2017年3月 2日 (木曜日)

自分の怒った顔は見たくない

久しぶりにサイコドラマに参加した。
自分の モヤモヤを取り上げもたった。
それは、わかっている課題であるが、わかっていると合理化しているだけのことも分かっていた。
ただ、ドラマの中でどんな事が起きるのかに強い関心を持った。
僕の自我に誰を選び、クライエント役を誰に頼むのか、それは、すでに決まっていた。
クライエントに言わせたいセルフもできていた。すべは用意されている。
ドラマは、僕の想像どうりに進んんだ。それを期待していたわけではなく、分かっていた。
分かっていても認知されていないことは多い。
調和された世界の中で、生きている。それに納得しているか、そうでもないのか、その辺が問題となっている。
納得できないことは多い。それを納得するには、時間とそれを演じてくれる人が必要だ。
僕の代わりの人は少し怒っていた。その顔は、確かに怒っているように見えた。

| | コメント (0)

2017年2月24日 (金曜日)

スキーをする

スキーをした。
毎年1回位は滑っていた。
それもコーチについて。
コーチは、教えるのが好きだが、生徒は教わるのが嫌いだ。
コーチのように滑れないから教わっているが、そうはできない。出来ないからということを上手く伝えることもできない。イライラする。
積極性がない生徒である。どちらでもいいような顔をするとコーチは機嫌が悪い。当たり前である。
でも、どっちでもいいのだ。上から下に滑れれば。
そういうと身もふたもない。

しかし、今年、コーチのイメージと僕のイメージが少し合った。
それは、スキーのイメージではなく、おじさんのイメージである。ああ、このおじさんは僕と同じおじさんだと思えた。すると、スキーがくるんと回った。

| | コメント (0)

旅先で思い出すこと

新潟に来ている。
40年ぶりです。信濃川を眺めていると、突然、その時食べたおいしいお米の味を思い出した。
兄が新潟市に赴任し、学生だった僕は、兄を訪ねて来た。
それほど仲良くなかった。というより、苦手意識があったのだろう。
何をしたか、なにを話したかは、全く思い出せないが、お米の味だけは忘れない。その艶や、色合いははっきりと浮かんでくる。おいて、大きな川。

川といえば、タイのカンチャナブリの川を思い出した。
季節は春、いや同じ2月。

でも、泳いでいる。
子どもと一緒に、プロレス技をかけるような格好で、川に飛び込んだ。
凄く暑くて、なんとなく虚しくて。

| | コメント (0)

2017年2月 4日 (土曜日)

ワーカーのリジリアンス

困難さを感じるワーカーのリジリアンスはどのように発揮されるのだろうか。
困難な状況を感じるのは、クライエントのせいばかりではなく、ワーカーの感受性も大きく影響を与えている。
そのツボをクライエントは心得ている。
弱さの中にいるクライエントにとって、弱さを使うこと、弱さに漬け込むことは得意技である。
相手が傷つくであろう言動を駆使して、世を渡る。それはクライエントのリジリアンスである。
しかし、それはワーカーの傷になる。
この辺が面白い。いい事は二つない。誰かが喜んでいる影で誰かが泣いているのである。
そうすると、傷つかないでいるという事は大事である。感受性が鈍いということも、ワーカーのリジリアンスになる。
何を考えているか分からない仙人のような人に相談に乗ってもらう。何にもならないと思いつつ話をし、結局何にもならないと悟り、その場を去る。
そこに行くことができたのであるから、去ることも出来る。
まあ、なんとかなりそうだと思う。
これは、ワーカーにとっても必要な処理方法だと感じる。
困難さを受けつつ、それを放出する。
それは、家族の関係でも言えるだろう。
親からせっかく自立したと思ったら、親の介護を背負う。
背負いながらその重さを軽くするには、沢山で背負うか、重荷を下ろすか。
そのどちらもできない人は逃げる。
逃げる事は恥でないと原さんも言っている。

| | コメント (0)

2017年2月 3日 (金曜日)

自己決定の機会を失わない事

援助により自己決定の機会を失くさない事が大切である。
しかし、援助をすることは、時に、クライエントの力を少なくしている。

生活の実感を感じたいと訴えるAさんは、いつも不満をぶつける。
権利擁護や効率を考えると、手を打つことが求められる。

その時、クライエントは、うわべだけの優しさや、自分の世界に土足で入られることに無力感を感じる。

うまくできないかも知れないが、自分の足で歩いたり、銀行に行ったりしたい。
できないかもしれないが、やりたいと言う。

どこまで待てるか。安全が侵されない限り、財産が大きく侵害されない限り?

援助したいと思うこと自体が負担と感じるクライエントに何が出来るか。

それでも関わり続けること。
と、電話をかけている。

| | コメント (0)

クライエントのリジリアンスを見つける

なんども試みるが失敗の連続だったケースが動き始めた。
そもそも、動かそうとする思いが強すぎ、それが硬直した状況を生むだけでなく、疑いを生じさせた。
その他の例にもれず、始めは関係の調整作用から接近する。いい感じで調子に乗らないだけの余裕はあったが、時間の経過とともに気持ちの変化と環境が変わった。

この辺の読みが甘かった。

期待は疑いを生む。
こんなに親切にしてくれるのは怪しい。
管理されることで安全は保証されるが、実感は薄くなる。

クライエントのリジリアンスを考えなかった訳でもないが、真直ぐに回復しないことを予想できなかった。

関係を調整するために生活に感情を戻す必要がある。
実感を作り出す事を始める。そのために時間を共有した。

そうする事で、前よりは良くなる。

観念的な表現である事は分かっている。
そもそも、クライエントの実感が曖昧なものであり、その曖昧さをそのままにしながらリジリアンスを見つける。

| | コメント (0)

2016年12月18日 (日曜日)

イツノマニカ

パソコンが壊れそうになり、データが失われる前に新しいPCに買い換えた。

その取り扱いに慣れるまで、何度も電話で相談し、やっと使えるようになりました。
そんな一ヶ月が過ぎた。
そしたら誕生日が過ぎていた。

| | コメント (0)

2016年11月 8日 (火曜日)

不機嫌な私

不機嫌な人が短にいると不機嫌になると思いながら、不機嫌な過去を観る。
彼女、二階堂ふみは不機嫌だ。それでいて、積極的に関わろうとする。この関わりと、不機嫌さはリンクしている。
不機嫌な人は、空白を嫌う。隙間がある事が不機嫌の原因である事が多い。だから、時間や仕事や人間関係を埋める。それは必要だからではなく、空いているからだ。
爆弾は手段ではない。さらに、目的でもない。
目的はありそうで、ない。機嫌をよくすることは目的ではないし、そもそも目的があって生きているわけでもない。
とにかく不機嫌なだけである。
でも、それでいいと思えば、周りの人にも救いがある。
まあ、そういう人がいる事を見るような、見ないような、なんとなく関係を持とう。
というわけで、やたらあれ?それ?が多い映画だった。

| | コメント (0)

2016年11月 6日 (日曜日)

研修に参加し、仕事はと聞かれるとフリーのソーシャルワーカーだと答える。
しかし、これでお金をもらうことは滅多にない。ほとんどない、無に近い。
しかし、嘘をついているわけではない。
自分ではそう信じているのだから仕方がない。
その意味では、卓球の選手やサイクリスト、スイマー、ウクレレ弾き、思想家、 夢想家と言っても嘘ではない。でも、その場の雰囲気を壊さない範囲ならね。

| | コメント (0)

スタバで

スタバでお茶を注文する。
どうして高いコーヒーを飲むのか?
まあ、ムードであるという言い訳と、少年との繋がりからだろうか。
スタバのカードを一年前に貰った関係から、カードでお茶を飲んでいる。注文の仕方が難しいので、目に付いたメニューを上から順番に注文している、か、店員にオススメを聞く。
店員は少年との同世代であるから楽しい。
子どもや高齢者と話す機会は多いが、中間の二十代の青年と話すことは少ない。まあ、それが普通だろうから。
当然、注文に時間がかかり、後ろの人を待たせるが、高いコーヒーなのだからいいかな。

| | コメント (0)

2016年11月 1日 (火曜日)

その話を聞きましょう

子どもの声を聞く。

子どもだった私は、子どもの気持ちが少し分かるような気がする。
傷ついた子どもの傷に触れない事が、大人の嗜みだと思われている。すると、当たり障りのない事しか話せなくなる。大人の場合なら、色々事情があり、マア、なんとか、ぶつぶつ、と、いい加減な事を言っていても、話にならなくても、その場の雰囲気で過ごせる。
でも、子どもは、自分に起きている事の重要性や大切さや、意味や価値がわからない。だって、初めて自分に起きた事だし、映画や芝居や、ドラマや小説をたくさん見ている訳でも、人の噂や世間話を嫌ってほど聞いている訳でもないから。
そこのところを誰かに聞きたい。でも、聞いちゃいけないとなんとなく感じる。それは大人の雰囲気から。
自分が傷つけられたのに、また、親切な大人からも傷つけられることになる。

だから、誰かがきちんと話を、そのドラマを聞いてあげないといけない。そして、その意味を伝える事が重要だと思ったんだ。

| | コメント (0)

2016年10月30日 (日曜日)

若い気になる

Img_1013

久しぶりに遊んだ。
遊ぶには気力、体力、好奇心が必要で、その力がだんだん落ちていると感じていた。
静かに遊ぶことはできても、思い切り遊ぶことがこれほど大切だとは思わなかった。
ありがとう。


| | コメント (0)

2016年10月27日 (木曜日)

マリウド

Img_6243_4


民宿に泊まり、同じ体験をし、酒を飲み、そして別れる。
そんな旅が今もある。
それはキャンプのようで、山に登り、川を下り、キャンプファイヤーで歌を歌う。
リーダーたちは、夜にミーティングをし、今日のカヌーはどうだったか振り返り、明日のシュノーケリングのコースを決める。
僕らは同じように成長する。
それは、僕らを見守ってくれる森があるから。
また、来てねと鷲が言っている。

| | コメント (0)

2016年10月25日 (火曜日)

眠れない、眠れない

眠れない夜になるとメールをくれる人がいる。
何も、僕を起こそうとする訳ではない。ただ、暇なのと、眠れないことを伝えるために、メールが来る。
電話でないことがありがたい。
でも、メールには呪文のように眠れないが何遍も繰り返される。まるで、羊を数えるように🐑。羊は柵を超えるが彼女は、何を超えているのだろう。誰と超えたいのだろう。
そんなことを考えると眠れなくなる。

| | コメント (0)

2016年10月21日 (金曜日)

誕生会

多分、それは、何十年ぶりの誕生会だったのだろう。
彼女は、恥ずかしそうにロウソクの火を消した。

グループホームには認知症の人が暮らしている。
認知症の人は認知症でない人と違うと思われている。さて、そうだろうか。みんなが、みんなと違うように、そこで暮らす人は色々な過去を持っている。

