2017年9月20日 (水曜日)

壊すことから

生物は壊すことに熱心だと福岡教授は言う。
壊すことは、作ることに繋がるが、生物として終焉を迎えようとしている私にとって、作られるものは何だろう。
そんなことを考えながら穂高でカツを食べている。
カツが栄養にはなっても、これが新しい脳の一部にはならないような気がする。それは程に壊され続けているから。
しかし、生きているという事実は、何かを作られているという事実でもあり、山を登れるということであり、まだまだ感動できる心もある。
捨てたものでもない。
でも、たくさん捨てている。

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なぜ

どうして、と聞かれると困ることがある。
仕事をすることには、なぜとは聞かれないのに、遊びの
ように見えることには、よく聞かれる。
今日も聞かれた。
よく考えてみた。
バランスを取るためかなと思った。
生きる為に。

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2017年8月12日 (土曜日)

アルカディア

大好きな椎名麟三を読んでいたらケメの事を思い出した。
ユートピアの話である。
ケメがユートピアとどう繋がるのかは分からないが、思い出したのだから仕方がない。
記憶は、どこかに溜まっているのではなく、繋がりらしい。その繋がりがシステムになっている人は記憶力が高いのだろうが、僕の場合は繋がったり切れたりするから、変な時に変な事を思い出す。
それは、あるかもしれないというより、どこにもない場所なのだろう。あってしまってはユートピアで無くなる。
うまくいかないといえば、親子関係である。
うまくいっているフリをすればいいのであるが、そうはいかない。
特に自分に近い特質を持ている場合はなおさらだ。そこにいるのはもはや私である。自分の外に出た身体なんか見たくない。それでも見えるから気分が悪くなる。
だから、そこにはない、どこにもない所に行きたくなる

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2017年6月28日 (水曜日)

デンマーク研修のチラシができました。けど、写真が写っていないのが残念

   
                                   
   

デンマークの福祉・医療・教育システムから自らの実践を振り返るスタディー・ツアーのお誘い

   
   

   
   

   
   

   
 

 
 

世界一幸福な国デンマークの暮らし方から学ぶ

 

日本の政治・経済・福祉・医療・教育・・システムに疑問を持っている人は多くいると思います。では、世界一幸福な国デンマークではどのような法律を作り、福祉・医療・教育に取り組んでいるのだろうか。そこには、民主的で合理的なシステムがあります。

 

 今回のスタディーツアーでは、様々な現場の専門家のお話を聞くだけではなく、自らの実践や研究を深めること、対話すること、実践を発表すること、多様な交流を促進することにも力を入れます。大人のためのワクワクするような一週間となり、今後の人生にとって大きな刺激になる体験が待っています。参加をお待ちしております。

 


 

プログラム

施設見学と交流

見学・講義はデンマーク第2のフェン島北部のボーゲンセ近郊の学校・病院・施設で行います。また、見学先、講義依頼、交流は参加者の希望を受けてから調整します。特に、今回のツアーでは、講義研修よりも対話研修を取り入れることや、事前学習に力を入れることを予定しています。

 

宿泊施設

宿泊は、デンマーク独特の学校制度であるFolke Højskole(フォルケ・ホイスコーレ、通称「国民高等学校」)の宿泊施設で行います。フォルケ・ホイスコーレは政府の認可を受け、3カ月から6カ月を1タ-ムとして学生を受け入れている体験と相互交流・自己覚知を進める取り組みを行なっている大人のための学校です。そこには、デンマーク人、知的障がいを持つデンマーク人、ヨーロッパ、アジア、アフリカ諸国等、世界各国からの学生が生活を共にしながら学んでいます。NFHSでの生活は、デンマーク文化を肌で感じることはもちろんのこと、その他の国の文化に触れることができます。希望によっては、NFHSの授業にも参加できます。言語は、英語及びデンマーク語です。

*個室、相部屋を選択できます。

・事前研修

今回の研修では、事前研修を行います。予定している研修内容は、①デンマークの政治・行政制度を理解する。②デンマークの教育制度を学ぶ、③デンマークの障害者支援を学ぶ、④フォルケ・ホイスコーレの実践を知る(DVD)、⑤オープンダイアローグから対話支援を考える、  ⑥ペタゴーとは何か、⑦デンマークの成年後見制度はどうなっているのか、⑧バンク・ミケルセンから学ぶ、⑨デンマークの行政制度から、貧困と平等、合理性を考える、などを予定。

*参加費無料。講義形式ではなく、課題論文、書籍を事前に読み討議形式で行います。また、研修中に参加者の実践及び研究発表を行い、NFHSの学生との交流も予定します。

 

オプショナル・ツアー

 コペンハーゲン半日ツアー

../Pictures/写真ライブラリ.photoslibrary/Masters/2017/06/07/20170607-043624/P6050035.JPGコペンハーゲンの街を自転車で早朝回るツアー(1時間半)、及び市内観光ツアーを用意しました。参加費無料。コペンハーゲン市内はコンパクトです。人魚姫見た後や街を見下ろす塔に登り、海岸沿いの店でシーフードを食べてください。

お薦めは、市内を一望できクリスチャンスハウンにある救世主教会。1696年に完成したこちらの教会は、煌びやかな金の縁取りと渦巻き貝のような形をした塔が目を惹きます。

 

 ヘルシンキ市内観光、買い物ツアー

フィン・エアーでフライトをすれば、ヘルシンキに立ち寄ることができます。モデルツアーでは、一年で昼が一番長いヘルシンキに立ち寄り、夏の北欧生活を体験できます。この時期のヘルシンキは野外コンサートやイベントも多く活気のある時期です。マリメッコのアウトショップ、かもめ食堂、サウナ、クルーズ,石の教会、北欧料理など楽しみは沢山あります。

 

 

 エストニアの首都タリンへの小旅行

ヘルシンキからフェリーに乗り2時間。世界遺産タリンに着きます。タリンは世界遺産にも登録されている中世の街並みが残る旧市街がありまる。石畳の坂道を登り、建物を見て歩くだけでも楽しい街です。ロシア時代の骨董品屋や雑貨屋も多く、買い物や食事も充実しています。市庁舎前広場でのんびり日向ぼっこをするのもいいです。昼が長い北欧ですので、帰りのフェリーを遅くしてもまだまだ明るい。フェリー代は往復6000千円程

 

 

募集要項

日程(研修のみ参加の場合)

2018年6月11日(月曜日)から15日(金曜日)の5日間

研修内容

デンマークの福祉・教育・医療の現場見学、担当者からの講義及び様々な交流授業

具体的な研修先や研修方法は参加者の要望を聞き、現地スタッフと打ち合わせ調整をおこないますので、個別の要望に応えやすい研修をカスタマイズします

参加費

   1日あたり40000円、5日で約20万円 為替の変動により変わることがあります。

    *費用には、宿泊費、研修中の全ての食事、視察研修費、通訳、研修に関わる交通費がふくまれます

宿泊場所

 デンマーク ボーゲンセにあるノーフェンス・ホイスコーレ内の研修所

   コペンハーゲンから列車で1時間半、バスで2時間

募集人数

   8名 

    先着順とし申込金(1万円)の入金が確認された方から受け付けます・

参加条件

   ・集団生活、活動ができ、研修の趣旨を理解していること

申込/問い合わせ先

   担当者 斎藤弘昭(福まね代表)

 Eメール fukumane@gmail.com 携帯電話090−9326−4663

 デンマーク受け入れ担当者 ノーフェンスホイスコーレ短期研修代Momoyo T Jorgensen

注意事項

1、 このツアーは、自らの責任により自らの課題に取り組むことを目的とした体験型研修です。研修の成功は参加者自身の積極的な行動によることを理解ください。

2、 参加しやすくするために、費用を抑え現地集合、解散モデルを作りました。しかし、不安な方にはモデルコースを用意しました。この場合の費用は実費です。

3、 オプショナル・ツアーについては主催者が案内するもので、費用は実費のみです。

4、 事前研修を9月から毎月開催する予定ですので、日程の許す限り参加ください。事前研修が今回のスタディツアーには重要だと考えております。

5、 航空券の購入について、その他の個別相談にも応じます。

モデルコース

 

研修日程と内容

                                                                   
 

2018年        プログラム                    宿泊

 
 

6月 9日

 
 

成田午前発〜フィンエアーヘルシンキ経由—コペンハーゲン18時25分着

 
 

コペンハーゲン市内のホテル

 
 

6月10日

 
 

午前中 コペンハーゲン市内観光、午後ンFHSにバス、あるいは列車で移動

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月11日

 
 

オリエンテェーション①デンマークの福祉制度②ホイスコーレと

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月12日

 
 

③施設視察 ④行政関係者からの政策説明

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月13日

 
 

⑤授業 ⑥施設視察

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月14日

 
 

ホイスコーレ授業体験

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月15日

 
 

⑦学校見学 ⑧病院のワーカーとの交流

 
 

NFHS内研修所に宿泊

 
 

6月16日

 
 

午前中研修の総括 午後ヘルシンキへ

 
 

ヘルシンキ市内ホテル

 
 

6月17日

 
 

ヘルシンキ市内観光

 
 

ヘルシンキのホテル

 
 

6月18日

 
 

タリン観光

 
 

ヘルシンキのホテル

 
 

6月19日

 
 

午前買い物 午後ヘルシンキ発翌日午前中東京着

 
 

 

 

*モデルコースの日程と内容はイメージを作るためのものです。参加者の予定を優先しますので、個別のスケジュールを組んでください。

*研修は、グループで行動することを原則としますが、場合によってはグループを二つに分け施設を訪問することや個人行動もできます。相談ください。

*航空券は、往復で6万円だいから12、3万円代です。購入時期、航空会社により大きく違います。

*デンマーク、ヘルシンキのホテルの宿泊費、食事代は日本と同等です。これも、どのようなランクにするかは参加者が決めてください。その他のオプションも日本から申し込めるものがありますので、相談ください。



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2017年6月25日 (日曜日)

独立して生きる意味

子どもが18歳になると親元から離れて独立する(一人暮らしを始める)国は多い。これは文化や宗教の関係から日本と比較することは難しいかもしれないが、子どもが18歳で一人暮らしを始める意味は大きい。

