obtained from nature.

I 'victims' tears came to hear the story many times.

Of my "victims" and linked to, resonance occurs.

Nevertheless, people in the Northeast we are accepting strangers, who poured a warm look.

There, in the area had been built "deep ties" in human relations as a. Such relationships is what has now become necessary.

So instead of supporting the northeast, in our world, "Earthquake" thinking, more will need to learn from their tips to the affected areas.Undo edits

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2012年1月20日 (金曜日)

この力はどこから出てくるのか

街であった区長さん。

遠くから歩いてきた。

「俺が動かないで誰がやる」んだと、笑っていた。

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