彼女だって、誕生日を祝ってもらった記憶はあるだろう。けれど、大人になり、ケーキのろうそくを消したり、名前の入ったケーキを食べる事は、初めてかもしれない。
僕だって、自分の名前の入ったケーキを食べたことがない。

そのことにスタッフは気づいていないだろう。たぶん。それは、誕生日会のプログラム的流れを見れば分かる。
しかし、こうした時間は生まれて初めてだし、皆に歌を歌って貰う、この時間は特別なのだ。

それは、いつも怒っている彼女の頬が少し緩んだことで分かる。
ハッピーバースデー

| | コメント (0)

2016年10月14日 (金曜日)

ポナペ(ポンペイ)

おばあさんと話をしていたら、結構おばあさんと話が合う、ポナペに住んでいたと、教えてくれた。
なんとなく聞いた事がある名だと思っていたら、ミクロネシアの方の島だった。

現在は、ポンペイ島と言うらしい。
子どもの時、ポンペイ島に家族で渡ったそうだ。知らなかったが、終戦当時、日本人が1万3千人程住んでいたそうで、日本人が移住した島としては3番目に多かったという。

日本が占領していた時代だったのだろう。
色々な国が島に入ってきて、勝手なことをし、戦争にも巻き込んだ歴史が続いたのだろう。

おばあさんは、十数年島に住み、学校に行っていた。
暖かい島の平均気温は23度前後。食べ物は自給できるくらいあったという。

島で生まれた弟や妹や、島の子どもたちと遊び、楽しかった。
でも、戦争が終り、引き上げてきた。

引き上げた? 自分が生まれた島は、ポンペイ島であり、日本に出かけたようなものだ。
日本は寒く食べ物のなく、寂しかった。

その後、友達と、島で一緒に遊んでいた友達と、それから何年かして、ポンペイ島を訪ねた。

きっと、 日本軍と 日本人が 残した遺物を見ながら、色々な話をしただろう。

それから60年が過ぎたというのに、はっきりその景色を覚えている。

| | コメント (0)

息子の友達と話す

息子と話さないのに、その友達とは話す。
近所の子どもと話をしないのに、施設の子どもと話す。
道を歩いているお年寄りと話をしないのに、スポーツクラブで隣を走っている高齢者と話す。

話をするのは難しい。
僕の場合、話しかける事が多く、話しかけられる事は少ない。
それは風体のせいかな。

その友達のお父さんは僕より少し若い。
その友達は僕より少し背が高い。
この微妙な関係が気になる。

それに、息子のことを僕より知っている。

| | コメント (0)

2016年10月13日 (木曜日)

笑顔の向こう

私の人生はこれでいいと思っている人は少ない。それなのに、人にはそれなりに満足していると答える。
この差にあるのはなんだろう。
本当の自分に向き合うのは辛いものだ、ということもあるだろう。

その点あAさんはすごい。
自分の嫌なところも、政府の嫌なところもぶちまける。
満足しないことを生きがいにしている。
何かに怒りを感じる、それを口にできる、それを聞いてくれる人がいることで嬉しそうな顔をしている。

| | コメント (0)

2016年10月 5日 (水曜日)

子どもと向き合う

大学を卒業し養護施設に就職する前から、子どもと関わる仕事をして来た。
それが、大人と関わる仕事をするようになっても、未だに子どもと話をできる仕事をしていることは嬉しい。
子どもに話を聞く。
子どもは嘘つかない訳ではなく、嘘をつく。
しかし、大人の嘘とは違う。どこが違うのかうまく言えないが、嘘をついていることを意識していないようなところがある。
話によっては、嘘と、作り話と、事実が入り混じっている。
特に、ショックな出来事では、夢のような物語を話す。
そんなことはないだろうと、嘘ときめつけると、とんでもないことになる。
子どもの話すファンタジーの中に、とっても大切な情報が含まれていることなんてたくさんある。むしろ、ファンタジーの方が本質をついている。

大人になると、事実にこだわる。
それはいつの事か、誰がしたのか、なぜ、その意味は?なんて。
そればかりが気になって子どもの話を聞くと、全く話が噛み合わないことになる。

だって、昨日のことのような、昔のことのような気がするし。
お父さんのような、狼のような顔に見えたり、私がいたようないなかったような気分だからだ。

大人なるに従い、いつ頃からかわからないが、数字ばかりが気になるようになる。
もう10分が過ぎたって。

しかし、彼の世界ではそれは、すごーく長い時間が過ぎていた。

相対性理論が関係しているのか、時空が曲がっているのか、僕の顔が歪んで鏡に映っている。

| | コメント (0)

2016年10月 4日 (火曜日)

空白を埋める

少年は空白を作らないように生きている。
空白は、不安を生む。空白は恐怖である。それは、未知の世界である。

昔T君が描く絵には、細い線で未知に生物のような生き物がびっしり描かれていた。
それは、空白を埋めるために描かれているような、脅迫的な感じがした。

少年はいつも不満をいう。
楽しいことでは物足りない。不満の方が話が弾む。
楽しいことは、楽しかったで終わってしまう。そもそも楽しい気持ちがどんな気持ちかわからない。
その点、不満、文句は、いつまでの心の中がいっぱいになる。もっと埋めたい
不満で埋めたい。
その方が安心だ。

| | コメント (0)

2016年9月20日 (火曜日)

オープンダイアローグ

彼女は、突然入院させられた。

支援者の視点は、自宅で生活上の課題を抱え、生命の危機にある状態だ。放置することはできないと医療保護入院を判断した。
その判断が正しかったのか間違っていたのかは分からない。放置することで生命の危機を迎えたことも予想されるし、放置する中で、自力で生きる力を出すことも考えられる。
しかし、彼女の認知は、他人が土足で玄関から上がってきて拉致された、というものである。
入院後、病名を知りたがった。
病院の認識では、保護され、妄想があり、話す内容も支離滅裂である。服薬と行動制限で安定を図るという方針を立て、詳しい説明をしないまま、話をしても、医師の言葉を伝えただけで、本人との対話は行われない。
病名を知らないまま、入院は続く。保護した際に、入院費を支払う能力がないと判断し生活程を開始、しかし、土地と建物があり、資産がると判断する。生活保護をかけるが、支払いの能力があるので資金援助(無利子で貸す)する決定をする。
さらに、健康保険の手続きをしていないので、入院費は10割負担となる。
つまり、本人の同意がないまま、毎月40万程の入院費を払うことになる。
入院は続き、本人は病気だと覆っていない、医師は、病名を付けないまま、治療をする。
10か月たったころ支援者が決まる。
ここから、彼女との話(対話)が始まる。
初回の面談では、飛び出す言葉が多すぎ、断片的な単語のみ理解できるが、ストリーが分からない。ただ、助けてほしい、病院は信頼できないというメッセージを受けtとる。
面会を続ける。庭を散歩する、喫茶コーナーでお茶を飲む、車で外出する、お昼を食べる、施設を見学する。
外に出て驚いたことは、会話が上手だということ、交渉力があり相手を気遣う配慮をする。
病院内では患者としてふるまい、外では客としてふるまう力を持っている。
その力が出てくるのは、様々な場面を通じて、昔の力を取り戻すようにしている。
退院を拒否する。
医師は、退院できるだろうという。それは、服薬の必要がなくても生活ができること、問題行動が減ったことを指している。しかし、彼女の世界で帰宅できないことを理解しない。
彼女の取って、退院することは前の世界に変えることであり、言葉を失う世界の戻ることでもある。自宅では対話がない、近隣住民との戦いが待っている。食事や掃除はできない、できないことばかりが待っている。病院の不自由な世界の中が自由な世界と感じる。
強制的に退院させられる。入る時も出るときも強引でしか移れない。
結果として、新しい世界に入る。新しい世界では、新しい交流が生まれ、新しい交流は昔の力を使って生きるすべを想起させた。
彼女との対話は続いている。
冗談をいうと、そんなつまらない冗談を言うなという。僕の洋服が派手だという。

| | コメント (0)

2016年9月16日 (金曜日)

いつもズボンは履いてます

同じ洋服を着ていてもその場所で相応しかったり場違いだったりすることがある。
スーツを着ていない僕の仕事着は少し派手な感じである。それが地味な場所もあり、毎朝少し迷う。
先日も施設を評価する仕事をした。評価するなんて言うと硬い感じで、ちゃんとした人が来ると思っていたようで、派手なミニに 乗った軽い僕が降りてきたので安心しやようすだった。しかし、威厳がない、言葉が軽くなると言う弊害もあるので、ズボンを履いていった。

| | コメント (0)

2016年6月29日 (水曜日)

無題

Image

山本さんだ。
山本さんと6歳違いだと初めて知った。僕が24の時だから、山本さんは30か。その時すでにおじさんだった。貫禄があった。世界中を旅をし、いろいろな人に会い写真をたくさん見せてくれた。
得体の知れない雰囲気があった。それは今も変わらない。何を考えているのかわからない。
日本を捨てて、その時すでに8年が過ぎていたのか。
何も捨てられない僕は、何かを拾いにブリラムにいった。もちろん落ちているものは何もなく、山本さんに出会った。
それから10年が過ぎ、養護施設に勤め、研修という名目でカンチャナブリの子どもの村に行った。そこに山本さんがいると聞いていた。山本さんはいた、相変わらずよくわからない雰囲気を出し、意味を考えても無意味だよという顔をしていた。

| | コメント (0)

2016年6月28日 (火曜日)

彼の中に見えた私

「万馬券が当たったから、夕飯を外で食べよう、肉を食おう」と、公衆電話で話してるおじさんがいた。よほど嬉しかったのだろうか、声が大きく、上ずっていた。
しかし、次第にトーンが落ち、「そうかい」と言ったきり言葉が出ない。どうも、妻に電話している様子で、妻は気乗りしない声で何かを言っており、お父さんは黙ってそれを聴いている。うな垂れ、急に身体が小さくなった。
気がつくと受話器を置き、もう、向こうの方に歩いている。
その後ろ姿に自分を見た。
お父さんの肩を抱き、一緒に焼き鳥でも食べまに行こうぜと言いたくなった。勿論、万馬券で。

| | コメント (0)

2016年6月27日 (月曜日)

引っ越し

引っ越しをするとモノの多さに驚く。
並んでいると綺麗なモノも、かたずけ出すとゴミに見える。その差はどの辺か?
同じようなものがある。半分だけつかって、そのままのモノがある。この中でホントに必要なものは少ないことは分かっていてもモノは増えていく。

読まないのに本が増える。それでいて、読みたい本が見つからない。
捨ててしまって後悔したモノは、殆どない。それなのに、モノが減らない。

これは人間としてのモノにも言えるのか?
僕がいなくなっても後悔する人はいないだろう。もっとも僕も後悔できないし。

| | コメント (0)

2016年6月26日 (日曜日)