デンマークでも同様に、国民学校を卒業する頃になると一人暮らしをすることを若者に要求するようだ。(最近ではそれが遅くなる傾向がある)
これが障害を持った若者にも同様に行われるところが徹底している。これは、合理的な理由がない限り皆を平等に考えるという人権思想があるからだろうか。
日本の場合は、障害者が一人に暮らせるだけの社会的条件(環境)がないから、一人暮らしをして危険な目に合わせたくない、親元で安心して暮らした方がいい、となり、親が障害の子どもを抱え込み、福祉サービスを利用しながら生活をする。その後、親の支援が限界になる時に、施設に収容する。
一方の国では、成人とは一人で暮らす人と意識され、教育も一人で暮らせるだけの知識と技能を身につけるものと認識される。したがって、一人前の人になるように教育してきたのだから、18歳になれば当然独立することを期待する。そして、障害があることがそのことを妨げることはない。
そう考えると、一人暮らしの障害者に対する十分なサービスを考えなくてなならない。この辺が理念先行の国と、感情先行の国の違いであろう。
障害者のアパートをどうするか。生活支援サービスをどうするか、訪問サービス、通所サービス、そのための送迎をどうするかを考え、在宅一人暮らしができるための新しいサービスを作り出しそのシステムを作る。もちろん、そのための法律も作る。
では、施設サービスはどう考えるか?施設サービスはある、しかし、収容型の施設サービスは極力作らない。それは、収容することに対するアレルギーだと感じる。収容型のサービスは、ナチの収容所を連想させる。つまり、収容することは人権を奪うことにつながると考える。
この辺は日本でも同様である。身体拘束を考えた場合、認知症の人を拘束することが人権侵害だと言われるようになった。しかし、認知症の人が外に出られないように鍵をかけることは安全対策だと言われるが、もちろん、これも身体拘束である。
でも、外に出たら危険だと対応の正当性を主張する。人権より安全性をとね。
これは人権に対する思想の未成熟さからきていると感じる。
認知症の人が一人で外出しても安全な国を作ることが重要であるが、行なっていることは、危険が起きないように収容することである。
話がそれるが、30年前、児童養護施設の研修でオーストラリアを訪問した際、同じようなことがあった。
虐待等の子どもの権利侵害に対して日本では早期介、入親子分離、そして、施設収容が重要だと主張したのに対して、オーストラリアの担当者は、施設収容は法律で禁止されているといった。
なので、家庭に問題があるのなら家庭を治療することが必要であり、家族間の交流をモニタリングし必要に応じて修正するプログラムが必要であるといった。日本の関係者が、それでは時間がかかり、家庭内で起きる現象を見ることができないのではないかと質問すると、できると答えた。それは、観察できる家を作り、問題家庭の家族をそこに住まわせマジックミラーでモニタリングし、その家から会社に、学校に、地域に出かければいいと話した。
このギャップはとても大きい。
話を戻す。
18歳になると子どもが自立する社会では、親の自立も進む。様々なサービスが開発される。女性の社会参加も進む。
これは、高齢化社会を考える上では大きい。末子が18歳になる頃は、親世代は40代から50代である。残りの人生を考えると、まだまだ働くこともでき、遊ぶためのお金を使うこともできる。こうした人生サイクルを作り出し、就労環境や余暇環境を大きく変えたのがデンマークだ。

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2017年6月23日 (金曜日)

貯金をしなくても豊かな生活とは

経済格差がないことでどれだけ可能性が広がるか。
デンマーク社会で一番驚いたことは、福祉が進んでいる事ではなかった。経済格差が小さいことだ。累進課税により収入格差が小さく、所得税55%、消費税25%の国では、どんなに稼いでも、就労できない人でも、手元に残る現金の差は小さい。
それでは、就労意欲が無くなるのではと思っていたが、それが逆であった。無理に大学進学する必要もなく、10年近い国民学校を卒業して、専門の資格を身につければ、大工として、看護師として、先生として、販売員として働ける。それぞれの専門 分野の産業別組合があり、自分たちの権利を守る活動をしている。
つまり、政治家だろうと、弁護士だろうと、学者だろうと、福祉士だろうとそれぞれのそれぞれの専門性を活かした仕事をしているのであり、経済格差だけでなく自分の仕事に対する誇りは同じだということだ。
人間は平等と言いながら、経済格差をつけるが故に、格差が広がるか日本社会 と比べると大きな違いである。
それは、福祉政策 に関してもいえる。障がい者に手当てを与え、引き上げるという思想ではなく、年金を権利として、国民として平等に受けられる権利という理念で考える。就労できない のであるから、年金を給付し、そこから、他の国民と同等に税金を払わせる。この辺 の合理性には感心させられる。
また、一般に18 歳になると若者は家を出て、一人暮らしをする。それは、障がい者であっても同様である。アパートで一人暮らしをし、そこに必要なサービスを入れる。住宅やサービスは無料であるから、手元に残る現金は他の住民と同じである。
福祉や教育に力を入れた政策を進めた結果、女性の就労率は上がり、集税率は高い。こうした政策は、政治 に対する強い関心につながるとともに、税金 の使われ方に対する関心へとつながっている。
ついでに言うと貯金をしない、お金を貯めると税金がかかる ので、レジャーを楽しむ人が多い。キャンピングカーで出かける人をたくさん見た。
経済政策こそ福祉社会を支える鍵だと感じた。この辺の仕組みを見に行くだけでも面白いよ。
と言うことで、来年のスタディーツアーの参加者を募集しています。

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2017年6月13日 (火曜日)

スタディツアー

デンマーク訪問で一番の収穫は、来年スタディツアーを企画できそうになったこと。
デンマークの福祉理念を専門家との共に学ぶツアーを企画したい。

今回の訪問で、現場とのコンタクトを持つことが可能であり、手作りのスタディツアーができそうだ。
現時点での構想は。
1.参加者は事前研修に参加し、デンマークの福祉理念、システムを頭に入れる。
2.デンマークに関する文献を読み、自分なりの疑問点を整理する。
3.研修のテーマを持ち、テーマに応じた施設、機関、人のリクエストを作る。
4.テーマに即した発表の機会を持つ。
というような、よく行われている視察とは違う、参加型、テーマを深める、あるいは、個人研究を進めるスタディツアーにしたい。
また、研修中の宿泊はホイスコーレという、デンマークの成人教育施設に泊まり、交流が期待できる。この場で、各自の実践報告を行うことや、ワークショップを企画したい。

日程は、2018年6月
期間は、土曜日集合、次の日曜日解散の1週間
募集人数は、最低5人、最大10人
6人から8人ぐらいがベスト
参加費は、宿泊、食事、研修、移動を含めて15万位かな
オプションとして、ヘルシンキ、タリンを訪れることができる。今回、回ってみて、楽しさは伝わったと思いますが。

デンマークの福祉、教育、医療を学ぶことが、協力社会、福祉社会を考える上で大きな意味があると感じた。それは、システムとしてだけでなく、むしろ、理念を考えることや、人生を考えることにつながります。あなたの人生をもう一度問い直すために、一緒にデンマークにを行こう。会社なんか休んでしまえ。

関心のある人はメール下さい。

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2017年6月11日 (日曜日)

他者と個人

他者の気持ちをいつも考えている。

この状況で、何をすることが正しいか(日本的妥当性)を判断して行動する。
行動するときは、なるべく一人では動かず、集団行動をとり、集団の動きに合わせていることが集団の安定につながる。
ビールが飲みたくても、他者の大多数がコーヒーを飲む場面では、「私もそれで」とコーヒーを飲む。
汚れは食器が置いてあれば、自分のやりたいことがあっても、まず、食器を洗い片付ける。横で、パソコンをしている仲間がいれば、「気が利かないやつ」と睨むが言葉では言わない。
講義の後に、質問をしない。メモを取り、素晴らしい言葉に赤丸をつける。しかし、その実践を自分が行うことはない。
他のメンバーとコミュニケーションが足りなかったと注文を出す。しかし、自分が積極的に行動しなかったことを思い出さない。誰かがプログラムを組んでくれなかったことが原因だと主張する。
こうした忖度社会の私たちが、自己主張することで成り立つ社会システムを理解することはできない。自己主張することは、他者の存在ややり方を認めることにつながる。それは、合理的であり、経済的である。
税率が50%かかっていても、バランスの良い社会を作ろうとする。
自分たちの問題を話し合い、政治に参画し、法律を作る。小さな国を運営するためには、個人が出来ることを最大限に行うことが大切になる。
黙っていては何もはじまらない。

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フォレスコーレという実験

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デンマークのフォレスコーレは、社会的実践だと感じた。

18歳以上の人なら誰でも入れる社会教育、連帯実践、人間教育の場が与えれれるデンマークでは、低料金で、人生を学べる場が用意されている。しかし、それは、政府がお膳立てした施設でも、機関でもなく、参加者の民主的自治により運営される。

フォレスコーレのプログラムは、哲学、心理学、音楽、体育、演劇、など、感覚に刺激を与えるもの、価値観を問うもの、本質を考えること、国の将来を議論すること、自分の夢を見つけること、私を主張することを学ぶ。

つまり、日本の夜明けを議論した「・・塾」に似ているように感じる。また、第二時大戦後若者が集まり独自の文化を作り将来の行く末を議論したコミューンにも似ている。また、組織教育キャンプにも、北海道家庭学校の実践にもつながるものを感じた。これは、個人的な体験が大きく関わっていると思う。

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2017年6月 4日 (日曜日)

フィンエアー

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事前チェクインした結果、ゆったりした席でした。
快適。

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2017年5月31日 (水曜日)

無題

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バリの芸術家Siriさん。
作品はその人を写す鏡であるとしたら、いい人です。

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オペオリ

手術のオリエンテーションをこう呼ぶのか。
なんか軽いように聞こえる。待合室で待つ時間が長い。
先生の説明は具体的、理性的、合理的であり、納得できるに十分である。
症例を重ね、可能性としての多面性を見立てる。
説明は、誰でも同じではないのだろうと感じる。同じ症例であっても意味合いは、一人ひとり違う。その辺の塩梅をどのように判断しているのか気になる。

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2017年5月29日 (月曜日)

美しい星

火星人や水星人が隣にいてもわからない。

その人が、いや、その宇宙人がどんな顔をしてるのか知らないから。
僕らだって、宇宙に住んでいるんだから宇宙人だ。だから、他の星の人がいてもおかしくない。
地球人という概念で物事を考えると色々な問題は消えることはよく言われる。
同じ星に生きているのだから、争いをしなくてもいいだろうと、他の星の宇宙人は思っているだろう。
宇宙人と交渉する地球人は、もちろん宇宙人総理だ。

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2017年5月28日 (日曜日)

歌を歌いたくなる理由がわかる

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草間彌生展に行く。

クライアントの中に、歌を歌ってくれる人がいる。

携帯の留守番電話に、よく自作の歌が残っている。

草間さんの歌を聴きながら絵を見ていたら、その人の気持ちが少し分かってきた。

どうして歌を歌うのかではなく、歌わずにはいられないんだと気づいた。

それなら、僕もギターを片手に歌を返せばよかった。

コードはGにします。

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スローな生活③

夕方が好きだ。

この時間のために1日草を刈り、畑に出る。

夕日を見ている。

「一人一人に必ず与えられていると信ずる固有の命を重んじ、互いに協力することによって個ではできない、さらに価値ある社会を作ろうと願う」(宮嶋真一郎)

そんな社会が来るような気がする。

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スローなスローな生活2

 

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スローな生活は楽しい。けれど、厳しい。

競争原理をできるだけ拒む生活は、人間の本質を目覚めさせてくれる。しかし、きれい・便利・安全・安心・優しい暮らしではない。

それぞれに持っている個性や特徴がぶつかる。優しいとは、本性を隠しいいとこ取り特性があるとしたら、スローな生活は、様々な人たちの本性がぶつかり合う暮らしである。

理解できないような行動をとる人がいる。自分勝手に見える人がいる。何を考えているか分かりにくい人がいる。そうした多様性がある。

人との距離をとり、自分に危害を加えない人を選んで付き合う社会とは違う。一つ屋根の下でプライバシーをぶつけ合いながら、距離感を探る。

民主主義が時間をかけ、知恵を出し合い合意を取るように。スローな社会、協力社会は、時間をかけ、他者との距離(もちろん自然との距離も)を探る。

一見分かり合えないように見える人とどうしたら一緒に暮らせるかを探す。経済的に成り立たない暮らしを、どうしたら維持できるかを祈る。

それは合理的には、効率的には、管理的にはできな。そもそもできないことに挑んでいる生活だから。

そうした不可能な暮らしをしているところが一番の魅力である。

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スローな生活①

真木に通い35年

そんなに経ったのかと思う反面、やっと馴染んできたと感じる。

メンバーでない、そこに住んでいない僕が、真木に馴染むためにはそれぐらいの時間が必要だった。

スローな生活は、経済性・効率性・合理性がなく、非管理的で平等性が高いと感じる。何しろ、山を2時間近く登り、夜になると写真の茅葺屋敷以外に光はない。

何もないように見える場所であるが、時間だけはたっぷりある。そのたっぷりある時間に対話をする。動物と山々と、光や水の音と。そして自分自身と。

こんなに自分と向き合う時間は普段持てない。

35年の人生を振り返る。

それも一つ一つ。

何もしてこなかったこととを反省し。それでも生きてきたことを喜ぶ。

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2017年5月17日 (水曜日)

平均的な面接

すごく上手くいく面接は少ない。
それでもいい感じだったと思う事もたまにある。
しかし、いい感じだった面接の後に、悪い事も起こる。すると、どうしてだろうという気持ちになる。だって、うなく行ったのにとかんじているからね。
いい感じだと思っているのは僕であり、僕の気持ちを相手を巻き込んで終わっっているのかもしれない。
その点、平均的で普通の、なんの感動もない面接が一番いい。

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2017年4月 9日 (日曜日)

立会いが大事

どうも医者と意見が合わない事が多い。
そうでなくても頭が硬くなっているので、相手の言う事が理解できないと、何度も質問するので嫌な顔をされる。
病気に関する認知が決定的に違っている。
僕は生活に支障がない状態を病気とは思わないが、彼らは、多くの場合男性、数値で正常と異常の、病気と元気の区別をする。
そもそも病院を訪れた人を病人扱いをする。
そうである場合もあるが、病気かどうかを求めている訳ではない。

では、何を求めて病院に行くかといえば、双方向の語りである。
そんな時間がないので、すぐに 物言いになる。

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2017年4月 7日 (金曜日)

穴を掘って音を聞く

少年が暗い顔をしている。
これは可能性の問題だと感じた。
将来に対する可能性のある、そう信じている者にとって、将来は不安と期待が入り混じる存在である。考えるとそれだけ暗くなる。
老人は将来なんか考えないから、暗くなる前に、すでに絶望している。
自分があると思う者は自分に絶望する。
一貫した自己なんてないと思えば、目の前の食べ物を食べるしかない。

毎日を毎日のように送ること、これをそれに引き継ぐことで前に進める。
そう言ってやりたいが、耳は下を向いている。

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わからない部分

映画を見る事が多い。
しかし、すぐに忘れることも多い。
昨日見た映画は、途中眠かったこともあり、なんだかモヤモヤしている。
2回目を見る。
前回よりよくわかった気がする。
そういえば、昔、映画を見るときは、途中から入って、最後まで見て、そのまま、次の回のはじめから見て、面白かったら三回目を見た。
外に出ると暗くなっていたが、映画を見たなーという気分になった。
さらに、気にいると、再び映画館に通った。

歌もそうだった。
好きな歌を何度もレコードで聴いた。
そうして、身体に少しづつ刷り込んで行き、次第に身になる。
そんな風にしか物事が身体に入らない体質なんどろう。
昨日見た映画の中で、少年がいう、俺の気持ちなんか分からないだろうと。
そう、君の気持ちがわからなかったから、また来たよ。

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2017年3月31日 (金曜日)

はっきりさせようとすることは、混乱を生んだりする

先週退院したAさんが、今週再入院した。

Aさんに何が起きたのかはわからない。Aさん自身にもわからないかもしれない。
普通な暮らしをするためには、誰かの手助けが必要なのかもしれない。
しかし、一人で暮らすことを考えたら、誰かは、いつもそばにいるわけではない。
それは、少年の場合も同様である。
自立するためには、一人で生きていかなければならない。もちろん二人でもいいんだけれど。
でも一人で生きていくには、それなりのリスクがある。自分をコントロールするということに関して。
自分をコントロールする力があればそれでいいのだが、そうでない場合は誰かと暮らすことを選択する。
それは、母親の場合も同様である。
高齢であるというだけでなく、暮らしを考えるとき、生活力や関係調整のスキルが必要になり、それが衰えただけで一人暮らしは難しくなる。
そうした難しさを病院などの施設に収容することで解決できるのか?解決しているような気分になっていいんだろうか。
一人暮らしか施設かの選択でない多様な暮らし方を探したい。
そこで問題となるのが、専門家のアプローチかもしれない。
「問題」を明らかにすると、それを分類することになる。専門性を高めると分類は細かくなる。「問題」を見ないでも暮らすことはできる。
見ること、見つけることで、余計に苦しくなることがあるように、「まあそんなものよ」と薄眼で捉えることも必要だと思う。

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2017年3月30日 (木曜日)

手帳を買う

12月と3月に手帳を買う。
昨年は、スケジュール管理をpcでしていたので手帳を買わず、3月になり、やはり手書きがいいと思い立ち、4月始まりの手帳を買う。しかも二冊。
この繰り返しを毎年しているが、一向に決定的な方向性は決まらず。
忘れる事が怖いわ歳になったのだろうか。

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2017年3月 2日 (木曜日)

自分の怒った顔は見たくない

久しぶりにサイコドラマに参加した。
自分の モヤモヤを取り上げもたった。
それは、わかっている課題であるが、わかっていると合理化しているだけのことも分かっていた。
ただ、ドラマの中でどんな事が起きるのかに強い関心を持った。
僕の自我に誰を選び、クライエント役を誰に頼むのか、それは、すでに決まっていた。
クライエントに言わせたいセルフもできていた。すべは用意されている。
ドラマは、僕の想像どうりに進んんだ。それを期待していたわけではなく、分かっていた。
分かっていても認知されていないことは多い。
調和された世界の中で、生きている。それに納得しているか、そうでもないのか、その辺が問題となっている。
納得できないことは多い。それを納得するには、時間とそれを演じてくれる人が必要だ。
僕の代わりの人は少し怒っていた。その顔は、確かに怒っているように見えた。

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2017年2月24日 (金曜日)

スキーをする

スキーをした。
毎年1回位は滑っていた。
それもコーチについて。
コーチは、教えるのが好きだが、生徒は教わるのが嫌いだ。
コーチのように滑れないから教わっているが、そうはできない。出来ないからということを上手く伝えることもできない。イライラする。
積極性がない生徒である。どちらでもいいような顔をするとコーチは機嫌が悪い。当たり前である。
でも、どっちでもいいのだ。上から下に滑れれば。
そういうと身もふたもない。

しかし、今年、コーチのイメージと僕のイメージが少し合った。
それは、スキーのイメージではなく、おじさんのイメージである。ああ、このおじさんは僕と同じおじさんだと思えた。すると、スキーがくるんと回った。

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旅先で思い出すこと

新潟に来ている。
40年ぶりです。信濃川を眺めていると、突然、その時食べたおいしいお米の味を思い出した。
兄が新潟市に赴任し、学生だった僕は、兄を訪ねて来た。
それほど仲良くなかった。というより、苦手意識があったのだろう。
何をしたか、なにを話したかは、全く思い出せないが、お米の味だけは忘れない。その艶や、色合いははっきりと浮かんでくる。おいて、大きな川。

川といえば、タイのカンチャナブリの川を思い出した。
季節は春、いや同じ2月。

でも、泳いでいる。
子どもと一緒に、プロレス技をかけるような格好で、川に飛び込んだ。
凄く暑くて、なんとなく虚しくて。

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2017年2月 4日 (土曜日)

ワーカーのリジリアンス

困難さを感じるワーカーのリジリアンスはどのように発揮されるのだろうか。
困難な状況を感じるのは、クライエントのせいばかりではなく、ワーカーの感受性も大きく影響を与えている。
そのツボをクライエントは心得ている。
弱さの中にいるクライエントにとって、弱さを使うこと、弱さに漬け込むことは得意技である。
相手が傷つくであろう言動を駆使して、世を渡る。それはクライエントのリジリアンスである。
しかし、それはワーカーの傷になる。
この辺が面白い。いい事は二つない。誰かが喜んでいる影で誰かが泣いているのである。
そうすると、傷つかないでいるという事は大事である。感受性が鈍いということも、ワーカーのリジリアンスになる。
何を考えているか分からない仙人のような人に相談に乗ってもらう。何にもならないと思いつつ話をし、結局何にもならないと悟り、その場を去る。
そこに行くことができたのであるから、去ることも出来る。
まあ、なんとかなりそうだと思う。
これは、ワーカーにとっても必要な処理方法だと感じる。
困難さを受けつつ、それを放出する。
それは、家族の関係でも言えるだろう。
親からせっかく自立したと思ったら、親の介護を背負う。
背負いながらその重さを軽くするには、沢山で背負うか、重荷を下ろすか。
そのどちらもできない人は逃げる。
逃げる事は恥でないと原さんも言っている。

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2017年2月 3日 (金曜日)

自己決定の機会を失わない事

援助により自己決定の機会を失くさない事が大切である。
しかし、援助をすることは、時に、クライエントの力を少なくしている。

生活の実感を感じたいと訴えるAさんは、いつも不満をぶつける。
権利擁護や効率を考えると、手を打つことが求められる。

その時、クライエントは、うわべだけの優しさや、自分の世界に土足で入られることに無力感を感じる。

うまくできないかも知れないが、自分の足で歩いたり、銀行に行ったりしたい。
できないかもしれないが、やりたいと言う。

どこまで待てるか。安全が侵されない限り、財産が大きく侵害されない限り?

援助したいと思うこと自体が負担と感じるクライエントに何が出来るか。

それでも関わり続けること。
と、電話をかけている。

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クライエントのリジリアンスを見つける

なんども試みるが失敗の連続だったケースが動き始めた。
そもそも、動かそうとする思いが強すぎ、それが硬直した状況を生むだけでなく、疑いを生じさせた。
その他の例にもれず、始めは関係の調整作用から接近する。いい感じで調子に乗らないだけの余裕はあったが、時間の経過とともに気持ちの変化と環境が変わった。

この辺の読みが甘かった。

期待は疑いを生む。
こんなに親切にしてくれるのは怪しい。
管理されることで安全は保証されるが、実感は薄くなる。

クライエントのリジリアンスを考えなかった訳でもないが、真直ぐに回復しないことを予想できなかった。

関係を調整するために生活に感情を戻す必要がある。
実感を作り出す事を始める。そのために時間を共有した。

そうする事で、前よりは良くなる。

観念的な表現である事は分かっている。
そもそも、クライエントの実感が曖昧なものであり、その曖昧さをそのままにしながらリジリアンスを見つける。

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2016年12月18日 (日曜日)

イツノマニカ

パソコンが壊れそうになり、データが失われる前に新しいPCに買い換えた。

その取り扱いに慣れるまで、何度も電話で相談し、やっと使えるようになりました。
そんな一ヶ月が過ぎた。
そしたら誕生日が過ぎていた。

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2016年11月 8日 (火曜日)

不機嫌な私

不機嫌な人が短にいると不機嫌になると思いながら、不機嫌な過去を観る。
彼女、二階堂ふみは不機嫌だ。それでいて、積極的に関わろうとする。この関わりと、不機嫌さはリンクしている。
不機嫌な人は、空白を嫌う。隙間がある事が不機嫌の原因である事が多い。だから、時間や仕事や人間関係を埋める。それは必要だからではなく、空いているからだ。
爆弾は手段ではない。さらに、目的でもない。
目的はありそうで、ない。機嫌をよくすることは目的ではないし、そもそも目的があって生きているわけでもない。
とにかく不機嫌なだけである。
でも、それでいいと思えば、周りの人にも救いがある。
まあ、そういう人がいる事を見るような、見ないような、なんとなく関係を持とう。
というわけで、やたらあれ?それ?が多い映画だった。

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2016年11月 6日 (日曜日)

研修に参加し、仕事はと聞かれるとフリーのソーシャルワーカーだと答える。
しかし、これでお金をもらうことは滅多にない。ほとんどない、無に近い。
しかし、嘘をついているわけではない。
自分ではそう信じているのだから仕方がない。
その意味では、卓球の選手やサイクリスト、スイマー、ウクレレ弾き、思想家、 夢想家と言っても嘘ではない。でも、その場の雰囲気を壊さない範囲ならね。