風呂に入れるか問題

酒を飲んでいた。

隣の人が、夫が見知らぬ人を家に連れてくる。夜はいいが、朝になると、見知らぬ人と妻=隣の人の二人になる。
その時、妻は「お風呂にしますか、食事にしますか?」と見知らぬ人に尋ねるという。
その話を聞いた、反対側のご婦人が「えっ、そんなの信じられない」と叫んだ。ここから、隣人を風呂に入れるか問題が始まった。投票はイギリスのように2分するかと思ったら、圧倒的に「入れない派」が優勢である。
「まあ、夫と一緒に飲んでいるまでは許せるけど、朝、風呂に入れるのはね」
「顔を洗ったあと、タオルを貸すまでならね」
「夜のうちに、タクシーで帰ってもらいたいわね」
「とんでもない、家になんか入れないわよ」
と、「風呂入れない派の強硬意見がでる。
これは、あなたにとって隣人は誰か?という難しい問なのかもしれない。もしかしたら、夫よりすごい人かもしれない。夫と別れて隣人とその後の人生を暮らす可能性だってある。
それから、どんな人だったら風呂に入れるかに話は移った。
嵐だったらね、という話になった。
「それなら、一緒に入るわよ」という意見も出た。
そんなものか。

| | コメント (0)

赤ちTシャツ


Image











どうでもいいことの中にLIFE=生命・生活・生きていること、があると岸政彦はいう。たぶん。

僕にとって、今気に入っていることは、赤いTシャツを着て、腹を触ることだ。

Tシャツは赤でなければならない。たぶん、一番さわり心地がいいだけなのだが。クルマを運転している時がいい。無心に進んでいるときに、無心に柔らかく弾力性のいい腹をもんでいる。これ以上太くても、これ以上細くてもだめ。ちょうどいい感覚にうっとりする。

それは、猫を撫でている感覚に近い。適当に気持ちよさを感じ、それでいて、飽きるとサッと逃げていくヤツに似ている。

この脂肪というヤツは、嫌われ者だが、コ奴がいないと生きていけないから厄介である。必要がないように見えて、実は大切なものが沢山ある。

私は必要なんでしょうか?なんて質問を受けることがある。そのとき、この話をしようと思っている。

 

| | コメント (0)

2016年5月 5日 (木曜日)

壁に登る

ライオンに追いかけられた。
夢の中。
道は細い。私の足は遅い。
羊が逃げる。シマウマも逃げる。みんな足が速い。
僕は、逃げられそうになく、壁に登る。壁は板でできている。
しかし、足は食われそうで心配になる。
ライオンが近ずいてくる。

| | コメント (0)

2016年4月27日 (水曜日)

ダッハウ強制収容所も

Image

ダッハウは、ミュンヘンの北西15キロにある。列車に乗れば、20分ぐらいである。
ナチスが作った収容所では最も古く、その後作られた強制収容所のモデルとなった言われている。
火薬工場の跡地に建設され、親衛隊(SS)の営舎として使われる予定があったようだ。

ここでは、超高度実験、人間がどれだけ低気圧に耐えられるか、や、冷却実験、冷たい海に落ちた時、凍死した人間が蘇生するかを人体実験した。もちろん多くの囚人がそれで亡くなったり障害を負った。

現在は、施設の一部をホームレスの保護施設に使用しているらしいが、多くはそのまま保存されている。
自らの民族の過ちを保存し、罪を背負って生きていこうとする覚悟を感じた。

また、ダッハウは静かなどこにでもある住宅地である。それだけに、恐ろしさを感じた。

| | コメント (0)

2016年4月 1日 (金曜日)

百聞は一食にあらず

見ているだけではわからない事は多い。

それは、食事をしているときに分かった。
ああ、そうなのかということが。
食べることは、様々な能力を使っている。喋りながら、それでいて飲み込み、箸を持ち、食材を選んで、かなり複雑なことをしている。

それができない。

できない事に気づくのは、食事を共にするとき。その時間を共有するとき。

| | コメント (0)

2016年2月27日 (土曜日)

不在という存在

そこにいるのに見えないし人のことを無視していた。
そのひとは、怒りを抱えていた。それは、私を理解していないことではなく、私が見えているものを見ようとしない僕の姿勢に怒りを表現していた。

私たちは今ここを大事にしているにも関わらず、そこに居る見えないものを見ようとしない。
見ようとするだけでは見えない、感じることが、感性が大切なんだろう。

| | コメント (0)

2016年2月24日 (水曜日)

物語の外から訪れる他人

Image_3

毎年、その老人のお宅を訪れる。
直接関わりがあるのではなく、関係者の知り合いの家である。

世話をしている家の庭が広く、虫が出るので駆除してほしいという依頼があった。そのため、毎年庭の手入れをし、その報告に行っている。
それが、何年にも渡り、もう7、8年になる。こちらも年をとるが、お婆ちゃんもお爺ちゃんもそれなりに年を重ね、子どもとの関係も変化する。
3年目ぐらいから田舎のお婆ちゃんもの家のような感じになる。どうですか、おたくの方は変わりませんか?なんて、言葉が出る。どこまで話したのかも忘れ、ええと返事する。
他人であった私たちは、いつの間にか知り合いになった。今はなんだろう?僕の物語に入っているのは間違いないし、お婆さんの人生の物語にも、外の人として登場しているのかもしれない。

| | コメント (0)

2016年2月23日 (火曜日)

空想世界で舘ひろしに会う

伊丹へ行く飛行機に乗っている。
8のBだ。A にはサラリーマン風のおじさんが一本指でメールを打ち、それが終わると鼾をかいて寝た。Cには舘ひろし風のサラリーマンがマスクをして新聞を読んでいる。お茶も断り、新聞を読み終えるとひたすら前を向き隙を見せない。
さて、この男性に話しかけるには、どうしたらいいだろう。こんなことを考えたのは、いま、岸政彦氏《社会学者》の本を読んでいるからだ。彼は意味のないようなことの中に意味を見いだそうとしている。一見無意味に見える出来事が人生を構成している。その瞬間は忘れられない思い出として私を構成する。
その紳士、館は、靴を見た。靴はピカピカに輝いている。右足を動かし、左足を動かし靴の輝きを確かめ、これでよしとつぶやいた。ような気がした。
館さんは、多分僕と同年代だろう。僕は他人の年齢をだいたい当てることができる、経験上。僕の方は、どう見てもサラリーマンには見えないし、紳士にも見えない。自由業のおじさん風である。だとすると声をかけた場合、無視される可能性が高い。
それに、鞄にはからしレンコンの黄色いマスコット人形が揺れている。からしレンコンの人形をぶら下げている大人は信用できない。
どう攻めるか。先ほどから飛行機は着陸態勢に入り揺れている。それ時乗じて、右ひじを少しぶつけ、「すみません」という。紳士は少し頷くが表情を変えない。それから少し時間を置きマスクをしている紳士、舘さんに、「風邪ですか?空気が乾燥してますからね?」と話しかけてみると。館さんは、聞いていなかったような様子で、反応がない。これで全ての会話が終わる。
ここから物語がはじまる。架空のね。
館さんが、その後事件を起こし、刑事が僕に質問をする。
どんな人でしたか?
すると僕が答える。「全く覚えてません」と。本当にどんな人か覚えていない。しかし、その記憶は忘れられない。
そう、忘れられないけど、覚えていないことってある。そうした、物語が幾重にも重なり人生ができている。さっきもタクシーに乗った時女性の運転手と楽しい会話をした事を覚えているけど、彼女の顔は思い出せない。
それにしても館さんは渋い顔をしていた。その渋さだけは味として思い出せる。

| | コメント (0)

2016年2月21日 (日曜日)

アフリカに友達ができる

Image

ザンビアに行くことになったのが去年の11月頃。たぶん。
それから、チケットを取る。経由地は、ロンドン、中東、香港、シンガポールがある。乗り継ぎ時間、飛行距離の関係では、香港かシンガポールがいい。それでも27時間ぐらいはかかる。春節と重なり、キャセイパシフィックは混んでいるので、シンガポール航空にする。
そも後、準備もせず、ガイドブックを読まずに当日になる。
機内持ち込みのバックで行こうと準備をしていたが、持って行こうと買ったお菓子が入らず、大きなスーツケースになる。
羽田16時の便でシンガポールに。ここまで6時間。乗り継ぎに4時間。シンガポール空港のターミナルで少し迷う。次は、南アフリカのヨハネスブルグまで10時間。飛行機席は空いており、3人掛けに横になって寝る。
ヨハネスブルグの空港で日本人はカップを発見。直ぐに声をかける。すると、新婚旅行らしい。迷惑も顧みず、話をしていたら、ビクトリアフォールズまで一緒に。どこに泊まるのか?と聞くと、ホテルも一緒にだという。なんと奇遇。そのあと、日本人に会うことはなく、この二人だけだった。
3時間ほど待ち、ビクトリアフォールズまで3時間。羽田から27時間ぐらいかかったことになる。
Image_2
空港では、Tさんの夫Dの友達が迎えに来てくれていた。名前が書かれたボードが何枚も掲げられている。こういうことは雰囲気で誰だかわかるものだ。

Image_2

| | コメント (0)

2016年2月13日 (土曜日)

Image_2

この道が好きだ。
この道を毎日歩いているのだろう、赤ちゃんをおぶりながら。

| | コメント (0)

滝を見に行く

Image

滝が珍しいのは、日常の生活でほとんど利用価値がなく、大きいからだと思っている。僕だけ。
滝発電なんてできたらそれはそれでいいのだろうけど、今のところ無理そうだし。

ただただ大きな木とか、大きな岩とか、大きな海は見ていて飽きない。
滝だって、ただただ大きいというだけで人が集まってきて「わー大きい」という。

凄いというのは褒め言葉であり、人を一歩後ずさりさせる力がある。

僕も初めてジャイアント馬場を見たとき後ずさりしたことを思い出した。

でもジャイアント馬場は、結構気が小さい。

| | コメント (0)

2016年2月12日 (金曜日)

夜の闇と風

Image

蚊帳の中にいる。

外は闇。
だけど沢山の動物が蠢いていることが気配でわかる。
風吹いている。
何かを話すように。

こんな風を子どもの頃に聞いていた。
童話トリゴラスのような鳴き声。すごく怖いのにとても興味を惹かれる。闇に吸い込まれるように。
こちらの世界とあちらの世界を感じる。
死という世界も今の延長であるのに、見えない闇を感じさせる。

風の中にいる のは、死んだはずの父親なのか。僕に何を言っているのだろう?

| | コメント (0)

2016年2月11日 (木曜日)

アフリカに来ている

Image_3

森を見ている、1日。

| | コメント (0)

2016年1月11日 (月曜日)

物語を語る

専門職は、クライエント、まあ、お客さん、あるいは、相談者のような人と、色々な話をする。
本人でもなく、世間一般という第三者でもない、第二者のような存在である。
そこで語られる話は、ここだけの話で、私たちだけの話である。そして、その場だけの作る話かもしれない。だから誰にも言わないこと、ここだけの話として秘密を守る。そうした約束から話がされる。
もし、すぐに、どこかにしゃべってしまう人だと思われれば、話は変わってくる。または、この人は、ツイートするかもしれないと思われないことから、物語ができる。
自分の言葉が、そこで止まって、その人の心の中で溜まっていく感覚が自由に語らせるのだと思う。
私の苦しみがどんどん吸い込まれていくと思えることは救いになる。
でも、それを吸い取った人は吐き出してはいけない。吐き出しては、クライエントの苦しみが世間=世界に漂い、再びその人に戻ってしまうから。
空気は世界に通じている。