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スタバで

スタバでお茶を注文する。
どうして高いコーヒーを飲むのか?
まあ、ムードであるという言い訳と、少年との繋がりからだろうか。
スタバのカードを一年前に貰った関係から、カードでお茶を飲んでいる。注文の仕方が難しいので、目に付いたメニューを上から順番に注文している、か、店員にオススメを聞く。
店員は少年との同世代であるから楽しい。
子どもや高齢者と話す機会は多いが、中間の二十代の青年と話すことは少ない。まあ、それが普通だろうから。
当然、注文に時間がかかり、後ろの人を待たせるが、高いコーヒーなのだからいいかな。

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2016年11月 1日 (火曜日)

その話を聞きましょう

子どもの声を聞く。

子どもだった私は、子どもの気持ちが少し分かるような気がする。
傷ついた子どもの傷に触れない事が、大人の嗜みだと思われている。すると、当たり障りのない事しか話せなくなる。大人の場合なら、色々事情があり、マア、なんとか、ぶつぶつ、と、いい加減な事を言っていても、話にならなくても、その場の雰囲気で過ごせる。
でも、子どもは、自分に起きている事の重要性や大切さや、意味や価値がわからない。だって、初めて自分に起きた事だし、映画や芝居や、ドラマや小説をたくさん見ている訳でも、人の噂や世間話を嫌ってほど聞いている訳でもないから。
そこのところを誰かに聞きたい。でも、聞いちゃいけないとなんとなく感じる。それは大人の雰囲気から。
自分が傷つけられたのに、また、親切な大人からも傷つけられることになる。

だから、誰かがきちんと話を、そのドラマを聞いてあげないといけない。そして、その意味を伝える事が重要だと思ったんだ。

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2016年10月30日 (日曜日)

若い気になる

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久しぶりに遊んだ。
遊ぶには気力、体力、好奇心が必要で、その力がだんだん落ちていると感じていた。
静かに遊ぶことはできても、思い切り遊ぶことがこれほど大切だとは思わなかった。
ありがとう。


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2016年10月27日 (木曜日)

マリウド

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民宿に泊まり、同じ体験をし、酒を飲み、そして別れる。
そんな旅が今もある。
それはキャンプのようで、山に登り、川を下り、キャンプファイヤーで歌を歌う。
リーダーたちは、夜にミーティングをし、今日のカヌーはどうだったか振り返り、明日のシュノーケリングのコースを決める。
僕らは同じように成長する。
それは、僕らを見守ってくれる森があるから。
また、来てねと鷲が言っている。

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2016年10月25日 (火曜日)

眠れない、眠れない

眠れない夜になるとメールをくれる人がいる。
何も、僕を起こそうとする訳ではない。ただ、暇なのと、眠れないことを伝えるために、メールが来る。
電話でないことがありがたい。
でも、メールには呪文のように眠れないが何遍も繰り返される。まるで、羊を数えるように🐑。羊は柵を超えるが彼女は、何を超えているのだろう。誰と超えたいのだろう。
そんなことを考えると眠れなくなる。

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2016年10月21日 (金曜日)

誕生会

多分、それは、何十年ぶりの誕生会だったのだろう。
彼女は、恥ずかしそうにロウソクの火を消した。

グループホームには認知症の人が暮らしている。
認知症の人は認知症でない人と違うと思われている。さて、そうだろうか。みんなが、みんなと違うように、そこで暮らす人は色々な過去を持っている。

彼女だって、誕生日を祝ってもらった記憶はあるだろう。けれど、大人になり、ケーキのろうそくを消したり、名前の入ったケーキを食べる事は、初めてかもしれない。
僕だって、自分の名前の入ったケーキを食べたことがない。

そのことにスタッフは気づいていないだろう。たぶん。それは、誕生日会のプログラム的流れを見れば分かる。
しかし、こうした時間は生まれて初めてだし、皆に歌を歌って貰う、この時間は特別なのだ。

それは、いつも怒っている彼女の頬が少し緩んだことで分かる。
ハッピーバースデー

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2016年10月14日 (金曜日)

ポナペ(ポンペイ)

おばあさんと話をしていたら、結構おばあさんと話が合う、ポナペに住んでいたと、教えてくれた。
なんとなく聞いた事がある名だと思っていたら、ミクロネシアの方の島だった。

現在は、ポンペイ島と言うらしい。
子どもの時、ポンペイ島に家族で渡ったそうだ。知らなかったが、終戦当時、日本人が1万3千人程住んでいたそうで、日本人が移住した島としては3番目に多かったという。

日本が占領していた時代だったのだろう。
色々な国が島に入ってきて、勝手なことをし、戦争にも巻き込んだ歴史が続いたのだろう。

おばあさんは、十数年島に住み、学校に行っていた。
暖かい島の平均気温は23度前後。食べ物は自給できるくらいあったという。

島で生まれた弟や妹や、島の子どもたちと遊び、楽しかった。
でも、戦争が終り、引き上げてきた。

引き上げた? 自分が生まれた島は、ポンペイ島であり、日本に出かけたようなものだ。
日本は寒く食べ物のなく、寂しかった。

その後、友達と、島で一緒に遊んでいた友達と、それから何年かして、ポンペイ島を訪ねた。

きっと、 日本軍と 日本人が 残した遺物を見ながら、色々な話をしただろう。

それから60年が過ぎたというのに、はっきりその景色を覚えている。

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息子の友達と話す

息子と話さないのに、その友達とは話す。
近所の子どもと話をしないのに、施設の子どもと話す。
道を歩いているお年寄りと話をしないのに、スポーツクラブで隣を走っている高齢者と話す。

話をするのは難しい。
僕の場合、話しかける事が多く、話しかけられる事は少ない。
それは風体のせいかな。

その友達のお父さんは僕より少し若い。
その友達は僕より少し背が高い。
この微妙な関係が気になる。

それに、息子のことを僕より知っている。

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2016年10月13日 (木曜日)

笑顔の向こう

私の人生はこれでいいと思っている人は少ない。それなのに、人にはそれなりに満足していると答える。
この差にあるのはなんだろう。
本当の自分に向き合うのは辛いものだ、ということもあるだろう。

その点あAさんはすごい。
自分の嫌なところも、政府の嫌なところもぶちまける。
満足しないことを生きがいにしている。
何かに怒りを感じる、それを口にできる、それを聞いてくれる人がいることで嬉しそうな顔をしている。

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2016年10月 5日 (水曜日)

子どもと向き合う

大学を卒業し養護施設に就職する前から、子どもと関わる仕事をして来た。
それが、大人と関わる仕事をするようになっても、未だに子どもと話をできる仕事をしていることは嬉しい。
子どもに話を聞く。
子どもは嘘つかない訳ではなく、嘘をつく。
しかし、大人の嘘とは違う。どこが違うのかうまく言えないが、嘘をついていることを意識していないようなところがある。
話によっては、嘘と、作り話と、事実が入り混じっている。
特に、ショックな出来事では、夢のような物語を話す。
そんなことはないだろうと、嘘ときめつけると、とんでもないことになる。
子どもの話すファンタジーの中に、とっても大切な情報が含まれていることなんてたくさんある。むしろ、ファンタジーの方が本質をついている。

大人になると、事実にこだわる。
それはいつの事か、誰がしたのか、なぜ、その意味は?なんて。
そればかりが気になって子どもの話を聞くと、全く話が噛み合わないことになる。

だって、昨日のことのような、昔のことのような気がするし。
お父さんのような、狼のような顔に見えたり、私がいたようないなかったような気分だからだ。

大人なるに従い、いつ頃からかわからないが、数字ばかりが気になるようになる。
もう10分が過ぎたって。

しかし、彼の世界ではそれは、すごーく長い時間が過ぎていた。

相対性理論が関係しているのか、時空が曲がっているのか、僕の顔が歪んで鏡に映っている。

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2016年10月 4日 (火曜日)

空白を埋める

少年は空白を作らないように生きている。
空白は、不安を生む。空白は恐怖である。それは、未知の世界である。

昔T君が描く絵には、細い線で未知に生物のような生き物がびっしり描かれていた。
それは、空白を埋めるために描かれているような、脅迫的な感じがした。

少年はいつも不満をいう。
楽しいことでは物足りない。不満の方が話が弾む。
楽しいことは、楽しかったで終わってしまう。そもそも楽しい気持ちがどんな気持ちかわからない。
その点、不満、文句は、いつまでの心の中がいっぱいになる。もっと埋めたい
不満で埋めたい。
その方が安心だ。

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2016年9月20日 (火曜日)

オープンダイアローグ

彼女は、突然入院させられた。

支援者の視点は、自宅で生活上の課題を抱え、生命の危機にある状態だ。放置することはできないと医療保護入院を判断した。
その判断が正しかったのか間違っていたのかは分からない。放置することで生命の危機を迎えたことも予想されるし、放置する中で、自力で生きる力を出すことも考えられる。
しかし、彼女の認知は、他人が土足で玄関から上がってきて拉致された、というものである。
入院後、病名を知りたがった。
病院の認識では、保護され、妄想があり、話す内容も支離滅裂である。服薬と行動制限で安定を図るという方針を立て、詳しい説明をしないまま、話をしても、医師の言葉を伝えただけで、本人との対話は行われない。
病名を知らないまま、入院は続く。保護した際に、入院費を支払う能力がないと判断し生活程を開始、しかし、土地と建物があり、資産がると判断する。生活保護をかけるが、支払いの能力があるので資金援助(無利子で貸す)する決定をする。
さらに、健康保険の手続きをしていないので、入院費は10割負担となる。
つまり、本人の同意がないまま、毎月40万程の入院費を払うことになる。
入院は続き、本人は病気だと覆っていない、医師は、病名を付けないまま、治療をする。
10か月たったころ支援者が決まる。
ここから、彼女との話(対話)が始まる。
初回の面談では、飛び出す言葉が多すぎ、断片的な単語のみ理解できるが、ストリーが分からない。ただ、助けてほしい、病院は信頼できないというメッセージを受けtとる。
面会を続ける。庭を散歩する、喫茶コーナーでお茶を飲む、車で外出する、お昼を食べる、施設を見学する。
外に出て驚いたことは、会話が上手だということ、交渉力があり相手を気遣う配慮をする。
病院内では患者としてふるまい、外では客としてふるまう力を持っている。
その力が出てくるのは、様々な場面を通じて、昔の力を取り戻すようにしている。
退院を拒否する。
医師は、退院できるだろうという。それは、服薬の必要がなくても生活ができること、問題行動が減ったことを指している。しかし、彼女の世界で帰宅できないことを理解しない。
彼女の取って、退院することは前の世界に変えることであり、言葉を失う世界の戻ることでもある。自宅では対話がない、近隣住民との戦いが待っている。食事や掃除はできない、できないことばかりが待っている。病院の不自由な世界の中が自由な世界と感じる。
強制的に退院させられる。入る時も出るときも強引でしか移れない。
結果として、新しい世界に入る。新しい世界では、新しい交流が生まれ、新しい交流は昔の力を使って生きるすべを想起させた。
彼女との対話は続いている。
冗談をいうと、そんなつまらない冗談を言うなという。僕の洋服が派手だという。

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2016年9月16日 (金曜日)

いつもズボンは履いてます

同じ洋服を着ていてもその場所で相応しかったり場違いだったりすることがある。
スーツを着ていない僕の仕事着は少し派手な感じである。それが地味な場所もあり、毎朝少し迷う。
先日も施設を評価する仕事をした。評価するなんて言うと硬い感じで、ちゃんとした人が来ると思っていたようで、派手なミニに 乗った軽い僕が降りてきたので安心しやようすだった。しかし、威厳がない、言葉が軽くなると言う弊害もあるので、ズボンを履いていった。