ということで、このブログに書かれていることはすべてフィクションです。
本当のように見えて、すべて物が語りなのです。

| | コメント (0)

2016年1月 9日 (土曜日)

市民相談

Image

京都で毎月、無料相談を行っているTさんの相談会にお邪魔した。相談員として。
継続しているところがすごいね。

| | コメント (0)

2016年1月 8日 (金曜日)

怒りは人を不幸にする

自分の中に怒りを抱えている。

どこからそれが来るのかわからないが、時々、そいつはやってくる。

怒りは人に恐怖を与えるだけでなく、自分に負の力を与える。自分が嫌になる。

悲しみや妬み、イライラや疲れも怒りに通じる。

奴は、私の一部である。

私は自分が思うほどいい人ではない。そう考えて暮らしていこう。
私の怒りよどうぞ静かにしてください。

| | コメント (0)

2016年1月 7日 (木曜日)

上手くいかないを考える

色々考えているが、上手くいかない。
そう考えて、面会をした。
うまくいかない人の相談を受けた。

話を聞くだけだと、うまくいかないことを上塗りしてしまう。
そこで、上手くいかないことと、上手くいくことに分けてみる。

すると、今はうまくいかない時期であることがわかる。つまりは、次は上手くいく時期である。

そう簡単にはうまくいかない時期は終わらない。けれど、そう簡単にはうまくいかない時期は続かない。

物事には、このままという事はない。

続かないのか。

変わっていくのか。

顔色も随分明るく変わった。

| | コメント (0)

カラダで考える

動かないと太る。
カラダで考えないと人生が詰まらなくなる。

少年はカラダを動かさないようになった。その事は人生に大きな影響を与えている。
人間関係がうまくいかなくなり、思うようにならないことに出会う。

それは、自分のせいではなくカラダのせいだ。

カラダは自分のようであっても、自分の思うようになるものではない。

年をとるとすこしは、それに気づく。思うようにいかないことを。

だから、体を使って考える癖を作る必要があり。癖になれば、何も考えなくてもカラダの方が勝手に動き考え人生を先に進めてくれる。

そうなればいい。

それでいい。

| | コメント (0)

2016年1月 4日 (月曜日)

渡すと同時に受け取る

面会をした。

大切なことを伝えた。
そして、大切なものを貰った。

誰かが亡くなった時、自分のルーツを思い出す。
私はどこから来てどこに行くのか。今は、その途中なのか。


| | コメント (0)

2016年1月 2日 (土曜日)

今年もよろしくお願いします

正月早々、病院から呼び出しがありました。

病院では、看護師がいつものように働いていました。

いつものように、いつものことをすることがプロなら、そうできるようにしたいものです。

今年の言葉は

風が吹くように、風に任せてでした。

おみくじのね

» 続きを読む

| | コメント (0)

2015年12月15日 (火曜日)

タンブン

誕生日には良いことをする。
タイに行って時、誕生に日子どもの施設にトラックでやってきて、お昼ご飯を作ってくれた人がいた。トラックには、ご飯と肉と野菜が乗り、コンロと鍋で炒め物を作り、子どもに振舞っていた。
子どもたりも、当たり前の顔で美味しく食べていた。

人のためにすることは、その人より自分にとっていいことだという文化はいいね。

タンブンは観光地でも行われていた。

川では、お金を出して魚を放してあげていた。もちろん、下流でその魚を捕まえでもう一回使っていたけどね。
鳥を放すことや、物乞いにお金をあげる人もいる。

貰う方も、当然という顔をする。
だって、あなたのために貰うのだから。

ということで、僕はお菓子をあげた。
僕のために。
貰った人は、美味しそうな顔をしていた。

| | コメント (0)

2015年12月13日 (日曜日)

気持ちがいいを探す

気持ちがいいを探して電車に乗っていた。
あと二駅で降りる頃、気持ちがよくなってきた。すごく気持ちが良くなり、意識が遠のいていく。
発車のベルが子守唄のように聞こえる。
次の瞬間現実に戻った。
気持ちよくない気分は人生にとって必要だという。
家に帰るとそんな気分を与える人がいる。彼は、人生に立ち向かっている。当然、戦いのオーラがムンムンである。
このオーラは、吸収したほうが良いのだろうかと少し考えるが、気持ちよくないものを吸収しないほうがいいと瞬時に感じ、吸い込まない。むしろ吐き出してきた。
僕が吐き出すマイナスの虫は空に飛んでいき、誰かの肺に入るのだろうか。

| | コメント (0)

2015年12月11日 (金曜日)

それは絶えず変化する

Image

ウサギのお見舞いに来た。
元気そうで安心した。

| | コメント (0)

2015年12月10日 (木曜日)

老人の成長

子どもが成長するようには老人は成長しない。
しかし、次の次元に向かって進んでいく事は確かである。
子どもの成長は予測がつくが、老人の成長は未知の世界に入ることだ。

子どもは、生まれー全面的に介護されー言葉を覚えーワーワー・ブーブー言いー自己主張を始めー初めてのお手伝いをしー褒めてもらって喜びー他人のお世話をする という風に成長する。

老人は、これと反対の方向に進む。

自分で出来ていた事が出来なくなり、人をけなし、家事をしなくなり、もう死んだほうがましだと愚痴を言い、言葉を失くし、全面的に介護される。
神田橋先生は、老人が今どこにいるかを見極め、その場にあった成長課題を与えることが生き生きした姿に戻ることだと言う。
介護されている人には、自分でできることをするように促し、言葉が少なくなってきたら積極的に発語を促し、もうなんでもいいという人には、社会と戦うことを励まし、人のために何ができるかを一緒に考えるとかね。

でも、もう一つやるべきことがあるとも思う。
うまくあの世に行く方法を探すことである。
これは、誰も戻っきてきた人がいないんだから、エベレストに登るより難しい。

| | コメント (0)

2015年12月 9日 (水曜日)

悩み事には当事者も入りたい

色々な課題や課題を解決するための会議を開くとき 担当者会議を持つ。
しかし、そこに当事者が参加しない場合が多い。
当事者、つまり本人がいると関係者にとってまずいことになる。
「・・・さんの問題についてどう思いますか?」とか、「あの人はわがままだからね」とか、発言しにくくなる。つまり、本人がいない事をいいことに結構勝手なことを言っているということである。それも本人のためと言いながら。
精神科病棟に入院しているAさんの会議を支援者と、勿論、Aさんも出席して開いた。Aさんのこまったことを、本人の前で色々話す。
先生は病気のこと、看護師は病棟でのこと、ソーシャルワーカーは、退院後のことなどなど。
すると、Aさんから、「僕は、そんなに困った人ではありません」とか、「それはできません」とか、「そっちの方がいいです」とか、意見が出る。
本人が言っているのだから、そのことを目標に計画を立てる。
すると支援者の考えてきた支援内容は全て否定された。何しろ本人が言っているのだから間違いない。

| | コメント (0)

知ると知らせる

多くを知ると、多くを引き受けなければならない。
ガンの告知を考えた場合、その後の人生をどう生きるかを考えなければならない。今まで生きてきたように、このままでいいのだろうかと自分に問いはじめる。
僕のような未熟な人間の場合、家族が「この人はそこまで人間が出来ていないから、ムリ」と判断し、本人への告知をしないようにするだろう。すると、僕の人生を引き受けるのは家族になる。
まあ、大した人生でもないから良いのだが、自分の人生を誰かに引く受けてもらった僕は楽であるが、少し寂しいと感じる。
Dr.も、死に向かう病気を重く感じているので、説明がどうしても重くなる。そうした気分が伝わる。
だから、患者にとって告知は、その事実より、先生や家族の感情の方が伝わり「はい、真面目に考えます」という気分になる。
そういう重たい気分をあ感じさせず楽にさせる先生がいた。
僕が中学生の頃、ノイローゼになった僕の話を聞いてくれた人だ。先生は「そんな事は僕にもあるよ」と言った。その言葉の意味にではなく先生のどっしりした態度に感動した。ああ、大丈夫なのだ、と確信した。
何が大丈夫か分からないし、漠然としたものであるが、確かにそこには安心という雲が浮かんでいた。その中に包まれる感覚があった。

| | コメント (0)

共感を考える

共感は難しい。
当たり前である。それに、他人の事を分かろうとすると、とってもつかれる。
神田橋先生によると、「共感とは他人のことがわからないという事が分かった瞬間」だという。
色々悩んで、接近し、思い込み、思い入れ、「そんなに痛いのか」と感情移入し、他人の痛みを我が事のように感じ、その上で「ああ分かった」ではなく、「やっぱり分からない」と感じる。
君と僕は違う。君の事は分からない、けれど共にいる、分からない事を分かろうとしていると僕はいる、という実感を持つ。
めんどくさい。
その面倒くささを味わう事を敢えてする覚悟がいる。
それでいて、感じすぎないようにする。感じすぎると何も分からなくなる。
微妙な感じだね、共感は。

| | コメント (0)

2015年12月 5日 (土曜日)

食べ過ぎについて

食べることを抑えている。
消費されるカロリーが少なくなったことで、痩せない身体に変わったと感じている。
1年前、血管に問題が生じる、血圧を下げる薬を飲み始めた。それ以来、運動しても血圧が上がらなくなった。また、脈拍も上がらない。
これは、運動効果が得られないことに通じる。

以前なら、脈拍も130ー150、血圧が150という数値で運動ができていたが、今は、脈拍が120を超えるとハアハアする。血圧も120がリミットである。

これは、省エネ体質になったことで、嬉しいことだが、その体質に応じた食事をしないといけない。それなのに以前と同じ食事をしていると、当然太る。または、痩せない。

そんなわけで、食事を減らしている。それなのに痩せないという繰り返しをしていると、たまに沢山たべてしまう。
普通に食べていても、我慢して量を減らしていても体重が変わらないというストレスが大きい。

この文章は昨日食べ過ぎた言い訳を自分にするために書いてます。

| | コメント (0)

2015年12月 3日 (木曜日)

無題

Aさんが亡くなった。

車で施設に向かった。
Aさんは眠ていた。いつもの愚痴も言わずに黙っていた。僕を見ないで目を瞑っていた。
僕も黙って見つめていた。こんな所にホクロがあることを発見した。

急にラーメンを食べているAさんを思い出した。
嬉しそうに食べている。
スープも全部飲んでいる。
身体が暖かくなり、ニッコリ笑った。

二本残った歯で今もにっこり笑っている。

| | コメント (0)

祈りについて


お願いだからこれを叶えてくださいと、お祈りする。
祈りは聞かれることもあれば、そうでない時もある。
それなのにどうして祈るのだろう。
だって、どうしようもないから、何かをしないではいられないから。

祈りを誰に対してする、ということは、もちろん神である。
それは、絶対者、全能者、なんでもできる存在と信じることから始まる。

祈りには信じることが伴う。それを信仰と呼んでもいい。

信仰は、自分で、ではなく、それに全てを委ねることから始まる。
そう、そう思わないと始まらない。そう思えない人はその世界に入れない。

その世界は絶対の世界であり、なんでもできる。

でも、できないことも含めて、なんでもできるというパラドックスの世界である。強いものが弱くなり、有るものが無くし、最初のものが最後になる。

だから、お願いはほとんど聞かれない。

聞かれないとわかっていても、祈っている。

そうなりますように。と。

| | コメント (0)

2015年12月 2日 (水曜日)

言葉と言葉以外の力について

サイコドラマに定期的に参加している。

私の過去と現在と未来をドラマ仕立てで味あう。
感覚や身体を使い、音や声、匂いや視覚を活用して様々な感覚を味わう。

ボヤけている感覚の輪郭がはっきり見えてくる、その時の感情を思い出す、不思議な感情に襲われる。

分かっているようで分からないことを感覚的に捉えることができる。しかし、それはあくまで「ーのような感じ」であり、実体がない。

実体を作るためには言葉が必要になる。それに合った言葉を付ける。これは、創造的な作業である。

特に言葉は、行動や身体に大きく影響を与える。

突発的に行った行動を思い出す。
その時は感情的に身体が反応し何も考えていなかったと思っていた。しかし、ドラマの中で再演すると、いろいろな感情があったことが分かる。
一瞬の間に、脳細胞が動き、シナプスが繫がり、感情が身体と連動していたことが分かる。

分かるけれど、それを言葉にすることができない。できないから、手が口が先に動いてしまった。

言葉にできればどれほど良いかと思う。しかし、言葉にできなくてもその感覚、その気持ち、雰囲気は忘れない。

再び「それ」がやってくれば、「あこれは、あれ」だと気がつく。気がつくだけで、一瞬の神経の動きで
同じ過ちから遠のくことも可能になる。
と思いたい。

| | コメント (0)

サポートについて

相談される。
「どうしたらいいでしょう」
「それは、ーしたらどうですか」と応える。または、「ーな方法はどうでしょう」と提案する。
多くの場合はこれで終わる。

しかし、たまに、しばらくすると同じ人から同じ相談がある。
「やっぱり、うまくいかないような気がするんです」と。

どうしたいのですか?と聞いても、「分からない」という。
分からないから相談しているのにという顔である。

それでは、別の話をする。

相手のニーズに応え、サポートしている。相談者は困っているから何か言ってくれと求め、それに答えている。

こうしたゲーム(同じことを繰り返し、最後は嫌な気持ちだけが残る交流)が上手な人がいる。AでダメならBへ、BでダメならCへ、人や機関を変え、「どうしたらいいの」と繰り返す。

こうした状況に神田橋さんは「意見を一致させないように」と書いている(これは僕の勝手な解釈)。みんなが勝手なことを言うことの大切さを述べている。答えを絞り、これでいいと思った瞬間、切り捨てた多くの選択肢が消える。
こうした混乱した状況から《自助》が湧いてくる。まあ、それまで待つことが大切だ。

だから、答えを言わない。答えを言って関係が終わったという雰囲気を作らない。「ーかもしれないけど、違うかもしれないね」ぐらいにいう。
今日の所はこれくらいにして、必要があったらいつでも待ってるよぐらいに付き合う。

するとどうしたことか、電話はない。
それが、さあ、これでI良いです。今日で終わりですという雰囲気を出すと、何日かすると電話がある。
「さあ来い」と思っていると来ない。それでいて、「来ないでほしい」と思っているとくる。
相手も、こちらに負けまいと頑張る。

| | コメント (0)

特に必要な事って何

勾留中の性同一障害者が、「特に必要性を認められない、必要な医療上の措置でもない」と、ホルモン投与を拒否された。

文化的最低限の生活もそうだが、医療的な治療は、社会(時代)の変化に伴って必要性も変わる。この時変わりにくいのは、政治や人間の思考の方だ。
この辺の読みは大切だと思う。

世界情勢の中で日本が置かれている位置を読むことや、常識から外れた行動を取る国や組織とどう付き合うかということを考える場合、これまでのやり方や、規範を超えた取り組みが求められる。

そうしたことを教育することは難しいが、政策転換として司法や行政が新しい方針を出すことで、それを見ている市民の考え方は変わってきた。

今回の決定は、性同一障害者を社会がどう受け止めるかという問題や司法の問題であると同時に、問題との向き合い方を考えさせられる。

つまり、異文化をどう受け止めるか、病気をどのように考えるかということまで含まれる。

異文化、自分の文化と違う分子が自国に入っていることは、Virusの侵入と同じようであり、体の対応によっては病気になる。したがって、同質性による安定を求める。しかし、身体の中の同質性が強くなると病気に弱くなる。

病気とは、それによって生活に支障が生じる状態である。Virusが入ってきても大丈夫な人がいる一方、目に見えないVirusによって苦しんでいる人もいる。

苦しんでいる人がいるとすれが、その苦しみを和らげることは必要なことである。

| | コメント (0)

2015年12月 1日 (火曜日)

習う

習う。水泳を習う。楽器の演奏を習う。英会話を習う。
習い事は中年以降には重要だ。

教える頭ばかり使っていると、動きが悪くなる。
習う頭は、それまでと違うから回路が働く。
特に、身体を使う習い事は重要である。右と左が、足と手が自分の思うように動かない。
今習っている弦楽器では、左手と右手を一緒に使うから、もう、こんがらがる。イライラしてくる。このイライラを我慢することが人間関係に役にたつ。

先生の話を素直に聞く。どうしてと思う前に黙って聞く。そんなことできないと文句を言わずに聞く。この聞くという姿勢が結構難しい。
これは夫婦関係に役に立つ。

そして、グループで演奏する。
人に合わせて弾く、間違えても知らん顔で弾く。最後だけは合わせるように弾く。そしてお辞儀をする。
グループではなんとなく仲間のような顔をしている。これは、長生きに秘訣だと思う。
最後は、にっこり終わりたい。

| | コメント (0)

2015年11月30日 (月曜日)

妖怪は死なない

お化けは死なないと、熊倉一雄は歌っていた。

ラバウルで左手を失った水木さんは、妖怪と友達だった。

水木さんは何かを失う悲しさと強さをその物語で語っていた。
鬼太郎が活躍するのは、その力があったからではなく、人生の悲しさを知っていたからだ。
だって、死なないことほど悲しいことはない。

ゲゲゲの鬼太郎の物語の多くは一件落着で終わらない。事件が解決しても妖怪たちは世の中を彷徨い人間の弱さを探している。

そう、心に隙間のある人は、妖怪に襲われるかもしれない。

水木さんは人間だったようだ。
鬼太郎が森の奥で唄う歌が聞こえてくる。

| | コメント (0)

養護施設の利用年利を引き上げることは良いことか

児童養護施設は児童福祉法で定められた収容施設である。
家庭的な課題により施設で生活することが必要な子どもが、3-18才まで利用(入所)できる。
児童福祉法ができたのは戦後であり、その法律が古くなっている。戦災孤児が多かった時代から、子どもの虐待が問題となる時代に変わり、中学卒業で就職していた時代から大学入学が当たり前の時代に変った。
現実的には18歳を超えても措置継続をしている施設も多く、20歳まで施設で過ごし、地域移行を進めている。
法律運用の多様性という意味から言えば歓迎されることかもしれないが、そもそも施設が必要なのかという論議がここでは欠如している。
日本の児童福祉が施設養護に偏っていないか。親子分離だけで問題が解決するだろうか?
もちろん、一時的に家庭に介入し、分離することが必要なケースが多いことも現実である。しかし、ことはその後である。
支援が必要な親への対応が殆ど行われていない。親支援、家族支援に対する予算はなく専門スタッフもいない。地域で家族を支援するシステムも整えないまま、収容施設という囲い込みで問題を見えにようにしている。
問題を隠すことが上手になってる政府である。

もう30年前であるが、オーストラリアの児童福祉を見たことがある。
虐待を行った親に対して行政が再教育を行っていた。虐待は子どもの権利侵害であり、それを正すために行政が親に一定期間、養育の方法を教えるプログラムを持っていた。

家族は、行政が与えた家に住まなければならず。そこで、子育てを習う。マジックミラー越しにカウンセラーが行動をチャックし、何が正しいか、どうして虐待が起きるのかを分析し、修正する。

父親はその家から会社に行き、子どももそこから学校に通う。

一定期間の成果が上がると前の家に返すが、モニタリングを行う。もちろん、地域もその家庭を支援するために関わるシステムを持っている。

国が違い宗教観、家族観が違うので、同じような事がいいかどうか分からないが、子どものだけでなく親も一緒に支援するという意識が大きい。

就職のことで言えば、職場の職親が丁寧に面倒を見てくれれば施設で生活することはない。
大学でも、十分な支援があれば施設にいる必要はない。
子どもを取り巻く環境が良くなれば、地域で十分に暮らせるだろう。


施設がなくてもいいような社会を作ることを議論してもいいのではないだろうか。

施設に収容するということもまた、子どもの権利侵害である。

| | コメント (0)

2015年11月29日 (日曜日)

戯夢人生 The Puppetmaster

日本占領下の台湾。人形遣いの人生を通して20世紀の台湾を、そして台湾人から日本をみる。
ホウ・シャオシェンの研究家の講演と監督自身もゲストとして自らの映画を語った。まったく贅沢な時間だった。

映画は李さんの子供時代から始まる。家に日本人が現れ、弁髪を切るように言う。それは、命令であり、その見返りに芝居の券を渡す。

こうした占領下における文化の押し付けは台湾だけで行われたのではない。その事実より、事実を伝えていない日本が恐ろしい。
物語として歴史を語るとき、人の数だけストリーはあるだろう。だからこそ、様々な物語を語り続けることが大切だ。それが無かったかのように、あるいは、数の問題にすり替えようとするのは、物事の本質から離れる。

その後で見た「念念」は、台湾の現代を映した映像である。
しかし、歴史の積み重ねが人間に様々な影響を与えている。それは、私たちにも言えることだろう。
私たちは加害者であり、同時に被害者である。

念念では、親の離婚が子どもの人生に大きな影響を与える。しかし、その親世代、そのまた親世代という世代間の連鎖がこの現象を生んでいることも事実だろう。

| | コメント (0)

タロル

東京フィルメックス優秀書をとったタルロを観た。
チベットの物語、しかし、それは中国の統治下の中国青海省。
タルロは「三つ編み」というニックネームがある。三つ編みは遊牧民である自分のアイデンティティーであり、そう呼ばれることを気に入っている。
ある日、警察からIDカードを取るように言われ、警察署に向かう。そこで、毛沢東語録を暗唱して見せる。しかし、証明書写真を持っていないタルロに町の写真館に行くように促す。子羊を抱え写真館に顔を出したタルロに、写真館の主人はボサボサ頭を洗ってくるように言う。
そこで、写真館の前にあった理髪店に入り、そこから物語は始まる。