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2016年6月29日 (水曜日)

無題

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山本さんだ。
山本さんと6歳違いだと初めて知った。僕が24の時だから、山本さんは30か。その時すでにおじさんだった。貫禄があった。世界中を旅をし、いろいろな人に会い写真をたくさん見せてくれた。
得体の知れない雰囲気があった。それは今も変わらない。何を考えているのかわからない。
日本を捨てて、その時すでに8年が過ぎていたのか。
何も捨てられない僕は、何かを拾いにブリラムにいった。もちろん落ちているものは何もなく、山本さんに出会った。
それから10年が過ぎ、養護施設に勤め、研修という名目でカンチャナブリの子どもの村に行った。そこに山本さんがいると聞いていた。山本さんはいた、相変わらずよくわからない雰囲気を出し、意味を考えても無意味だよという顔をしていた。

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2016年6月28日 (火曜日)

彼の中に見えた私

「万馬券が当たったから、夕飯を外で食べよう、肉を食おう」と、公衆電話で話してるおじさんがいた。よほど嬉しかったのだろうか、声が大きく、上ずっていた。
しかし、次第にトーンが落ち、「そうかい」と言ったきり言葉が出ない。どうも、妻に電話している様子で、妻は気乗りしない声で何かを言っており、お父さんは黙ってそれを聴いている。うな垂れ、急に身体が小さくなった。
気がつくと受話器を置き、もう、向こうの方に歩いている。
その後ろ姿に自分を見た。
お父さんの肩を抱き、一緒に焼き鳥でも食べまに行こうぜと言いたくなった。勿論、万馬券で。

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2016年6月27日 (月曜日)

引っ越し

引っ越しをするとモノの多さに驚く。
並んでいると綺麗なモノも、かたずけ出すとゴミに見える。その差はどの辺か?
同じようなものがある。半分だけつかって、そのままのモノがある。この中でホントに必要なものは少ないことは分かっていてもモノは増えていく。

読まないのに本が増える。それでいて、読みたい本が見つからない。
捨ててしまって後悔したモノは、殆どない。それなのに、モノが減らない。

これは人間としてのモノにも言えるのか?
僕がいなくなっても後悔する人はいないだろう。もっとも僕も後悔できないし。

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2016年6月26日 (日曜日)

風呂に入れるか問題

酒を飲んでいた。

隣の人が、夫が見知らぬ人を家に連れてくる。夜はいいが、朝になると、見知らぬ人と妻=隣の人の二人になる。
その時、妻は「お風呂にしますか、食事にしますか?」と見知らぬ人に尋ねるという。
その話を聞いた、反対側のご婦人が「えっ、そんなの信じられない」と叫んだ。ここから、隣人を風呂に入れるか問題が始まった。投票はイギリスのように2分するかと思ったら、圧倒的に「入れない派」が優勢である。
「まあ、夫と一緒に飲んでいるまでは許せるけど、朝、風呂に入れるのはね」
「顔を洗ったあと、タオルを貸すまでならね」
「夜のうちに、タクシーで帰ってもらいたいわね」
「とんでもない、家になんか入れないわよ」
と、「風呂入れない派の強硬意見がでる。
これは、あなたにとって隣人は誰か?という難しい問なのかもしれない。もしかしたら、夫よりすごい人かもしれない。夫と別れて隣人とその後の人生を暮らす可能性だってある。
それから、どんな人だったら風呂に入れるかに話は移った。
嵐だったらね、という話になった。
「それなら、一緒に入るわよ」という意見も出た。
そんなものか。

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赤ちTシャツ


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どうでもいいことの中にLIFE=生命・生活・生きていること、があると岸政彦はいう。たぶん。

僕にとって、今気に入っていることは、赤いTシャツを着て、腹を触ることだ。

Tシャツは赤でなければならない。たぶん、一番さわり心地がいいだけなのだが。クルマを運転している時がいい。無心に進んでいるときに、無心に柔らかく弾力性のいい腹をもんでいる。これ以上太くても、これ以上細くてもだめ。ちょうどいい感覚にうっとりする。

それは、猫を撫でている感覚に近い。適当に気持ちよさを感じ、それでいて、飽きるとサッと逃げていくヤツに似ている。

この脂肪というヤツは、嫌われ者だが、コ奴がいないと生きていけないから厄介である。必要がないように見えて、実は大切なものが沢山ある。

私は必要なんでしょうか?なんて質問を受けることがある。そのとき、この話をしようと思っている。

 

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2016年5月 5日 (木曜日)

壁に登る

ライオンに追いかけられた。
夢の中。
道は細い。私の足は遅い。
羊が逃げる。シマウマも逃げる。みんな足が速い。
僕は、逃げられそうになく、壁に登る。壁は板でできている。
しかし、足は食われそうで心配になる。
ライオンが近ずいてくる。

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2016年4月27日 (水曜日)

ダッハウ強制収容所も

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ダッハウは、ミュンヘンの北西15キロにある。列車に乗れば、20分ぐらいである。
ナチスが作った収容所では最も古く、その後作られた強制収容所のモデルとなった言われている。
火薬工場の跡地に建設され、親衛隊(SS)の営舎として使われる予定があったようだ。

ここでは、超高度実験、人間がどれだけ低気圧に耐えられるか、や、冷却実験、冷たい海に落ちた時、凍死した人間が蘇生するかを人体実験した。もちろん多くの囚人がそれで亡くなったり障害を負った。

現在は、施設の一部をホームレスの保護施設に使用しているらしいが、多くはそのまま保存されている。
自らの民族の過ちを保存し、罪を背負って生きていこうとする覚悟を感じた。

また、ダッハウは静かなどこにでもある住宅地である。それだけに、恐ろしさを感じた。

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2016年4月 1日 (金曜日)

百聞は一食にあらず

見ているだけではわからない事は多い。

それは、食事をしているときに分かった。
ああ、そうなのかということが。
食べることは、様々な能力を使っている。喋りながら、それでいて飲み込み、箸を持ち、食材を選んで、かなり複雑なことをしている。

それができない。

できない事に気づくのは、食事を共にするとき。その時間を共有するとき。

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2016年2月27日 (土曜日)

不在という存在

そこにいるのに見えないし人のことを無視していた。
そのひとは、怒りを抱えていた。それは、私を理解していないことではなく、私が見えているものを見ようとしない僕の姿勢に怒りを表現していた。

私たちは今ここを大事にしているにも関わらず、そこに居る見えないものを見ようとしない。
見ようとするだけでは見えない、感じることが、感性が大切なんだろう。

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2016年2月24日 (水曜日)

物語の外から訪れる他人

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毎年、その老人のお宅を訪れる。
直接関わりがあるのではなく、関係者の知り合いの家である。

世話をしている家の庭が広く、虫が出るので駆除してほしいという依頼があった。そのため、毎年庭の手入れをし、その報告に行っている。
それが、何年にも渡り、もう7、8年になる。こちらも年をとるが、お婆ちゃんもお爺ちゃんもそれなりに年を重ね、子どもとの関係も変化する。
3年目ぐらいから田舎のお婆ちゃんもの家のような感じになる。どうですか、おたくの方は変わりませんか?なんて、言葉が出る。どこまで話したのかも忘れ、ええと返事する。
他人であった私たちは、いつの間にか知り合いになった。今はなんだろう?僕の物語に入っているのは間違いないし、お婆さんの人生の物語にも、外の人として登場しているのかもしれない。

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2016年2月23日 (火曜日)

空想世界で舘ひろしに会う

伊丹へ行く飛行機に乗っている。
8のBだ。A にはサラリーマン風のおじさんが一本指でメールを打ち、それが終わると鼾をかいて寝た。Cには舘ひろし風のサラリーマンがマスクをして新聞を読んでいる。お茶も断り、新聞を読み終えるとひたすら前を向き隙を見せない。
さて、この男性に話しかけるには、どうしたらいいだろう。こんなことを考えたのは、いま、岸政彦氏《社会学者》の本を読んでいるからだ。彼は意味のないようなことの中に意味を見いだそうとしている。一見無意味に見える出来事が人生を構成している。その瞬間は忘れられない思い出として私を構成する。
その紳士、館は、靴を見た。靴はピカピカに輝いている。右足を動かし、左足を動かし靴の輝きを確かめ、これでよしとつぶやいた。ような気がした。
館さんは、多分僕と同年代だろう。僕は他人の年齢をだいたい当てることができる、経験上。僕の方は、どう見てもサラリーマンには見えないし、紳士にも見えない。自由業のおじさん風である。だとすると声をかけた場合、無視される可能性が高い。
それに、鞄にはからしレンコンの黄色いマスコット人形が揺れている。からしレンコンの人形をぶら下げている大人は信用できない。
どう攻めるか。先ほどから飛行機は着陸態勢に入り揺れている。それ時乗じて、右ひじを少しぶつけ、「すみません」という。紳士は少し頷くが表情を変えない。それから少し時間を置きマスクをしている紳士、舘さんに、「風邪ですか?空気が乾燥してますからね?」と話しかけてみると。館さんは、聞いていなかったような様子で、反応がない。これで全ての会話が終わる。
ここから物語がはじまる。架空のね。
館さんが、その後事件を起こし、刑事が僕に質問をする。
どんな人でしたか?
すると僕が答える。「全く覚えてません」と。本当にどんな人か覚えていない。しかし、その記憶は忘れられない。
そう、忘れられないけど、覚えていないことってある。そうした、物語が幾重にも重なり人生ができている。さっきもタクシーに乗った時女性の運転手と楽しい会話をした事を覚えているけど、彼女の顔は思い出せない。
それにしても館さんは渋い顔をしていた。その渋さだけは味として思い出せる。

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2016年2月21日 (日曜日)

アフリカに友達ができる

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ザンビアに行くことになったのが去年の11月頃。たぶん。
それから、チケットを取る。経由地は、ロンドン、中東、香港、シンガポールがある。乗り継ぎ時間、飛行距離の関係では、香港かシンガポールがいい。それでも27時間ぐらいはかかる。春節と重なり、キャセイパシフィックは混んでいるので、シンガポール航空にする。
そも後、準備もせず、ガイドブックを読まずに当日になる。
機内持ち込みのバックで行こうと準備をしていたが、持って行こうと買ったお菓子が入らず、大きなスーツケースになる。
羽田16時の便でシンガポールに。ここまで6時間。乗り継ぎに4時間。シンガポール空港のターミナルで少し迷う。次は、南アフリカのヨハネスブルグまで10時間。飛行機席は空いており、3人掛けに横になって寝る。
ヨハネスブルグの空港で日本人はカップを発見。直ぐに声をかける。すると、新婚旅行らしい。迷惑も顧みず、話をしていたら、ビクトリアフォールズまで一緒に。どこに泊まるのか?と聞くと、ホテルも一緒にだという。なんと奇遇。そのあと、日本人に会うことはなく、この二人だけだった。
3時間ほど待ち、ビクトリアフォールズまで3時間。羽田から27時間ぐらいかかったことになる。
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空港では、Tさんの夫Dの友達が迎えに来てくれていた。名前が書かれたボードが何枚も掲げられている。こういうことは雰囲気で誰だかわかるものだ。

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2016年2月13日 (土曜日)

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この道が好きだ。
この道を毎日歩いているのだろう、赤ちゃんをおぶりながら。

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滝を見に行く

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滝が珍しいのは、日常の生活でほとんど利用価値がなく、大きいからだと思っている。僕だけ。
滝発電なんてできたらそれはそれでいいのだろうけど、今のところ無理そうだし。

ただただ大きな木とか、大きな岩とか、大きな海は見ていて飽きない。
滝だって、ただただ大きいというだけで人が集まってきて「わー大きい」という。

凄いというのは褒め言葉であり、人を一歩後ずさりさせる力がある。

僕も初めてジャイアント馬場を見たとき後ずさりしたことを思い出した。

でもジャイアント馬場は、結構気が小さい。

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2016年2月12日 (金曜日)

夜の闇と風

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蚊帳の中にいる。

外は闇。
だけど沢山の動物が蠢いていることが気配でわかる。
風吹いている。
何かを話すように。

こんな風を子どもの頃に聞いていた。
童話トリゴラスのような鳴き声。すごく怖いのにとても興味を惹かれる。闇に吸い込まれるように。
こちらの世界とあちらの世界を感じる。
死という世界も今の延長であるのに、見えない闇を感じさせる。

風の中にいる のは、死んだはずの父親なのか。僕に何を言っているのだろう?