遊牧民であるタルロは、山の中では生き生きしている。羊の数を増やし数百頭の羊をコントロールする力を持っている。一人でいることにも耐えられる力を持っている。しかし、町に出ると町のパワーに、女の魅力に吸い寄せられ、パワーを奪われるようにフラフラになる。この辺は黒沢のデルスウザーラの老人のようである。

自分が老人に近くなり、死というものの影を感じるようになると、そのことより大きな力に吸い込まれるように感じる。もがいても追い払ってもそれは逃げ出さない。

これまでのようにこれから先も生きることは難しい。

| | コメント (0)

2015年11月11日 (水曜日)

映画を二度みる

映画チケット の半券がある。

見たことは覚えているのに、ストリートが浮かんでこない。
それも、全く。

思い出そうとする。
いい映画だったか、つまらなかったかは分かるのに、物語は出てこない。

これは困った。

それは小説でも同じ。

二回目に読む本なのに、初めて読む気分。

一回目は、記憶に残らないのか。一回目の映画は眠っているのか。
そう言えば、途中ですごく眠くなる。

映画館だとよく眠れ

一回目の映画は、疲れを癒すために見て、二回目でストーリーを楽しむ。

それでも忘れる。

まあ、人生が映画のようで、昔のことを忘れても生きていける。

| | コメント (0)

面接

毎日、いろいろな人に会う。
仕事上の付き合いであるので、面接と言ってもいい。

毎朝、今日の面接を想像し、上手くいくことを願う。

たいていの場合は、いい雰囲気で終わる絵が浮かんでくる。

具体的な想像ができるときはいいのだが、そうでない場合もある。

大勢の前で話をするレジメを作り、それを、最初から頭の中で演じてみる、初めは調子がいいのに、途中からぐちゃぐちゃになる。

聴衆がつまらない顔をしている。

もうやり直しができないと思う。
しかし、妄想である。

重たい足を抱え会場に向かう。
はじめすることは、笑顔を作るレッスンだ。

| | コメント (0)

2015年10月 7日 (水曜日)

返事をしない

インターネットは便利だと言われるが、電話よりずかずかと生活に入り込んでくる。
玄関が空いているようなもので、つい「はい」と返事をしてしまいそうになる。

返事をすると、また、返事が返ってくるので、終わらない関係となる。

これが、面倒くさいと感じるか、繋がっていると感じるかは、その人の置かれた環境や年齢によるだろう。
悪い人に捕まって、両手を縛られているような状況でも、スマホやタブレットがちかくあり両手が使える状況なら、外と繋がれることは嬉しいね。

しかし、のんびり休暇を楽しんでいるときに、「ねえねえ」と生活に入り込んできたら面倒くさい。

便利なものと、どのように距離が取れるか、それから自由になれるかが問題だろう。

便利なのもは自由を与えてくれるというより、それを持つか持たないかの選択を迫られる。

それは、原発や武器にもいえる。

大量のエネルギーを持つことや、兵器による安全は、よく考えなくてもバランスを壊している。それでも、人間の欲望は止むことをしらない。

人間が両足で立ち上がった時から、今の世界が来ることは予想されていたという学者がいる。
しかし、予想は文明の成長に対してであり、終焉に向かうシナリオはまだできていない。

というより、できるだけ終わりを伸ばすため、夢を見ようとしている。
だから、経済のことなんか考えるより、これから先の時代のことを考えよう。

そのために、携帯のスイッチを切った。

| | コメント (0)

2015年9月29日 (火曜日)

ポリフォニー

難しい言葉を一緒に聞いても分かり合えるとしたらいいね。
音楽も、バラバラな音が重なって一つのまとまりになり響いてきたらいいね。

ということで、今日からハープ教室、第二弾が始まる。

| | コメント (0)

2015年9月21日 (月曜日)

人生経路

他人の人生をインタビューしている。
その前に、自分の人生を振り返ってみる。

TEMという理論で考える。
分岐点があり等至点を考える。

戻ることはできないが、振り返ることはできる。

進んできた方向とともに、進まなかった方向を考える。

新しい発見はないが、人生に対して希望を持った選択をしないことを選択している様子が見えてきた。
このまま行けばうまくいくと思う時、わざとそれをしない選択をする。
我慢すれば、何かを得られると感じるとき、我慢せずにその環境を変えてきた。

早い話が天邪鬼なのです。

選択しなかった道は進むのは小説の中の話であるが。
今もこれからも、分岐点はやってくる。

こうした俯瞰的な思考は僕のような仕事にはとても大切だと思う。それは、他人の人生に関わる仕事だから、その人生の分岐点に関わる。

一緒に生きているとは言えないが、影響を与えあっている。
何かをした時に、そして、しなかった時に。
考えなくてはいけないのは、しなかったことを選んだ時である。

いま電話を切った。

あれでよかったのだろうか?
もと、別なことはできたのではないか?

わからないまま、しないことを選んでいる。

| | コメント (0)

うろうろしている僕がいる

思い通りにならないことは分かっていても、思い通りにならない事でイライラしている。
子どものことだけどね。

では、自分の事はどうだろう。
最近、身体が思い通りに動かない。心臓は動いているが、早く打つと、苦しい。
関節も、硬くて充分に曲がらない。

会社を辞めてフリーになってからストレスは減っていると感じるが、決して自由を得たわけではない。そもそも自由は寂しすぎて、欲しくない。

宇多田ヒカルが歌うように、欲しいものを得る時、それを失って泣いている人がいる。
僕は、いろいろなものを持たないようにしているが、それでもガラクタはたまる。
地位や役割からもあまり縁がない生活を送っている。

それはそれで楽であるが、やはり寂しい。

思いの話だった。
願いといってもいい。願いは叶わない。叶わないから願うのだと思う。
神は人間の願いを叶えるか。

もし叶えるのなら、神が存在する必要はなくなる。

でも、願っていない現実だけはくれるように思う。

そんなの欲しくないと思っていても、それはやってくる。

ただ、あたふたとうろたえるだけである。

| | コメント (0)

2015年9月13日 (日曜日)

回すこと

Image

8月の下旬から9月の初めにネパールに行った。
地震の影響は少なく、街は相変わらずの喧騒。
マスコミが写す場所は被害が大きく、絵になる映像が多く。市民の姿別にある。
それh、仕方がないのかも知れないが、観光客が少ないことは生活に大きな影響を与えている。
そんなことも関係なく生きている人の力強さを感じた。

それに、市民が物乞いに、行者に施しをする姿を多く目にした。
それは、持っているものから持たざる者への物質の移動のように、自然に行われている。
力んだところがない。貰うものも当然の顔である。

この辺が、今起きている難民問題につながると感じる。
自国で生きられないから外に出る。富んでいる国は、それを援助すべきである。
そもそも、地球は一つであり、富の移動は自然の摂理だから。

それに引き換え、日本政府の難民への視点は貧しい。
それは、日本人の、あるいは私の貧しさだろうけど。

| | コメント (0)

2015年8月 1日 (土曜日)

アルバイトのお姉さんは優しい

Image_2

ネパールのビザを取りに大使館に行く。
マンションの一室のような大使館である。玄関には守衛もいない。ドアを開けて勝手に入って行く。

申請書は事前に用意しておいたので、受け取りを郵送にするため返信用の封筒に切手を貼り、手数料3,000円を支払う。

| | コメント (0)

苛立つ人は哀しみを抱えている

攻撃的な人がいる。
受話器を取ると、だからね言ったでしょと、前置きもなく自己主張をする。
いつもの話が始まったと思う暇もなく、攻撃はエスカレートする。

黙って話を聞いたり、言い返したりして、話が終わる。
これはゲームだなと思うのだが、ゲームは終わらない。

どうも、その人の内面にある哀しみを僕も感じていて何処かで共鳴している。

同じものを少年にも感じる。

出会う前から、結論が決まっているような物語がそこにある。むかしむかしの次が、喧嘩して終わりましたのようなものである。

つまりは僕の中の哀しみが癒されるまで、エンドレスゲームは続く。ゲームを終わらせるか、このまま続けるか、どっちも楽しそうなので困る。

| | コメント (0)

2015年7月31日 (金曜日)

夢をみた

アフリカに行った。

有名な人の講演会があった。
講演会に向かうためある村にたどり着く。
まず、水瓶で手を洗う。
すると、子どもたちが森で遊ぶ姿が見える。
子どもたちを追いかけ、森に入る。林を抜け、岡に登る。
見晴らしのいい場所に出ると、子どもの姿はなく、おばあさんが現れた。
なぜか日本語で話し始める。
日本人ですかと聞くが、返事はない。
ただ、銅のレリーフを見つめている。
彼女は左手を横に伸ばし、何かを見つめている。
その方向に目をやると、彼女の7人の子どもの姿が見える。さらに見る角度を変えると次々に子どもの顔が変わり7人の子どもが現れる。そして、夫の顔に変わる。
彼女は毎日家族に会いにここにやって来て、その日の報告をしている。

そんな夢を見た。

| | コメント (0)

2015年7月30日 (木曜日)

見ない自由

嫌な作品を見ない自由はある。

気に入らないからといって、作品を撤去しろとか、展示すべきでないとは考えない。
展示されているのは限定された会場《場》であり、見たくなければそこに行かなければいい。

インターネット環境に画像を流すのとは違うだろう。

立場の違い、宗教の違い、いろいろな違いがあり生きている。

それにより傷つく、それにより否定される、と考えたり実際に生きにくさを感じる場合もあるだろう。

そうした違いから争いはおきる。

争うより逃げることを選択したい。

| | コメント (0)

2015年7月19日 (日曜日)

ふつう を考えると

子どもにインタビューをする機会が年に何度もある。

最近何を聞いても「ふつう」と返事する子どもが多い。

まあ、いぜんなら「べつに」だったから、それほど変わりはないが。
この「ふつう」は「普通」ではない。

「べつに」の方は、こちらを拒否する気持ちや、関係を切るために使っていた感じがするが、「ふつう」にはそれを感じない。
強いて言えば、「わからない」に近い。
その問題を深く考えたくないから、もう聞かないでよ、と言っているように聞こえる。それでいて、関わりを拒否はしない。

人を避けることはよくないと思っているし、自分の避けられたくない。
気分を害さない程度に関係を持つ方法としての「ふつう」なのだろう。

この言い方は、店員の「・・・の方はよろしいでしょうか ?」や「していただいてよろしいでしょうか?」などと同じような使い方だと思う。

要は、はっきり言わない。相手を傷つけない。

アベさんも同じ言い方をする。もっとずるいやり方で。
好戦的な法律を平和を守るためにつくるといい、放射能のゴミを処理できなくても、すべてコントロールされているといい、沖縄の人がどんなに苦しんでいても、沖縄のために基地は必要ですという。

全く矛盾している言葉を力ずよく話す総理を見て子どもたちは、「ふつう」だというのだろう。

この「ふつう」はもはや普通ではない。

前回の病気のあと、アベ氏は養護施設を訪れ子どもたちに未来を語っていた。

その未来を信じられるものにするために、ホントウノ話をしてほしい。

| | コメント (0)

2015年7月 4日 (土曜日)

Image

金沢に来ている。
最初に北陸に来たのは、多分高校生の時だと思う。
初めての一人旅だった。
能登を回っていた。歩いていた。
高校生としては、バスに乗らず、旅は歩くものだと思っていた。
でもすごく疲れた。すごく疲れたふりをしていたら大学生のお姉さんにナンパされた。
三人組のお姉さんが声をかけてくれ、車で一緒に回ろうという話になった。
はいと言うしかない。それ以外の選択は高校生の僕にはなかった。
車に乗ると楽しかった。いろんな話を聞いたが、その全てを忘れた。
覚えているのは、事故を起こしたことだけだ。
天気も良く、順調に観光名所をまわっていた。あまりに調子がよかったからか、カーブを曲がるとき車がどこかに擦れ、ガリガリという音がした。
すぐに止めて車の横を見ると、やっぱりという感じでキズが1メートルほどはっきり付いている。こすって隠れるようなものでもない。
車は友達の友達から借りたものらしい。車内はすっかり暗くなり、会話も少なくなった。
もちろん僕も小さくなり、早く駅につかないかと思っていた。

しばらく走ると小さな駅が見えてきた。ここでいいです、ありがとうございました。この先も気をつけて。なんて、余計な挨拶をして、手を振って別れた。

それからは、電車に乗って旅を続けた。

| | コメント (0)

引っ越し

引越しでまず最初に買うものは何だろう。

少年はゴミ箱を買った。

僕は?
思い出せないが、19の時、家を出た。
そのきっかけも覚えていない。
少年が青年になるには家から離れねければいけないと信じていた。大人にはなりたくないが青年には憧れていた。
五木寛之 の青年は荒野をめざすを歌っていたのだろうか。
一人になることが怖かったのに一人になりたかった。
北浦和のアパートを借りた。大家さんが優しい人で、家賃を持っていくといつも小さなお土産を貰っていた。それが嬉しくて、家賃を払ってから、しばらく玄関で話し込んでいた。
家賃は1万円もしなかっただろう。壁が薄く隣の人の生活を感じながらひっそりそう暮らしていた。
一人でなんとかやっていけたのは、アパートにいなかったためだろう。ほとんどの時間、大学とYMCAに入り浸っていた。
一人でアパートに入ると闇が迫ってきて襲われそうで怖かった。

| | コメント (0)

2015年7月 1日 (水曜日)

笑顔で手を握る

相続の相談が入る。
手続きをするだけで解決する問題ではない。
相続は親族が亡くなった事からはじまる。そこにいきつくまでにいろいろな事があった。
だから、そのいろいろを手繰り寄せて解いていくことからはじめないと。
場合によっては後見人を立てる事も必要になる。

関係者にお会いする。
病院に行ったり、自宅を訪問したり、生活を感じられる空間で話を聞く。
肝心の話より思い出がたくさん出てくる。

ああ、そんな事があったんだなと思う。

| | コメント (0)

2015年6月 5日 (金曜日)

Magic in the moon light

後味のいい映画だった。

でも、どうして可愛い子にばかり男性は恋をするのだろうか。
男性なら、少しぐらい崩れていてもそれなりに味がある人を演じたりするのに、女優はみな同じようなパターンである。

まあ、エマ・ストーンなら仕方がないか。
あと、30年ぐいたつと変わってくるかもしれないけど。

マジシャンが、霊媒師のネタを暴きに行くが、見事に騙される話。

それだけだけど、会話がいいね。

| | コメント (0)

2015年5月21日 (木曜日)

名前

美容院で、「カードを作りますので名前をお書きください」と言われる。
適当な名前でいいだろうと、オランダ人のような名前にした。

翌月、カードを出して待っていたら、「???Dutchさん」とsaronのお兄さんが言っている。
えっ、そんな変な名前の人がいるんだ?と周りをキョロキョロするが顔の扁平な人しかいない。
俺かもしれないとやっと気付いた。小さく手を上げて黙って椅子に座った。

この名前ではちょっとまずいと思ったので、カードの名前をいじってみた。
テ→キ にしたり、ラ→るにしたり、楽しく名前を作っていたら、すごくヘンテコな名前の人になった。
それで、その作業を止め、財布にカードを戻した。

翌月、再び✂️に行った。
財布からカードを出して、ソファーに座っていたら、「ええと、何だ?とカードを見ながら、ブツブツ言っているお兄さんがいた」
何しているのかと思った。もしかしたら、僕の名前を読もうとしているのかも?

しかし、どうしても読めない。
だって、そんな人はいないのだから。

仕方がないので左手を上げて「はい、??????」です。とモニャモニャ言で返事した。

| | コメント (0)

歯科

虫歯はない。
だから歯医者に行かない。
それでもたまに歯が痛くなる。
すると歯医者に行く。
すると、先生は「そういう人が良くないんだよね。歯ぐきがボロボロだったりして、入れ歯になる人もいるんだよね」と怖いことをいう。
レントゲンをとり、診てもらうが、それ程悪いところはない。痛みの原因は分からないまま、それでは治療をしましょうという話になる。
そうじゃなくて、「痛いから来たのに」と話をしようとするが、先生はそんな話を聞いていなかったような顔をしている。
ついでに、歯垢をとって、歯を強くするといいですよ。これは、保険がかからないけれど、皆さんに好評です、とどこかのコマーシャルのように白い歯を出してニッコリした大きな笑顔だ。
「考えておきます」とその場を立ち去り、会計のところへ。
すると、「ええと、予約はいつにしますか?」と綺麗なお姉さんが、もう決まったかのようにスケージュールが書かれたPCを見て、早く言えという顔をしている。

逃げるようにお金を払い家に帰ってきたら、やっぱり歯が痛い。

| | コメント (0)

2015年5月 5日 (火曜日)

神の恩寵

イタリア南部に住む人々の物語。

外国の安い賃金により国内手工業をしている一家が破綻する。
ここまではよくある話である。その後、一家はオリーブ畑が茂る昔からの土地で野菜を育てる。
都会から農村に移ったことで大きなストレスが減っている。

文明という変化は豊かになることで平安という恩寵を失わせる。
信仰心に熱い祖母は、家族のまとまりを神に祈り、それでいて、自分の幸せを実現させる。

母親は、野菜を売り歩き一家の成長を助ける。
彼女の口から出るのは、報われない人生への嘆きである。それは、神への呪いの言葉のようにも聞こえる。

そこに、女優に憧れる叔母と男に夢中な娘が関わる。

そう、男は、犯罪をおこす羽目になった父親と娘を孕ませた高校生、それに、昔の恋が忘れららない公務員でる。どれも、生活感にかける。

神は苦しい生活を送る一家を見ている。しかし、その祈りには答えないように見える。
祈りは伝わっている。しかし、それぞれの家族が願う形では現れない。

だからこそ、母親の叫びは辛辣だ。
これほど人を傷つけることがを知らない。

それでも、神は黙っている。

何も応えないという答えをだしている。

神の恩寵は人園には見えない。
しかし、そのことだけは確かに伝わってくる映画だ。

| | コメント (0)

2015年5月 4日 (月曜日)

命を作ることこと

共働学舎の代表だった宮島真一郎氏が逝去する知らせを友達から受けた。
競争社会ではなく協力社会の創設を願い、自由学園を退職したのが氏が50歳の時だった。それから、40年その思想に協賛し全国から集まってきた人たちで学舎は成長している。
しかし、宮嶋氏が望む成長は目に見えるものではない。むしろ見えにくいプロセスを大切にし、生きることを一つ一つ大切にしてきたと感じる。

僕が養護施設に勤めている時、毎年夏に共同学舎でワークキャンプをした。その際に宮嶋氏と一緒に働く機会を与えられた。30年数年前であるから、宮嶋さんは今の僕と同じくらいの年だったのだろう。

共働学舎には規則がない、ただ一つのルールがあるとすれば暴力を振るわない、振るうことを良しとしないことだ。
都会の子どもたちにとって自然農法を行う農作業は厳しいものであった。毎日、桑の根を掘り起こす作業に、何十キロもある荷を上げる作業から耐えることを教えられた。
作業の合間のお茶の時間は息抜きであり楽しみである。それだけに気が緩む。
足元に這う虫やひらひら舞う蝶を捕まえて遊ぶ子どももいる。捕まえるだけでなく、イタズラしたり殺してしまった。
それを見た宮嶋さんが、突然大きな声で「君たちは命を作ることができるのか」と言った。
子どもたちはきょとんとしたのは声の勢いとともに、命という言葉だったように思う。
同時に僕たちは命を大切にしているのだろうかという問いがのしかかってきた。子どもにホントウに向き合い、子どもの命に育てる関わりをしていますか?と問われたように感じた。

その後も黙って草を刈る後ろ姿を見せていた。

| | コメント (0)

人間の値打ち

イタリア映画祭が今年も楽しい。

文化の違いをしるためには旅が一番いいが、映画も同様だと思っている。
現代イタリアが抱える問題を正面から捉えようとする製作者の視線は鋭く、そして絶望的でもある。
これは、21世紀という時代の空気だろうか、ヨーロッパの閉塞感が出ている。
それでも日本人より人生には、あくまで楽天的に向き合い、食べることと愛を語ることにはいつでも積極的である。
そう、アベさんからは愛を感じないのは、それを持っていないからというより、優先順位が低いからだろうと思う。
金や仕事がなくても愛が大事な国と、経済と国家が一番だと信じている国の違いだろう。

さて、映画は自動車事故を取り巻く関係者の人生を振り返ることで物語ができている。この手法は黒澤の「羅生門」的でもある。しかし、人生の捉え方が全く違っている。

この視点の違いは、人生観の違いが大きく影響している。ここでいう人生観は、それまでの人生を構成してきたすべてのものの違いでもある。

分かり合えないことが起きたとき、時間を巻き戻して多面的な振り返りをしてみたくなった。

それでも何かが変わるわけではなく、ただ、ふーんと大きなため息が出るだけだろうけど。

| | コメント (0)

2015年4月30日 (木曜日)

国宝の寺で瞑想する

先日、お寺で瞑想した。
瞑想すれば何かが変わるか?または、何かが起きるかと思っていたら、何も変わらず、何も起きなかった。
ただ、目を瞑るので目の前が暗くなり、息をすることに注意を向けるので、生きていることを感じた。
鳥の声が聞こえ、青葉の匂いがした。
これまでの人生を振り返った。
どうしようもない何も起きなかった人生だと再認識した。
それだけで満足だった。

座っていることに満足する時間はそれほどない。

| | コメント (0)

関わらないという関わり方

息子との関係は避けて通りない。

子どもや妻との関わりは、それまでの生活が長いので、どうしても複雑になる。

思いが強いだけに、問題となりがちである。
避けて通りたいという冷静な感情と同時に、なんとかしたいという熱い気持ちが交錯する。
そうはいってもどうしようもないことの方が多い。