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2016年2月11日 (木曜日)

アフリカに来ている

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森を見ている、1日。

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2016年1月11日 (月曜日)

物語を語る

専門職は、クライエント、まあ、お客さん、あるいは、相談者のような人と、色々な話をする。
本人でもなく、世間一般という第三者でもない、第二者のような存在である。
そこで語られる話は、ここだけの話で、私たちだけの話である。そして、その場だけの作る話かもしれない。だから誰にも言わないこと、ここだけの話として秘密を守る。そうした約束から話がされる。
もし、すぐに、どこかにしゃべってしまう人だと思われれば、話は変わってくる。または、この人は、ツイートするかもしれないと思われないことから、物語ができる。
自分の言葉が、そこで止まって、その人の心の中で溜まっていく感覚が自由に語らせるのだと思う。
私の苦しみがどんどん吸い込まれていくと思えることは救いになる。
でも、それを吸い取った人は吐き出してはいけない。吐き出しては、クライエントの苦しみが世間=世界に漂い、再びその人に戻ってしまうから。
空気は世界に通じている。

ということで、このブログに書かれていることはすべてフィクションです。
本当のように見えて、すべて物が語りなのです。

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2016年1月 9日 (土曜日)

市民相談

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京都で毎月、無料相談を行っているTさんの相談会にお邪魔した。相談員として。
継続しているところがすごいね。

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2016年1月 8日 (金曜日)

怒りは人を不幸にする

自分の中に怒りを抱えている。

どこからそれが来るのかわからないが、時々、そいつはやってくる。

怒りは人に恐怖を与えるだけでなく、自分に負の力を与える。自分が嫌になる。

悲しみや妬み、イライラや疲れも怒りに通じる。

奴は、私の一部である。

私は自分が思うほどいい人ではない。そう考えて暮らしていこう。
私の怒りよどうぞ静かにしてください。

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2016年1月 7日 (木曜日)

上手くいかないを考える

色々考えているが、上手くいかない。
そう考えて、面会をした。
うまくいかない人の相談を受けた。

話を聞くだけだと、うまくいかないことを上塗りしてしまう。
そこで、上手くいかないことと、上手くいくことに分けてみる。

すると、今はうまくいかない時期であることがわかる。つまりは、次は上手くいく時期である。

そう簡単にはうまくいかない時期は終わらない。けれど、そう簡単にはうまくいかない時期は続かない。

物事には、このままという事はない。

続かないのか。

変わっていくのか。

顔色も随分明るく変わった。

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カラダで考える

動かないと太る。
カラダで考えないと人生が詰まらなくなる。

少年はカラダを動かさないようになった。その事は人生に大きな影響を与えている。
人間関係がうまくいかなくなり、思うようにならないことに出会う。

それは、自分のせいではなくカラダのせいだ。

カラダは自分のようであっても、自分の思うようになるものではない。

年をとるとすこしは、それに気づく。思うようにいかないことを。

だから、体を使って考える癖を作る必要があり。癖になれば、何も考えなくてもカラダの方が勝手に動き考え人生を先に進めてくれる。

そうなればいい。

それでいい。

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2016年1月 4日 (月曜日)

渡すと同時に受け取る

面会をした。

大切なことを伝えた。
そして、大切なものを貰った。

誰かが亡くなった時、自分のルーツを思い出す。
私はどこから来てどこに行くのか。今は、その途中なのか。


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2016年1月 2日 (土曜日)

今年もよろしくお願いします

正月早々、病院から呼び出しがありました。

病院では、看護師がいつものように働いていました。

いつものように、いつものことをすることがプロなら、そうできるようにしたいものです。

今年の言葉は

風が吹くように、風に任せてでした。

おみくじのね

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2015年12月15日 (火曜日)

タンブン

誕生日には良いことをする。
タイに行って時、誕生に日子どもの施設にトラックでやってきて、お昼ご飯を作ってくれた人がいた。トラックには、ご飯と肉と野菜が乗り、コンロと鍋で炒め物を作り、子どもに振舞っていた。
子どもたりも、当たり前の顔で美味しく食べていた。

人のためにすることは、その人より自分にとっていいことだという文化はいいね。

タンブンは観光地でも行われていた。

川では、お金を出して魚を放してあげていた。もちろん、下流でその魚を捕まえでもう一回使っていたけどね。
鳥を放すことや、物乞いにお金をあげる人もいる。

貰う方も、当然という顔をする。
だって、あなたのために貰うのだから。

ということで、僕はお菓子をあげた。
僕のために。
貰った人は、美味しそうな顔をしていた。

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2015年12月13日 (日曜日)

気持ちがいいを探す

気持ちがいいを探して電車に乗っていた。
あと二駅で降りる頃、気持ちがよくなってきた。すごく気持ちが良くなり、意識が遠のいていく。
発車のベルが子守唄のように聞こえる。
次の瞬間現実に戻った。
気持ちよくない気分は人生にとって必要だという。
家に帰るとそんな気分を与える人がいる。彼は、人生に立ち向かっている。当然、戦いのオーラがムンムンである。
このオーラは、吸収したほうが良いのだろうかと少し考えるが、気持ちよくないものを吸収しないほうがいいと瞬時に感じ、吸い込まない。むしろ吐き出してきた。
僕が吐き出すマイナスの虫は空に飛んでいき、誰かの肺に入るのだろうか。

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2015年12月11日 (金曜日)

それは絶えず変化する

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ウサギのお見舞いに来た。
元気そうで安心した。

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2015年12月10日 (木曜日)

老人の成長

子どもが成長するようには老人は成長しない。
しかし、次の次元に向かって進んでいく事は確かである。
子どもの成長は予測がつくが、老人の成長は未知の世界に入ることだ。

子どもは、生まれー全面的に介護されー言葉を覚えーワーワー・ブーブー言いー自己主張を始めー初めてのお手伝いをしー褒めてもらって喜びー他人のお世話をする という風に成長する。

老人は、これと反対の方向に進む。

自分で出来ていた事が出来なくなり、人をけなし、家事をしなくなり、もう死んだほうがましだと愚痴を言い、言葉を失くし、全面的に介護される。
神田橋先生は、老人が今どこにいるかを見極め、その場にあった成長課題を与えることが生き生きした姿に戻ることだと言う。
介護されている人には、自分でできることをするように促し、言葉が少なくなってきたら積極的に発語を促し、もうなんでもいいという人には、社会と戦うことを励まし、人のために何ができるかを一緒に考えるとかね。

でも、もう一つやるべきことがあるとも思う。
うまくあの世に行く方法を探すことである。
これは、誰も戻っきてきた人がいないんだから、エベレストに登るより難しい。

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2015年12月 9日 (水曜日)

悩み事には当事者も入りたい

色々な課題や課題を解決するための会議を開くとき 担当者会議を持つ。
しかし、そこに当事者が参加しない場合が多い。
当事者、つまり本人がいると関係者にとってまずいことになる。
「・・・さんの問題についてどう思いますか?」とか、「あの人はわがままだからね」とか、発言しにくくなる。つまり、本人がいない事をいいことに結構勝手なことを言っているということである。それも本人のためと言いながら。
精神科病棟に入院しているAさんの会議を支援者と、勿論、Aさんも出席して開いた。Aさんのこまったことを、本人の前で色々話す。
先生は病気のこと、看護師は病棟でのこと、ソーシャルワーカーは、退院後のことなどなど。
すると、Aさんから、「僕は、そんなに困った人ではありません」とか、「それはできません」とか、「そっちの方がいいです」とか、意見が出る。
本人が言っているのだから、そのことを目標に計画を立てる。
すると支援者の考えてきた支援内容は全て否定された。何しろ本人が言っているのだから間違いない。

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知ると知らせる

多くを知ると、多くを引き受けなければならない。
ガンの告知を考えた場合、その後の人生をどう生きるかを考えなければならない。今まで生きてきたように、このままでいいのだろうかと自分に問いはじめる。
僕のような未熟な人間の場合、家族が「この人はそこまで人間が出来ていないから、ムリ」と判断し、本人への告知をしないようにするだろう。すると、僕の人生を引き受けるのは家族になる。
まあ、大した人生でもないから良いのだが、自分の人生を誰かに引く受けてもらった僕は楽であるが、少し寂しいと感じる。
Dr.も、死に向かう病気を重く感じているので、説明がどうしても重くなる。そうした気分が伝わる。
だから、患者にとって告知は、その事実より、先生や家族の感情の方が伝わり「はい、真面目に考えます」という気分になる。
そういう重たい気分をあ感じさせず楽にさせる先生がいた。
僕が中学生の頃、ノイローゼになった僕の話を聞いてくれた人だ。先生は「そんな事は僕にもあるよ」と言った。その言葉の意味にではなく先生のどっしりした態度に感動した。ああ、大丈夫なのだ、と確信した。
何が大丈夫か分からないし、漠然としたものであるが、確かにそこには安心という雲が浮かんでいた。その中に包まれる感覚があった。

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共感を考える

共感は難しい。
当たり前である。それに、他人の事を分かろうとすると、とってもつかれる。
神田橋先生によると、「共感とは他人のことがわからないという事が分かった瞬間」だという。
色々悩んで、接近し、思い込み、思い入れ、「そんなに痛いのか」と感情移入し、他人の痛みを我が事のように感じ、その上で「ああ分かった」ではなく、「やっぱり分からない」と感じる。
君と僕は違う。君の事は分からない、けれど共にいる、分からない事を分かろうとしていると僕はいる、という実感を持つ。
めんどくさい。
その面倒くささを味わう事を敢えてする覚悟がいる。
それでいて、感じすぎないようにする。感じすぎると何も分からなくなる。
微妙な感じだね、共感は。

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2015年12月 5日 (土曜日)

食べ過ぎについて

食べることを抑えている。
消費されるカロリーが少なくなったことで、痩せない身体に変わったと感じている。
1年前、血管に問題が生じる、血圧を下げる薬を飲み始めた。それ以来、運動しても血圧が上がらなくなった。また、脈拍も上がらない。
これは、運動効果が得られないことに通じる。

以前なら、脈拍も130ー150、血圧が150という数値で運動ができていたが、今は、脈拍が120を超えるとハアハアする。血圧も120がリミットである。

これは、省エネ体質になったことで、嬉しいことだが、その体質に応じた食事をしないといけない。それなのに以前と同じ食事をしていると、当然太る。または、痩せない。

そんなわけで、食事を減らしている。それなのに痩せないという繰り返しをしていると、たまに沢山たべてしまう。
普通に食べていても、我慢して量を減らしていても体重が変わらないというストレスが大きい。

この文章は昨日食べ過ぎた言い訳を自分にするために書いてます。

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2015年12月 3日 (木曜日)

無題

Aさんが亡くなった。

車で施設に向かった。
Aさんは眠ていた。いつもの愚痴も言わずに黙っていた。僕を見ないで目を瞑っていた。
僕も黙って見つめていた。こんな所にホクロがあることを発見した。

急にラーメンを食べているAさんを思い出した。
嬉しそうに食べている。
スープも全部飲んでいる。
身体が暖かくなり、ニッコリ笑った。

二本残った歯で今もにっこり笑っている。

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祈りについて


お願いだからこれを叶えてくださいと、お祈りする。
祈りは聞かれることもあれば、そうでない時もある。
それなのにどうして祈るのだろう。
だって、どうしようもないから、何かをしないではいられないから。

祈りを誰に対してする、ということは、もちろん神である。
それは、絶対者、全能者、なんでもできる存在と信じることから始まる。

祈りには信じることが伴う。それを信仰と呼んでもいい。

信仰は、自分で、ではなく、それに全てを委ねることから始まる。
そう、そう思わないと始まらない。そう思えない人はその世界に入れない。

その世界は絶対の世界であり、なんでもできる。

でも、できないことも含めて、なんでもできるというパラドックスの世界である。強いものが弱くなり、有るものが無くし、最初のものが最後になる。

だから、お願いはほとんど聞かれない。

聞かれないとわかっていても、祈っている。

そうなりますように。と。

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2015年12月 2日 (水曜日)

言葉と言葉以外の力について

サイコドラマに定期的に参加している。

私の過去と現在と未来をドラマ仕立てで味あう。
感覚や身体を使い、音や声、匂いや視覚を活用して様々な感覚を味わう。

ボヤけている感覚の輪郭がはっきり見えてくる、その時の感情を思い出す、不思議な感情に襲われる。

分かっているようで分からないことを感覚的に捉えることができる。しかし、それはあくまで「ーのような感じ」であり、実体がない。

実体を作るためには言葉が必要になる。それに合った言葉を付ける。これは、創造的な作業である。

特に言葉は、行動や身体に大きく影響を与える。

突発的に行った行動を思い出す。
その時は感情的に身体が反応し何も考えていなかったと思っていた。しかし、ドラマの中で再演すると、いろいろな感情があったことが分かる。
一瞬の間に、脳細胞が動き、シナプスが繫がり、感情が身体と連動していたことが分かる。

分かるけれど、それを言葉にすることができない。できないから、手が口が先に動いてしまった。

言葉にできればどれほど良いかと思う。しかし、言葉にできなくてもその感覚、その気持ち、雰囲気は忘れない。

再び「それ」がやってくれば、「あこれは、あれ」だと気がつく。気がつくだけで、一瞬の神経の動きで
同じ過ちから遠のくことも可能になる。
と思いたい。

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サポートについて

相談される。
「どうしたらいいでしょう」
「それは、ーしたらどうですか」と応える。または、「ーな方法はどうでしょう」と提案する。
多くの場合はこれで終わる。

しかし、たまに、しばらくすると同じ人から同じ相談がある。
「やっぱり、うまくいかないような気がするんです」と。

どうしたいのですか?と聞いても、「分からない」という。
分からないから相談しているのにという顔である。

それでは、別の話をする。

相手のニーズに応え、サポートしている。相談者は困っているから何か言ってくれと求め、それに答えている。

こうしたゲーム(同じことを繰り返し、最後は嫌な気持ちだけが残る交流)が上手な人がいる。AでダメならBへ、BでダメならCへ、人や機関を変え、「どうしたらいいの」と繰り返す。

こうした状況に神田橋さんは「意見を一致させないように」と書いている(これは僕の勝手な解釈)。みんなが勝手なことを言うことの大切さを述べている。答えを絞り、これでいいと思った瞬間、切り捨てた多くの選択肢が消える。
こうした混乱した状況から《自助》が湧いてくる。まあ、それまで待つことが大切だ。

だから、答えを言わない。答えを言って関係が終わったという雰囲気を作らない。「ーかもしれないけど、違うかもしれないね」ぐらいにいう。
今日の所はこれくらいにして、必要があったらいつでも待ってるよぐらいに付き合う。

するとどうしたことか、電話はない。
それが、さあ、これでI良いです。今日で終わりですという雰囲気を出すと、何日かすると電話がある。
「さあ来い」と思っていると来ない。それでいて、「来ないでほしい」と思っているとくる。
相手も、こちらに負けまいと頑張る。

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特に必要な事って何

勾留中の性同一障害者が、「特に必要性を認められない、必要な医療上の措置でもない」と、ホルモン投与を拒否された。

文化的最低限の生活もそうだが、医療的な治療は、社会(時代)の変化に伴って必要性も変わる。この時変わりにくいのは、政治や人間の思考の方だ。
この辺の読みは大切だと思う。

世界情勢の中で日本が置かれている位置を読むことや、常識から外れた行動を取る国や組織とどう付き合うかということを考える場合、これまでのやり方や、規範を超えた取り組みが求められる。

そうしたことを教育することは難しいが、政策転換として司法や行政が新しい方針を出すことで、それを見ている市民の考え方は変わってきた。

今回の決定は、性同一障害者を社会がどう受け止めるかという問題や司法の問題であると同時に、問題との向き合い方を考えさせられる。

つまり、異文化をどう受け止めるか、病気をどのように考えるかということまで含まれる。

異文化、自分の文化と違う分子が自国に入っていることは、Virusの侵入と同じようであり、体の対応によっては病気になる。したがって、同質性による安定を求める。しかし、身体の中の同質性が強くなると病気に弱くなる。

病気とは、それによって生活に支障が生じる状態である。Virusが入ってきても大丈夫な人がいる一方、目に見えないVirusによって苦しんでいる人もいる。

苦しんでいる人がいるとすれが、その苦しみを和らげることは必要なことである。

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2015年12月 1日 (火曜日)

習う

習う。水泳を習う。楽器の演奏を習う。英会話を習う。
習い事は中年以降には重要だ。

教える頭ばかり使っていると、動きが悪くなる。
習う頭は、それまでと違うから回路が働く。
特に、身体を使う習い事は重要である。右と左が、足と手が自分の思うように動かない。
今習っている弦楽器では、左手と右手を一緒に使うから、もう、こんがらがる。イライラしてくる。このイライラを我慢することが人間関係に役にたつ。

先生の話を素直に聞く。どうしてと思う前に黙って聞く。そんなことできないと文句を言わずに聞く。この聞くという姿勢が結構難しい。
これは夫婦関係に役に立つ。

そして、グループで演奏する。
人に合わせて弾く、間違えても知らん顔で弾く。最後だけは合わせるように弾く。そしてお辞儀をする。
グループではなんとなく仲間のような顔をしている。これは、長生きに秘訣だと思う。
最後は、にっこり終わりたい。

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2015年11月30日 (月曜日)

妖怪は死なない

お化けは死なないと、熊倉一雄は歌っていた。

ラバウルで左手を失った水木さんは、妖怪と友達だった。

水木さんは何かを失う悲しさと強さをその物語で語っていた。
鬼太郎が活躍するのは、その力があったからではなく、人生の悲しさを知っていたからだ。
だって、死なないことほど悲しいことはない。

ゲゲゲの鬼太郎の物語の多くは一件落着で終わらない。事件が解決しても妖怪たちは世の中を彷徨い人間の弱さを探している。

そう、心に隙間のある人は、妖怪に襲われるかもしれない。

水木さんは人間だったようだ。
鬼太郎が森の奥で唄う歌が聞こえてくる。

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養護施設の利用年利を引き上げることは良いことか

児童養護施設は児童福祉法で定められた収容施設である。
家庭的な課題により施設で生活することが必要な子どもが、3-18才まで利用(入所)できる。
児童福祉法ができたのは戦後であり、その法律が古くなっている。戦災孤児が多かった時代から、子どもの虐待が問題となる時代に変わり、中学卒業で就職していた時代から大学入学が当たり前の時代に変った。
現実的には18歳を超えても措置継続をしている施設も多く、20歳まで施設で過ごし、地域移行を進めている。
法律運用の多様性という意味から言えば歓迎されることかもしれないが、そもそも施設が必要なのかという論議がここでは欠如している。
日本の児童福祉が施設養護に偏っていないか。親子分離だけで問題が解決するだろうか?
もちろん、一時的に家庭に介入し、分離することが必要なケースが多いことも現実である。しかし、ことはその後である。
支援が必要な親への対応が殆ど行われていない。親支援、家族支援に対する予算はなく専門スタッフもいない。地域で家族を支援するシステムも整えないまま、収容施設という囲い込みで問題を見えにようにしている。
問題を隠すことが上手になってる政府である。

もう30年前であるが、オーストラリアの児童福祉を見たことがある。
虐待を行った親に対して行政が再教育を行っていた。虐待は子どもの権利侵害であり、それを正すために行政が親に一定期間、養育の方法を教えるプログラムを持っていた。

家族は、行政が与えた家に住まなければならず。そこで、子育てを習う。マジックミラー越しにカウンセラーが行動をチャックし、何が正しいか、どうして虐待が起きるのかを分析し、修正する。

父親はその家から会社に行き、子どももそこから学校に通う。

一定期間の成果が上がると前の家に返すが、モニタリングを行う。もちろん、地域もその家庭を支援するために関わるシステムを持っている。

国が違い宗教観、家族観が違うので、同じような事がいいかどうか分からないが、子どものだけでなく親も一緒に支援するという意識が大きい。

就職のことで言えば、職場の職親が丁寧に面倒を見てくれれば施設で生活することはない。
大学でも、十分な支援があれば施設にいる必要はない。
子どもを取り巻く環境が良くなれば、地域で十分に暮らせるだろう。


施設がなくてもいいような社会を作ることを議論してもいいのではないだろうか。

施設に収容するということもまた、子どもの権利侵害である。

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2015年11月29日 (日曜日)

戯夢人生 The Puppetmaster

日本占領下の台湾。人形遣いの人生を通して20世紀の台湾を、そして台湾人から日本をみる。
ホウ・シャオシェンの研究家の講演と監督自身もゲストとして自らの映画を語った。まったく贅沢な時間だった。

映画は李さんの子供時代から始まる。家に日本人が現れ、弁髪を切るように言う。それは、命令であり、その見返りに芝居の券を渡す。

こうした占領下における文化の押し付けは台湾だけで行われたのではない。その事実より、事実を伝えていない日本が恐ろしい。
物語として歴史を語るとき、人の数だけストリーはあるだろう。だからこそ、様々な物語を語り続けることが大切だ。それが無かったかのように、あるいは、数の問題にすり替えようとするのは、物事の本質から離れる。

その後で見た「念念」は、台湾の現代を映した映像である。
しかし、歴史の積み重ねが人間に様々な影響を与えている。それは、私たちにも言えることだろう。
私たちは加害者であり、同時に被害者である。

念念では、親の離婚が子どもの人生に大きな影響を与える。しかし、その親世代、そのまた親世代という世代間の連鎖がこの現象を生んでいることも事実だろう。

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タロル

東京フィルメックス優秀書をとったタルロを観た。
チベットの物語、しかし、それは中国の統治下の中国青海省。
タルロは「三つ編み」というニックネームがある。三つ編みは遊牧民である自分のアイデンティティーであり、そう呼ばれることを気に入っている。
ある日、警察からIDカードを取るように言われ、警察署に向かう。そこで、毛沢東語録を暗唱して見せる。しかし、証明書写真を持っていないタルロに町の写真館に行くように促す。子羊を抱え写真館に顔を出したタルロに、写真館の主人はボサボサ頭を洗ってくるように言う。
そこで、写真館の前にあった理髪店に入り、そこから物語は始まる。

遊牧民であるタルロは、山の中では生き生きしている。羊の数を増やし数百頭の羊をコントロールする力を持っている。一人でいることにも耐えられる力を持っている。しかし、町に出ると町のパワーに、女の魅力に吸い寄せられ、パワーを奪われるようにフラフラになる。この辺は黒沢のデルスウザーラの老人のようである。