関わらないという関わり方もある。
それだけ強烈な感情が湧き上がる。

話を聞きながら「わかる」と共感する。
共感は2通りの情動が作用している。
一つは思い入れの強い吸い込まれるような感情であり、もう一つは、相手に対する配慮、思慮、慈しみのある感情である。
同じようであるが向きが違う。結果も違ってくる。

家族の場合、吸い込まれるような渦巻きに巻き込まれることが多い。

その渦に巻き込まれていると方向感覚を失う。自分がどこにいるのか、何をしているのかわからなくなる。まあ、それが嬉しかったりするから複雑な感情である。
渦の中に入れいる人に何をいっても伝わらない。周りの音に消されて自分の声さえも聞こえない。
そんな時には、潮目が変わるのを待つしかない。

| | コメント (0)

2015年4月27日 (月曜日)

微妙な問題をどう考えるか

微妙な問題とはなんだろう。

まず、それを感じてみることと、それにどのように向かい合っているかを考えるか。

すると、微妙だと感じていることも、問題とは感じていることも、私の感覚であり、そうフレームしていることに気づく。

前に進めたい気持ちを持っている私と、前に進めない力がある。
そう、抵抗があるから微妙ななおであり、問題とはなっている。

だから、それが問題であるか?前に進める必要があるかの根拠を明らかにする。

それから、取り扱いに注意する。

何しろ微妙なのであるから。

| | コメント (0)

2015年4月26日 (日曜日)

心を育てる

まず、地球に上に立つこと。

しっかりと足が地面に着き、立っていると同時に立たせてもらっていることを感じる。
ゆらぎのないつながりを感じる。

息をする。息は、生きるために必要であり、からだの中に吸い込むことは、世界を感じる体験であり、
世界には、様々なゆらぎがあり、悲しい苦しいことも含めてからだに取り入れる。
そうした、世界をかんじることにつながると思い出す。

息は、からだに取り込まれ、それを優しさに変えて吐き出す。

そした呼吸が心を育てることにつながる。

| | コメント (0)

2015年4月24日 (金曜日)

歩けない

歩けないを主張する母親から3回目の電話が入った。

足が痛くて、もう一歩も歩けない。
だから、病院にもいけないという。

でも、電話口まで7メートル歩いて、もう、3回も電話をしている。
往復、42メートル。明日には、100メートル先の病院に行けるか。

| | コメント (0)

2015年4月21日 (火曜日)

入院する友達へ

入院は、病院に入ることである。

入るとは、出ることが前提である。

ほとんどの入院は人生の休憩である。休めばいい。
目的のない旅が辛いように、先が見えない入院んほど辛いものはない。
考えてみれば、夜が来てベッドに入る時、朝が来れば起きると思っている。
たいていの場合は、朝が来る。しかし、よく考えれば、起きられないことだってある訳だ。

朝飯を食べ、会社に行く。そして、夜になれば家に帰ってくると思っている。
しかし、事故があって帰れない場合だってあるかもしれない。

生きることは不確実な連続である。それでも、生き続けることを信じているから、生活ができる。
信じるということは、相手の意思に従う自由のことだ。

神を信じるとは、神がいるかいないかを問うことではなく、その意思を存在を感じることである。
私がここにいることは、これまでの流れの連続であり、これからも生を感じることだ。

そうした感性を磨くためには、入院という環境は望ましい。
何しろ考えることしかできない空間だから。

| | コメント (0)

2015年4月20日 (月曜日)

父親という存在

家族で出かけている。

人は、「それはいいね」というかもしれないが、そこには様々な事情がある。
それでも、家を離れることで見えてくものと、変わらないものがあることを感じることになる。

今回は前半が別行動にした。かなり意識的に。

分かれて本を読んでいる。
本はどこでも読めるのに、その場所でないと考えが浮かばないことってある。

バンコクの安宿で読んだ旅行記を思い出す。
タイトルは思い出せないのに、その部屋の匂いや風、汗が染み込んだ服の手触りをはっきりと感じられる。

今回は、田口ランディ氏のパピオンを持ってきた。

死の謎を追ううちに父親の死に際に遭遇する。

そにうちに僕の親父が登場してきた。

| | コメント (0)

2015年4月18日 (土曜日)

人見知りについて考えると

たぶん、僕は人見知りなんだろう。

というより、他者への関心が低いのかもしれない。

昨日も知らない人の集まりがあった。

そこで困ることは、知らない人か?前にあったことがある人か?名刺の交換をしていたのか?という過去の情報が頭の中から抜けていることである。

それでも、その場でなんとなく過ごすことができるようになった。

居づらい気持ちを抱えながらも、積極的に情報を求めることも、相手の懐に飛び込むこともしないで、そのままの距離をぼんやりと感じている。

家族でいても気まずいのだから、どこに行っても同じだろうと開き直る。

こんな気分で今日も研修に参加している。

| | コメント (0)

2015年4月 7日 (火曜日)

問題はない

どうにもならない問題の深みにはまっている。
どう考えても、解決の糸口はみつからない。

一番いい、解決方法は、一番簡単な方法だと言うが、それも分からない。

問答のような問いである。

その時、閃いた。

問題はない。なくなったのではなく、以前から無かった。

無い問題をあたかもあるように考えている私がそこに残されてしまった。

問題の対象とするものとの関係は変わらない。

関係もそれまで以前もこれからも変わらない。

残されたのは、そこにいる二人だけになった。

問題を抱えていない二人は不安な顔持ちになった。問題を抱えている関係しか知らなかった二人にとってなんとも云えない雰囲気だ。
でも、不安を抱えながらも付き合っていくことがこれからも続く。
それだけは確かだ。

| | コメント (0)

2015年4月 5日 (日曜日)

30年たって話すこと

フリーで仕事をしていると、何十年も同じ人と関わることがある。

仕事ではない関わりが多い。

30年以上、近くで働いていたり、同じ方向を向いていたのにあまり話をしなかった人がいる。

30年前にはできなかった話ができるようになった。

それは、お互いが年をとったからだろう。

30では緊張し、40ではこだわりを持ち、50でもまだ早かった。

それが、緊張しないで話ができるようになったのは不思議だが、気持ちとしては解放された気分だ。

| | コメント (0)

信じるということ

今日はイースターである。

キリストは、死に、その後、復活した。

復活したことを弟子に示すために、腹に空いた穴をわざわざ示した。

疑り深い人間を信じさせる行動としては、わざとらしく、白々しい。

こんなに信じろと言われると信じられなくなる。

こんなにはっきりと「信じろと」と言われると、信じたくなくなる。
まるで、信じるなと行動しているように思える。

ABEさんが、戦争をしないけど軍隊をもち、軍備を増強するのは平和のためですと言われると、その言葉は信じられないが、何をしたいのかはよくわかる。

「そんなことはしない」と強く言われると、「そうしたいんだな」と想像させられる。

のこへんは、「ホントウ」と似ている。

ホントウですと強く言われると、ああ「ホントウではない」と思ってします。
では、「本当に、ほうとうに、ホウトウです」と言われたら、どうだろう。

これは、絶対嘘だと思ってしまう。

そんな、白々しい行動をとったのが、復活のイエスだ。

わざわざ、信じらざるを得ないような、傷跡や姿を見せるなんて、ホントに馬鹿らしい行動だ。
まるで、貞子が、テレビから出てきて「おばけ〜」と言うようなものだ。

そんなことがあったかどうかわからないが、それから2千年が過ぎた。

それを見ていない僕は、何を信じるのか。
それは、見えないものを信じる感覚である。
何かを信じたい思いがある。

信じるということは、それが事実であるかどうかを確認するためではない。
希望が叶うことを願う行為である。

戦争が終わることを信じている。
争いが終わった世界を想像し、その世界ではどんなことが起こるのかを、頭のなかで見ることが「信じる」ことだと思っている。

ただ、そこにいることを信じるかと聞かれた場合。
はいと答える。
それは見えるからではない。

見たいからであり、その存在を感じるからである。

| | コメント (0)

かすみ

最近、霞がかかったように世界が見える。
正確には、よく見えない。
特に、字が見えない。滲んでしまうと、頭で理解しようとするのか、とても疲れる。
じっと、見つめていると疲れるので、読むことを諦めることが多い。

こうして人は社会とのつながりを諦めるんだろうかと、思ったりする。

メガネをすればいいのだが、メガネでは、すべての文字にピントが合わない。
今まで、メガネ生活をしてこなかったので、掛けたり外したりしていると、すぐに置き忘れる。
もう、何本も無くした。
これも諦める。

という生活を送っていると、いろいろ諦めるのに、生きることは諦めない。
こだわりを持っている。

先日、できの悪い子供のやるきを出させる名人の話を聞いた。

生きている限り、全てに諦めている訳ではない。何かにこだわりを持っているという。
諦めていると見える子どもほど、強い拘りを持っていることが多い。
拘りが強いからこそ、身体が動かない。

そんな時には、包み込むように拘りを解きほぐすことが必要だ。

包み込む時には、その中に内包されているものは、彼のもつ全てである。その中から本当に大事なものを彼が選ぶのを待つことが大事だ。

選べばくしているのは、彼自身ではなく、私だということだ。


| | コメント (0)

2015年4月 4日 (土曜日)

私たちの望むものは

Image

私たちの望むものが現れる訳ではない。

望むものの多くは得られることがなく、どちらかといえば、望まないものばかりが訪れる。

こんな世界の中で、40年前から変わらない生活を送ろうと、日々協力して生活を共にする人たちがいる。

毎年、報告会に訪れると、自分自身の生活を振り返る。

ああ、こんな生活をしていてはダメだ。

こんなものを望んでいてはダメだ。

本当のものを求めなければと。

| | コメント (0)

2015年4月 3日 (金曜日)

歌を唄う

まったく面白い仕事をしていると思う。

今日は、病院で「時代」を唄った。

苺を食べながら。

目の前に座っている人は、辛い治療の後なのに、猫の動画を見て、声を出してわらっている。指までさして。

その横の姉は、2年ぶりの再会を味わっている。ぶどうを食べならが。

叔母は、苺の蔕をとり、指が赤くなっている。

窓の外には、桜が飛び舞い、お祝いの言葉の話している。

僕は、感激して「時代」を唄った。

| | コメント (0)

2015年3月29日 (日曜日)

大人気ないについて考える

50を過ぎたおじさんが子供のように駄々をこねる時、「大人気ない」と言われると。

しかし、これが女性だとそうは言われない。

また、30位でもいわれない。

その人の人格にもよるが、自分を抑えている人の場合、大人気なくなってしまうようだ。

所ジョージが駄々をこねても、「おとなげない」とは言われない。

もともと大人のように振舞っていないから。

この辺の塩梅がいい加減である。

しかし、おとなげない発言をしたおじさんも、昔は子どもだったわけで、自由に振る舞うためには子どもの部分を出す必要がある。

たとえ、それが自分にふさわしくないと見られても。

そうする必要があるときだってある。

| | コメント (0)

«いつまでも見ていた