自分が老人に近くなり、死というものの影を感じるようになると、そのことより大きな力に吸い込まれるように感じる。もがいても追い払ってもそれは逃げ出さない。

これまでのようにこれから先も生きることは難しい。

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2015年11月11日 (水曜日)

映画を二度みる

映画チケット の半券がある。

見たことは覚えているのに、ストリートが浮かんでこない。
それも、全く。

思い出そうとする。
いい映画だったか、つまらなかったかは分かるのに、物語は出てこない。

これは困った。

それは小説でも同じ。

二回目に読む本なのに、初めて読む気分。

一回目は、記憶に残らないのか。一回目の映画は眠っているのか。
そう言えば、途中ですごく眠くなる。

映画館だとよく眠れ

一回目の映画は、疲れを癒すために見て、二回目でストーリーを楽しむ。

それでも忘れる。

まあ、人生が映画のようで、昔のことを忘れても生きていける。

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面接

毎日、いろいろな人に会う。
仕事上の付き合いであるので、面接と言ってもいい。

毎朝、今日の面接を想像し、上手くいくことを願う。

たいていの場合は、いい雰囲気で終わる絵が浮かんでくる。

具体的な想像ができるときはいいのだが、そうでない場合もある。

大勢の前で話をするレジメを作り、それを、最初から頭の中で演じてみる、初めは調子がいいのに、途中からぐちゃぐちゃになる。

聴衆がつまらない顔をしている。

もうやり直しができないと思う。
しかし、妄想である。

重たい足を抱え会場に向かう。
はじめすることは、笑顔を作るレッスンだ。

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2015年10月 7日 (水曜日)

返事をしない

インターネットは便利だと言われるが、電話よりずかずかと生活に入り込んでくる。
玄関が空いているようなもので、つい「はい」と返事をしてしまいそうになる。

返事をすると、また、返事が返ってくるので、終わらない関係となる。

これが、面倒くさいと感じるか、繋がっていると感じるかは、その人の置かれた環境や年齢によるだろう。
悪い人に捕まって、両手を縛られているような状況でも、スマホやタブレットがちかくあり両手が使える状況なら、外と繋がれることは嬉しいね。

しかし、のんびり休暇を楽しんでいるときに、「ねえねえ」と生活に入り込んできたら面倒くさい。

便利なものと、どのように距離が取れるか、それから自由になれるかが問題だろう。

便利なのもは自由を与えてくれるというより、それを持つか持たないかの選択を迫られる。

それは、原発や武器にもいえる。

大量のエネルギーを持つことや、兵器による安全は、よく考えなくてもバランスを壊している。それでも、人間の欲望は止むことをしらない。

人間が両足で立ち上がった時から、今の世界が来ることは予想されていたという学者がいる。
しかし、予想は文明の成長に対してであり、終焉に向かうシナリオはまだできていない。

というより、できるだけ終わりを伸ばすため、夢を見ようとしている。
だから、経済のことなんか考えるより、これから先の時代のことを考えよう。

そのために、携帯のスイッチを切った。

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2015年9月29日 (火曜日)

ポリフォニー

難しい言葉を一緒に聞いても分かり合えるとしたらいいね。
音楽も、バラバラな音が重なって一つのまとまりになり響いてきたらいいね。

ということで、今日からハープ教室、第二弾が始まる。

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2015年9月21日 (月曜日)

人生経路

他人の人生をインタビューしている。
その前に、自分の人生を振り返ってみる。

TEMという理論で考える。
分岐点があり等至点を考える。

戻ることはできないが、振り返ることはできる。

進んできた方向とともに、進まなかった方向を考える。

新しい発見はないが、人生に対して希望を持った選択をしないことを選択している様子が見えてきた。
このまま行けばうまくいくと思う時、わざとそれをしない選択をする。
我慢すれば、何かを得られると感じるとき、我慢せずにその環境を変えてきた。

早い話が天邪鬼なのです。

選択しなかった道は進むのは小説の中の話であるが。
今もこれからも、分岐点はやってくる。

こうした俯瞰的な思考は僕のような仕事にはとても大切だと思う。それは、他人の人生に関わる仕事だから、その人生の分岐点に関わる。

一緒に生きているとは言えないが、影響を与えあっている。
何かをした時に、そして、しなかった時に。
考えなくてはいけないのは、しなかったことを選んだ時である。

いま電話を切った。

あれでよかったのだろうか?
もと、別なことはできたのではないか?

わからないまま、しないことを選んでいる。

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うろうろしている僕がいる

思い通りにならないことは分かっていても、思い通りにならない事でイライラしている。
子どものことだけどね。

では、自分の事はどうだろう。
最近、身体が思い通りに動かない。心臓は動いているが、早く打つと、苦しい。
関節も、硬くて充分に曲がらない。

会社を辞めてフリーになってからストレスは減っていると感じるが、決して自由を得たわけではない。そもそも自由は寂しすぎて、欲しくない。

宇多田ヒカルが歌うように、欲しいものを得る時、それを失って泣いている人がいる。
僕は、いろいろなものを持たないようにしているが、それでもガラクタはたまる。
地位や役割からもあまり縁がない生活を送っている。

それはそれで楽であるが、やはり寂しい。

思いの話だった。
願いといってもいい。願いは叶わない。叶わないから願うのだと思う。
神は人間の願いを叶えるか。

もし叶えるのなら、神が存在する必要はなくなる。

でも、願っていない現実だけはくれるように思う。

そんなの欲しくないと思っていても、それはやってくる。

ただ、あたふたとうろたえるだけである。

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2015年9月13日 (日曜日)

回すこと

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8月の下旬から9月の初めにネパールに行った。
地震の影響は少なく、街は相変わらずの喧騒。
マスコミが写す場所は被害が大きく、絵になる映像が多く。市民の姿別にある。
それh、仕方がないのかも知れないが、観光客が少ないことは生活に大きな影響を与えている。
そんなことも関係なく生きている人の力強さを感じた。

それに、市民が物乞いに、行者に施しをする姿を多く目にした。
それは、持っているものから持たざる者への物質の移動のように、自然に行われている。
力んだところがない。貰うものも当然の顔である。

この辺が、今起きている難民問題につながると感じる。
自国で生きられないから外に出る。富んでいる国は、それを援助すべきである。
そもそも、地球は一つであり、富の移動は自然の摂理だから。

それに引き換え、日本政府の難民への視点は貧しい。
それは、日本人の、あるいは私の貧しさだろうけど。

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2015年8月 1日 (土曜日)

アルバイトのお姉さんは優しい

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ネパールのビザを取りに大使館に行く。
マンションの一室のような大使館である。玄関には守衛もいない。ドアを開けて勝手に入って行く。

申請書は事前に用意しておいたので、受け取りを郵送にするため返信用の封筒に切手を貼り、手数料3,000円を支払う。

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苛立つ人は哀しみを抱えている

攻撃的な人がいる。
受話器を取ると、だからね言ったでしょと、前置きもなく自己主張をする。
いつもの話が始まったと思う暇もなく、攻撃はエスカレートする。

黙って話を聞いたり、言い返したりして、話が終わる。
これはゲームだなと思うのだが、ゲームは終わらない。

どうも、その人の内面にある哀しみを僕も感じていて何処かで共鳴している。

同じものを少年にも感じる。

出会う前から、結論が決まっているような物語がそこにある。むかしむかしの次が、喧嘩して終わりましたのようなものである。

つまりは僕の中の哀しみが癒されるまで、エンドレスゲームは続く。ゲームを終わらせるか、このまま続けるか、どっちも楽しそうなので困る。

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2015年7月31日 (金曜日)

夢をみた

アフリカに行った。

有名な人の講演会があった。
講演会に向かうためある村にたどり着く。
まず、水瓶で手を洗う。
すると、子どもたちが森で遊ぶ姿が見える。
子どもたちを追いかけ、森に入る。林を抜け、岡に登る。
見晴らしのいい場所に出ると、子どもの姿はなく、おばあさんが現れた。
なぜか日本語で話し始める。
日本人ですかと聞くが、返事はない。
ただ、銅のレリーフを見つめている。
彼女は左手を横に伸ばし、何かを見つめている。
その方向に目をやると、彼女の7人の子どもの姿が見える。さらに見る角度を変えると次々に子どもの顔が変わり7人の子どもが現れる。そして、夫の顔に変わる。
彼女は毎日家族に会いにここにやって来て、その日の報告をしている。

そんな夢を見た。

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2015年7月30日 (木曜日)

見ない自由

嫌な作品を見ない自由はある。

気に入らないからといって、作品を撤去しろとか、展示すべきでないとは考えない。
展示されているのは限定された会場《場》であり、見たくなければそこに行かなければいい。

インターネット環境に画像を流すのとは違うだろう。

立場の違い、宗教の違い、いろいろな違いがあり生きている。

それにより傷つく、それにより否定される、と考えたり実際に生きにくさを感じる場合もあるだろう。

そうした違いから争いはおきる。

争うより逃げることを選択したい。

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2015年7月19日 (日曜日)

ふつう を考えると

子どもにインタビューをする機会が年に何度もある。

最近何を聞いても「ふつう」と返事する子どもが多い。

まあ、いぜんなら「べつに」だったから、それほど変わりはないが。
この「ふつう」は「普通」ではない。

「べつに」の方は、こちらを拒否する気持ちや、関係を切るために使っていた感じがするが、「ふつう」にはそれを感じない。
強いて言えば、「わからない」に近い。
その問題を深く考えたくないから、もう聞かないでよ、と言っているように聞こえる。それでいて、関わりを拒否はしない。

人を避けることはよくないと思っているし、自分の避けられたくない。
気分を害さない程度に関係を持つ方法としての「ふつう」なのだろう。

この言い方は、店員の「・・・の方はよろしいでしょうか ?」や「していただいてよろしいでしょうか?」などと同じような使い方だと思う。

要は、はっきり言わない。相手を傷つけない。

アベさんも同じ言い方をする。もっとずるいやり方で。
好戦的な法律を平和を守るためにつくるといい、放射能のゴミを処理できなくても、すべてコントロールされているといい、沖縄の人がどんなに苦しんでいても、沖縄のために基地は必要ですという。

全く矛盾している言葉を力ずよく話す総理を見て子どもたちは、「ふつう」だというのだろう。

この「ふつう」はもはや普通ではない。

前回の病気のあと、アベ氏は養護施設を訪れ子どもたちに未来を語っていた。

その未来を信じられるものにするために、ホントウノ話をしてほしい。

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2015年7月 4日 (土曜日)

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金沢に来ている。
最初に北陸に来たのは、多分高校生の時だと思う。
初めての一人旅だった。
能登を回っていた。歩いていた。
高校生としては、バスに乗らず、旅は歩くものだと思っていた。
でもすごく疲れた。すごく疲れたふりをしていたら大学生のお姉さんにナンパされた。
三人組のお姉さんが声をかけてくれ、車で一緒に回ろうという話になった。
はいと言うしかない。それ以外の選択は高校生の僕にはなかった。
車に乗ると楽しかった。いろんな話を聞いたが、その全てを忘れた。
覚えているのは、事故を起こしたことだけだ。
天気も良く、順調に観光名所をまわっていた。あまりに調子がよかったからか、カーブを曲がるとき車がどこかに擦れ、ガリガリという音がした。
すぐに止めて車の横を見ると、やっぱりという感じでキズが1メートルほどはっきり付いている。こすって隠れるようなものでもない。
車は友達の友達から借りたものらしい。車内はすっかり暗くなり、会話も少なくなった。
もちろん僕も小さくなり、早く駅につかないかと思っていた。

しばらく走ると小さな駅が見えてきた。ここでいいです、ありがとうございました。この先も気をつけて。なんて、余計な挨拶をして、手を振って別れた。

それからは、電車に乗って旅を続けた。

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